13話 修道院へ行こう!
海上都市アヴィーチェ とある場所
フードを深く被り、暗闇に佇む美女。
手に持っていた端末から着信音が鳴り、ホログラムを投影する。
相手は魔王軍総督 ハビニア・ファタ・シードランド。
<ハビニア・ファタ・シードランド>
「オンズちゃん、進捗はどうなっているのかしら?」
<オンズ>
「ケヒヒヒ、現在最終段階に移行。明後日には決着がつきます」
<ハビニア>
「ついにね。200年準備したんだから最後の詰めを甘くしないように。デボンのように醜態をさらすのだけはやめてちょうだい」
<オンズ>
「承知しております。全ては魔王様の為に」
<ハビニア>
「ええ、全ては魔王様の為に」
通信が切れる。
<オンズ>
「ふう、街に妙な侵入者が入ってるみたいだけど、警備の奴は捕まえてくれたのかしら?聞きに行かないとね」
その女の全身には蛙の刺繍が彫られており、口紅は青く塗られ、黒猫のように目が怪しく光る。彼女の名は――
魔王十七将 オンズアーシ・ファタ・スナイドル
<オンズアーシ・ファタ・スナイドル>
「ケヒッ、ケヒヒッ、ケヒャヒャヒャヒャ!!誰もアタイの変装に気づかないなんて!ああ、なんて愚かで、幼稚で、救いようのない人達なんでしょう!!もっと人を欺いて、騙して、おもちゃにしたかったんだけどなあ!!!」
不気味に笑う女。
その声が一層夜風を冷たくさせるようだった。
* * * * *
空気の澄んだ良い朝。
窓を開けると街が朝日に照らされている。
<シリウス>
「いい、天気、だなぁ〜ふぁあああああああああ、眠いよぅわああ」
寝不足である。
夜ほとんど眠れなかった。
女の子だと思っていた子が男の子だった。
??????
今でもどういう事かよく分かっていない。
確かに可愛い顔の男の子はいるんだろうけど、シスターの格好してた。
こういうのはデリケートだからあんまり触れちゃいけない……………………けど聞きたい。
<ミスガイ・トライアス>
「ふあぁあぁシリウス君おは、おはよう」
<シリウス>
「お、おはようございます」
気まずい。
昨日の夜あんなに話し合ってたのに、複雑な空気が二人の間に流れている。
<ソフィー(ファリア)>
「やっと起きたか、はよ飯食べてこい。行くぞ」
どうやらもう起きて朝ごはんも食べていたらしい。
健康的すぎる。朝の7時だよ、今。
<シリウス>
「こんな早くからどこにいくの?」
<ソフィー>
「小僧」
<ミスガイ・トライアス>
「ボク?」
<ソフィー>
「今日お前の修道院と城へ案内せい」
<ミスガイ・トライアス>
「え、ええええええええ!」
朝ごはんは流石に怪魚じゃなかったけど、魚のパイが出てきた。
味は美味しかったけど………………それどころじゃなかった。
会話も全然弾まないし、お互い噛み噛みでしゃべってたしなあ。
支度を終わらせ、僕達はまず修道院に行くことにした。
彼女が先導して道を案内してくれてるけど、足取りがゆっくりだ。
(そう言えば)
(なんじゃ?)
(男の子って分かってた?)
(まあの。それがどうした?昨今あまり珍しくも無かろうて。)
知ってたんかい!!!
