3話 シリウス
夜
「眠れない」
今日の出来事があまりにも鮮烈で、楽しすぎて目が覚めてしまった。
―――
<エミー>
「屋上に登るとね、よく星が見えるの!たまに見るんだけどすっごくきれいなの!」
―――
エミーさんが言っていたことを思い出す。
屋上、登ってみようか。
空気は澄み、ひとたび声を出せば、街全体まで響くかのような静けさの中で、空を見上げる。
「星、本当にきれいだな」
満天の星。
大きな星はより輝きを増し、今まで見えなかった細かく小さい星までよく見える。
元いた世界でもこんな風には見えなかったんだろうな。
<サトウ>
「そうでしょ。この世界の星空は美しい」
サトウさんが横に座る。
「サトウさん。起こしちゃいましたか」
<サトウ>
「大丈夫ですよ。ちょうど僕も星を見たかったし。知ってますか?この星空、僕たちの世界と全く同じなんですって」
「へえ~でも向こうの世界よりは綺麗な気がします」
<サトウ>
「そう思いますよね。僕もこの空は好きです。今日もオリオン座がよく見える」
季節は冬、夜風は冷たい。
一際輝いて見える星を見つけ、その星を掴まんとする。
僕たちの世界と同じ星空。
同じものがあるというだけで、なぜだろう、とても心強く感じた。
<サトウ>
「どうぞ。寒いでしょう?」
気を利かせてくれたのか、サトウさんがブランケットを掛けてくれた。
「ありがとうございます」
<サトウ>
「いえいえ。あの一番輝いている星はシリウスっていうんです。一等星と言って、夜空の星で一番明るく輝く星、シリウスはそんな一等星の中でも最も明るい星と言われています。」
一等星かあ、あの星を見ているだけで、なぜが元気づけられているような気がする。
<サトウ>
「星………今日、君の名前をいろいろ考えていたんだけど、こういうのはどうかな………………」
“シリウス”
<サトウ>
「この空で最も輝く星。その白い髪と、強く輝く人になって欲しいって願いを込めて」
“シリウス”
と心の中で唱える。
ああ、なぜだろう。
名前を貰っただけなのに、なんでこんなにも元気が出るのだろうか。
生きようと思えるのだろうか。
<シリウス>
「………シリウス、この名前で生きてみたい」
噛みしめるように自分の名前をゆっくりと、されど何度も何度も心の中で反復する。
心から湧き上がる感情がそのまま表情に出ていたようで、
<サトウ>
「気に入って貰えたようで何より、です。ん………………もうタメで呼びませんか?せっかく一日過ごしたんだし。これからも長い付き合いになりそうだしね」
<シリウス>
「うん!よろしく!………………お願いします」
“まだ敬語ですよ”とサトウが笑う
“そっちだって“と僕も微笑む
二人の笑い声を夜空が照らす。
――――――――
3話 シリウス
――――――――
<シリウス>
「そういえば、裕平さんもエミーさんも仕事がありましたけど、サトウさんはなにもしていないんですか?」
<サトウ>
「ギクッ、ま、まあ無い訳じゃ無いけど、学校の先生を…………」
<シリウス>
「すごい!明日習いに行ます、行くね!」
「おっと、ちょっと見ないうちに仲良くなってるじゃないか」
<サトウ、シリウス>
「『頭領』さん」
<アスカ>
「二人の歓談を邪魔しちゃったかい?支度が終わって夜道を通っていたら君たちを見つけてね」
<サトウ>
「彼の名前決まったんです」
<シリウス>
「シリウスです!」
<アスカ>
「シリウスか、星から取ったのか。良き名前だ。サトウの案、だよな。あの二人にはこんな言い名前思いつかん」
<サトウ、シリウス>
「「確かに」」
<アスカ>
「その名前大事にな」
<シリウス>
