肥料をひとつまみ加える
シングウッド公爵領に滞在して七日目。
明日には王都に戻ると言う事で、歓迎パーティーの時のように送迎パーティーが行われた。
シングウッド公爵家に関わる多くの有力貴族と、商会の代表が参加する大きなパーティーとなり、別れの挨拶や王都での再会を願う声などを受けるルドルフやララスティ、カイルは笑みを湛えながらも常に人に囲まれ、エミリアに構っている余裕などなかった。
一人離れた場所でその様子を見ていることを強制される状態になったエミリアは、当然面白く思わず、何度かカイルの傍に行こうとしたが、その度に周囲に居た誰かに声を掛けられ妨害された。
そのままカイルの傍に近寄ることが出来ないまま機嫌が悪くなっていき、エミリアに話しかける人々はエミリアをさらに苛立たせる言葉を少しずつ落としていく。
「ララスティ様とカイル殿下は今回もお揃いの意匠を使っていらっしゃって、仲の良さを感じると思いませんか?」
「姉君は王太子妃、妹君は女公爵となる未来なんて、ランバルト公爵家の誇りですね」
「カイル殿下とララスティ様が並ぶと本当に絵になります。品のある方々はそこにいるだけで、こちらも身が引き締まる思いがいたしますよね」
エミリアを蔑ろにしてララスティを褒めるような言葉を言ってくる人もいる。
「エミリア様は随分と個性的なセンスでいらっしゃいますね」
「もう少し大人びたドレスもきっと似合うのではないでしょうか?」
「エミリア様が贔屓にしているデザイナーは、エミリア様の意見を無視してしまうのですか? それとも、エミリア様の意見しか聞かないのでしょうか?」
そんな風にララスティから渡されたドレスを通し、エミリアのセンスを馬鹿にするような言葉もあった。
「たまたまか、お姉さまが勝手にしただけかもしれませんよ。少なくともあたしはカイル殿下から何も聞いてません」
「あたしがランバルト公爵家を継ぐってまだきまってませんよ。なにがあるかわからないじゃないですか」
「お姉さまは確かにすごい人ですけど、すごすぎて近寄りがたいですよね。あたしはもちろん仲良くしたいんですけど、お姉さまはそうじゃないみたいです」
このようにララスティへの劣等感を思わせる言葉は、相手が軽く受け流してしまう。
エミリアが何を言ったところで、婚約者はララスティのままであるし、現在カイルの隣に立っているのもララスティだ。
微笑み合い、顔を寄せて小声で話す仕草は二人の親密さを感じさせ、エミリアが何を言おうとも負け惜しみにしか思えない。
「このドレス、お姉さまが今回の旅行にってくれたんです。だから、あたしの好みっていうわけじゃなくて……」
「このドレス子供っぽいですか? あたしは可愛くていいと思うんですけど、変なんですか? それって、お姉様があたしが悪く思われるようにわざとこのドレスを渡してきたってことですよね?」
「デザイナーにまかせたらあたしに似合わないドレスしか提案しないんです。だからあたしの好みをいっぱい反映してもらってます」
ドレスに関して、ララスティを責めるようなことを言うが、「くれた・渡された」と言われても今までの経緯から、エミリアが奪ったとしか思えない。
しかもどう考えてもララスティの趣味ではないドレス。
妥協に妥協を重ねてエミリアの意見を取り入れたとしても、エミリアの趣味を反映したドレスを事前に用意し、旅行中の衣服として提供したという考えになる。
実のところそれは当たっているのだが、エミリアから話を聞いたものがカイルとララスティ、そしてルドルフに確認を取れば三人とも、「ララスティがエミリアに今回の旅行で衣服を提供していない」と答えた。
「エミリア嬢は以前、ララスティ嬢の権利を一切害さないと僕と約束しているんだ。彼女がそれに反するなんて信じたくないよ」
「わたくしは当初から来る時に着用する服以外はこちらで揃える予定でございましたの。その証拠にこちらのお店にわたくし用のサイズの服が用意されておりましたわ。急ごしらえでサイズまで合わせたオートクチュールなど用意できるはずがございませんでしょう」
