風の噂⑤
公演が終わり、ララスティたちが観客の帰宅する混雑が落ち着くのを待っていると、劇団の者が挨拶をしに来たと聞かされ、ルドルフがボックス席に招く許可を出した。
入ってきたのは先ほどまで舞台上で演技を披露していた歌姫とその相手役、そして劇団長。
「疲れているだろうに、わざわざ来てくれてありがとう。素晴らしい演劇だったよ」
ルドルフがそう声をかけると、頭を下げていた三人にほっとしたような空気が流れたのを感じることが出来る。
頭を上げるように言われ、歌姫たちが頭を上げたのと同時に、ボックス席の扉が開きエミリアが戻って来る。
「え? 誰ですかこの人たち」
自分が知らない間に現れた三人に驚きの声をだしたエミリアが、当たり前のようにカイルの隣に座ると、劇団の三人は一瞬驚いたように目を大きくしたが、すぐに何事もないように笑みを戻す。
「今回の舞台の主役の二人と、団長だ。挨拶に来たんだよ」
「へえ」
ルドルフの説明にエミリアは特に興味もなさそうに返事をする。
エミリアの反応を気にせず、ルドルフやララスティ、カイルは劇団の三人に演目の感想を伝え、今後も期待していると笑みを向けた。
「演目の内容的に、お二人のご気分を害さないかと心配しておりましたが、そのようなことがなくて安心いたしました」
団長が笑みを浮かべたままララスティとカイルを見て言う。
「あら、今回の演目は政治的背景のない純粋な物語ですもの。確かに素晴らしさから感化されるかたはいらっしゃるかもしれませんが、わたくしたちのような立場のものはそのようなことは許されませんわ。ねえ、カイル殿下」
「…………常識的な王侯貴族の者は、自分がどのような立場にあってどのような影響力を持っているか理解しているからね」
カイルは否定とも肯定とも言えない返事をする。
その様子にララスティとルドルフは内心で笑ってしまう。
ララスティに好意を持っているとわかるカイルだが、好意を持っているからこそエミリアに好意を向けているように振舞わなければいけないと、思い込んでいる。
だからこそララスティの意見に賛同したくとも、エミリアを気にして物語の中でしかありえないとは言い切れない。
「カイルの言うとおりだ。きちんと教育を受け、自分の役割を理解している者は自分の行動に責任を持つもの。自分の選んだ行動の結果がどのようなものになっても、それは自己責任だ。……エミリア嬢もそう思うだろう?」
「へ!? あー……そうですね!」
話を聞いていないようにボーッとしているエミリアにルドルフが声をかけたが、エミリアは慌てたようにびくりと体を動かした後、笑みを浮かべてコクコクと首を上下に動かした。
「……それにしても、真実の愛で恋人が結ばれるなんて、本当に夢のような物語でしたわ。特に、二人の間に立ちはだかる婚約者や親の存在は印象的でした」
ララスティの言葉にエミリアの目が輝く。
「そう! そうですよ! 真実の愛で繋がった恋人たちは結ばれるべきですよね! それを邪魔するのは悪いことだと思います。だって、恋人たちの感情を無視してるってことじゃないですか。ありえません!」
急に元気よく話し出したエミリアに、劇団の三人は驚いたようにエミリアを見たが、隣にカイルが座っているのを見て「ああ」と苦笑してしまう。
「やっぱり、本人の気持ちって大事だと思うんです。自分の心に素直になって行動すれば、幸せじゃないですか! そう思いますよね? だからそういう劇をしたんですよね!」
エミリアが劇団の三人に同意を求めるように言うので、団長が笑みを浮かべる。
「そうですね、物語の中でなら幸せな瞬間で終わることが出来ますから、誰だってそれを好ましく思えます。叶わないからこそ、夢を見てしまうのでしょう。我々はその夢を見るお手伝いをさせていただいております」
「そういうのよくないと思います」
団長の言葉にエミリアが急に機嫌を悪くしたように声を低くした。
「叶わないとか、そうやって決めつけるから、自分の気持ちを押し殺して不幸になる人がいっぱいいるんですよ! 好きな人と結ばれないなんて、そんな理不尽なことがあっていいはずがありません!」
強い口調に団長とその後ろに並ぶ団員の二人は苦笑してしまう。
「王侯貴族のように高貴な方々の努力と献身に、我々は感謝と尊敬の念を抱くばかりです」
そういって微笑んだ団長に、エミリアは「わかってないですね」とため息をついた。
「なんで王侯貴族だからって自分を犠牲にしないといけないんですか? そんなの差別じゃないですか」
