シングウッド公爵領へ
アインバッハ公爵家とランバルト公爵家の間に結ばれた契約の期間は三年間だった。
だが、当然ながら成果は出ずに、延長の申し出をしてきたアーノルトに対し、コールストが付きつけた条件は以前とほぼ同じながら、ルドルフの監査の元手を加えられている。
ララスティのことだけではなく、今回の延長期間内に成果がでなければ、ランバルト公爵家への支援は今後一切しないことも含まれている。
ララスティが十二歳になった年の十二月。
ルドルフの提案でララスティとカイルは、シングウッド公爵領を訪れることになった。
最近、カイルがララスティよりもエミリアを優先しているという噂が流れているため、ハルトがルドルフに相談した結果なのだが、出発当日にシングウッド公爵家を訪れたカイルの馬車には、なぜかエミリアが同乗していた。
カイルにエスコートされて馬車から降りてくるエミリアを見て、ルドルフが思わずというようにため息をつくが、カイルは申し訳なさそうに少しだけ頭を下げるだけだった。
「この間の勉強会の時に、カイル殿下から今日のことを聞いて、あたしもぜひご一緒したいって思ったんです! なんといってもあたしとカイル殿下の思い出の場所ですからね! だから、カイル殿下に連れて行って欲しいってお願いしてみたら、快く承諾してくれたんです」
機嫌よく話すエミリアに、ルドルフはカイルを睨むように見る。
予定外の同行者をルドルフの許可なく連れてくるなど、本来ならあり得ない。
ルドルフがカイルとエミリアの仲を支援している立場だとしても、未承諾で同行させるなど、受け入れる側にとって迷惑でしかないのだ。
「つまり、カイルは王家の馬車でララスティのいないランバルト公爵家に行き、そこでエミリア嬢を乗せて我が家に来たと……」
「そうなんです! カイル殿下って優しいですよね」
出発までの時間を過ごすために応接室に集まっているララスティを含んだ四人。
ララスティは困った表情を浮かべ、何も言わずにいる。
カイルも特に何も弁明せず、エミリアが自慢気に話すのをただ聞くのみだ。
エミリアを愛していると言い、エミリアを優先する。
その考えに従った行動であるのだが、ララスティからしてみれば前回と随分違うカイルの行動に、早くエミリアとの真実の愛を作り上げて欲しいと思ってしまう。
「あたし、最近家に居ても楽しくないんです。ううん、なんていうのかな……寂しくて」
急にしょんぼりしたように声のトーンを落としたエミリアに、ララスティは視線を向ける。
「家の空気が重いっていうか、お母さんとお父さんは前みたいにあたしと話してくれなくなりました。特にお父さんはいつもイライラしてて、ちょっとしたことですぐ怒鳴るようになっちゃいました。前はこんなことなかったのに……」
エミリアはアーノルトが変わったと言うが、ララスティからしてればエミリアに対して本性を出したに過ぎない。
ララスティのことを放置してきたくせに、遭遇すると理不尽なことを言ってきて、仕向けたとはいえ手を出してくるような男だ。
エミリアのことを可愛がって来ていたが、それもアインバッハ公爵家の支援があってのもの。
つまりは金銭面的に余裕があってのことだ。
本来なら愛人との間に子供を作る余裕などないのに、それをしていたのは前妻であるミリアリスの実家の支援のおかげ。
両家の契約更新にあたり、金銭面に手を加えたことで以前のような余裕のある生活ができなくなり、精神的に追い詰められてきているのだろう。
「家に居ても、あたしのことを気にかけてくれる人なんていないって、そう感じるんです。だって、今回の旅行のための荷造りは誰も手伝ってくれないから、一人でしました。お母さんにしばらく出かけてくるって言っても、行先も聞かれませんでした。あたしに興味ないんでしょうね」
寂しそうに言うエミリアは、事情を知らない者が見れば気の毒に思うかもしれない。
だがランバルト公爵家に紛れ込ませている者からの報告を受けているララスティとルドルフは、エミリアの話していることが全てではない事を知っている。
荷造りを一人でしたのは、エミリアが最初に特別な旅行だから、荷造りを自分ですると言ったため。
クロエが行先を聞かなかったのは、カイルと一緒にシングウッド公爵家の領地に行くとエミリアが先に伝えたため、クロエから具体的な内容を聞かなかっただけにすぎない。
(前回も、こうして自分に都合のいいことだけを周囲に言いふらしていたのでしょうね)
その結果ララスティの立場はどんどん悪化していった。
でも、今回は前回とは違う。