「はい!あと頭領さんに聞きたかったことがあるんですけど」
<アスカ>
「アスカでいいよ。それで聞きたかった事って?」
<シリウス>
「モリタミは自然を守る戦士って言ってましたけど、一体何から守ってるんですか?」
場が一瞬沈黙する。
2人とも俯いて神妙な顔をしている。
溢れそうな感情を殺すように。
そしてアスカさんが口を開く。
<アスカ>
「…………レヴィリオン」
<シリウス>
「レヴィリオン?」
<アスカ>
「この世界は“レヴィリオン”っていう国が全世界を統治してる。そこの王は世界の発展のためと言う名目で、世界の半分の山を切り開いていてしまった」
<シリウス>
「世界の半分も…………」
自然豊かなこの街からは、想像できない事がこの世界で起きていたという。
………でも、僕が最初に見た近未来の街は、山を切り開いて、資源を取り尽くした結果、出来たものなのかも知れない。
<アスカ>
「海は魔王軍の影響もあってそこまで埋め立てられてはいない。だが時間の問題だ。いつかは森も、海もこの世界の自然は全てレヴィリオンに刈り尽くされてしまうかも知れない」
<シリウス>
「そんな……」
<アスカ>
「それだけじゃない。自然を、神を信仰する者達を世界に仇成す者として見なして虐殺し続けている者達がいる。それが連盟軍だ」
<シリウス>
「連盟軍?」
<サトウ>
「連盟軍はレヴィリオン、王直属の軍隊だ。奴らは僕達モリタミを魔王軍と同様に世界の敵として断定し、僕達が住んでいた土地を奪い、そこに住んでいた人々の虐殺を繰り返している。モリタミはもう300年も奴らと戦っている。ここは結界で守られてるけど、いつ襲われるか分からない」
<シリウス>
「そんなことがこの世界で起きていたなんて」
活気溢れていた街並みは、笑い声や楽しい会話で溢れていた人々は、いつ襲われるか分からない、とても危うい環境の上にあった。
<アスカ>
「だからレヴィリオンを、連盟軍を止めるため、自然を守るために私達モリタミがいるんだ。ここにいるみんなはレヴィリオンでの生活が嫌になった人、自然と共に生きる生活を望む人、はぐれた異世界人、神を信じる人、様々な人達がいる。皆この生活が良くて、一緒に生きていきたくて、ここにいると私は思うよ」
いつ敵が来るか分からないというのに、そんなものを一切感じないなかったのは、街の人達の生きたいという意思の現れだったのだと思う。
彼女は誇らしそうな顔をして街を眺める。
この街に住む人々を想い、そしてより良くしようとする願いが伝わる。
でもその眼差しにはすこし寂しさがあるような……
<シリウス>
「僕はこの街が、生活が好きです」
<アスカ>
「それは良かった。この街は出来てまだ1年経ったばかりなんだ。私が頭領を継いだのも1年前………………」
<シリウス>
「アスカさん?」
堪えていたものを必死に押し戻すように、溢れるものを堰き止めるかのような、そんな表情をしていたと思う。
<アスカ>
「……いいや何でもない。たったの1年だが、君にそう言って貰えるなら、もっと頑張らなくてはな」
感傷的な空気が流れる。何か話題を変えなければ。
<シリウス>
「………そのペンダント綺麗ですね」
<アスカ>
「お、気になるか。このペンダントはこの街に行くための鍵だ。」
<サトウ>
「この森は結界によって“誰もが迷う“ようになってる。だから連盟軍の侵攻も防げてるんだけど、迷うのは僕たちも例外じゃない」
下の街に行こうとして何度も迷ったことを思い出す。
何度も何度も下っても街にはたどり着かず、気づけば山の上に出たこともあったっけ。
<シリウス>
「だから僕は下の街に行けなかったんだ!」
<アスカ>
