知らなくとも正しき道を
ララスティの誕生日パーティーはそのまま継続され、ドレスを着替えたララスティが登場する。
そのドレスは先ほどまでのカイルとモチーフを合わせたものではなく、どちらかといえばルドルフとどこか共通する印象を与えるものだった。
「おや、私が贈ったドレスがよく似合う」
コールストがすかさず言うと、ララスティはにっこりと微笑む。
「そうね、私たちが贈ったアクセサリーもとても似合っているわ」
アマリアスがララスティの肩に手をかけて微笑んで言うと、オーギュストも満足そうに頷く。
まぎれもなくアインバッハ公爵家の品物で飾り立てられたララスティと、それに寄り添うアインバッハ公爵家の三人。
その姿はだれがどう見ても仲のいい家族だ。
「ララスティ姉君には帝国で用立てたドレスも来ていただきたいんですけどね」
「ふふ、そうおっしゃっていただけるのは嬉しいですわ」
クルルシュがそう言ってララスティをエスコートするように手を取って、先ほどまでいた会場の中央に戻る。
そこにはルドルフが立っており、クルルシュからララスティの手を譲られると、会場に宣言するように声を大きくした。
「少々騒ぎがあったが、今日は私の大切なララスティの十二歳の誕生日だ。このように折角集まっていただけたのだし、厄介ごとは今日ばかりは忘れて楽しもうじゃないか」
その言葉に賛成したようにグラスを掲げた貴族や、ララスティへのお祝いの言葉を改めて告げる貴族子女。
その視界にはもうカイルやエミリアの姿はなく、ララスティがさりげなく会場を確認すれば、いつの間にかアーノルトとクロエの傍にエミリアたちの姿があった。
先ほど両親は料理に夢中などと言っていたのに、結局は両親のもとに寄り添っている。
アーノルトたちはカイルがエミリアと一緒に現れたことに驚いているようだが、クロエはにやけ顔を隠そうともしない。
そこには、エミリアをララスティのかわりにカイルの婚約者にしようという考えもあったのだろう。
そんな集団からそっと視線を外し、ララスティは会場に集まっている貴族に、まだ社交界になれていない貴族子女に向けて、教育の場を提供することを改めて説明した。
子供ではあるが、逆に年が近いからこそ教えやすいのではという人選であること、王太子妃教育の一環として、貴族を導く予行練習としてハルトにも認められていると告げれば、多くの貴族が納得した。
ただ、ララスティが貴族子女を指導する間、カイルはどうしているのかと疑問を抱く者もいる。
「カイルは指導役として正式に登録しているわけではないが、私がシングウッド公爵家で政務について教える予定になっている。いい機会だからなにかあれば遠慮なくカイルに頼るといい。あの子のいい経験になる事を願っているよ」
ルドルフの言葉に「なるほど」と周囲の貴族が納得した。
その後、ララスティの誕生日をしっかりと祝いつつも、ルドルフが多くの貴族に教育の場を用意する話をし、身元がしっかりしている事や教育途中でシングウッド公爵家で教育するに値しないと判断すれば、途中であっても出入り禁止にすることを伝えた。
「父上も近年の後継者問題は気にしていらっしゃる。そのお気持ちを汲んで我が家が教育の場を提供しているのでね。ある意味実験段階の国家事業のようなものだね」
ルドルフの言葉に周囲の貴族に一瞬だけ緊張した空気が走った。
だがその空気はすぐに和やかなものに切り替わり、ルドルフの発言を聞かなかったように貴族たちは朗らかな笑みを浮かべている。
話を聞いた貴族の多くが、国家事業として貴族教育を行うが、その担い手であるルドルフやララスティが不出来と判断した場合、その子供は貴族社会に残る事ができない。それを察したのだ。
だが、それは逆にルドルフ達に認められれば、社交界での地位が上がる可能性があるということだ。
下位貴族にとって、高位貴族であるルドルフの後ろ盾があるというのは、何よりも魅力的だ。
いずれ王太子妃になるララスティに気に入られ、侍女にでも抜擢されれば貴族女性としては大出世。
社交界での地位も確約されたようなものだ。
一瞬で今後の計算をした貴族がララスティたちに言い寄ろうとしたが、その寸前でマリーカとシルフォーネがララスティの前に立った。
