30話 力学魔術
<シリウス>
「りきがく魔術?似たようなやつは三つ教えてもらったけど」
<パレ・リブッカー>
「ん、構築魔術、変容魔術、伝承魔術の事か?」
<シリウス>
「そう」
魔弾を飛ばしたり岩や炎を出す構築魔術。
地面から壁を出したり物の形を変える変容魔術。神聖魔術といった僕達の世界にあった魔術を再現する伝承魔術。
<パレ・リブッカー>
「教わってないなら知っておいた方がいいだろう。この世界の下地に関する事だからな、王都観光もより深く見ることができるはずだ」
僕は唾を飲み込み、手を握りしめた。魔術史のブレイクスルーと言ってたけど他の三つと違って何が特別なんだろうか。
<パレ・リブッカー>
「力学魔術を簡単に言うなら、異世界人の技術では不可能な事象を魔術で補い、魔術では克服できない事象を科学で補う相互補完性のある魔術だ」
<シリウス>
「うーん、よくわかんない」
<パレ・リブッカー>
「そうか………………」
奴は斜め上を見ながら黙り込んでしまった。気まずい。
シャトレさんはこれを見たら高笑いするんだろうな。
数秒の沈黙の後、奴は思いついたようにポンと手を叩いた。
<パレ・リブッカー>
「例えばさっき乗ってたFAB。重力や車の形関係なく空を飛んでいるだろう。あれは飛行魔術が搭載されているからだ。一方でその魔術を維持する為の魔力の供給、調整、姿勢制御といったシステムや基盤は異世界人の技術が応用されている」
そういえば家がぐちゃぐちゃになった時、あの女は魔石の付いた基盤みたいなのを持ってたよな。あれもそうだったのかな。
<パレ・リブッカー>
「そしてこれも力学魔術の恩恵の一つだ」
奴がしゃがむと手から再び王都のホログラムを出した。
<シリウス>
「これも力学魔術なの?」
<パレ・リブッカー>
「そうだ。魔術で空間を歪曲させ、その上に映像を映しているらしい」
奴の右手が左の掌の中に入っていく。その中から指の第一関節程の小さな端末を摘み出した。
<パレ・リブッカー>
「本体はこんなに小さいが、とんでもなく多機能だぞ。連絡、買い物、ナビ、映像、撮影、魔術のサポート、アプリケーション次第で何でも出来る」
<シリウス>
「これって———」
『iDeas』だ
<パレ・リブッカー>
「これは知ってたか。今じゃ誰でも持ってるから話す必要も無かったな」
初めて見るモノのはず。
なのに奴の言葉と同時に口が勝手に喋っていた。
それはその名前しか有り得ないと言うかのように。これを僕は見た事が………こんな形じゃないけどどこかである、気がする。
<パレ・リブッカー>
「こっちに来てから使い始めたが、かなり便利だな。私のようにこういう物に疎いやつでもちゃんと動いてくれる。杖じゃ中々こうはいかない」
<シリウス>
「みんな同じように魔術使ってると思ってたけど」
<パレ・リブッカー>
「それが違うのさ。同じ杖、同じ詠唱でも術者が違えば全く同じ魔術にはならない。自身のセンスや魔力量、血統、天気、時間、様々な要因が絡むほど魔術は再現性を失う」
魔術の練習の時、ミスガイは魔弾を簡単に飛ばしてたけど、僕は全然飛ばせなかった。
<パレ・リブッカー>
「だが機械は誰であろうとスイッチを押せば全く同じ動作をするだろう。iDeasも同じだ。魔術と違って異世界の技術は普遍性に富んでいる物が多い。異世界人達が来なければレヴィリオンも君達で言う所の中世止まりだっただろう」
<シリウス>
「そんなに異世界人の技術って凄い事なの?」
<パレ・リブッカー>
「そうさ。彼らの発想はかつての我々には無かったものだ。異世界人は向こうの世界では脆弱だが、その代わりに体ではなく技術を研鑽し、機械の均一化、効率化を成し遂げ、それを誰もが使えるようにした」
スマホはまさにそうだろう。向こうの世界では今や生活の一部。でもなぜかスマホのことを考えると僕は憤りを感じる。
<パレ・リブッカー>
「かつて我々は魔術の研鑽によって発展してきた。だがその発展は自己完結であり、外へ波及する事は殆ど無かった。魔術師は生涯を通し、己が魔術を研鑽する。だからこそ数多の魔術が生まれたし、貴重な魔術を使える魔術師は価値ある存在として崇められた。今の魔法使いのようにな。
契機になったのは第四次魔術大戦後と言われている。異世界人の人口が爆発的に増え、我々は異世界の知識や発想に触れる事となった。
再現性と唯一性、普遍性と多様性。異世界と我々の世界に蔓延る二律背反を一つにするにはかなりの障害があったが、先人達は諦めずに弛まぬ努力と研鑽を繰り返した。そして力学魔術は生まれたんだ。この世界は二つの世界が手を取り合ってできた楽園なんだよ」
言われた事を噛み締め反芻する。
別々の世界、別々の考えが手を取り合ってこの景色はできている。ならモリタミ達とも………
<パレ・リブッカー>
「と、パンフレットに書いてある」
盛大にコケた。せっかく含蓄のある事を言っていたのにお前じゃないんかい!
