誘導された相談
一週間後、打ち合わせ通りアインバッハ公爵家に滞在しているララスティが体調不良になったということで、カイルがお見舞いに行った。
そのタイミングで偶然エミリアもララスティのお見舞いに訪ねてきた。
という前提でコールストと仕事の話で訪れていたルドルフとの話し合いが行われた。
「なるほど、それで王命で婚約を円満に解消したいということか」
ルドルフが一連の話を聞いてため息交じりに言うと、カイルが神妙な顔をして頷く横で、エミリアが自慢気な顔をしてカイルの腕に抱き着いた。
ララスティはそんな二人を優しい笑みを浮かべて一瞥すると、ルドルフに頷いてみせた。
「ララスティも同意しているようだし、婚約解消はいいが……私がそれに協力するメリットは?」
「メリットって、そんなの王太子のカイル殿下の役に立つんだからそれでいいじゃないですか」
エミリアがルドルフにそう言うが、そんなエミリアに対してルドルフは冷めた視線を向けた。
「王命に逆らう行動に協力をするんだ。私の立場を考えれば、下手をすれば叛意を疑われるかもしれない。その状況で、あえてカイルに協力する意味は? ララスティが王太子妃に選ばれたのは様々な理由があるが、君がすぐに取って代われるものではない。わかりやすく言えば、君がララスティの代わりに王太子妃になるメリットがないんだよ」
「なっ!」
ルドルフの言葉にエミリアが顔を真っ赤にするが、ララスティがエミリアが何かを言う前に口を開く。
「ルドルフ様、わたくしはカイル殿下と婚約当初に約束をしております。確かに陛下には承諾を得ていませんが、どちらかに好きな人ができれば円満に婚約解消するために協力すると言っておりますの」
「ふむ」
ララスティの言葉にルドルフは考えるそぶりを見せ、ララスティが納得しているのなら仕方がないとため息をついた。
「婚約を円満に解消するにあたり、少なくともエミリア嬢がララスティよりも優れていると周囲に納得させる必要がある」
「お姉様より優れてるって……、同じランバルト公爵家の娘なんだからそういうの必要なくないですか?」
エミリアはあくまでもララスティがランバルト公爵家の娘だから婚約者になっていると思っているため文句を言おうとするが、カイルが「確かに」と頷いたので何も言えなくなってしまう。
「何か一つでもいいんだ。ララスティ嬢よりも僕の婚約者にふさわしいと示すことができれば、周囲も納得してくれると思う」
「そんな……」
エミリアは苦々しい顔でララスティを睨みつけるが、カイルが横に居るからか何も言うことが出来ない。
その様子を見て、ルドルフはクスリと笑う。
「もしくは、ララスティの評判が王太子妃にふさわしくないとなれば……かな」
「叔父上、ララスティ嬢は何も悪くないのに」
カイルがそうルドルフに文句を言う横で、エミリアが秘かに顔を輝かせたが、もちろんララスティとルドルフはしっかりとそれを見ている。
このルドルフの台詞は事前の打ち合わせ通りであり、ララスティとしてはこの後のエミリアの行動を手助けすべく次の言葉を放つ。
「わたくしの評判はともかく、エミリアさんの評判をあげることは必要だと思いますわ。以前の騒ぎのせいでお父様やお義母様だけではなく、エミリアさんも評判を落としておりますもの」
言うまでもなく、四月に行われたパーティーでの騒ぎだ。
あれ以来ランバルト公爵家の評判は地に落ちている。
もちろん評判を回復させようとシシルジアが各所のお茶会に出席してフォローをしたが、クロエがそれを上回る醜態をさらし続けたため何の意味もなかった。
アーノルトも貴族間で評判を下げたが、それ以上にその後に自分で挽回をしなかったこと、なによりもルドルフに対する文句を周囲に話したことで、より評判を悪くしている。
エミリア自身はそのことは知らないが、招待されるお茶会で、自分に対するよそよそしさを察することが出来ないあたり、やはり二人の血を引いているのだとわかってしまう。
「評判を落としてるとか、そんなの関係なくないですか? あたしとカイル殿下は愛し合ってるんですよ!」
「なんの地位も責任もない平民であれば関係ないかもしれませんが、わたくし達はそうはいきませんわ」
ララスティがそう言うと、カイルも頷く。
「ララスティ嬢の言う通りだよ。貴族である以上責任が発生してしまう。もちろん、エミリア嬢がそんなものはどうでもいいと言うのなら、方法はあるけど……」
「そうなんですか!? だったらその方法を選びましょうよ!」
エミリアが満面の笑みを浮かべて言うと、カイルがにっこりと微笑む。
その微笑みを見てルドルフが一瞬だけ目を細めるが、すぐに元の表情になる。
「まあ、どちらにせよ婚約解消をするには兄上を納得させる必要がある。それに、私はララスティとカイルの仲を取り持つように動いていたから、急に態度を変えれば兄上が疑ってしまうだろうな」
「確かに」
カイルがそう言って考え込んだタイミングで、ルドルフが「仕方がない」とため息をついた。
「社交界ではカイルがランバルト公爵家に通っていることも不評だ」
