古い記録と未来の記録
ララスティが図書室で歴史書を読んでいると、日差しを取り込むための窓の下からエミリアの声が聞こえ、のぞき込めばカイルの腕に自分の手を絡めた姿があった。
(カイル殿下は騎士団で訓練をすると聞いていたけれど、エミリアさんは付き添いかしら?)
家族でも婚約者でもない異性を連れて訓練に顔を出す。
それだけでカイルとエミリアの印象はどんどん悪くなっていくという事実に、カイルは気づいているのだろうかとララスティは考えつつ、読んでいた本を閉じて窓辺の席から離れた。
図書室内を移動し、窓の光が差し込まない分、魔道具による照明がふんだんに使われている場所のソファーに座ると、小さく息をつく。
するとタイミングを見計らっていたのか、メイドがテーブルの上に飲み物と小さめのサンドイッチを用意した。
「ありがとう」
「ごゆっくりなさいませ」
メイドはそう言って再びララスティの邪魔にならないように距離を取る。
それを確認してから早速カップを手に取り、用意されたハーブティーに口を付ける。
蜂蜜で調整をされた、甘いまろやかな味わいに思わず頬が緩んでしまう。
次いでサンドイッチに手を伸ばそうとした時、わざと立てられたらしい靴音に気づき目をやれば、ルドルフが近づいてくるのが見えた。
「読書は休憩か?」
「ええ、少々目が疲れてしまったものですから」
「それは大変だな」
ルドルフは器用に肩をすくめながらも距離を縮め、当たり前のようにララスティの隣に腰を下ろした。
「ルドルフ様……」
「問題ない」
誰が来るともしれない場所で、とララスティが咎めるように名前を呼んだが、ルドルフはむしろ安心させるように笑う。
その笑みに、人払いをしたか出入り口に見張りがいると察し、ララスティは困ったように眉を寄せた。
「こちらに到着して四日しか経っていないのに、荷物とカイルは順調に評判を落としているようだ」
「それはそうでしょうね」
歓迎パーティーでシングウッド領地のことを貶し、主役の一人であるララスティを追い出そうとし、婚約者持ちの王太子であるカイルに言い寄っていた。
どれもこれも教育を受けた淑女としてあってはならないことだし、招かれていないエミリアがしていい態度であるはずがない。
カイルはそんなエミリアを拒否することなく傍に置いていることで、不誠実であり信頼に欠けると思われ始めている。
「わたくし達がこちらに来るのに合わせて、社交界に影響を持つ方々も、国の重鎮も何人かいらしてるのに、大変ですわね」
「まったくだ。あの荷物さえこなければ、ララスティとカイルの仲の良さをしっかりアピールできるようにと、わざわざ招待したのが無駄になったな」
ルドルフは言いながら笑い、髪を崩さないように慎重な手つきでララスティの頭を撫でた。
その場面だけをみれば、不誠実な婚約者と異母妹に心を痛めている従兄妹姪を慰めているように見えるだろう。
「明日は街の視察に行く予定だったね」
「はい」
「護衛などはつくとはいえ、こちらに来て初めてのカイルと二人での外出だ」
「そうですわね」
ルドルフの言葉に頷いたララスティだが、エミリアが割り込んでくると確信している。
こちらに逗留するにあたり、本当の意味で何の予定もないのは、突然参加することになったエミリアのみ。
シングウッド公爵領のことを学ぶわけでもなく、開かれるパーティーやお茶会に強引に割り込むことしかしていない。
もちろん、昨日行われたお茶会は、シングウッド公爵家の重鎮の奥方たちが、ララスティを招いたもので、エミリアを招待したわけではない。
ララスティがお茶会に出かけると聞いて、強引について行き参加したのだ。
エミリアがララスティの乗る馬車に強引に乗り込んだ際、護衛の一人に先触れとしてエミリアの同行を知らせるように手配したが、当然歓迎はされなかった。
「今は貴族や大きな商会の会長などしかエミリアさんを知りませんが、街の視察にまでついていけば、平民にもエミリアさんの振舞いが広まりますわね」
「彼女はこの領地の価値を知らないようだから、田舎の平民だと思って横暴なふるまいをするかもしれないな」
「まあ! この国と帝国の交易を担う重要な領地に住まう領民ですのに。そもそも、平民に差をつけること自体、面白みがないことですわ」
ララスティは平民間で区別をすることはあっても、平民間で差をつける判断をしない。
王侯貴族の血が混ざってない平民は、どこまでいっても平民だ。
