10話 侵入者
<ファリア>
「海上都市アヴィーチェ。800年前に魔王の一派との戦いに備えて作られた街じゃ。妾が来た時と外観が一切変わってないという事は、街並みもほぼ400年前に来た時のままじゃな」
<シリウス>
「え!そんな昔からあるの?」
<ファリア>
「そうじゃ。じゃが街並みが変わっておらぬというのは語弊かの」
<シリウス>
「というと?」
<ファリア>
「確かに建物自体は変わっておらぬが、あそこの街は”可変式”での。街の土台が海水でせり上がるし、街がブロックごとで分かれておって場所も移動する。
そうやって地の利を常に保って敵からの侵攻を防いでいたようじゃ」
<シリウス>
「詳しいね。さすがよく行ってただけのことはある」
<ファリア>
「侵攻後は可変する街を目当てによく遊覧船が城壁の周りを回っておったな。一日に何度も変わるから、見ていて飽きぬ」
<シリウス>
「その割には建物もあんまり見えないし、船もいないね」
実際に見えるのは城のてっぺんと、指で数える程の建物しか無かった。
<ファリア>
「昔は観光客が沢山おったのじゃがな、つくづく何が起こっておるんじゃ?」
頬杖をつき訝しむ女。
どうやら街に異変が起こっているみたい。
これから行くとこほんとに大丈夫かなあ?
やっぱりあっちの方が良かったな~
そうこうしているうちに城門にたどり着いた。
<ファリア>
「検問所に着いたな」
城門の横には小屋が浮いていて中に職員が二人見えている。
<職員>
「魔術が使える方は《《魔術免許証》》の提示をお願いします。」
<ファリア>
「魔術免許証?はて免許証とは?」
<職員>
「お持ちでは無いですか?」
<ファリア>
「そんなものは持っておらぬ」
<職員>
「申し訳ありません。免許証のない方はこちらに入る事は出来ませんので、免許センターにて免許を発行してもらって下さい。ここからだと、」
<ファリア>
「面倒じゃの、conduct」
なんかさっきも見たような気がする。
<シリウス>
「それ、ほんとに大丈夫なの?変な影響とか無い?」
<ファリア>
「ちょっと素直になって貰うだけじゃ。妾達はここを通って良いな?」
<ファリア>
「はい、問題ありません、お通り下さ――」
UーUーUーUー
どこからか警報が鳴り始めた。
『免許証未所持者による魔術行使を確認、至急警察は検問所に向かって下さい。繰り返します。免許証未所持者による――』
よく分からないがまずいのは分かる!
<シリウス>
「ほら操ろうとするから!」
<ファリア>
「門を開けよ!」
検問官が女の命令通りにボタンを押すと、城門が開き始めた。
<ファリア>
「逃げるぞ」
<シリウス>
「逃げるってどうやっ――」
<ファリア>
「Da Capo」
一瞬にして二人の姿が消えた。
<職員>
「…………あれ?どこ行ったんだろう?」
―――――――――――
10話 侵入者
―――――――――――
女の魔術で何とか逃げ切ったと思ってたんだけど………………
<シリウス>
「あばばばばばばばばばばばばばばばば」
僕達は今、アヴィーチェの上空をものすごいスピードで飛んでます!!!!
大量の空気が口の中に入ってきて上手く喋れない!
<ファリア>
「これ、口をおさえていろ。座標を決めずに飛んだせいで着地場所がわからぬが、まぁ警備は撒けたのでよしとするか」
<シリウス>
「こ゛れ゛どう゛や゛って゛ち゛ゃく゛ちす゛る゛の?」
<ファリア>
「ん〜さっきと一緒じゃな。ただ着地する場所が分かっておらぬから水路にでも落ちてしまうかも知れぬが」
そうこう言っているうちに高度がどんどん下がってきた!
水路の無いところを必死で探す、けどここ水路ばっかりじゃん!
