11話 ミスガイ・トライアス
<ミスガイ・トライアス>
「ボクの名前はミスガイ・トライアスと言います。何か手伝える事ありますか?」
出てきたのはちょっと前に水路に突き飛ばした少女のシスター。
金髪碧眼、三つ編みで顔はあどけなさが残る。
少女という年齢にしては僕達の誰よりも背が高い。
そしていわゆる僕っ娘だった。
恥ずかしいのか、緊張しているのか、目が泳いでいる。
<ファリア>
「それなら街を案内して貰おうかの、買い物がしたい。あと明明後日まで泊まれる宿もじゃ」
<ミスガイ・トライアス>
「は、はい!ボクに任せて下さい!」
<シリウス>
「僕はシリウス、よろしくね、そしてこいつが――」
<ファリア>
「ソフィーじゃ。案内よろしくの」
(ソフィーって何?)
(妾は有名人じゃらな。名前から警備の奴らにバレる事だってあるからの。念のためじゃ。)
<ミスガイ・トライアス>
「は、はい!よろしくお願いします!」
僕は彼女に握手をした。
彼女は緊張していたのか、手が少しゴツゴツした感じがした。
緊張しながらも張り切って歩いていくトライアスさん。
大丈夫かの?、なんて女は言いながら僕達はついて行くことにした。
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11話 ミスガイ・トライアス
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僕達はトライアスさんに案内されながら、スーパーマーケットで食料を買ったり、雑貨店で女が使う実験道具なんかを見たりした。
昔の事を思い出したのか、途中から女が街を案内してしまい、トライアスさんは僕達の後ろで縮こまってしまった。
ぽつんとやっていた出店で、ここの名物だという怪魚の丸焼きを食べた。
イチ押しだというテチテチという魚の丸焼きを買ったが、さっきの魔石以上の大きさで食べ切れなさそうだったので、トライアスさんと半分こして食べた。
彼女は少し元気を取り戻したみたいで良かった。
味の感想は魚なのに肉を食べてるみたいだった。ちなみに女は食べていないが。
どこを見てもそうだったが、店の周辺には人はそれなりにいるものの、一つ通路に入るとほとんど人を見かけなかった。閑散としている。
<シリウス>
「おいしかったなあ!魚なのになんであんなにジューシーで肉みたいな感じなんだろう」
<ミスガイ・トライアス>
「水路がすぐ側にあるから新鮮な怪魚が釣れるって昔から有名なんだ」
<シリウス>
「なんで食べなかったの?美味しかったのに」
<ソフィー(ファリア)>
「飽きた。ここへ来るたび食っておったからの」
<シリウス>
「でも来るの久しぶりなんでしょ、400年ぶりとか言ってたし」
<ミスガイ・トライアス>
「か、かなり久しぶりなんですね。もしかしてシスター長より長生きかも」
<シリウス>
「というか、あんまり聞かなかったけど何歳なの?」
<ソフィー(ファリア)>
「はあ、前世でも言われておらんかったか?乙女に年齢の話はするなと」
普段の姿なら気にしなかったけど、その格好(老婆)で言うとね…………
ミスガイさんもなんとも言えない目をしている。
<ミスガイ・トライアス>
「前世って、君ってもしかして転生者?」
<シリウス>
「はい、2週間前に」
<ミスガイ・トライアス>
「最近じゃん!じゃあ異世界の年齢についてはあんまり知らないよね」
そういえば、転生してきてからあんまり年齢の話は聞かなかったかな。
裕平やエミー、サトウは転生前と後でバラバラだって言っていたっけ。
<ミスガイ・トライアス>
「この世界で生まれてくる人達は見た目が精神年齢と同じなんだ。
だから見た目が赤ちゃんだったら500歳でも思考とか言葉とかは赤ちゃんのままだし、30歳でも見た目がおじいちゃんだったら精神は結構成熟してるって事」
どうやら年齢と見た目が比例しないみたい。精神年齢がそのまま見た目に反映されるって感じかもしれない。
