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8話 いっしょに①

起きて、起きて。


<シリウス>

(前に聞いた子供の声――目覚まし時計か何かかな?僕はまだ寝たいんだ。おやすみ――)


そのまま寝ると死ぬよ!


<シリウス>

「まじで!」


<………>

「ん、やっと起きたか”被検体”、待ちかねたぞ」


辺りを見渡すと木造の壁と床、机にはいかにもな試験管やフラスコ。

培養ポッドの中には見たことのない植物や動物が漂っている。まるで実験室のような部屋だった。

起きた僕をよそに、机で魔法の杖らしきもので何やら作業をしている黒髪の女がいた。


<シリウス>

「ここはどこ?!あなたは一体誰なんですか!さっきの連中はどごごぼ」


水!

ごぼぼぼがぼぼかげばぼ

自分も培養ポットに入っていたらしい!息が出来ない!


<………>

「落ち着け、今出してやるから」


もがき苦しむ自分を見かねた女は杖をこちらに向け、ひょいっと回した。


水面が下がってきてる!早く空気を!


スゥゥゥゥゥゥ

ごっほごへぼほごっはどべっ


思いっきり空気を吸い込んだせいで中に残っていた水が肺に入ってしまった。

えづいて咳が止まらない。


ごっはっほっがほ


<………>

「落ち着いたか、喋れるか?」


ようやく落ち着きちゃんと息も通るようになってきた。

体の傷が塞がっていて痛みも無い。

見上げると見知らぬ女がこちらを見ている。

どう見ても部屋の状況から怪しさが漂っているが……

僕は訝しみながらうん、と頷いた。


<………>

「色々聞きたいことはあるようじゃから一つ一つ教えてやろう。妾はファリア、お前の生みの親じゃ。我が被検体よ」


<シリウス>

「………生みの親?」


この人は何を言っているんだ?

生みの親?

転生してきた時、あの部屋には僕しかいなかった。家中あちこち探して人の気配は無かった。

本当にこの人が生みの親なら、もしかするとあの時は出かけていたのかもしれない。家のドアも空いていたし。


<シリウス>

「じゃあ、ファリアさん、あなたが僕のお母さん………なの?」


<ファリア>

「ふふ、母親か。面白い事を言うのう。まあ、生むといっても妾に番はおらん。お前は妾が作ったホムンクルスじゃ」


ホムンクスル。

人造人間、人工生命体。

物語で読んだことがあったっけ、西洋の錬金術師、ホーエンハイムのホムンクスル。

さすが魔術のある世界、転生のある世界だなぁ。


<シリウス>

「って僕ホムンクルスなのー!?」


転生したのは何となく分かっていたけど、それが人間ですらなかったなんて!


