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天国のトイレ 3

店を出るとビルの谷間からは月が見えたが、満月ではなかった。満月ではない日に暴走するのは自然の摂理に反する。昨日のS岡新聞の占い欄では、2月生まれの恋運は2重丸。2重丸なんてまずお目にかかれない。年に一度あるかないかだ、きっと。C日新聞には、「運気好調なれどスピード控え目に」。なるほど。

深夜の通りはまだまだ人も多く賑やかで、春が近づいているのと景気の回復が徐々に進んでいることを感じさせた。

隣を歩いているアサコ様にオレは言った。

「君と二人でパーティーを抜け出したいよ」彼女は笑っていた。

「君と二人でパーティーを抜け出して、みんなの噂になりたいよ」彼女は笑っていた。

「君と二人でパーティーを抜け出して、突然君にキスしたいよ」彼女は笑うだけだった。

ひげパパのある大きな通りを東に歩いていた。するとどこからか聞き覚えのある曲が流れてくる。店に近付くにつれてその音が段々と大きくなってくる。ニルバーナだった。通りの反対側でストリートミュージシャンがニルバーナの曲を歌っている。しかもアコースティックギター、たった一人で弾き語りをしている。まさかこんな通りでこんな時間にニルバーナを聞けるとは!

「ストリートミュージシャンがニルバーナやってるから、オレ行かなくちゃ!」

長野にそう言うと、オレは一人、通りの向こうへと駆け出していた。


信号を渡り終えると、歌も既に終わっていた。若者の周りには、演奏を聴いている者も拍手を送る者もいない。やはりこの街にニルバーナでは難しすぎたのか。

「よかったよ、本当によかったよ、ニルバーナ」

オレはそう言いながら若者に近付いて行った。「どうも」と言って、若者が照れくさそうにお辞儀する。笑顔がなかなか好ましい。

「ところで今の曲、タイトル何て言ったっけ?」

「『Territorial Pissings』」

若者が教えてくれる。なるほど、覚えにくいタイトルだ。何回も聞いて気に入ってた曲なのに、タイトルなんて全然覚えちゃいなかった。

「しかしアコースティックであの曲ができるとは思わなかったよ」

「まあ、なんとかやっつけでやっちゃってます」

ギターのネックにはモーリスの文字が見える。

「モーリスのギターかあ、ふーん、波田陽区と同じだね。オレ波田陽区が大好きでね。オレもあいつと同じブルーズマンだからなあー。あいつとは年も同じなんだ」

「えー、そうなんですかー」

オレのこの発言には、若者も少しリアクションに困り気味だった。

若者の手元には分厚いファイルがあった。ウェブからダウンロードしてそれをプリントアウトしたものだと言う。

「ずいぶんいっぱいあるね。全部ニルバーナ?」

「いえ、色々です」

彼はページをペラペラとめくってくれる。全部洋楽だった。イエスタディもある。ずいぶん幅広いジャンルをやっているみたいだ。好ましい。

「これ全部できるの?」

「一応全部できます。でもさっきのが一番自分に合ってると思う」

「やっぱり、うん、分かる分かる。本当に良かったもんね、さっきのニルバーナ

若者は再び『Territrial Pissings』のページを開く。タイトルの上にA、D、Fの文字があった。

「A、D、F?この曲スリーコードだけでできるの?」

「まあ、なんとかできますよ」

若者がリフを試しにちょっと弾いてくれる。

「アコースティックでしかもスリーコードでできるのかあ」

オレはすっかり感心してしまう。サビのところを少し読んでみた。

”ガンバルウェイ、ベランウェイ、ベランウェー・・・”

ちょっと難しいが、やれないこともないのかな。

「色んな人にいい曲を色々と知ってもらおうと思って」

若者がうれしいことをうれしそうに言う。

「いいね、そういうの。オレもそういうの好きなんだよ。マイブーマー精神って言うか、情報の受け手だけじゃなく、いいものはどんどん自分から発信していきたいよね。オレもマイブーマー目指してんだよ」

何言ってんだ、オレは!

「ところでもう一度さっきの曲弾いてくれないかな?最初から聞いてなかったもんで」

「えっ?!はい、いいですよ。喜んで」

若者はうれしそうに答える。


彼には連れの女がいた。足が、長く白く細く、ユマ・サーマンのようにクールでセクシーな女だった。

「一緒に踊らないか?」

オレは女に言った。

「O.K.」

彼女は口元だけをクールに微笑ませながら答えた。

若者が演奏を始める。オレと女は踊り始める。軽快なギターのリズムに乗って、オレと女は踊る。映画『パルプ・フィクション』のユマとトラボルタのように、クールに踊る。だがサビのところではオレは若者の声に合わせて歌い、そして激しく飛び跳ねる。


” Gotta find a way to find a way when I'm there

Gotta find a way , a better way , I had better wait ”


2人の声がビルの壁に反響して、街中にこだまする。どこまでもこだまする。上空1万フィートから海底2万マイルまでこだまする。


                      つづく

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