<ミスガイ・トライアス>
「極端に言っちゃったけどね。ちなみにボクは121歳なんだ」
<シリウス>
「121歳!!」
少女の見た目からは想像つかない年齢を聞く。
女の方ははどうなんだろうか、少なくとも変装前は結構若めの姿をしてたけれど。
そう思って女を見つめる。トライアスさんも見つめる。
<ソフィー(ファリア)>
「ふん、隠してるのが馬鹿らしくなってきよったわ。……800歳じゃ、800歳」
なにか含ませたような言い方だった。多分サバを読んでいる。
<シリウス>
「800歳!全然見えない!」
なんかキャバ嬢の褒め方みたいになっちゃった。
<ミスガイ・トライアス>
「さすがですね。年齢を重ねた分、風格があります」
<ソフィー(ファリア)>
「そうじゃろ、者共もっと褒めい」
僕のはともかく、ミスガイさんのは褒めているのかと言われると微妙なような………
まあ喜んでるのならいいや。
<ミスガイ・トライアス>
「ボクもそんな風になりたいです。ボクって年の割に見た目が幼いでしょ。だからまだまだ色々未熟なんだ。シスター長みたいに立派な人になりたいって思ってるんだけどね」
ふう、と溜息をつき、俯くトライアスさん。
その言葉は自分の限界を知っているが故のもののように思えた。
<ソフィー(ファリア)>
「年齢と外見が合わないコンプレックスなど、この世界じゃよくある事じゃがの。まあ妾はそんなもの気にせんが」
何となく分かってきたけど、女は”魔法使い”である事に絶対的な自信を持っている。
800年積み重ねた経験、技術、人生。
それに裏打ちされた自信、自身の核がちゃんと分かっているのは、それだけで自分を肯定できるものだと思う。
まあ、女はそういう繊細な事をあまり気にしなさそうだけれど。
僕はどうなんだろう。
見た目は8歳くらいだけど心は――
転生前の記憶はないけど、何となく大人のように振る舞っていたつもりではいた。
でも最近は逆に精神が体に引っ張られているような気がする。
態度や言動が前よりも正直になっている、子供っぽくなっているような――
それはこの女が僕に対する扱いが悪いのがいけないような気がするけど。
その後も空いてる店を探しては買い物を続けたが、少し自分のことが気になる。
”記憶という核”のない僕は僕であると言えるのだろうか。
<ソフィー>
「買うものも揃ったしの。そろそろ宿に案内せい」
<ミスガイ・トライアス>
「は、はい!ええっと…………」
<ソフィー>
「どうした?分からぬのか?」
<シリウス>
「途中で案内なしに自分で行こうとするから…………」
女に目線を合わせまいと俯いたり、目を泳がせている。自信を無くしてしまったのだろうか。
<シリウス>
「前泊まった場所は?」
<ソフィー>
「前のところは見たがもうなかったからの。…………それにしてもさっきから後ろが騒がしい」
振り向くと人だかりがあるのを発見した。
よく見ると、トライアスさんと同じ服のシスターが高台に立ってなにやら下の人達に話をしている。
<………>
「今、アヴィーチェは最大の分岐点に立っています。再び誇りあるこの街を取り戻しましょう!」
シスターの声に呼応するように歓声を上げる人々。
横目でトライアスさんを見ると、少し俯いているようにも見える。
<シリウス>
「なんだろう?」
<ソフィー>
「ちと見てみるか」
<ミスガイ・トライアス>
「こ、こっちです!ほ、ほら暗くなってきましたし、お疲れでしょうから、行きますよ!」
少し小走りで僕達を案内するトライアスさん。
後ろの演説が少し気になりながらも彼女についていった。
宿は四階建てくらいの家屋、灯は点々とついているが人が泊まっている気配はなさそう。
<ソフィー>
「本当にここか?やっておる気配がないのじゃが」
<ミスガイ>
「一応やってることは確認しました!ここは夕日が綺麗に見える絶好の場所なんですよ!」
<ソフィー>
「まあ、泊まれればどこでも良いがの」