手を握る。

顔を触る。

自分の体を見回して紛れもなく人の体をしている事を確認する。

自分は人間なんだと少し安堵した。


<ファリア>

「まぁ驚くのも無理もないのう。自分が動くフラスコなんて言われれば誰でも驚くものじゃ」


ファリアさんはフラスコを浮かせ手元に持ってきた。


<ファリア>

「被検体。お前はこの中で生まれた」


そう言ってフラスコを僕の目の前で揺らす。

フラスコには何やら紐のような物が茹だっている。


これが僕”だったもの”とでも言うのか。

さっきの安堵が湯冷めするかのように一気に引いていく。


僕は人間だ、人間なんだ、にんげん―

無機物と肉の体をもつ自分とじゃ、全く構造も違うというのに。

無関係と思った途端、目の前の紐と自分が一瞬重なるような感覚。


背筋が凍る僕に目もくれず、ファリアは話を続ける。


<ファリア>

「まぁ、人工生命なぞ妾が”魔法使い”じゃからこそ作れるようなもの」


<シリウス>

「魔法使い?」


<ファリア>

「魔法使いとはあらゆる魔術師を凌駕する存在、その頂点に座する者。他の有象無象とは格が違う」


他の魔術師。

そう聞いて自分に身近だった魔術師―――アスカさん達を思い出す。


<シリウス>

「そうだ!あの後どうなったの!モリタミのみんなは!」


<ファリア>

「どうなったかは分からん。妾が見たのは、山から火が上がっていたのと、ドロドロに溶けた地面だけじゃ」



<シリウス>

「う、う、うわああああああああああああああああああああああああああ!」


改めて思い出す。

みんながもうこの世にはいないことを。

あの素晴らしい街が燃やされてしまったことを。

僕は膝から崩れ落ち、目から止めどなく溢れる涙は、自分が映る程床に溜っていく。


<ファリア>

「わんわんうるさいのう。生まれたての巨人か、被検体」


ファリアの悪態が聞こえない程、床面に映る自分を見つめ、自らの不甲斐なさに打ちひしがれる。

何をやっているんだ、みんなが殺されたのに自分だけ生き残って。

あの刀の女を殺すんじゃ無かったのか、それなのに一瞬でやられて、瀕死になって。

今度こそは、次にあの女に会ったときは。


――みんなを殺したあの女だけは必ず僕が殺す――


ドン、と部屋が揺れる。

少し体勢を崩したことで、殺意に染まりかけていた意識が現実に戻される。


<シリウス>

「今のは何?」


<ファリア>

「休憩地点に着いたか。ほれ、外を見てみよ」


窓の方へ歩き外を覗き込む。


<シリウス>

「着いたってどういう事………ってうわああああああ!」


一面に広がる森林。それはモリタミの街でよく見た景色だった。

問題は下。


浮いてる!家が!浮いてる!


家を支える柱なんてものが見当たらない。

森林の真上に家がホバリングしていた。


<シリウス>

「家が飛んでる!」


<ファリア>

「むせたり泣いたり驚いたり忙しい奴じゃのう被検体。」


唖然としたまま動かない僕をよそに、


<ファリア>

「しかし、何故”今”動いたのじゃ被検体よ。妾が何をしても動かなかった失敗作だったというのに。」


<シリウス>

「どういう事ですか?」


”失敗作”と言われた事があまり気にくわなくて、少しむすっとした表情で返事をした。


<ファリア>

「被検体、お前が目覚めた時、周りに木箱があったじゃろ?」


<シリウス>

「確かにあったけれど。」


僕が転生して目覚めた時、僕が出てきた木箱以外に4つ同じものが壁に立てかけてあったのを思い出す。


<ファリア>

「あれはお前と同様、妾が作ったホムンクスル達、それらを入れる保管箱じゃ。失敗作じゃったから倉庫にしまっておいたというのに、あの中で起動したのはお前だけじゃった。なにか覚えていることはあるか?」


<シリウス>

「僕は…………ここじゃ無い世界で一回死んで、目覚めたらあの部屋にいた」


<ファリア>

「転生者か。なるほど、魂が宿った事で起動したのじゃな。珍しい事もあるものじゃ」


<シリウス>

「そんなに珍しいの?」


<ファリア>

「転生者の肉体はこの世界に来る時、肉体が自動的に生成されるのが一般的じゃ。物に宿るなんて言うのは見た事も聞いた事も無い。被検体、記憶はあるのか?」


<シリウス>

「記憶は死んだ事くらいしか………銃で撃たれて死んだ事だけは感覚としてある」


銃声と貫通した体。

無造作に流れ出す血。

そして何か後悔していた事。

それだけが前世の記憶だった。


<ファリア>

「物に転生した事で何か後遺症……齟齬が生まれたか?ますます興味が湧いてくる。」


女は僕の周囲をぐるぐる回りながら何やら思案している。


<ファリア>

「そういえば、お前が寝てる間色々調べておったんじゃが、あの変身の事はさっぱりじゃった。あれは何じゃ?」


刀の女や連盟軍の兵士と会ったとき、急に成長して白い体になって、なんだか力も強くなったような、そして――何をしていたんだろう?

記憶が曖昧だ。


<シリウス>

「僕にもよく分からない、無我夢中でやってたらいきなり変身して………何をしていたかもよく覚えてない」


<ファリア>

「そうか………そうじゃ被検体、今から外で実験じゃ!」


<シリウス>

「実験?」


<ファリア>

「どうやったら変身するかの実験じゃよ、被検体」


女が指を鳴らすと、家がゆっくりと降下を始めた。


<シリウス>

「その、さっきから思ってたけど、被検体って言うのやめてもらえないですか?」


さっきから僕のことを被検体被検体と何度も呼んでいた。

たとえこの女に作られたものだったとしても、前世じゃ人間だったんだ。それは今も変わらないはず――


さっき見た紐がフラッシュバックする。


いいや、僕は、誰がなんと言おうと人間なんだ!


