老獪なる子供①
十月に入り、ララスティの十二歳の誕生日パーティーがアインバッハ公爵家で開かれた。
本来なら実家であるランバルト公爵家で開くべきなのだが、後見であるアインバッハ公爵家がわがままを言い出した。それがアーノルトの主張だ。
だが、もとよりララスティの誕生日パーティーを開く気がないのは誰もが理解している。
「ララスティ姉君、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます、クルルシュ様」
ララスティの誕生日に合わせるように訪問日を調整したクルルシュが、帝国を代表してとララスティにネックレスを贈る。
明らかに手間の掛けられた細工物、最高級の宝石や銀を使ったそれは人目を集め、この日一番の贈り物と囁かれる。
それこそ、帝国の皇子がララスティに求婚をするために王国を訪問するようになったと、そんな噂が出てしまうほどのものだ。
もちろん、ララスティとクルルシュが親し気にしているのも原因ではある。
「ララスティ姉君が以前コスモスがお好きだとおっしゃっていたので、誕生日に間に合うように職人に急がせてしまったんです」
「まあ、お気持ちは嬉しいですが、なんだかもうしわけないですわ」
「その分僕のお小遣いからできるだけボーナスを付けておきました」
「あら!」
楽し気に話すララスティとクルルシュを、アインバッハ公爵家の三人が優しく見守っている。
地質調査の名目でアンソニアン王国を訪問しているクルルシュの滞在先が、アインバッハ公爵家になっていることも、滞在期間中ララスティがずっとアインバッハ公爵家に滞在していることも、噂を増長させる要因になっているが、ララスティたちが気にする様子はない。
クルルシュにもすでに皇帝が決めた婚約者がおり、互いに政略結婚であることを理解しあった仕事上のパートナーとして、尊重し合っていると話を聞いているからだ。
ララスティもルドルフから、クルルシュが前回でちゃんと結婚して子供を成し、政略結婚ではあっても平穏な家族であったことを聞いている。
「ララスティ姉君が帝国に来てくれたら、お爺様たちは大喜びするでしょうね。ボクがこちらに地質調査にきているように、ララスティ姉君が逆に遊びに来てくれればいいのに」
「遊びになんて言ってはいけませんわ。立派な公務でしてよ」
「あっそっか」
「ふふふ」
和気あいあいと話しているララスティたちだが、誕生日の祝いに参加している招待客は、ララスティの傍にいるべき人物がいないことを不審に感じ始めてしまう。
とある人物たちが入場するまでは確かにララスティの傍にいたはずなのに、気づけばいなくなってしまった。
誰もがその行方を気にしつつも、主役であり国賓であるクルルシュを無視して探し回ることはできない。
そもそも、ララスティたちがカイルがいないことを黙認している。
「おや、我が国のお姫様を勧誘とは、帝国の皇子も抜け目がない」
「シングウッド小公爵。ご無沙汰しております」
少し遅れて登場したルドルフがララスティに挨拶をするため近づくと、シングウッド公爵家からだと言って、小ぶりなプレゼントの箱をララスティの前に差し出した。
「こちらは?」
「私としては、ララスティには髪飾りか何かがいいと言ったんだが、お婆様と母上が耳飾りにすべきだと主張してね。お爺様も参戦しての話し合いの結果、女性陣の意見が通って耳飾りになったよ」
その時のことを思い出したかのように疲れた表情を浮かべるルドルフに、ララスティとクルルシュだけでなく、コールストたちも笑う。
「ララスティはコスモスが好きだと言っていたが、アインバッハ公爵家の庭には愛らしい蔦薔薇のアーチがあるだろう? 母上がその花をモチーフにすると譲らなかったよ」
さりげなく、生家であるランバルト公爵家のものをモチーフにするのではなく、アインバッハ公爵家のものをモチーフにすることを周囲に伝える。
「確かに、これから長く使うのでしたらこちらのモチーフの方がいいかもしれませんわ。ランバルト公爵家のものをモチーフに使ったとなれば、お父様がなにをおっしゃるかわかりませんもの」
苦笑するララスティにその会話を盗み聞きしている者が、離れたところで飲み食いをしているアーノルトとクロエに視線を投げる。
