ヴァレンタイン・スウィーツ
2月14日、仕事帰り、若い女が一人甘栗を売る。ふと足を止める。
「寒いね」
オレは声を掛ける。
「そうですね」
女が答えた。
「今日、”甘栗をクリ”、って何人くらいに言われた?」
「えっ、またですか?」
「ええ、またです」
「そんなこと誰も言いませんよ」
「へぇー」
かなり寒いのだろう、今日の彼女は上着のフードを頭に被っていた。
「そのフード、ミーシャのアルバムのジャケ写みたいでかわいいね」
「えへへ、どうもありがとうございます」
「この前のミーシャのライブ、すごくよかったよ。ひょっとして見に行ってないよね」
「えっ、お客さんも見に行ったんですか?」
「うん、日曜にね」
「私も日曜でしたよ」
「そう、じゃあオレの裏返った声聞こえたかも。アンコールの時の」
「ハハハ、聞こえたかもしれないけど、私も裏返ってたから」
「ミーシャ好きなんだけど、歌うとなると難しいね」
「カラオケでミーシャですか?」
「うん、似合わないかな?」
「うーん、ちょっとー・・・」
「今度一緒に歌ってくれない?オレの友達も聞きたいって言ってたよ、君の歌」
「誰ですか、その友達って」
「この会社一のハンサムボーイ」
「えー、本当?でも私、来月アラスカに留学するしなー」
「へー、そうなのかー。またフル前にフラれちゃったよ」
「ハハハ、意味分かんない。ハハハ」
「ねえ、その甘栗こっちに渡すとき、”ハッピーバレンタイン”、って言って渡してくれない?」
「えー、それじゃー、はい!”ハッピーバレンタイン!”」
彼女は恥ずかしそうに甘栗を手渡してくれた。
「Thank you! Have a good Valentine's day! See you!」
留学帰りの気分で、できるだけネイティブに近い発音でオレは答えてみた。2人とも笑っていた。もう春も近いのかもしれない。