<ファリア>

「いや、お前は妾の創造物、実験対象じゃ。被検体である事は例えどんな事が起こっても覆らぬ」


どうやら気を変えるつもりは無いらしい。

最初は母親かもと期待していたが、実体は自分を実験動物としか見ていないマッドサイエンティストだった。


<シリウス>

「じゃあ実験には付き合わない。物扱いする人と一緒にいる気はないから」


部屋が地面についた音がした。

着地の衝撃でパラパラと砂煙が舞う。


<シリウス>

「………あの場から助けてくれてありがとう。じゃあ」


あの場から去り、ケガを治してくれた事には感謝してる。

だけどこれ以上はここに居られない。


ドアを開けて外へ出ようとした途端、


<ファリア>

「出ていってしまって良いのか?これを持たずに旅立ってしもうて」


女の手には僕が託されたアスカさんのペンダントが握られていた。


<シリウス>

「それはアスカさんから託されたペンダント!

それは僕のだ返せ返せ託されたんだ!それは僕のだ!」


思いっきりジャンプして取り返そうとするが、

まるで弄ぶかのようにペンダントを持っあっちあっちへこっちへと揺らしてくる。


<ファリア>

「実験に付き合ってくれればこれは返してやらん事も無いぞ被検体?」


<シリウス>

「ぐぬぬぬぬぬ」


無意味な歯ぎしりが部屋に虚しく響く。



――という事で、森の空き地に来ている。



<ファリア>

「しかしこんな森林がまだ残っていようとは………」


女は辺りの森林を見渡し感心している。

確か世界の自然は半分ほど刈り尽くされてしまったとアスカさんが言っていたような。


<ファリア>

「さて、お前の変身を見せてみよ」


あまり気が乗らないが仕方が無いので命令に従うことにした。


<シリウス>

「うーーーーーーーーー!」


体全身に力を込める。


<ファリア>

「おい、変身しておらんぞ」


<シリウス>

「うーーーーーーー!ん?変身してない?」


<ファリア>

「もっと力を込めて、ほら」


<シリウス>

「ゔーーーーーーーーーーー!」


<ファリア>

「うーむ変身せんのう、全く被検体はダメダメじゃな」


ダメってなんだよダメって。一生懸命やってるのに。


<ファリア>

「あ、」


<シリウス>

「なんですか」


不服そうに返事をする。


<ファリア>

「いい事思いついた」


<シリウス>

「え、」


これから起こる実験という名の拷問は、ダイジェストでお送りします。


①女が使う三つ首の魔獣に追いかけられている。

 すごい形相で僕を咬み殺そうと襲ってくる。


<シリウス>

「ぎゃあああああああああああああ」


<ファリア>

「ほれ、追いつかれれば喰われてしまうぞ~」


②電気を流される。


<シリウス>

「ばばばばばばばばばばばばば」


<ファリア>

「意外と耐えるのう、もっと威力をあげようか」


③水圧で潰される。


<シリウス>

「ぐぐくゔぐぐうぐううぅぅ」


<ファリア>

「変身せんと潰れてしまうぞ〜」


④魔弾による攻撃


<シリウス>

「危なっ!」


女の杖から断続的に放たれる魔力の弾。

間一髪で何とか避けるが、後ろを振り返ると魔弾は後ろの木を貫通していた。


<ファリア>

「避けてばかりじゃのうて変身せい」


「これ当たったら死んじゃうよ!」


その後も様々な拷問が続き――


<シリウス>

「はぁはぁはぁ…………僕、の耐久テス、トしてな、い?これ、やる必要あっ、た?はぁはぁはぁ」


<ファリア>

「ある。これで少なくとも物理的な衝撃では変身しないという事が分かった。まだ即死級のやつは試しておらんが――」


<シリウス>

「やめろ!それ変身しても死ぬ奴だろ!こんなの魔法使いのやることじゃない………”魔女”のやる事だよ!」


<ファリア>

「ん、今”魔女”と言ったか?」


女の声が一瞬冷たくなったような――


<シリウス>

「そうだよ!」


今までの拷問の怒りから吐き捨てるように返事をした。


<ファリア>

「魔女か。一度だけしか言わぬぞ」


女の声色が一層冷たくなる。


<シリウス>

「なに?」


<ファリア>

「魔女は魔王に属する魔術師の総称じゃ。自らの快楽に従い魔術を使う野蛮な奴らよ。妾は寛大じゃからその言葉一旦は忘れてやるが、”2度と”魔女と呼ぶなよ。」