純血はいなくなっているとはいえ、王侯貴族はエルフの血を持ったもの。
アンソニアン王国は、帝国のような人間の国ではなく、エルフの国なのだ。
「明日、私は同行しないが……先日購入した黄色のワンピースを着て行きなさい」
「外を歩く際は上着を着ますので、あまり目立ちませんわよ?」
「コートは雪豹の毛皮を使ったものを買っただろう。あれがいい」
ニコニコと楽しそうに指定していくルドルフに、ララスティは驚いたように目を瞬かせたあと、「もうっ」と頬を膨らませたが了承の意思を伝えた。
ルドルフと二人になったからか、メイドが軽食を追加し、二人でそれを食べる。
どのサンドイッチもララスティ好みの味になっており、こんなところにもルドルフや連れてきた使用人たちの心遣いを感じ、嬉しくなるのと同時にその優秀さを自慢に思う。
「そういえば……」
「どうしましたの?」
軽食を食べ終わり、食後のお茶を飲んでいる時にふとルドルフが話し出す。
「私とララスティの関係について、一部の者は知っている」
「そうですわね」
ルドルフが手配した使用人、シングウッド公爵夫妻、シングウッド公爵家に仕える使用人や騎士の一部には、口外禁止を前提に知らせているとは聞いている。
他にも例外としてクルルシュを始めとした一部の帝国の関係者も知っている。
「その一部に、母上は含まれないが父上は含まれていることも伝えておこう」
「……父上、とは……前国王陛下で御間違いございませんか?」
「もちろん」
当たり前のように頷かれ、流石のララスティもめまいを起こしそうになってしまう。
シングウッド公爵夫妻に教えていると言われた時も驚いたが、それは結婚問題や跡取り問題が関係しているからと自己解釈していた。
だが、前国王にも知らせているとなれば話は変わってくる。しかも母親には知らせていない。
ここまでグレンジャーの動きを感じられないことから、様子を見られているのかと思わず緊張してしまうララスティを、安心させるようにルドルフは微笑んだ。
「父上はなによりも王族の血を重要視している。正しく血を引く者が王家を導くべきだとね」
ルドルフの言葉に、ララスティは眉を寄せてしまう。
その理屈で言えば、グレンジャーはカイルを廃してルドルフを王位につけようとしている。そう考えることが出来るのだ。
だが、ルドルフはセレンティアの輿入れの際にシングウッド公爵家と契約を交わしており、生まれた子供であるルドルフはシングウッド公爵家の当主となる事が決まっており、王位につくことは出来ない。
そこまで考え、ララスティはふと思いつき目を見開く。
「まさか、わたくし?」
ララスティは前王弟の孫。正しく血を引いていると言っても過言ではない。
否定して欲しいと顔に出しているララスティを落ち着かせるように、ルドルフはララスティの膝に手を置く。
「別にララスティを王位につけようとしているわけじゃない」
「あ、そっそうですわよね……」
女王がいなかったわけではないが、いきなりなれと言われても困ると思っていたララスティはルドルフの言葉に安堵する。
「ただ、父上は私とララスティの子供を王位につけたいとお考えだ」
前回も二人の子供が王位についたと言うルドルフに、ララスティは「そうでしたわ」と息を飲んだ。
「私を王位につけることは出来ない。かといって、王太子の婚約者であったララスティを王位につけるのも国民から反感が出ると考えたのだろう」
その言葉に、グレンジャーの中ではララスティとカイルの婚約解消は確実な未来と認識されていると理解させられる。
「そこで、年は離れているが私とララスティが結婚して生まれた子供を各家の跡取りとする。前回もそうだったけど、それが一番自然な流れになるだろうね」
「前回は、わたくしがルドルフ様の子供の母親とは公表されていませんでしたのよね?」
「それでも、王家やシングウッド公爵家は元より問題ないし、アインバッハ公爵家も言ってしまえば私の遠戚だ。コール兄上が私たちの子供を養子にして跡継ぎにするのに文句を言う者はいなかったさ」
つまり、跡取りに関してはグレンジャーの思うように動かされるとルドルフは笑った。
たまにはララスティとルドルフが二人で行動するシーンを書かないと(使命感
そんなわけで、イチャイチャはしてないけどまったり悪だくみの回です。
いやぁ、ルドルフの腹黒さはパパン譲りだね☆
不定期ですが頑張って更新していきますので応援よろしくお願いします!




