愛に生きる者②
お久しぶりでございます~!
見捨てないでください!(切実
お茶会が終わり、ララスティは王妃から改めて話がしたいと言われたため、場所を変えて王妃と対面している。
非の打ちどころのない王妃と評判のコーネリア。
貴族からだけでなく、国民からの評判もいいために、不貞の事実が明らかになっても隠され、王妃の座を失わずに済んでいる。
本人もそのことを自覚しているのだろう。
不貞が発覚してからは、より一層国のために仕えているようにルドルフはみえると話していた、とララスティは思い出す。
「……最近、カイルとは仲良くしているかしら」
「はい。カイル殿下にはとてもよくしていただいておりますわ」
「そう」
コーネリアはそこで少しだけ考えるそぶりを見せた後、困ったように眉を寄せた。
「貴女に言うのもどうかとは思うのだけれど、貴女の妹は淑女の勉強が不足しているようね」
「……申し訳ございません」
ララスティもコーネリアをまねたかのように眉を寄せ、頭を下げて謝罪の言葉を口にしたが、それが見せかけであることはコーネリアも承知している。
エミリアの教育にララスティは関与していないし、もうすぐラインバルト公爵家を出る身だ。
今になって苦言を呈されてもどうしようもない。
だが、カイルが王族として、尚且つ国王の地位に立つにはララスティという存在と結ばれるほかはなく、カイルの次の国王はララスティの子供以外認められない。
(わたくしとあの人の子供は誰よりも幸せにしなくては。もうあの子にはわたくししかいないのだから)
コーネリアは内心でそう思いながらも、困ったように表情を作るララスティを見る。
次代を残すことが出来る正統な血を引く子供。
(ルドルフが王位継承をしないとはいえ、その子供はそうとは限りませんもの。わたくしとあの人の血を引く子をこの国の最高の存在にするためには、ララスティを手放すことはできないわ)
「カイルも優しい子だから、きっと貴女の妹を拒絶できないのね。でも、カイルにとっての一番は貴女なの、誤解しないであげて?」
「もちろん、わかっておりますわ」
ララスティが安心させるように微笑んで頷くと、コーネリアも頷く。
「……ただ、王妃様もおっしゃったようにカイル殿下はお優しくいらっしゃいますから、きっとエミリアも気をよくしてしまいますのね。わたくしからも忠言をしたいのですが、アインバッハ公爵家の皆様に止められてしまっておりますの」
「そう、あの方々が……」
アインバッハ公爵家を理由に出されてしまえば、王妃であるコーネリアであっても無理は言えなくなる。
ハルトはアインバッハ公爵家を敵に回すよりも、コーネリアを切り捨てる方を選ぶからだ。
ララスティの言葉に「そうね」とあいまいに微笑んだコーネリアは、「そうだわ」と思い出したようにポンと手を叩く。
「もうアインバッハの家で過ごしているのよね?」
「はい」
「今度、カイルがそちらにお伺いしてもよろしいかしら」
コーネリアの言葉に、ララスティは一度瞬きをした後、コールストに話を通すのなら問題はない、と答えるが、コーネリアは堅苦しいものではなく、婚約者同士の交流だと思って気軽に考えてほしいと引く姿勢を見せない。
「殿下をお招きにするのは、たとえ婚約者同士の交流であってもなんの準備もなしにとはいきませんわ。王妃様もご理解いただけると思いますの」
ララスティの言葉に、コーネリアは反論しようとも思ったが、しつこいと思われても困ると考え、やっと頷いて引く姿勢を見せた。
一瞬の沈黙後、ララスティは小さく息を吸い込む。
「これは、あくまでも噂なのですが……」
「なにかしら?」
「カイル殿下がエミリアと同じ部屋で一晩過ごしたそうですの」
ララスティの言葉に、コーネリアの動きが止まる。
「…………そのような噂、わたくしの耳には入っていないわ。ララスティ嬢はわたくしの知らないことをよくご存じなのね」
暗に、王妃ですら持ち合わせない情報網があるのかと探り、そしてその情報をこの場で全て話すか、秘匿するように笑顔で圧力をかけるコーネリアに、ララスティは十二歳の子供らしいきょとんとした顔を一瞬浮かべた後、にっこりと微笑む。
「先日、カイル殿下とシングウッド公爵領にお邪魔させていただいた際に耳にした噂ですの。でも、そうですわね……真実の愛を題材にした舞台に影響を受けた、些細な噂ですわ」
「……真実の愛、とは?」