拷も、実験の時の楽しげな表情から一転、怒りにも似た冷徹な表情で僕を睨む女。

声は冷たさを増しているが、怒りだけじゃなくてもっと他の感情もあるような気がする。


<シリウス>

「はい、ごめんなさい」


睨まれて思わず謝ってしまった。

今の実験も結構楽しんでたように見えたけど。

”説明聞いてもあんた魔女じゃん”と、言いたいのを必死で飲み込んだ。


<ファリア>

「まぁ、これくらいにしておくか、しかし被検体よ、お前本気で変身する気あるのか?」


<シリウス>

「拷も、実験してた時常に思ってたよ。でも変身できなかった」


<ファリア>

「そうか」


<シリウス>

「明日もやるの?」


<ファリア>

「変身するまでは終わらんぞ」


<シリウス>

「ペンダントは?」


<ファリア>

「実験が終わってないのに返す訳無いじゃろ」


<シリウス>

「えー!ずるい!」


<ファリア>

「何とでも言え。妾は返す気は無いが」


この女詐欺師でもあったか。

今度からは言動の一挙手一投足に注意しなくては。

何されるか分からない!


女はペンダントを再び取り出し、眺めている。


<ファリア>

「しかし不思議なペンダントじゃ。妾の目を持ってしても魔術構造を解析できぬ。まるで神の――」


<シリウス>

「隙あり!」


思いっきり女に飛びかかりペンダントを取り返した。

なんかさっきよりも素早さが上がっている気がする。


<シリウス>

「返してもらったよ!………ん?」


ペンダントを握った途端、それは熱を帯び、緑色の光を放つ。


「まぶしい!って浮いてるうおおおお!」


<ファリア>

「妾から何かを奪えるなど100年早いわ」


女は杖を操り、僕を浮かせて側に引き寄せた。


<ファリア>

「モリタミが持っていた物だろう。やはりお前に反応するか」


<シリウス>

「どういう事?」


<ファリア>

「飛んでおる時、行き先をどうしようか迷っておったんじゃが、ペンダントが光っておった。妾は家を光の指し示す方向へ向かわせた。だが、興味本位でお前から引っこ抜いたら消えてしもうた」


<シリウス>

「そういえば“これがモリタミの本部に導いてくれる”って言っていた」


<ファリア>

「そうか、ほれ願ってみよ」


<シリウス>

「願えって何を?」


<ファリア>

「行き先じゃよ。恐らく被検体が願えば、目的地に向かって光が伸びてゆくはずじゃ」


ペンダントを両手に握る。


アスカさん、裕平さん、エミーさん、サトウ

僕をモリタミの本部に連れて行って下さい。



そう願うと、周囲を照らしていた緑の光は収束していき一本の線となって森の遠くを指し示した。


<ファリア>

「おお!これじゃよ。この光じゃ」


その光を見ていると、とても心が暖かかなるような気持ちになった。


<ファリア>

「また南西か。よし、行くぞ」


<シリウス>

「一緒に行くの?」


<シリウス>

「そうじゃ」


<シリウス>

「この光はあんたと関係ないのにどうして?」


<ファリア>

「実験が終わっておらぬし、終わったとしてお前はモリタミの所へ行くんじゃろ?妾もモリタミの本部には興味がある。それに――」


<シリウス>

「それに?」


<ファリア>

「何事もやってみなければ、行ってみなければ分からぬものじゃからな」


僕に微笑みながら家に戻っていく女。

少し納得出来る事もある。


転生して、

分からないことだらけで、

それでも、ただひたすらにがむしゃらに走って、

大きすぎるものを失って、

ようやく見つけた道標。


これからどうなるかなんて分からないけど、

僕は生きていくよ、みんな。


<シリウス>

「ちょっと!」


<ファリア>

「何じゃ?」


<シリウス>

「浮いたままだから降ろして」

☆いっしょに!なになに~☆


転生者

現世からレヴィリオン世界に死後転生した者達

転生時、肉体がレヴィリオン世界で再構成されてから転生するのが一般的

転生後の肉体は生前と同じ場合もあれば、全く違う事もある

生前の記憶に関しても保持している記憶には差異があり、

現在に渡って研究が進められている


第四次魔術大戦後、年々と転生者が増加しており、現在でも増加の一途を辿る

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