<シリウス>
「え、どこからがパンフレット?」
<パレ・リブッカー>
「ふふ、どうだろうな。内緒だ」
こっちを見て不敵な笑みを浮かべる。人を小馬鹿にしたような態度は癪だけど、こいつ、こんな風に笑うんだな。
<パレ・リブッカー>
「まぁ私の意見を言わせてもらうなら、この首都の重力圏は本当に力学魔術だけなのかと思う事はある」
<シリウス>
「というと?」
<パレ・リブッカー>
「側面に広がる重力圏は首都が建ってから二百年、一度も解けたり弱くなったりしていない。空の魔術も同じだ。首都全土に渡る魔術、それを数百年同じ精度で維持し続けるための魔力、普通なら不可能に近い」
同じ魔術を維持するのが難しいのは僕でも分かる。魔弾だってすぐ散っちゃうし。
<パレ・リブッカー>
「私が力学魔術を侮っているのか、大規模な魔力発電所でもあるのか、はたまた王の力故なのか…………あるいは、神の力か」
神については謎が多いけど、信仰してはいけない事だけは知ってる。そのせいでモリタミ達が酷い目に遭っているのも。
……………今嫌な考えが浮かんだ。
<パレ・リブッカー>
「楽しんだか?そろそろ行くぞ」
考えすぎてそれどころではなかったけれど。
奴は再びエレベーターの方へと向かった。
<パレ・リブッカー>
「しかし元魔法使いが弟子のお前に教えていないとは不思議なものだな」
<シリウス>
「弟子じゃないけど。元魔法使いってどういう事?」
<パレ・リブッカー>
「弟子じゃ無かったのか。だがそれも聞いていないのか。何にも知らされてないんだな」
そうだよ。
あいつの事はよく知らない。
飯は出る。風呂も入れてくれるが、他は魔術の研鑽とやらにつきっきりで自分の事なんて話してくれない。
<パレ・リブッカー>
「彼女は魔法使いになり、第四次魔術大戦の英雄とその名を全世界に轟かせたが、我らが王によると魔法使いの力は今失っているらしい」
<シリウス>
「また我らが王か」
<パレ・リブッカー>
「そうだ、我らが王は絶対だ」
二つ返事で王の絶対性を説かれた。僕がこいつを許せないのは王についての事もある。だけど僕ら用の変なパンフレット作ってるんだよな……………
正直魔法使いかどうかはどうでもいいが、あの女の力は素人目から見ても他の人達とは違うものがある。だったらなぜ、僕にそう名乗ったのだろう。
複雑な気持ちのまま、僕達はようやく一階に戻ってきた。足がなんだかふわふわする。
<パレ・リブッカー>
「次の所に行くぞ。場所は…………異世界人事務所本部だな」
次回は12/7になります!
☆いっしょに!なになに~☆
エレベーター
力学魔術応用し、より速い昇降と快適な乗り心地を有している。その乗り心地の良さは楊枝を立てて動いても倒れない程に振動が無く、静か。
なぜ飛行魔術があるのにエレベーターがあるかというと、パレ・リブッカー曰く、
乗り心地はいいし、自分の魔力を消費しなくて済む。到着するのも遥かに速い。風に煽られることもないしな、との事。
ワープ装置は存在するが、魔力消費で言えばエレベーターの方が遥かにコスパが良い為、頻繁に上下が必要な施設ではエレベーターが採用されている。