「このペンダントは街のゲートの場所を示してくれるのさ。ゲートは1日ごとに場所を変えるからこれ無しにはこの街には帰れない」
<シリウス>
「綺麗な色をしてますね。あっ、耳飾りと同じ色だ!」
ふと頭領さんの顔を見ると耳飾りに目がいく。
ペンダントの魔石と同じ色をしていて、お互いの魔石を照らし合っているように見えた。
<アスカ>
「これか、これは生き別れた姉とお揃いのものなんだ。姉妹だったんだ、二人姉妹の。子供の頃住んでた村が戦争に巻き込まれて………それっきりだ」
昔を懐かしむように、耳飾りを触る頭領。
<シリウス>
「すみません。辛いことを思い出させてしまって」
<アスカ>
「いいんだ、戦争が終わった後モリタミに助けられて、今こうして多くの者を束ねている。少し頼りないと自負しているが」
<サトウ>
「そんなこと無いですよ!頭領がいたからこそ、1年でここまで大きくなったんですから!」
<アスカ>
「ありがとうな。ここまで来たのは無論お前達に助けられたおかげだ。だがこれを身につけていたからというのも大きい。これを身につけているとなんだか姉が生きているようで、励まされている気がするんだ。お姉ちゃんを見つけるのも私の目的だ」
<サトウ>
「頭領って”お姉ちゃん”って言うんですね」
<アスカ>
「ばっ、誰にも言うなよ!」
頭領さんは顔を後ろに隠し、照れくさそうに笑う。
サトウさんも笑っていて、僕もつられて笑ってしまう。
<サトウ>
「頭領、そういえば何か用事が?」
<アスカ>
「そうだった、これからモリタミの本部に行って“神盟の儀”に行こうとしていたんだ」
<サトウ>
「“神盟の儀”は自然の神様から“神具”を頂く儀式なんだよ」
<シリウス>
「この世界には神様が本当にいるんですね!」
<アスカ>
「そうだ。貰うのも、会うのも次の儀式だがな、今から行くのはその前段階って所だ。明日の早朝には帰ってくる」
<シリウス>
「アスカさんも忙しいんですね」
<アスカ>
「そうだぞ、これでも頭領だからな、会話の邪魔をした。二人ともまた明日だな」
<シリウス>
「はい!」
<サトウ>
「頭領も気をつけて行ってきて下さいね」
<アスカ>
「ああ、またな」
<シリウス>
「ふああああ、少し眠くなってきたかも」
<サトウ>
「それじゃあ、部屋戻ろうか」
<シリウス>
「明日もよろしくね、サトウ、さん」
<サトウ>
「少しずつ慣れていけば良いよ。シリウス」
おやすみ、とお互いに言葉をかける。明日はどこへ行こうかな。
―――
少し前、カカミト 山の麓
<連盟軍13番隊 副隊長>
「隊長よくぞお戻りで」
<連盟軍13番隊 隊長 パレ・リブッカー>
「疲れたよ。王から賜った魔導具の回収がな、ルーンショット社の年末セールとか何とかで、めちゃくちゃ混んでな、………3時間待った」
<副隊長>
「3時間!?」
<連盟軍兵士>
「隊長、野営地の準備終わりました」
<パレ・リブッカー>
「よしお前達、ひとまず休憩だ。今から夜明けまで自由時間とする!好きに行ってこい!」
<兵士達>
『うおおおおおおおおおおお』
<副隊長>
「隊長、よろしいので?」
<パレ・リブッカー>
「王から頂いたこの魔導具、結界を破壊できるものらしいのだが、破壊に半日掛かるんだそうだ」
<副隊長>
「なるほど、結構大きいですね。"Zモール"というのか、このレンズで結界の解析、そして結界を破壊するドリルをその場で作るシステムか、ドリルの生成に時間が掛かる感じなのか………それでは私も休憩を、隊長?」
<連盟軍兵士>
「隊長なら風呂入りに行くって、行っちまったぞ」
<副隊長>
「まじで」
カカミトの山の麓に野営地を組む連盟軍。
