変わる者、変わらない者④
歓迎パーティーの行動のおかげか、エミリアに対する評判は悪く、シングウッド公爵家のタウンハウスの使用人も、エミリアに対して最低限の対応しかしなくなってしまった。
部屋の品質は保つが、それ以上の世話は要望がなければしない。
何か要望があっても「専属ではないのでわからない」「上に確認を取る」と言ってすぐに行動に移さないことも多い。
当然、エミリアは不満に思いカイルに愚痴を言うが、カイルはエミリアの言葉に相槌を打ちながらも、旅行中はいつもと違った環境を楽しむのも悪くないと使用人をさりげなく庇った。
エミリアはカイルが自分の話を聞いてくれたことに満足し、カイルが違う環境を楽しむと誘導したこともあり、多少の不便は気にしないことにした。
「それにしても、公爵領ってもっとにぎやかなものだと思ってましたけど、かなり静かなんですね」
エミリアの言葉にカイルは苦笑する。
「シングウッド公爵領は栄えてるよ」
「え? でもこの屋敷の周囲ってほとんど森じゃないですか。確かにお屋敷は大きくてお城って言われてもわかりますけど……」
エミリアはそう言いながら窓の外に視線を向ける。
窓から見えるのは栄えた街並みではなく、屋敷を囲む森だ。
街並みが見えないのは王都にあるランバルト公爵家も同じだが、木々の生えている広さの違いから、エミリアはシングウッド公爵領を発展していない田舎だと思っているらしい。
実際は屋敷の敷地面積が広く、塀で囲っている内側に森があり、その中央に本邸があるため外の状況がわからないだけなのだが、エミリアはそのことに気が付いていない。
そもそも、この屋敷に到着する前に門を通ってからもしばらく馬車で移動していたのを忘れているのかもしれない。
「……そういえば、エミリア嬢の今日と明日の予定は?」
「予定ですか? なにもないですよ。あ、またパーティーでもあるんですか?」
何の目的もなく、ただカイルと一緒に居たいというだけで準備もほとんどせずに来たのだ。
予定などあるわけがない。
「パーティーはないよ」
「なんだ。じゃあ、明日も暇ですね。こんなに暇なら王都でのんびりしてた方がよかったんじゃないですか?」
エミリアの言葉にカイルは苦笑する。
カイルとララスティはエミリアと違い、しっかりと予定を立ててシングウッド公爵領に訪問をしているのだ。
毎日分刻みに予定があるとは言わないが、休息時間も含めてしっかりとスケジュールが組まれている。
エミリアはパーティーの疲れが抜けないと言って昼食時間まで部屋から出なかったが、カイルとララスティはパーティーに引き続き、シングウッド公爵領の重要人物との懇親会に出席していた。
昼食を食べてからは休息時間となっており、ララスティは図書室に赴いてこの領地の過去の資料を確認すると言ったため、カイルは邪魔にならないようにとエミリアの様子を見に来たのだ。
「まあ、王都では学べないこともあるからと叔父上がこちらに招待してくれたんだよ」
「ええ? こんな田舎で学ぶことなんてあるんですか?」
「むしろ王都では学べないことだらけだよ」
カイルはそう言ってにっこりと微笑む。
実際、王太子という身分が影響し、商会の者とじっくり話すことはなかなかできない。
平民街に赴くことも難しく、平民の暮らしというものに触れ合う機会は、こうしてどこかの領地に休養と勉強をかねて訪問した時にしかなかなかできないのだ。
「ふーん。まあ、あたしは暇なんですけどね」
エミリアはそう言って退屈そうにあくびをしてからカップを持とうとし、空になっていることに気づいた。
ランバルト公爵家であれば、エミリアが気づく前にメイドが気づきお代わりを用意しているのだが、滞在中の専属のメイドがおらず、部屋の掃除以外は呼ばないとなにもしない。
お茶がないことにエミリアはげんなりすると、カイルの侍従が用意したポットを手に取った。
そのまま自分の分だけカップに注ぎ、ポットを自分の近くに置いたまま改めてカップを両手で持って口元に運んだ。
紅茶を飲みながらも、エミリアは暇をしている自分に対し、カイルが気を使って遊びの誘いをしてくるのを期待しているのだが、カイルの口からそのような話題は一向に出てこない。
子供のころから周囲に気を使われることが当たり前のエミリアは、自分が暇だと口にすれば、カイルが遊びに誘ってくれると思っている。