<ファリア>
「おい被検体、あやつは―」
前を見ると水路にちょこんと座り俯いている修道女が1人。
<シリウス>
「よ゛けて!!!!!!!!」
<シスター>
「ん? ええええええええ!!!!!!」
こちらの声に気づいて彼女が振り向いた時には既に遅し。
シスターに激突し水路に落ちる自分。
そのまま自分といっしょに落ちるシスター。
自分を踏み台に華麗に宙返りで路道に着地する女。
<ファリア>
「ほれ被検体、何をやっとるんじゃ」
<シリウス>
「ごはっ! 踏み台にして落ちるなとか無茶言わないでよ。…………あー!!」
頑張って水路から這い上がる。
振り返るとシスターは水に浮いて気絶していた。
<警官達>
「探せ!不法侵入者だ。女と子供の二人!」
通路の奥から僕達を探す声がした。
<ファリア>
「この辺りにも警備の奴らはいたか。行くぞ、って何をしておる?」
<シリウス>
「僕たちのせいで溺れたんだから助けないと。」
水の上で伸びているシスターをなんとか担いで通路に上げる。
<シリウス>
「引き上げたけどどうしよう」
<ファリア>
「このまま見殺しにするのも後々面倒じゃCon brio」
<シスター>
「ごへおへおへっっ何が起こっってっ」
水を吐いて息を吹き返した。
<ファリア>
「よし、目覚めたな。行くぞ」
<シリウス>
「当たっちゃってごめんなさい。ここに僕たちがいたの内緒で。」
シスターは何のことやらとポカンとしている。
<ファリア>
「この姿は恐らくもう見られておるようじゃし。」
そう呟くと女の身長が縮んでいき、服も色あせてボロボロになっていき、老婆の姿になった。
<シリウス>
「えええ!なにそれ!」
<ファリア>
「いいから、じゃあのシスターの」
反射的にうん、と頷くシスターを背に僕達は去って行った。
<ファリア>
「ふー巻いたかの」
<シリウス>
「というかその姿だったら逃げる必要もなかったんじゃないか?」
<ファリア>
「奴らは魔力探知で妾達の居場所を見つけられる。じゃから魔力を誤魔化すまでの時間稼ぎで変装しておった。これで一息ついて街を見る事ができる。しかし――」
女が言いたいことは分かる。
この街は全て石造りで出来ている。
海岸の街と比べるとかなり古く感じるが、問題はそこでは無かった。
<ファリア>
「この廃れよう、本当にあのアヴィーチェなのか?」
街の大通り。店が並んでいた痕跡はある。
店の看板、テント、のぼり旗が出ているがどれもボロボロで、店も閉まっている。
大通りだというのに車はおろか歩いている人も数人しかいなかった。
<ファリア>
「昔は魔導具の街と言われておっての、高品質な魔導具目当てに客が大勢通りにおったんじゃが…………とりあえず買い物は後じゃ。まずは金を用意しないとの」
<シリウス>
「どこ行くんだ?」
* * * * * * *
宝石店 アビドス・アライド
店の奥の方にキセルをふかし、椅子でくつろいでいるお爺さんが一人。
それ以外に人はいない。店主のようだ。
<店主>
「いらっしゃい。…………これは、噂の侵入者だな」
一瞬で正体を看破した。只者じゃない。
<店主>
「そう身構えるな。捕まえるつもりはない。変装を解いたらどうだ」
女は老婆の姿から元に戻った。
<ファリア>
「久しいのう。400年ぶりか」
<店主>
「そんなものか。衰えたな、魔法使い」
<ファリア>
「まだくたばってなかったのか、宝石ジジイ」
まるで旧友にでも会ったように互いに悪態をついている。
<店主>
「この街の行く末を見届けるまではまだ死ねん、しかしよくここが分かったな」
<ファリア>
「昔は来るごとに店の場所が変わっておったが、この店だけはの。あれだけ派手な看板しておったらどこにいても分かる」
看板にはでかでかとピースサインしている店主の顔と”信頼と実績の宝石店”という謳い文句が描かれていた。
<店主>
「そうだな。ところで街中に注意喚起の情報が出回っていたぞ。お前達の写真がな。坊主の方はぼやけていたが」
検問所で撮られていたらしい。ぼやけてたおかげで見つからずに済んでよかった。
もし変装する事になったらこの女に蛙にでも変えられる!