そう言って宿の扉を開ける直前、トライアスさんが目の前に来て僕達を引き止める。
<ミスガイ>
「す、すみません、助けて貰ったのにずうずうしいとは思うんですが、ぼ、ボクも一緒に泊めさせて下さい!」
彼女は頭を深々と下げ、懇願するように言った。
突然のことで驚いてしまったが、僕は少し考えて、
<シリウス>
「…………別にいいよね?今日は沢山お世話になったし」
<ソフィー>
「妾も特に問題ないがの。金は持っておるのか?」
<シリウス>
「宿代は出します!できることがあれば何でもします!」
<シリウス>
「そこまでしなくてもいいですよ!何でもするって言うと、何するか分からないので!」
女に少し睨まれているような気がする。
でもホントに何するか分からない。
最悪彼女が標本になってるかも。
<ソフィー>
「ならせっかくじゃし、妾からの質問を答えてもらおうかの。そしたら一緒に泊めてやる」
<ソフィー>
「あ、ありがとうございます!」
街が廃れているにしては中は小綺麗で、ラウンジはアンティーク調の家具やカーペットが敷かれている。
補修の跡はあれど家もボロくはない。昔からずっと大切にしてきたことが分かるようだった。
とりあえず近くのソファーに座り”質問”をするソフィー(ファリア)。
<ソフィー>
「あそこで喋っておったお主と同じ服を着ていた女。目を逸らしていたじゃろ。あれはなんじゃ?」
<ミスガイ>
「え!……あ………うん…………」
ビクッとなり、声が段々しぼんでいくトライアスさん。
少しの沈黙の後、僕達から目を逸らしながらも話し始めた。
<ミスガイ>
「…………今、領主達と修道院でアヴィーチェの未来を決める選挙が起きてます」
<シリウス>
「選挙ですか?」
<ミスガイ>
「うん。発端は2年前、現当主の父母様が亡くなって息子のカントく、カント様が領主となったんですけどまだ子供の姿で、今まで宰相をやっていた”カッツ様”が後見人兼、実質的な統治者となってます。
だけど、この街を再建するのは不可能だと考えたカッツ様はここの統治を海岸の、分家のアヴィーチェに明け渡すって言い始めたんです。」
<ソフィー>
「なるほどの、向こう|《海岸》がアヴィーチェの名を冠していたのは分家が統治しておるからか。」
<ミスガイ>
「はい、昔はここに住んでいたんですけど、開発の話があった時に喧嘩して向こうに行ったと聞いてます。
でも喧嘩のせいでアヴィーチェ行きの船も減って、ますます活気が無くなっちゃって。でも、両親が亡なって、この街をどうにかするには分家に頼らないといけないって話は進んでたんです。」
<ソフィー>
「統治はしたいがまだ領主は精神が伴っておらぬと。そして宰相は廃れゆくこの街を向こうに売リ飛ばそうとしているわけじゃな」
<ミスガイ>
「だからそんな領主達を見かねて、アヴィーチェの誇りを取り戻そう!そういう考えを持った人達が出てきたんです。その人達を率いているのが僕が通っている”トライアス修道院”です」
トライアスさんと同じ名前!じゃああの演説は選挙のためのものだったのか。
<ミスガイ>
「みんなは市民による統治と街の存続を目指してて、カッツ様や海岸《向こう》のアヴィーチェの領主様とも話し合って選挙で決めようってなったんです。選挙は明後日あって、今は選挙前の最後の追い込みです」
<ソフィー>
「あのジジイが明明後日って言っておったのは選挙日じゃからか。しかし一介の修道院が領主と交渉できる程の力を持つものか?」
<ミスガイ>
「昔から修道院が学校の代わりをしていたんです。領主様は代々、幼い頃に修道院で他の子供たちと一緒に勉強したり、遊んだりして縁があるんです。それもあってなんとか交渉できてるのはあります。
修道院でお世話になった他の子供達も大きくなって、今度は恩返ししたいって言って選挙を手伝ってくれてるのも大きいですね。」
<ソフィー>
「確かに、それなら交渉するテーブルに立つことも、選挙で人を集めることもできるか。」
<シリウス>
