老獪なる子供②
注目を集めたと察したものの、カイルはエミリアに離れるようには言わず、そのままエミリアを連れてララスティたちの前にやってくる。
「ララスティ嬢、場を離れていて申し訳ない。エミリア嬢が体調を崩したと言ったので人気のないところで休憩していたんだ」
まるで他意などないと言わんばかりのカイルの態度に、ララスティはにっこりと笑みを向ける。
「いいえ、わたくしこそ、異母妹にお気遣いくださりありがとうございます。エミリアさん、今は体調は大丈夫でして? もしまだ調子が悪いのでしたら、休憩室で引き続きお休みになっていても大丈夫でしてよ」
「大丈夫です、カイル殿下がずっと一緒に居てくれたから、すっかりよくなりました!」
「それはよかったですわ」
さりげなくララスティが休憩室でカイルとエミリアが過ごしていると広めるが、エミリア自身は気づいていない。
カイルも特に何も言わず、エミリアが自分の腕に抱き着いているのを咎めることもしない。
「カイル殿下は優しいんですね。ララスティ姉君の誕生日パーティーなのに異母妹の方に付き添うなんて」
にっこりと笑ってクルルシュがカイルに言うが、カイルもにっこりと笑みを返した。
「ララスティ嬢は今日の主役だからね。エミリア嬢のこととはいえ、君の手を煩わせたくなかったんだ」
「へえ、優しいんですね」
クルルシュは楽しそうに目を細め、ララスティを庇うように前に出る。
「でも、ボクだったらこういう場所では婚約者の傍にいることを選びますね。だって、そちらの令嬢はご両親もこの場にいらっしゃってますし、まずはそちらにお任せすべきでは?」
「それは……」
正論に言いよどむカイルだが、その腕に抱き着いているエミリアが「あたしのせいなんです!」と大声を出した。
「あたしがカイル殿下と一緒に居たいって言ったんです! だって、お父さんもお母さんもあたしよりも料理とかに夢中だし、他の人はお姉さまのことばっかりだし……。あたし、寂しかったんです!」
その言葉にクルルシュは目を細め「なるほど」とにっこり微笑む。
「婚約者に一人にされたララスティ姉君も心細い思いをしたでしょうが、カイル殿下はそちらのご令嬢を優先なさったのですね」
「そうです!」
カイルが答える前にエミリアが自慢気に答える。
周囲から冷たい視線が二人に向けられるが、エミリアはそのことに気が付かず、カイルは気づいていても相変わらず表情を変えない。
「クルルシュ様、カイル殿下はわたくしの異母妹に気を使ってくださったのですわ。ちゃんと戻っていらっしゃいましたし、いいではありませんか」
「……ララススティ姉君がそうおっしゃるのなら」
クルルシュがララスティの言葉にあっさりと引き下がり、立ち位置を変える。
ララスティの横に、まるで自分こそが婚約者だとでも言いたげに立つクルルシュだが、誰もそのことを責めることはできない。
本来の婚約者に蔑ろに扱われる又従姉を気遣っている構図でしかないからだ。
「ララスティ、挨拶が続いて喉が渇いただろう」
不意にそれまでの流れを切るようにルドルフがララスティに声をかけた。
その手にはフルーツジュースの入ったグラスがあり、ララスティは気遣いに顔をほころばせてグラスを受け取った。
「帝国から新しく取り寄せたフルーツを加工したジュースなんだ。クルルシュ殿下にはなじみのある味かもしれないね」
「へえ、なんだろう」
クルルシュもルドルフに勧められグラスを手に取り、その中身を一口飲んで頷く。
「なるほど、確かにボクには馴染みがある味ですね。ララスティ姉君も飲んでみて、おいしいよ」
「そうですの?」
ララスティは勧められるままに一口飲み、頷く。
「とてもおいしいですわ」
帝国でも珍しいフルーツを使用していると説明され、ララスティが頷いて聞いていると、ルドルフが残りのグラスをコールスト達にも渡していく。
「まだ輸入している数が少なくてね、今回お祝いの品物として提供できるのは今ある分だけなんだ」
「そうでしたのね。わたくしたちだけで独占してしまい申し訳ないですわ」
にっこり笑ってもう一口飲もうとしたララスティだが、それを止めるようにエミリアが声を上げる。
「それ、あたしも飲んでみたいです!」
その一言は決して小さくなく、せっかくルドルフがララスティを中心にした空気にしたのに、再びカイルとエミリアに視線が集まってしまう。