そういうのは疎いかと思っていたけど、そういう所は最近の倫理観なんだな。
彼女…………彼は僕達の事が気になるのか、少し歩いては後ろを振り向き、様子を伺っているようで、その度に僕と目が合ってしまう。
このままじゃまともに話せない。一回冷静に……………………
<ソフィー>
「やはり修道院の近くともなると人が増えるな」
プラカードや旗を持った人達を通りで見かけるようになってきた。
<ソフィー>
「聞いておるか被検体って、何しておる」
頭が整理が追いつかない僕は百面相していたらしい。
そうしてる間に修道院に着いた。
修道院
<シリウス>
「ここが修道院…すごく高い!」
他の家と同じく石造りではあるが、高さが倍以上あり、全ての壁に細かな意匠が彫られている。
どっしりとした佇まいや荘厳さは一種の安心感さえ感じた。
<ミスガイ>
「ここがトライアス修道院。アヴィーチェ建設当時からあるんだよ」
<シリウス>
「じゃあ800年前からある………ってトライアス修道院?」
<ミスガイ>
「シスター長の名前が使われてて、僕が拾われたとき養子になったから名前が一緒なんだ」
照れくさそうに手を揉むトライアスさん。
これほど立派な建物と同じ名前だと少し照れるのも分かるような気がする。
しかし今のところ普通にしゃべれている。いいぞ、この調子だ。
<シリウス>
「前に来たことはあるの?」
<ソフィー>
「外観だけじゃな。中には入った事は無い」
入り口は開かれており、少し中の様子が見える。礼拝堂のようだ。
奥の方を見ると、1人の女の子がこちらの様子を伺っている。
<女の子>
「あれ?わー!ミスガイじゃん!みんな!ミスガイが帰ってきたよ!」
女の子が奥の方に声をかけると、たくさんの子供たちが集まってきた。
<童>
「ミスガイお兄ちゃんだ!」
<幼子>
「先生呼んでくるね!」
<幼女>
「きょうはなにしてあそんでくれるの?」
その数はどんどん増えていき、トライアスさんが見えなくなるほど周りに集まってきている。
よほど仲が良くて慕われているのだろう。
<男の子>
「今までどこ行っていたんだよ」
<ミスガイ>
「えっと、それは……」
<男の子>
「もう最近ずっと見ないから心配してたんだぞ」
<ミスガイ>
「う、うんごめんね」
<幼子>
「先生呼んできたよ!」
トライアスさんが子供たちと話してると、奥の方から老婦人がやってきた。
ソフィーと違って姿勢が良く、佇まいから歩き方まで美しい。
<先生>
「ミスガイ、帰ってきたのですね。無事で本当に何よりです」
<ミスガイ>
「う、うん。帰ってきたよ。心配かけてごめんなさい」
<先生>
「いいんですよ。あら、この方々は?」
<シリウス>
「僕たちは旅の者です。トライアスさんに色々案内してもらっています」
<先生>
「まあ、なんと!こんな所まではるばるありがとうございます。申し遅れました、私はこの修道院のシスター長を務めております、ルナ・トライアスです。」
この方が彼の育ての親。年老いてはいるが、アライドさん同様の貫禄がある。
確か精神年齢と外見は一致すると言っていたっけ。
よほど重厚な人生を歩んできたんだろう。
<ルナ・トライアス>
「せっかくですし、中をご覧になって下さい。貴女もどうぞこちらへ」
ソフィーの手を取ろうとするルナ・トライアスさん。
<ソフィー>
「心配は無用じゃ、1人で歩ける」
腰を曲げてそろりそろりと歩くソフィー。
演技なんだろうけど、シスター長さんを見た後だと少し滑稽に思えた。
それから僕達は修道院の中を案内してもらった。
礼拝堂の中のステンドグラスは床から天井まであり、色鮮やかで輝いていた。
子供たちがパイプオルガンの音楽に合わせて歌っていたのは微笑ましかったし、女性の像にみんなが祈りを捧げている所は思わず僕も手を合わせていた。
トライアスさん―彼も同様に祈りを捧げていたが、みんなの祈りが終わった後もずっと手を合わせて祈っていた。