コーネリアは一瞬だけピクリと指を跳ねさせたが、表面上はそ知らぬふりをしてララスティに問いかける。
「ふふ、王妃様もご興味がございまして? 最近、帝国やこの国の各所で人気の演目ですのよ」
楽し気に微笑むララスティに対して、コーネリアは内心で眉を寄せてしまう。
「そのような演目が人気だという話は聞きましたが、そのようなものに影響されて、根も葉もない噂をされては、カイルも困ってしまうでしょうね」
「そうですね。けれども、そのような内容になぞらえてしまいたくなるほど、カイル殿下を皆様が注目なさっているのですわ。民に人気となれば、王妃様も誉に思われるのではございませんの?」
ララスティの言葉にコーネリアは一瞬だけ目を細め、すぐにいつもの柔らかな笑みを浮かべて頷く。
「あの子が国民に望まれているのは、大変喜ばしいことです。ですが、それは嫉妬を向けられることへの裏返しでもあります。ありもしない戯言でカイルに害をなそうとするものがいるかもしれません。母親として、わたくしはそれが心配なのです」
「王妃様のカイル殿下への深い愛情には、深い尊敬の念を抱く以外ございませんわ。けれども、ご安心なさってください。先日見た演目は、確かに家の都合で結ばれない恋人の物語でしたが、そこには身分差もございましたの」
「……身分差、ですか?」
コーネリアの問いにララスティは頷く。
演目は、貴族の娘が家の都合で決められた婚約者がいるにも拘らず、騎士と恋に落ち結ばれる物語だと説明した。
「騎士はご令嬢の助力もあって武勲を立て、元々の婚約者もそこまで愛し合うのならと身を引いたので、周囲に祝われて結ばれますのよ」
「……その騎士は、貴族家出身なのかしら?」
「いいえ、平民ですわ」
「そう……夢物語にしてもお粗末ね」
コーネリアは自嘲気味に言うと、この話題は終わりだとでもいうように「ふう」と息を吐いた。
「改めて言うわ。カイルにはララスティ嬢の手助けが必要なの。どうか、これからもあの子をよろしくね」
「もちろんですわ。カイル殿下はわたくしにとって替えのきかないお方ですもの」
笑顔で答えるララスティに、コーネリアは満足気に頷くと、お茶会は終わりだと告げた。
自室に戻ったコーネリアは、優雅に長椅子に座るとゆっくりと目を閉じた。
(平民の騎士と貴族令嬢の恋物語、ね。2人が結ばれるなんて、まさに夢物語でしかないわ)
ハルトから求婚され、コーネリアはそれを受け入れた。
それ以外に選択肢などなかった。
もともとハルトの婚約者候補の中に名前があったし、コーネリアの両親が誰よりもコーネリアを王太子妃にしようと動いていた。
最高の教育、美を磨くための環境、決して他が手を出さないように根回しもしていた。
そしてハルトもまた、コーネリアに狙いを定めてからというもの、他の男がコーネリアに近づかないよう、やんわりと周囲に圧力をかけていた。
望まないのなら断ってくれて構わないと、そう言われた求婚に、断るという選択肢など存在していなかった。
(それに、ハルトの求婚を断ったところで、わたくしがあの人と結ばれることなどなかったわ)
子供のころからずっと憧れて傍に置き続けた護衛騎士。
王家に嫁ぐ際も、王太子妃直属ということで実家との雇用からコーネリア個人との契約に変更した上で、連れて王室に入った。
他の直属の護衛や侍女に紛れ込ませての行動だった。
特に、秘密の愛人にしようと思って連れてきたわけではない。
ただ傍にいて欲しいと、慣れ親しんだ護衛の方が安心できるとそう思ってのこと。
(王家に嫁いだからには、ハルトを愛し、支えようと誓ったわ)
だから、彼を王宮に伴ったことに下心などなかった。
けれども、王妃としての公務はともかく、子供ができない日々は、コーネリアの心を追い詰め、蝕んでいった。
主従を貫いていた関係が変わったきっかけは、ほんの些細な一言。
『俺は、貴女のためなら煉獄にでもついていきますよ』
彼からすれば苦しむ主に対して、自分は味方だと言いたかっただけなのかもしれない。
しかし、その一言は周囲からのプレッシャーにつぶされかけていたコーネリアが、胸の奥に鍵をかけてしまいこんだ古い恋心を刺激した。
(…………カイルを国王にしたら、わたくしもすぐにあなたのところに行くわ)
コーネリアは小さく息を吐き出すと、記憶の中にしか残る事を許されない愛する男に誓いを立てた。