「…………我々は、民のことを思い行動なさる王侯貴族の方々に支えられております」
「だからなんですか」
エミリアが機嫌が悪そうに口調を尖らせ始めると、ララスティが微笑んで団長に声をかけた。
「物語の中にもありましたが、恋する乙女の情熱や行動力には驚きとともに、感心してしまう部分もありますわね。それこそが恋愛の醍醐味なのかもしれませんが、きっと当人にとってなによりも大切なものなのではないでしょうか? だからこそ、恋を胸に抱く方々は輝いて見える。そうではございませんか?」
ララスティの言葉に団長が深く頷く。
「エミリアさんもそう思っていらっしゃるから、つい熱くなってしまいましたのよね? だって、恋をする方は美しく輝いているんですもの。味方をしたくなる気持ちも分かりますわ」
「その通りです!」
エミリアはララスティが自分の応援をしていると思い、力強く頷いた。
「カイル殿下も、自分のお心に沿うように動いていらっしゃいますもの。わたくしはカイル殿下のお考えを優先いたしますわ」
カイルはその言葉に淡く微笑んで頷く。
それを見た劇団の三人は、出回っている噂が本当なのだとほぼ確信した。
王太子のカイル殿下は、王命によって決められた婚約者のララスティ嬢の異母妹であるエミリア嬢と深い仲になり、ララスティ嬢を蔑ろにしている。
ララスティ嬢は実の家族から虐げられているにも関わらず、家族に気を使い異母妹のために耐え忍ぶどころか、二人の仲に協力させられている。
自分の立場や感情に耐え忍ぶララスティ嬢に、エミリア嬢はそれが当然とでもいうように傲慢にふるまっている。
噂は貴族の間だけではなく、貴族とかかわりの深い者の間でも有名で、最近では商人を通じて平民にも広まっている。
これでララスティに非があれば変わってくるが、現状ではララスティに何の問題もなく、対抗派閥や個人的にララスティを疎んじている者を除けば、その評価は高い。
また、エミリアがいない場面では、カイルとララスティは以前と変わらず仲睦まじい様子が見られ、エミリアが悪意を持ってカイルに近づき脅す形で誘惑し、ララスティを苦しめているのではないかという噂もある。
今も、本来ならララスティと座るべきカイルの隣に堂々と座っている。
しかも中央に配置されたソファーにだ。
ボックス席の隅にそっと置かれている一人掛けの大き目なソファーは、恐らく急遽参加することになったエミリア用だっただろうに、その存在を無視している。
(品もなければ知性もない。子供の時は平民の中で育ったとはいえ、あまりにもお粗末な出来だな)
団長は心の中でそう考えつつも、表面上は笑みを浮かべたままルドルフやララスティと会話を続けていく。
そんな中、エミリアは何を思ったのか急に立ち上がり、劇団の女優に近づいてその顔をじっと見つめ、にっこりと笑う。
「私に何かご用でしょうか、お嬢様」
女性の団員が笑みを浮かべて尋ねると、エミリアは「平民が貴族の役をやるのって、やっぱり大変ですか?」と純粋な目を向けながら尋ねた。
「私どもは、王侯貴族の方々にも見ていただく機会がございますが、多くは平民向けに演じております。ですから、演じている貴族の役柄は民が夢見るものでございますよ」
微笑んで答えた団員に、エミリアは首をかしげる。
「でも、貴族じゃない人が貴族みたいなことをしても、やっぱり違いますよね。体に流れる血っていうのかな……それとも育ち? うーん、とにかく、ただの平民が貴族の演技をするなんて大変ですよね」
同情するように、または共感するようにエミリアはしみじみとそう言ったが、その場に居るエミリア以外は内心で呆れてため息をつくしかない。
エミリアの母親であるクロエこそ、後妻として貴族になった、ただの平民なのだ。
無意識なのだろうが、実の母親を陥れるような発言をしているエミリアについて、この後新しい噂が追加されて広まる事になった。
春一番のせいで、家の周りの土埃が致死レベル(´;ω;`)
エミリアがどんどん墓穴を掘ってますが、これは調子づかせるような演目にさせ、なおかつ煽ったララスティとルドルフの計画通りです(*´▽`*)
表向きは異母妹の恋を応援する異母姉と、甥の想いを応援する叔父ですが、どちらも自分が望むものを見るためだけに動いていますw
そんな腹黒な二人の今後の動向が気になる方は応援をどうか、どうかどうかどうかどうか∞お願いいたします!!!!