だが、エミリアがそう言った時点でどのグラスもすでに口を付けられている。
「……興味を持ってもらえるのは嬉しいよ。今度兄上にも献上する予定だからね、タイミングが合えば口にする機会もあるだろう」
エミリアにルドルフが言うが、エミリアは納得がいかないように眉を寄せた。
「ずるい……」
ぼそりと呟いたエミリアの声に、カイルは咄嗟にエミリアの行動を止めるように腕を押さえた。
「お姉さま! あたしにも一口くださいよ!」
そう言ってカイルに押さえられていない方の手を伸ばしたが、その手は運悪くララスティの体を押すようになってしまい、バランスを崩したララスティが足を滑らせて後ろ向きに倒れそうになる。
「ララスティ嬢!」
カイルが思わずと言うように叫んで手を伸ばすが、その前にララスティの傍にいたルドルフがララスティを抱えるようにして転倒を防いだ。
だが、倒れかけたことでララスティが持っていたグラスの中身がドレスにかかりシミができてしまう。
「ララスティ、大丈夫か?」
「はい、助けていただきありがとうございます」
そう言いながら、ララスティはルドルフの服が濡れないように注意しながら体を離す。
「エミリア嬢、なんてことをするんだ」
カイルが伸ばしかけていた手を戻してエミリアを責めれば、エミリアは「ごめんなさい」と素直に謝る。
「お姉さまを転ばせようなんて思ってなかったんです。ただ、本当にそのジュースを飲みたいって思って……。だって、お姉さまだけが飲むなんてずるいじゃないですか! カイル殿下だって飲んでないのに、お姉様は飲んでるんですよ!」
その言葉にため息をついたのはカイルではなくコールストだった。
「ララスティだけではなく私たちも飲んでいるが、それもずるいと言う事になるのかな? そもそも、人の飲みかけのものを奪おうとするなんて……」
呆れたように言うコールストにエミリアが顔を赤くすると、助けを求めるようにカイルを見る。
だが、カイルはエミリアを庇う事をせずに「僕が止められなくて申し訳なかった」と謝罪の言葉を口にした。
「……ララスティ姉君、ドレスが台無しになってしまいましたね。着替えていらっしゃった方がいいですよ」
クルルシュの言葉にララスティが頷くと、アマリアスが「着替えをしましょう」と言ってララスティの手を取って退席を促す。
ララスティも頷き着替えのために会場を出て行った。
それを確認してから、クルルシュは泣きそうな顔でカイルに抱き着くエミリアを見る。
「はあ、残念です」
会場に響かせるような声に自然に視線が集まる。
「あのドレスはララスティ姉君とカイル殿下がお揃いになるように仕立てたのですが、台無しになってしまいましたね。まあ、すぐにシミを抜けば、問題はないのでしょうが今日という晴れ舞台ではもう出番はありません。ああ、もしかしてララスティ姉君とカイル殿下がお揃いのものを身につけているのが気に入らなかったんですか?」
「え?」
クルルシュが困ったようにため息をついていうとエミリアが怪訝な声を出した。
「だからわざとララスティ姉君のドレスを着替えさせようと、ジュースをこぼしたのでしょうか?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
「そうですか。しかし、カイル殿下がララスティ姉君とお揃いのものを持っているのもお気に召さないのでは? なんせ随分と親しい仲のようですから」
クスリと笑ったクルルシュに、エミリアが驚いたような顔をした後、にんまりと口角を上げた。
「エミリア嬢はララスティ嬢の異母妹だから親しくしているだけですよ」
「へえ?」
疑わしいと言いたそうなクルルシュだったが、「まあまあ」とルドルフが止める。
「クルルシュ殿下はララスティを大切に思っているから気になってしまうのかもしれないが、ララスティは二人が健全な関係だと信じているんだ。その思いを踏みにじるのよくないさ」
「…………はあ、シングウッド小公爵がそうおっしゃるのなら」
そうは言って引くクルルシュだが、「今日のためにわざわざ仕立てたのに」としっかり周囲に伝えるのも忘れなかった。
なにげにルドルフよりもクルルシュ君の方が活躍してるけど、この子の活動タイミング少ないから許して♡
次の予定はシングウッド公爵家でのあれやこれやですよ~
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