<ファリア>
「追われる身なのは慣れておる」
<店主>
「それもそうか、今回は何の用だ」
女は右腕から割れた宝石を取り出すと近くにあったテーブルに放る。
<ファリア>
「これで頼む」
<店主>
「はいよ、制御に使っていた魔石か。個人的に好みじゃないが、大きさは一級品と言った所か」
<ファリア>
「それにしても変な趣味なのは変わらぬの」
店の中には宝石や魔石が大量に飾られてある。
しかしその全てが割れていたり歪んでいるものばかりだ。
<店主>
「偏屈なのはお互い様よ。しかしこの割れよう、お前の家もボロボロなんじゃないか?」
さすがだな、そう言って女は縮めたボロボロの家を腕から取り出す。
<店主>
「こいつも一緒に直しておく。その分渡す金は少ないが」
<ファリア>
「仕方あるまい。直せなくは無いが、餅は餅屋じゃ」
<店主>
「しかし、いつも1人で来るお前に連れがいるとは、性格でも変わったか?」
<ファリア>
「そやつは妾のホムンクルスじゃ。まだまだ未熟じゃがの」
<店主>
「へえ、お前さん名前はあるのか?」
<シリウス>
「シリウスと言います」
<店主>
「俺はアビドス・アライド。こいつは常連でね、昔色々と世話してやってたんだ」
<ファリア>
「世話された覚えは無いぞ」
<アビドス・アライド>
「こいつの相手は大変だろう。真面目に相手すると死んでしまう」
<シリウス>
「すごく分かります」
僕達の話を聞いて少しむすっとする女。
店主は少し笑って女にカードを投げる。
<アビドス・アライド>
「金はカードに入れておいたぞ」
<ファリア>
「カード?」
<アビドス・アライド>
「知らぬのか、今の主流はカード払いだ」
<ファリア>
「あまりそういうのは好かん」
<アビドス・アライド>
「まぁそう言うな。今じゃどの店も現金払いはしておらん。無論この店もな」
<ファリア>
「妾が見ぬうちにずいぶん変わったの。この街もそうじゃ。前に来た時はこうじゃなかったんじゃが、何があった?」
<アビドス・アライド>
「こっちに来る前、海岸の街を見ただろ。あの街の発展の仕方を見れば…………ってお前さんはこういうのに疎いんだったな」
アライドさんはカウンターに戻ると、椅子に深々と座り、話を続ける。
<アビドス・アライド>
「簡単に言えば向こうの街に人を取られたんだよ。昔の風景なんか眺めてるよりよっぽど良いってな。観光客も、この景観をずっと守ってきた職人達もな。今じゃほとんどいない」
<ファリア>
「取られたって、誰にじゃ?」
アライドさんは持っていた煙草をふかす。
一通りふかし終えるとゆっくりと語りはじめた。
<アビドス・アライド>
「ルーンショット社だ。」
ルーンショット社……確かあっちの空中看板にあったやつだ。
<アビドス・アライド>
「ルーンショット社は今や全世界の魔道具のシェア7割を持つ超巨大複合企業。奴らは世界中の優秀な職人共を片っ端からヘッドハンティングしている。個人店界隈じゃ根っからの嫌われ者だ。」
<ファリア>
「ルーンショット社…………もしやあの小娘の」
<アビドス・アライド>
「そうだ。そこのCEOをやってるのがお前の弟子、アースハール・ルーンショット。今じゃ魔法使いの1人だ」
<ファリア>
「弟子にした覚えはないが、随分と出世したもんじゃの。まさか”魔法使い”とは」
女と同じ魔法使い!