その様子を山の上から見ていた者が三人。
一人がモリタミの偵察員。そしてもう一人は――
<モリタミ 偵察部隊員 タス>
「結界にひずみが、軍の奴らが麓に!まずい、お頭に伝えなければ!」
<……>
「おもしろいやつみいつけた!」
<タス>
「貴様っ、魔王の!」
<……>
「えい」
意識を失い、倒れるタス。
<魔王17将 デボン・キャトルズ>
「“ていさつ”のひとだったかな、まあいいや。”れんめいぐん”もいるな~もうちょっとでこの森からでられそうかな?」
山の麓を見つめる3人目の人物。
<………>
「さて、支度も済んだことじゃし」
家を出て、魔術を唱える。
<………>
「piano」
家を縮小させ、イヤリングに変える。
<………>
「ん、奴らか、妾の結界が破られようとしておる。面倒事に巻き込まれる前に、少々急いだ方が良さそうじゃ。………200年ほど住んでおったこの森ともお別れか」
フードを被る。去る姿は何の未練も無いかのように。
* * * * * * *
モリタミ本部 祭壇
<祭司長>
「揺流 頭領 アスカよ」
<アスカ>
「はっ」
<祭司長>
「これより“血盟の儀”を開始する」
* * * * * * *
カカミト 山の麓
夜が明け、朝日が野営地を照らす。
ガリガリと音を立てるZモール。
山にかけられている”迷いの結界”を削り割ろうとしていた。
<連盟軍13番隊 隊長 パレ・リブッカー>
「ん、そろそろか」
駆動音が軽くなる。
結界に巨大な亀裂が入り、ガラスのように粉々に砕けた。
<パレ・リブッカー>
「皆集まっているか。結界が破れた、戦いの準備を!」
<連盟軍兵達>
『Got it!』
モリタミ拠点 ゲート前
<裕平>
「タスのやつ遅いな。そろそろ交代の時間なんだが、ン?」
モリタミの拠点に行くためには、森の中に隠されているゲートを通る必要がある。
ゲートは一日で場所を変えるため、彼らが持っているペンダントが拠点に戻るための道標である。
草を踏む音が少しずつ大きくなっていく。
<裕平>
「帰ってきたか!タス………………」
<連盟軍13番隊 隊長 パレ・リブッカー>
「ここにたどり着くにはお前達が持つペンダントが必要なんだっけ?」
意識の無いタスの首をパレ・リブッカーが掴み、適当なところに放る。
<裕平>
「連盟軍!お前がタスをやったのかっ!」
<パレ・リブッカー>
「こいつは森に転がっていた。私達がやった訳じゃないが、利用はさせて貰った」
<裕平>
「クソっ、他の奴は頭領に連絡を!俺がここを食い止めっ」
<パレ・リブッカー>
「遅い。面断」
<裕平>
「―――――――」
刀の一撃で裕平は地に伏す。
意識は無い。
<パレ・リブッカー>
「他の奴らは逃げたか。付与」
―魔術特性取得、魔石属性変換完了、“炎”展開します―
連盟軍の使う武器には魔石が埋め込まれている。
魔石は他の魔術に反応し属性を変える。
剣、銃、大砲、弓、部下達の全ての武器に炎属性が付与された。
<パレ・リブッカー>
「左右の植物を焼き払いつつ私に続け!」
<連盟軍兵達>
『Got it!』
<パレ・リブッカー>
「さあ開拓の時間だ」
☆いっしょに!なになに~☆
結界掘削機 Zモール
ルーンショット社による対結界術魔導具の最新型。
取り付けてあるレンズで結界の解析、精製されたドリルで結界を中和、粉砕する。
大きさは3m強。
理論上はどんな結界でも破壊できるが、結界術の練度によって、ドリルの精製時間が変わる。
今のところ一回使い切りで物も大きく、組み立てがめんどくさい。
王はルーンショット社から試験機を高額で買い取り、パレ・リブッカーに与えた。