「トライアスさんは修道院に通ってるって言ってましたよね。じゃあ選挙を手伝ってるんですか?」
<ミスガイ>
「えっと、それは……………………」
<ミスガイ>
「僕はこの街が好きで、この街の景観が好きなんです!水の流れる音、夕焼けと街並み、鉄を叩く音、この街を守っていきたいって思ってます。
…………でも今の領主様、カント様とは昔からの友達なんです!彼も今大変で力になってあげたい!って思ってて、そう思ってたら修道院のみんなと居づらくて、だからお願いです!泊めて下さい!」
トライアスさんは再び頭を下げた。
<ソフィー>
「なんじゃ。中途半端な奴じゃの」
<シリウス>
「中途半端って、ちゃんと悩んでるんだよ」
彼女なりに街や友達、修道院の人達を大切に想っている。
でも選挙はどちらかに付くしかない。
だから揺れ動く感情を整理する時間が欲しいのかもしれない。
<シリウス>
「僕は泊めるのには賛成!僕達も迷惑かけちゃったし」
<ソフィー>
「別に泊めないとは言っておらぬ。知りたいことは聞けたし、泊めるのはやぶさかではないがの。あ」
何か思いついた様子のソフィー。
<ソフィー>
「ならもう一つ、ちょっと付き合ってもらおうかの。公園はあるか?」
<ミスガイ>
「はい、歩いてちょっとした所に。」
<シリウス>
「公園?何するの?」
<ソフィー>
「修行じゃ。」
<シリウス、ミスガイ>
『修行?』
公園
<ソフィー>
「さて、我が被検体よ。今後その状態では妾の役に立つどころか死ぬだけじゃ、妾のホムンクルスとしてのメンツが立たぬ。」
<ミスガイ>
「ええ!!君ホムンクルスなんですか!」
<シリウス>
「まあ、はい…………」
今まであまり考えないようにしてきた。自分がホムンクルスだという事実をまだ受け入れられていない自分がいる。
<ソフィー>
「その話は後じゃ。じゃから妾直々に指南してやろう。”魔術”を。」
この女が僕に何かをすると言ったら絶対ひどいことをするに決まってる!
僕にやったこと忘れてないからな!
<ソフィー>
「おい被検体、そう身構えるな。以前のような事はせん。無意味じゃと分かったからの。」
だからって安心できるか!
<ミスガイ>
「とりあえず聞かない?何かあったら僕がいますし!」
<シリウス>
「そう言うなら……」
<ソフィー>
「話はまとまったかの。」
<シリウス>
「本当にここで魔術の練習するの?大丈夫?」
<ソフィー>
「看板に”規定内の魔術使用可”って書いてあったしの。安心せえ、大規模な魔術はやらんし、規定を守っておれば警備の奴らも来ない。」
<シリウス>
「だったらいいけど。」
<ファリア>
「準備は良いかの。これから教えるのは魔術の成り立ち、その本質じゃ。小僧もよく聞いておれ」
はい!と返事をするトライアスさん。つられて僕も返事をする。
ん?小僧って言った?
<ファリア>
「良い返事じゃ。それでは授業を始めよう」
☆いっしょに!なになに~☆
海岸都市アヴィーチェ
レヴィリオン有数のリゾート地
第二次魔術大戦の折、海上都市に人が移り住んだために海岸は廃村寸前だったが、
大戦後、海上都市やその他の港との交易でなんとか維持していた
100年前ルーンショット社による大規模な再開発によって生まれ変わり
透明な海と熱すぎない気候や、超高層のホテル、商業施設の多様さで人気を博している
近辺の山を切り崩し、更なる開発を進める予定
喧嘩別れした分家である、トルドヴン・アヴィーチェ公爵が治めている
テチテチ
水上都市アヴィーチェで捕れる怪魚
怪魚は魔力を浴びた魚が突然変異した姿
巨大化や凶暴化するものや、変異しきれず歪な姿になる個体もある
元ある生態系を保護する面でも捕獲したり、食用にする流れがある
テチテチは100年前からアヴィーチェ内の水路でよく捕れるようになった怪魚で
体は丸く、片目だけが大きいのが特徴
刺身にする場合毒抜きをしなければならないが、加熱すると毒は消える。
肉質が良く、海岸都市にもよく卸されている