神への祈り。
ここは神への信仰の場。
それって…………
<シリウス>
「これってダメなんじゃ!モリタミの人達みたいに!」
アスカさんが言っていた。
神を信仰する者達を世界に仇成す存在として見なし、虐殺し続けている
レヴィリオンの連盟軍。
彼らのようにここも――
<ミスガイ>
「それは大丈夫なんだ。規制はあるけど”異世界人”達の世界の宗教は懲罰の対象じゃないんだよ」
<シリウス>
「それはどうして!?」
<ルナ・トライアス>
「王がそうお決めになったのです。私もどうしてかは疑問なんですよ。しかし、私達の信仰している宗教は魔術と深い繋がりがあるために他の所より規制が緩いんです」
<シリウス>
「それはどういう――」
<男の子>
「シスター長!警備の方から連絡が。至急来てほしいと」
<ルナ・トライアス>
「そろそろ時間ですか。私は用事がありますのでここで。中庭もぜひ見に行って下さい。みんなも手伝って!」
<子供たち>
「はーい!」
そう言ってシスター長さんと子供たちは入り口の方へ駆けていった。
広い礼拝堂に取り残される3人。
<ソフィー>
「妾は少し中を見てくる。お前達は自由にせい」
<ミスガイ>
「そ、それじゃあどうしようか……………」
さっきまでは上手くしゃべれていたのに二人きりになるとどうしても気まずい。
<シリウス>
「あ、あの、それじゃ―」
<司会の男>
「それでは代表のトライアス様よりご挨拶を頂きたいと思います」
外から拡声器の声が聞こえた。
僕達はアイコンタクトで声のする方へ向かう。
入ってきた入り口が閉鎖されていたので裏手から外へ出る。
そこには道幅に収まりきらない大勢の人だかりと、修道院の入り口に立つルナ・トライアスさんだった。
<ルナ・トライアス>
「皆様お集まり頂きましてありがとうございます。
かつて、この街は誇り高き美しき都市でした。
潮風が運ぶ香り、職人たちの槌音、商人の声が響く市場の喧騒、そして誰もが息をのむ景観。多くの旅人がこの街を訪れ、胸に刻んで帰っていったのです。
しかし今、その栄光は色あせ、街は活気を失い、人々の希望さえも奪われつつあります。領主たちは復興を諦め、責任を放棄し、この街をルーンショットの手に明け渡そうとしているのです。
このままでは、私たちの誇る歴史も、積み上げた技術も、愛する風土もすべてが消え去ってしまう。
この街が築いてきた魂を、未来を、無言で手放していいのでしょうか!
いいえ、今こそ立ち上がる時です!
私たちの手で、私たちの街を取り戻しましょう!
市民の手による、市民のための未来を築くため、どうか皆さん、力を貸してください!
この街を再び輝かせるために、共に歩みましょう!」
人々からの喝采が上がる。大勢の拍手や賞賛の声が街に響く。
この熱狂を、希望に満ちた人々の顔ををどこかで見たような…………………
トライアスさんは演説を見るなり観衆から背を向けるように走り去っていく。
逃げる足が速くどんどん彼から引き離される。
<シリウス>
「待って下さい!!!」
彼は修道院の中まで走って行き、ちょうど中庭に出た。
草木は綺麗に生え揃えられており、色とりどりたくさんの花が咲き乱れている。
<シリウス>
「はあ、はあ、大丈夫ですか!?トライアスさん!」
<ミスガイ>
「ごめんなさい、逃げてしまって。この場所が落ち着くんです。」
彼は花畑を通り過ぎ、建物の柱の陰にうずくまった。
<ミスガイ>
「シスター長を見ているとなんだか眩しくって。あんなに真摯に街のことを考えてるって思うと。ボクなんて…………」
<シリウス>
「そんなことないですよ!トライアスさんだってちゃんと―」
言葉が詰まる。
こんな時、なんて声をかけてあげたらいいのだろうか。
街のことちゃんと考えてますよ!とかそういう言葉をかけるべきではない気がする。
<ソフィー>
「それなら全て勝ち取ってしまえばよいものを。中途半端にしておるから悩むのじゃ」