「ララスティはこちらの孤児院にある子供用の荷物は多く持ち込んでいるが、着用する予定のドレスや普段着は持ち込んでいない。仮にエミリア嬢がララスティの荷物を奪った……いや、渡されたと思っていても、まさかそれを着用するなんて思わないんじゃないか?」
三人の言葉に、誰もがエミリアの思い込みと浅はかさにあきれる。
確かにエミリアが着用しているドレスなどは、孤児院に居る子供たちが活用すると考えれば十分に贅沢な品物だ。
基本的にそのように寄付されたドレスは子供たちの手によって分解され、新しいものを作り出すための材料に使われる。
だからこそ、ララスティはフリルやレースの多い、子供っぽいデザインのものを寄付用の荷物として用意していた。
それを奪っておきながら、まるでララスティが悪いように言うエミリアの評価は、本人が知らないところでどんどんと下がっていく。
「もっとも彼女は誤解して、荷物に紛れていたララスティの私物を持っていったようだけれどね」
ルドルフの言葉にララスティは悲しそうな表情を浮かべた後、カイルを見て申し訳なさそうに目を伏せた。
「わたくしの確認不足でしたわ……」
悲し気に言うララスティに周囲の者は驚いたように顔を見合わせる。
「カイルがララスティの十二歳の誕生日に送ったネックレスを、こちらでも着けたいと持って来たのだが、仕分けしている時に荷物に混入してしまったようなんだ。それを、エミリア嬢は自分の物に出来ると手にしてしまったようでね。あの時のララスティは見ているこちらが心配になるほど落ち込んでいたよ」
その言葉に誰もが同情の視線をララスティに向け、カイルは慰めるようにララスティの手と握りしめた。
「……返して欲しいとはおっしゃらなかったのですか?」
話を聞いていた令嬢の一人が恐る恐るとそのような質問をしたが、ララスティは悲し気に首を横に振った。
「…………エミリア嬢は、一度ララスティ嬢から奪ったものはどのような理由があろうとも、自分の物だと言うんだ。返却するように言ったとしても、話が違うと言ったり、ララスティ嬢はたくさん持っているのだから一つぐらい譲ってくれてもいいだろうと言ったりするんだよ」
カイルがララスティの手を握り締めながら悔しそうに言うと、ララスティもカイルを宥めるように首を横に振った。
二人のそのやり取りだけで、いかにエミリアに苦労している者同士なのかが伝わってくるように感じ、周囲の者はさらに同情心を強めていく。
「見ての通り、カイルとララスティは仲良くしているのだが、どうにもエミリア嬢はカイルにご執心らしくてね。カイルも女性を蔑ろにするような教育を受けていないし、まだ若くあしらいもうまくなくてね。苦労しているんだ」
ルドルフの言葉に周囲の者が納得したように頷く。
カイルがララスティを差し置いてエミリアを優先している、贔屓しているという噂は流れているが、それがエミリアの一方的な行動の結果だとすれば話が変わってくる。
「もっとも、カイルは優しいからね。付きまとわれて渋々付き合っているだけの関係が、いつの間にか本気になる……なんてことにならないようにしなさい」
「はい、叔父上。僕にはララスティ嬢という素晴らしい婚約者がいますから。ララスティ嬢を幸せにするために出来る限りの努力をします」
「まあ! わたくしもカイル殿下のお気持ちに沿うように努力いたしますわ」
二人の言葉にルドルフが満足そうに頷いたのを見て、王家の未来は安泰だと誰もが思う反面、エミリアという邪魔ものさえ排除できればいいという考えが少しずつ染み込んで行った。
カイルとララスティを応援している叔父というスタンスを崩さず、カイルと親しくしている婚約者というスタンスを崩さず、ゆっくりと周囲の認識を誘導していくルドルフとララスティですw
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