「時間があるのなら、庭の散策に行くのはどうだい? 王都にはない植物もあるし、いい運動になる」
「カイル殿下も一緒なら散策してあげてもいいですよ」
カイルが当然ついてくるというようにエミリアが頷くと、カイルは申し訳なさそうに眉を下げる。
「今日はこの後に騎士団で稽古をつけてもらう予定なんだ」
「ええ、そうなんですか? せっかく旅行に来てるのに、そんなことしなくちゃいけないなんて、大変ですね」
「シングウッド公爵領の騎士団は練度がとても高いんだ。訓練に混ぜてもらうだけでもありがたいよ」
「そういうものなんですか。…………あっそうだ! カイル殿下が騎士団で稽古をするっていうなら、あたしが差し入れを持っていきますよ!」
名案だと言わんばかりのエミリアに、カイルは「そう?」と首をかしげつつも笑みを浮かべる。
その笑みは恋人の差し入れを待ち望んでいるように見え、エミリアは無性にうれしくなってしまう。
「稽古にはいつからいくんですか?」
「この後向かう予定だよ」
「そうなんですね。あたしも一緒に行きます!」
「……そう」
差し入れをすると言っているのに、準備をする様子もなく一緒に行くというエミリアにカイルは一瞬沈黙したが、すぐになんでもないように笑みを浮かべる。
「訓練場には動きやすいドレスの方がいいと思うよ」
「そうなんですか? じゃあ着替えないと……お姉さまから貰ったドレスにいいのがあるといいけど」
エミリアはそう言って立ち上がるとドレッサーに向かう。
自分で用意していないので、どんな衣装があるのかきちんと把握していないのだ。
「うーん、ワンピースっぽいのもあるけどなんでこんなものまであるのかしら? ……動きやすそうなドレスってなると、これ? でも、これってあたしにあんまり似合わなさそうね」
お姉さまも考えて持ってくればいいのに、とエミリアがブツブツと言いながら衣装を選んでいるのを横目に、カイルはエミリアに気づかれないように冷たい視線を送った。
数十分かけて着るドレスが決まったのか、メイドを呼んで着替えをすると言うのでカイルは一度部屋を出て、自分も稽古用の服に着替えるためにあてがわれた客室に戻った。
しばらくして着替え終わったカイルがエミリアの部屋の前に戻ると、まだ着替えが終わってないようで、ノックをしたら中からメイドが出てきて待つように言われてしまう。
素直にドアの横の壁に背中を預けて待っていると、メイドが出てきてカイルに頭を下げて離れて行った。
改めてドアをノックすると、中からエミリアの声が聞こえ、勢いよくドアが開けられた。
「カイル殿下! 待ってたんですよ!」
「そう? それはすまなかったね」
実際、待っていたのはカイルだが、そのことを口に出さずにカイルはにこやかに謝罪の言葉を口にした。
「まあいいですよ。早く稽古に行きましょう!」
「ああ」
エミリアはカイルの腕を取って歩き出す。
その手は明らかに何も持っておらず、差し入れをするという目的を忘れてしまったのかとカイルは思ったが、そもそも差し入れの意味を理解していないのかもしれないとも考えた。
「そういえばエミリア嬢」
「なんですか?」
「差し入れしてくれると言ったけど、何を用意してくれたんだい?」
「え?」
エミリアはカイルの言葉にキョトンとしたあと、ゆっくりを首をかしげた。
「何か持っていく必要があるんですか?」
その言葉に、カイルはエミリアが差し入れの意味を理解していないことを、理解してしまった。
カイルは丁寧に差し入れに行くという状況は、何か飲食物などを持っていくのが多いことを伝えたが、今からでは時間もないので見学に切り替えるようエミリアに言い、エミリアも準備が面倒だと思ったのかカイルの意見に従った。
公爵家の使用人が子供っぽい嫌がらせをしている?
いいえ、それは違います
専属をつけないのはルドルフの判断。部屋の維持管理以外の仕事は割り当てていないのもルドルフの判断。
結論:ルドルフのいやがらせ
まあ、使用人たちが率先してエミリアのお世話をするといわないのは自業自得ですけどねw
カイルの思惑に気づいた方もいらっしゃるかしら?
そんなかたもそうでないかたも、ブクマや評価をお願いします★★★★★
ご意見ご感想、誤字指摘(←とっても重要)をどしどしお待ちしております