この女のせいで良いイメージがわかない。
同じくらい悪どい感じなのかな。
<アビドス・アライド>
「100年前、奴らが海岸の開発に乗り出した時、腕利きの職人連中はみんな引き抜かれてしまった。向こうの方が材料調達もスキルアップも金払いもここの何倍も良いって言ってな。
あいつらの店が向こうに出来てからというもの、ここの客足が細くなって段々と店を畳む奴らが増えていった。中には向こうで商売を続ける者もいたがな」
<ファリア>
「じゃからこんなにも店が閉まっておったのか」
<アビドス・アライド>
「廃れていく街をどうにかしようと頑張ってみたが、全てが水の泡と消えた。奴らの作る商品やサービスは時代の最先端をいっている、俺達じゃもう敵わない。
時代の流れって奴だ、古い世界は捨てられ、新しいものが時代を作る。この街も終わりが近い」
<シリウス>
「そんな!」
<アビドス・アライド>
「まあ、諦める気は無いがな。今ここに残っているのはこの場所が好きな偏屈な奴か、訳あって離れられない奴ばかりだ。
俺はこの街が好きだ。街に誰も居なくなるまで俺達は足掻き続けるさ」
<ファリア>
「そうか」
女は少し微笑ましそうに返事をした。
あれこれ一通り話し終えた後、
<アビドス・アライド>
「修理は明後日、いや明明後日までかかりそうだ」
<ファリア>
「問題ない。妾達はそんなに急いでおらぬからの」
<シリウス>
「ありがとうございました!」
<アビドス・アライド>
「見るものはあんまりないと思うが、楽しんでこい!変装は忘れずにな」
女は老婆に姿を変えて、アライドさんに手を振った。
<ファリア>
「さて、これで当分は金には困らんな、さて必要な物を買としよう。ん?」
店を出ると、遠くの壁で僕達を見ている人影が1人見えた。
僕達に気づいたのか、すっと壁の方へ隠れてしまった。
<ファリア>
「おいそこの、そこで隠れておるお主じゃ。妾が気づかないとでも思ったか、出てこい」
<……>
「は、はい……」
<ファリア>
「お主はさっきの、」
出てきたのは僕達が激突し………助けたシスターだった。
<シスター>
「あ、あの時助けてもらったお礼を言いたくて。言おうと思ったけど、どこか行っちゃったから」
<シリウス>
「助けただなんてそんな!」
水路に落としたのはこっちなのだけれども。
<シスター>
「ボクの名前はミスガイ・トライアスと言います。何か手伝える事ありますか?」
☆いっしょに!なになに~☆
海上都市アヴィーチェ
領主アヴィーチェ公爵が治める街
元々は海辺にある街だったが、第二次魔術大戦の際、魔王軍に対抗して海上に都市を建築、自然の要塞と化した都市は大戦終結まで崩れなかったという
外側を城壁で囲み、街を各ブロックに区分けし、時と場合によって可変、移動式にする事で難攻不落の都市と化した
壁で覆われているがそれよりも建造物が高く競り上がるため、外からでも街の姿を見る事ができる
海上に都市を作るにあたり、様々な技術者が集結した名残で技術者の街とも呼ばれていた
特に石工の技術においては世界有数であり魔石を加工した魔導具、装飾品が有名
その都市の美しさから第四次魔術大戦以降、他の街は復興に伴い大規模な再開発をされる中、1200年代の町並みを今も残し続けている
現在では時代の流れとともに街が寂れつつある
ルーンショット社
全世界の魔道具のシェア7割を誇る超巨大複合企業
CEOは魔法使いのアースハール・ルーンショット
その製品は魔道具にとどまらず、車、建築、ITシステム、農業といった幅広い事業を展開している
腕のいい技術者を片っ端からヘッドハンティングする姿勢は個人経営の人々からは嫌われている
世界の基幹システムはほぼすべてルーンショット社によるものなので、国とはズブズブの関係
そういうところも嫌われているが、潰れると生活が成り立たないので、仕方ないと割り切る人達が多い