「ララスティ様、そのドレスとっても似合ってます!」
「本当ネ! 帝国風のドレスもいいけど、やっぱりこういうドレスがしっくりきますネ!」
「ありがとうございます」
人前なので少し他人行に話す三人だが、その親し気な雰囲気は隠しきれておらず、邪魔できる雰囲気ではない。
その後、一通りの挨拶が終わっていたこともあり、本当に親しい友人たちとの時間を過ごしたララスティだが、休憩すると言ってベランダに一人で出た。
宣言通りゆっくりと一人の時間を過ごしていたが、ふと人の気配を感じ振り向けば、そこにはカイルが微笑んで立っている。
いつかのパーティーの時のようだと内心で思いながら、ララスティは微笑み返した。
「エミリアさんはよろしいのですか?」
「彼女は御手洗いにいったよ。そこまでは流石について行けないと言えばわかってくれた」
「そうですの」
頷いたララスティにカイルは近づくと、隣に並ぶように立った。
「改めて、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
カイルはそう言って、長細い箱をララスティに差し出した。
「ネックレスだよ。ララスティ嬢に似合うように以前から準備していたんだ」
「そうでしたのね。嬉しいですわ」
ララスティが受け取ると、カイルは「でも」と寂しそうに微笑む。
「今後はこんな風にララスティ嬢のためにアクセサリーのデザインを考えることもできなくなるかな」
「……エミリアさんを愛していらっしゃるんですものね」
「…………そうだね」
カイルは頷くことはせずに言葉だけで肯定すると、じっとララスティを見た。
「君との婚約が決まった時は、お互いに好きな人を尊重し合える関係になれる、戦友になれる相手ができたことが嬉しくてしかたがなかったよ」
「そう言っていただけると嬉しいですわ」
「でも、実際に好きな人ができるって難しいね」
困ったようにカイルが笑い、ため息をつく。
カイルの好きな人がララスティと察しているため、カイルの言葉にララスティは苦笑し、何も答えない。
「でも、その人のためになにかしたい。そう思う気持ちは強くなったんだ。これからも、僕の好きな人は永遠に唯一の存在になると思う。かけがえのない人だよ」
「そうですの」
ゆっくりと話すカイルの言葉をララスティは言葉少なに聞き続ける。
「でも、僕は十二歳の子供で王太子なんて肩書を持ってるけどなにもできない。でも、こんな僕でも利用価値はあったんだ」
「利用価値?」
「父上の子供は僕だけだけど、ルドルフ叔父上は父上の弟で、ララスティ嬢は大お爺様の孫だ。王族の血を引いているのは僕だけじゃない」
カイルのその言葉にララスティは何も言わない。
「僕がいなくても、何とかなると思うんだ」
「……カイル殿下は王籍を離れる覚悟で動くおつもりですの?」
「僕は、好きな人のためならなんだってする。なんだってしたい」
(そうですわね。前回だって愛するエミリアさんのために長年王太子妃教育に取り組んでいたわたくしを捨てたんですもの)
「それが、たとえ今の身分を捨てることになったとしても」
(前回も貴方はそうおっしゃっていましたわね)
ララスティは心の中で返事をして、ゆっくりと息を吐きだした。
「カイル殿下はもう選択してしまいましたのよ」
「うん」
「約束ですわ。わたくしは、円満な婚約解消のためにカイル殿下に協力いたします」
「うん」
「どうぞ、ご自分の選択を信じて貫いてくださいませ」
ララスティはそう言ったあと、カイルに向けて綺麗な微笑み浮かべる。
「それに、もしかしたらエミリアさんへの気持ちは本物になるかもしれませんわ」
(だって、前回のあなたは真実の愛のためにわたくしを捨てたんですもの)
カイルはララスティの言葉に、息をつめたように目を見開いた後、悲し気な笑みを浮かべた。
まあ、正直カイルが可哀そうよなぁ…と思わなくもない。
前回はあんなことしちゃったけど、今回は被害者なんよなぁ。
流されやすい子なんだけど、正義感は強いんだよ…。
カイルへの同情票はブクマや評価でなにとぞ!