いつの間にかが僕達の所まで来ていたソフィー。
<ソフィー>
「ここにおったか。一通り構造は見たからの、修道院は飽きた。次の所に案内せい」
<ミスガイ>
「さっき言ったことって……………」
<ソフィー>
「そのまんまの意味じゃ。欲しいものがあれば求める、やりたいことがあるのならやってみる。何かを選ぼうと考えるからそうやってクヨクヨ悩む。妾はいつだってやりたいこと、欲しいものを諦めたことは無い」
だいぶ強欲だなこの魔法使い。
僕に対する実験もまだ諦めてないようだし。
でもその見た目(老婆)で言われるとなんだか含蓄のある言葉のように思える。
<ミスガイ>
「ボクは………………ボクは!あなたみたいに強くないんです!!」
彼は訴えるようにソフィーに言い放つ。
廊下に悲痛な声が響く。
<ソフィー>
「強い弱いの問題では無い。掴み取る”覚悟”があるかどうかじゃ。欲しいのなら全て欲せ。求めるなら全て求めよ。覚悟の無い者は何も得られぬぞ」
はっとするトライアスさん。
<ミスガイ>
「掴み取る……覚悟………」
言葉の意味を噛みしめるように彼は呟く。
納得したのかは分からない。
目をこする。
泣きそうになっていた顔に自ら張り手を打ち、彼は立ち上がった。
<ソフィー>
「話は終いじゃ。行くぞ」
<ミスガイ>
「は、はい!みんなに書き置き残してきます!」
そう言って礼拝堂の方へ駆けていった。
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13話 修道院へ行こう!
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アヴィーチェ城
城に来た。
海の方からも見えていたし、遠くから見ても分かる存在感は近くに来たことでより増している。とても大きい。
だけど…………………
<領主派の人々>
『カント様が示してくださった未来の姿を我々も築き上げていこうではありませんか!』
『いいぞ!』『カッツ様!お顔を見せてええええ!』『俺たちが街の未来を作るんだ!』
門の前で領主の支持者達集まり歓声を上げている。一方すぐ横で、
<修道院派の人々>
『譲渡反対!』『譲渡反対!!』
『ルーンショット撤退!』『ルーンショット撤退!』
『カッツ辞めろ!』『領主辞めろ!』
警備の人々が両派閥の間に入って止めているが、
一触即発の空気に常に緊張が走る。
<ソフィー>
「これじゃあ通れぬの」
<ミスガイ>
「裏門なら多分大丈夫だと思う!」
裏門に着くと人だかりはおらず、その代わりに門番と周辺には集会禁止の看板が建てられていた。
<門番>
「何用だ」
<ミスガイ>
「ボクの方が走るの速いんだぞ」
門番に話す事じゃない。どういう意味だろう?
<門番>
「選挙中だぞ、忙しくなさっている」
<ミスガイ>
「分かってます」
<門番>
「一応確認する……………………許可が下りた、入っていいぞ」
<シリウス>
「今のって!」
<ミスガイ>
「昔カント様と決めた合い言葉だよ。見られるとちょっと恥ずかしいけど」
会員制じゃないと入れない所でのやり取りだ。
こういうのちょっと憧れる。
中は芝生の庭が複雑に入り組んだ塀の周りを取り囲んでいる。入り口らしいものも見つからない。
門が開ききると僕と同じくらいの背丈の少年が待ち構えていた。
☆いっしょに!なになに~☆
トライアス修道院
海上都市アヴィーチェと同時に建設された建物
元々は大型救護施設だったものを後に修道院へと改修
シスター長はルナ・トライアス 890歳
建物の修繕は子供たちや修道院に通う人達によって行われており、特に中庭は”庭師”と呼ばれる特別な称号を持った子供たちが手入れや花の入れ替えを行っている
都市外の学校に行くのは大変だという思いから、学校の代わりとしてシスター長自ら教鞭を振るうようになった
多くの市民達はルナ・トライアスの教え子である