娘の誕生日だというのに挨拶に来るでもなく、なにか祝いの品を渡すわけでもない。
義理で招待しているのに断ることなく参加し、当たり前のように遠慮なく食事をしているのだ。
「そういえば、カイルはどこかな? あの子に我が家で仕事を教えることになっているんだけど、まだ日程の調整が付かなくてね。ほら、幾人かの貴族子女を集めての講習もあるから、日程について軽く話し合いたいと思っているんだ」
ルドルフの言葉に周囲のざわめきが一瞬無くなってしまう。
それを確認してララスティは一瞬だけ、けれども誰もが分かるように傷ついた表情を浮かべ、無理に作ったような笑みに変えた。
「ご用事があるようで、今は席を外しておりますの」
「そうか。まあ、急ぎではないが……婚約者の誕生日なのに一人にするとは、あの子もしかたがないな。兄上からも説教してもらおうか?」
わざとらしくならないようにルドルフが言うと、ララスティは大げさだと笑う。
その姿は物事を大きくしたくないため、必死にカイルを庇っているようにしか見えない。
「ボクはパーティーが開始したときに挨拶をしましたが、そういえばいつの間にかいなくなってますね」
クルルシュがキョロリと会場内を見渡し、「うーん」と首をかしげる。
「ララスティ姉君の生家の人が来てからいなくなったよね」
「……そう、ですわね」
困ったように微笑むララスティに、クルルシュが「あっ」と言う表情を作り、その後ににっこりと笑みを浮かべる。
「そういえばララスティ姉君。叔父上が今度こちらに外交で来る予定なんだけど、その時の滞在場所をこの家にしてもいいかな? あ、叔父上の訪問に合わせてボクもまた来ようかな」
「それは伯父様に相談すべきですわ。わたくしはアインバッハ公爵家の娘ではございませんもの」
「そうだけど、ララスティ姉君は大叔母上から女主人の証を譲られているんでしょう?」
クルルシュの言葉にその言葉を聞いた全員が息を飲んだ。
ララスティがランバルト公爵家の女主人の証のことでアーノルトたちと揉め、暴力沙汰になったことは社交界の中でもまだ記憶に新しい。
だが、結局ランバルト公爵家の女主人の証はクロエからシシルジアに所有権が移動している。
シシルジアがララスティに女主人の証を譲りたいと考えているが、アーノルトがそれを邪魔している。
ララスティはいずれランバルト公爵家を出るのだからと言っているらしいが、シシルジアは権利だけでも残したいと主張している。
けれども、最近ではスエンヴィオもララスティがアインバッハ公爵家の養女になるとあきらめており、エミリアの淑女教育を進めようとシシルジアを説得し始めているらしい。
そんな状態でララスティにアインバッハ公爵家の女主人の証が譲られているとなれば、以前からあった養女の話は確定事項として社交界に伝わる。
仮に養女にならなくとも、アインバッハ公爵家の正式な継承者と認められたに等しい。
「そうですわね。けれどもお客様の滞在許可についてはやはり伯父様にありますわ。ねえ、伯父様」
「んー、確かにララスティの友人を幾日か泊めるのなら私の許可は要らないが、流石に国賓となればララスティではなく私を通していただきたいかな」
コールストが苦笑して言うと、クルルシュが「あはは」と明るく笑った。
「まあ確かに国家レベルの客人になっちゃうと、女主人の証があっても令嬢権限では難しいか。大叔母上もいるし、家族枠ってだめかなあ」
甘えるように言うクルルシュにコールストが笑う。
その態度に、急展開すぎる話題に緊張した雰囲気になっていた会場の空気が僅かに緩む。
そしてそのまま談笑を続けていると、会場の入り口付近が静かになり、ララスティたちの視線も自然とそちらに向けられた。
「へえ、婚約者の誕生日パーティーなのに、その異母妹と二人で仲良く登場なんて面白い演出だね」
クルルシュの大きくはないが小さくもない声が会場内に良く響いた。
間に合った!間に合った!間に合った!
ちょっと前後の整合性とれないけど、時間取れたらまとめて修正するから許してクレメンス!
許す、という寛大なお心のかたはブクマや評価をどうかお願いいたします!