「え!?」
そのことは初耳なのか、カイルが驚いたようにルドルフを見る。
「当然だろう。エミリア嬢とカイルのことは社交界では有名な醜聞だ。むしろララスティに会うという建前にして、堂々と逢瀬をするようになったと言われているぞ」
「そんな! 言いがかりです!」
エミリアがルドルフの言葉に反論するように言うが、カイルはそのような噂があるのかとため息を吐くだけだった。
「この状態でカイルとララスティの仲を進めるために、婚約者の交流のためのお茶会は、王宮に限定すべきだと言おうと思っていたところなんだ」
ルドルフはそう言って、「それもこの状況では難しいな」と肩を落とす。
「かといって、今の状態でランバルト公爵家で逢瀬を重ねても、カイルとエミリア嬢の仲は認められないだろうな」
「どうしてですか!」
「正式な婚約者であるララスティから、君がカイルを略奪したと言われるからだ」
「だから! あたしたちは愛し合って結ばれてるんです! 愛の無いお姉様とは違います!」
エミリアの主張にルドルフは「そんなことはどうでもいい」とあっさりと切り捨てるように言う。
「大切なのは建前だ。特に、ララスティは帝国の後ろ盾が強くなってきているしね」
ルドルフの言葉にエミリアが首をかしげる。
「わたくしの又従弟であるクルルシュ皇子が、年に二度ほど公式訪問することが決定しておりますの。その接待役として、わたくしが選ばれておりますのよ」
「ふーん」
意味を理解していないエミリアに、カイルが苦笑する。
「エミリア嬢、ララスティ嬢が帝国皇族の血を引いているのは知っているよね」
「へえ、そうなんですか」
興味がなさそうに言うエミリアにカイルは一瞬だけ目を細めるが、子供に言い聞かせるように優しく言葉を続ける。
「そんなララスティ嬢が改めて帝国との繋がりを示しているんだ」
「……え? どうしてですか?」
理解していないエミリアにカイルが帝国の皇子の接待をするというのは、帝国との繋がりを示していると改めて説明する。
「特に今回は向こうからララスティ嬢を指名してのことなんだ。帝国がララスティ嬢を重視しているのは……わかるよね?」
「えっ……あー、はい」
理解しているのか微妙な返事ではあるが、エミリアに期待していないのかルドルフ達が気にしていない。
ララスティの後ろに帝国という大きな存在があり、そのララスティと王太子であるカイルがいずれ結婚することは、国にとって重要な意味がある。
アインバッハ公爵家が途絶えてしまえば、アマリアスが持参金として持って来た穀倉地帯をどうするか国際問題になる可能性があるが、ララスティとカイルの結婚祝いとして正式にアンソニアン王家にその土地が譲渡されれば、国は当面安泰と言えるのだ。
そこまで説明しても、エミリアはいまいちわかっていないようで、とにかくララスティとカイルの結婚が周囲に望まれているとだけ理解し、機嫌を悪くしている。
「エミリアさんがカイル殿下の婚約者として認められるには、そういったメリットを越えるなにかを示さなければいけませんのよ」
何度目かになる言葉に、エミリアが苛立ったように大きく息を吐きだす。
「でもそれって、そっちの勝手な言い分ですよね? 愛し合うあたしとカイル殿下が努力するのっておかしいと思うんです!」
クロエはなんの努力もしていなかったが、アーノルトと結ばれた。とエミリアは主張する。
その言葉にララスティだけでなくカイルも苦笑してしまうが、エミリアの中では正当性を持った言葉なのだ。
「…………つまり君は努力することなくカイルと結ばれたいと?」
「あたしは努力する必要がないって言ってるんです!」
エミリアの言葉にルドルフは笑う。
「なんともあの親の子供らしい言葉だ」
その言葉にエミリアは眉間にしわを寄せるが、何か言う前にルドルフが次の言葉を放った。
「君が努力しないでカイルの婚約者として認められる方法はいくつかある」
「それってなんですか!?」
食らいつくように言うエミリアに、ルドルフはにっこりと笑う。
「さっきも言ったように、ララスティの評判を落とすことも手段の一つ。君が有力貴族を味方につけるという方法もある。つまりは、ランバルト公爵家以外の後見を見つけると言う事だ。そもそも、努力をしない貴族など論外だし、貴族として残るのであればこの二つが効果的な方法だな」
「ふーん、そうなんですね。じゃあ、お姉様の評判を下げるにはどうしたらいいですか?」
悪気もなく当然のように言うエミリアに、ルドルフとララスティは大笑いしそうになるのを堪え、困ったように微笑む。
「何事にも準備と段階が必要なのはわかるかな?」
「なんですか、それ」
ルドルフの言葉に眉を顰めるエミリア。
「ララスティとカイルの婚約解消に向けて、まずは下地を作ろうじゃないか」
「下地……」
訝し気に言うエミリアにルドルフはにっこりと頷いた。
ん~、なんだか文章がまとまらない(汗
あとで書き直すかもしれないです!
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