甘栗はビター&スィートに
「甘栗はいりませんか。お土産においしい甘栗はいりませんか」
師走の夕方仕事帰り、女が一人甘栗を売る。
「一袋下さい」
「ありがとうございます」
500円、オレにはちと高い買い物ではあるわな。女は下を向いたまま黙って袋に栗を詰める。
「“甘栗をクリ”って、今日何人くらいに言われた?」
「えっ?」彼女は不意に顔を上げる。オレは半笑いしている。
「いいえ、誰にも」彼女は笑顔でそう答える。
「じゃあ、甘栗だけにメリー“クリ”スマスは?」
「誰もそんなこと言いませんよ」
「へえー、意外、ものすごーく意外。でも、“今付き合ってる人っているの?”とかは、よく聞かれるんでしょう?」
「まあ、ほんのたまーあに」
「クリスマス・イブは忙しいですか?」
「えっ、まあー。はい、友達とアラスカにオーロラを見に」
「えっ、ええー?!オーロラ、それはすごいね。ハハハ」
「ハハハ」
「君の名前は?」
「アラスカ」
「へっ、へええー。そう、僕はMr.Paradise」
「パラダイスさん」
「じゃあ、甘栗ありがとう」
「あっ、はい、ありがとうございます。またお願いします」
部屋で一人、甘栗を食べる。今夜の天津甘栗はいつもよりもほろ苦い。