表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

第6章 嘘と本音と決断

「クラリス様が王家の命令を拒んだそうだ」


「護衛騎士との恋愛? 冗談でしょ?」


「まさか爵位を手放してまで、平民と?」


 ――噂は、あっという間だった。


 それまで“高嶺の花”と呼ばれていたクラリスは、今や「破天荒な令嬢」として、社交界の注目を一身に集めていた。


 だがクラリスは、毅然としていた。


「……こうなることは分かっていたわ」


 書庫で一人、クラリスは本を閉じ、静かに呟いた。


 家の評判は落ち、縁談はすべて断られ、父の友人たちも口を閉ざした。

 それでも、リアムが隣にいる限り、クラリスは立っていられる。――そう、思っていた。


「……でも、どうして、最近あの人は……」


 あの決断の後から、リアムの様子が変わった。

 傍にいる。けれど、何かを抑えているような、距離を感じるのだ。


 まるで、彼自身が“自分はそばにいてはいけない人間だ”とでも思い込んでいるかのように――。




 ◆ ◆ ◆




「……リアム、最近避けてる?」


 ある日の夕暮れ、クラリスは庭で彼に問いかけた。


「そんなこと、ありません」


「嘘」


 リアムの足が止まった。


 彼は、答えを出すまでに少し時間がかかった。


「……お嬢様の評判が落ちたのは、全部、僕のせいです」


「違うわ。あれは、私が“選んだ”ことよ」


「でも、僕がいなければ、こんな騒ぎには――」


「違うって言ってるの!」


 クラリスは、感情を抑えきれず声を上げていた。


「あなたがいなければ、私は“誰かの飾り物”になっていた。愛のない結婚をして、心をすり減らして、それでも“貴族として正しく”あろうとしていた!」


 リアムが息をのんだ。


「でも、あなたが現れて。私を“私”として見てくれて。私は初めて、誰かの隣で呼吸できるようになったのよ」


 静かな沈黙が落ちた。


 リアムは、まっすぐ彼女を見て、ようやく言葉をこぼした。


「……僕も、同じです」


「……え?」


「お嬢様のそばにいたい。でも、ただ“護衛として”じゃない。仮初めでもない。ちゃんと、本物として、あなたの隣にいたい」


 その声は、迷いを手放した男の声だった。


「だから……」


 リアムはそっと、彼女の手を取った。


「僕を、名前で呼んでください。――恋人として」


 クラリスの瞳が、わずかに揺れる。

 それは、彼にとって初めて見る彼女の“素”の色だった。


「……リアム。あなたが欲しいわ」


「――はい。僕も、クラリスを、誰よりも」


 ふたりの間に、もう“仮初め”の名はなかった。




 ◆ ◆ ◆




 その夜、屋敷の灯が落ちたあとも、クラリスは眠れなかった。

 けれど、胸の奥にあった霧は晴れていた。


 すれ違いも、葛藤も、全ては“本気”であるがゆえに生まれるもの。


 明日からは、ふたりで生きていく。


 騎士と令嬢ではなく、男と女として。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