「ルドルフ様、もう準備も終えてここまで来てしまっているのですもの。今更ランバルト公爵家に返すのはお気の毒ですわ」
わざとらしく同情するように言うララスティに、エミリアは一瞬目を鋭くしたが、すぐに同情を引くように涙を浮かべた目をルドルフに向けた。
「はあ、あちらに早馬を送る必要が出てしまったな」
ルドルフはそう言って執事に指示を出して、一口紅茶を飲むとカイルの隣に座っているエミリアに視線を向ける。
「それで、家庭内ではうまくいっていないということだが、具体的にどんなことをされているのかな? あまりにも行き過ぎた行いである場合、こちらとしても見過ごしておくことは出来なくてね」
ルドルフは口ではそう言うが、実際のところ各家の家庭事情にまで他家の者が関わる事はあまりない。
ララスティにコールストが関与できているのは伯父であるからで、ルドルフも従兄妹叔父であるからギリギリ関われているだけだ。
「え? えっと……お父さんは家にいる時間が短くなったし、家にいる時もお爺様と一緒に部屋にこもってばっかりなんです。お母さんもお父さんが構ってくれないって不機嫌で、あたしが一生懸命話しかけてもうるさいって怒られちゃうんです」
「他には?」
「ほ、他ですか? えっと、……あ! お母さんに旅行に持っていくためにアクセサリーを貸してって言ったら、ふざけないで! って怒られちゃったんです。お父さんに貰ったからダメとか言われましたけど、たくさんあるんだから少しぐらいって思いませんか?」
「なるほど。他には?」
「えっと…………お、お父さんがあたしがしっかりしないと、ランバルト公爵家の将来が危ないからって、今よりももっと勉強しなさいって言ってくるようになりました。今までは無理をしなくていいってくれてたのに、教師にいちいち結果を報告させて、うまくできないと叱ってくるようになったんです」
エミリアは自分がされた酷い事を話していくが、そのどれもがララスティがランバルト公爵家の者から受けたものと変わらない。
「それは大変だね」
ルドルフはエミリアではなくカイルを見ながらそう言って、クスリと笑った。
「それでエミリア嬢。今回の旅行に君が付いてくるのは、ララスティが承諾したし仕方がないとして、荷物はあれだけでよかったのかい?」
「え?」
ルドルフの言葉にエミリアは首をかしげた。
大荷物と言うわけではないが、往復の時間を含めた十日分の荷物を持ってきているつもりなのだ。
「ふむ、あの荷物の中には部屋着や外出着だけでなく、お茶会用のドレスやパーティー用のドレスやアクセサリー類は用意されてるのかい? 今回の滞在では、カイルとララスティは私に付いて社交界の人脈を広げるために、様々なパーティーなどにも顔を出すのだが」
「ええ!? そんなの聞いてません!」
エミリアはそう言って顔をしかめた後にララスティを見る。
「お姉さま、あたしにドレスを貸してください」
予想通りの言葉にララスティは思わず吹き出しそうになったが、表面上は驚きつつも困ったように首をかしげる。
「一応予備は準備しておりますが、わたくしも使用いたしますのでお貸しするのは難しいですわ」
「なんでそんなこと言うんですか!? 少しぐらい貸してくださいよ! あたしがこんなにお願いしてるのに!」
その言葉にララスティは言葉を詰まらせた後、ゆっくりと笑みを浮かべる。
「わかり———「ララスティ、向こうについたらエミリア嬢に荷物を全部渡してしまいなさい」
ララスティが「わかりました」と言う前に、ルドルフがララスティの言葉を遮るように言う。
驚いた表情を浮かべるララスティに、ルドルフはエミリアをちらっと見た後、ララスティに視線を戻す。
「あちらでうるさく言われて、せっかくの時間を台無しにされるのはララスティによくないからね。君の分は私が責任をもってあちらで準備しよう」
「いいね」と念を押すように言うルドルフに、ララスティは戸惑ったように頷いた。
そんなララスティを、エミリアの隣でカイルはどこか寂しそうに見つめていた。
カイル一言も話してないじゃん!?Σ_(´Д`_)
あ、次回から下拵え仕上げってことで。。。Eパートにしてもよかですか?(´;ω;`)
下拵えが思いのほか長くなってるので、そのうち気づいたら章分けとかタイトル変更をしてるかもしれません!
がんばれ、っていうか見やすくしろ!って思っているかたは叱咤激励の意味を込めてブクマや評価をどうぞよろしくお願いします!
誤字指摘、本当にありがとうございます!
毎回助かっております!




