選び取った選択肢①
「あ、当たり前だと思ってるわけじゃありません……」
「じゃあ、どうしてララスティ嬢に譲られるのが当然だと思うんだい?」
「それは……お、お父さんがずっとそう言ってるから。この家のものは、いつか全部あたしのものになるから、お姉様の物も全部あたしのものだって」
ララスティの意思など関係ないと言わんばかりのエミリアの言葉。
どんなにララスティがエミリアたちを家族と思っても、エミリアたちは本心ではララスティを家族と認めていない証拠。
ランバルト公爵家の道具。所有物。
報われないとわかっていても希望を捨てられないのに、ただ利用されている。
(そんなの、ララスティ嬢が報われないじゃないか)
ララスティのことを全く考慮しないエミリアに憤りを感じながらも、同時にエミリアがこのように考えるのは育ってきた環境のせいだと同情してしまう。
(ララスティ嬢も、エミリア嬢も気の毒すぎる)
両親に恵まれないだけでこうも変わってしまうのかと、カイルは秘かに衝撃を受けてしまう。
王族として厳しくも優しい両親に恵まれたカイルにはない感覚。
目の前で泣きそうになっているエミリア。
初めて自分に弱い部分を見せて、震えていたララスティ。
「ララスティ嬢のものは、彼女のものだよ。君が好きにしていいものじゃない」
「でも、お姉様はランバルト公爵家の娘でしょう? だったら同じ娘であるあたしにも、同じ権利があるじゃないですか!」
「それは、ランバルト公爵家の娘として与えられる権利ならそうかもしれない」
「ですよね!」
実際、エミリアが公爵令嬢になった当初、ララスティはアーノルトにそう言われ、多くのものをエミリアに譲ることになった。
「だが、ララスティ嬢個人に与えられた権利にまで君が口を出すことはできないんだよ」
カイルの言葉にエミリアが首を傾げてしまう。
「ランバルト公爵家の娘であるお姉様に、個人的に与えられた権利があるんですか?」
「だったら、君も同じだ」
「え?」
「君だってランバルト公爵家の娘じゃないか。君に与えられた権利は、ララスティ嬢にも同様の権利があるということだよ」
「…………お姉様はあたしと違うもの」
(あたしはお父さんにもお母さんにも愛されてる。お姉様と違って、あたしは許されるの)
エミリアはそう考えて咄嗟に口に出そうとしたが、カイルの表情を見て口をつぐんだ。
(だ、だめ。ここで思ってることを口にしたら、せっかくカイル殿下と仲良くなってきたのに、台無しになる気がする)
「……お、お姉様は恵まれてるじゃないですか。お父さんからは確かによく思われてないけど、その代わりなんでもしてくれる親戚がいる。カイル殿下だってお姉様の味方でしょう? あたしにはいないんです。味方だって思えるお父さんたちは、あたしを人形扱いしているだけだもの」
涙を流して訴えるエミリアに、カイルは心が揺れてしまう。
エミリアがララスティを蔑ろに扱うのはアーノルトの影響だ。
数ヶ月間エミリアと話すことでそれがよく分かったが、エミリアは根本的なところで理解していない。
マナーを習得しても、勉強を頑張っても、これでは意味がない。
「それじゃあだめなんだよ、エミリア嬢」
「なにがですか?」
カイルの言葉に意味が分からないと言うエミリア。
「君はそうやって、これからもララスティ嬢のものを奪って生きていくのかい?」
「だって……」
(お姉様のものはあたしのもの)
口に出さなくとも、エミリアがそう考えたことはわかってしまう。
アーノルトの言いなりになってはいけないと思っていながら、肝心なところは理解していない。
「お、お姉様は家族じゃないですか。家族は助け合うべきです」
「そうだね。でも、君はララスティ嬢を助けているのかい?」
カイルの言葉にエミリアは何も言えなくなってしまう。
「君は、君たち家族はララスティ嬢を利用しているだけだ。……こんな状況だからララスティ嬢はアインバッハ公爵家の養女になるんだろうね」
「え?」
(お姉様の養女の話はなくなったんじゃないの?)
「こっ困ります!」
「なにが? ララスティ嬢が家族ではなくなることの何が困るんだい?」
「だって、家族は一緒に居るべきです! それにお姉様が家からいなくなったら、カイル様に会えないし、お姉様がいなかったらあたしの代わりに跡取りになる人がいなくなっちゃう」
「……やっぱり利用することしか考えていないんだね。ランバルト公爵と同じように、ララスティ嬢を道具だと考えてるんだ。ララスティ嬢の意思も何もかも無視している。そんな君が政略で結ばれた婚約を否定する。馬鹿げているよ」
カイルの言葉にエミリアがショックを受けたように顔を歪ませる。
「どうして! 愛の無い結婚なんて不幸になるだけじゃないですか!」
「その言い分だと、押し付けられた人生だって不幸になるだけだね。ララスティ嬢がランバルト公爵家の跡取りになることを望んでいないのに、君は押し付けようというの? そもそも、彼女は僕の婚約者でいずれ王太子妃になるべき人だ。どちらにせよランバルト公爵家の跡取りにはならないよ」
「カイル殿下の婚約者は、あたしだっていいじゃないですか!」
同じ家の娘なのだから、婚約者になる権利は同じようにある。
何度目かになる言葉を言い、エミリアはかんしゃくを起こしたように頭を振る。
「……君は、何が望み何だい?」
「………………望み?」
カイルの言葉にエミリアが動きを止めた。
「あたしは……カイル殿下のお嫁さんになりたい」
「それがどんな状況でも?」
「はい!」
(そうよ、お姉様に憎まれても、他の人に羨ましがられてもいい。どんなに大変な目に遭っても、あたしは王子様のお嫁さんになりたい!)
カイルはエミリアの目に、王子という自分の価値に群がる他人と同じ色を見つけてしまう。
「あたしにはカイル殿下だけなんです。ダメな時はダメって言ってくれるのは、カイル殿下だけ。カイル殿下がいればそれだけでいいの。他のものなんていらない。カイル殿下の傍に居たい、お嫁さんになりたい、愛されたい、大切にしてほしい。カイル殿下が欲しいんです!」
同時に、自分に対して縋るエミリアに同情もしてしまう。
愛している、傍に居たいと言いながらも、エミリアの最終的な目的は愛されること。
自分を最優先に扱ってもらうことなのだと気づいてしまう。
「僕が君の婚約者になったら、君はそれで満足なのかい?」
「なってくれるんですか!?」
「その前にはっきり答えて。君は、どんな僕であっても愛していて、結婚したくて、僕と言う存在を手に入れることが出来れば満足?」
「当たり前です!」
元気に答えるエミリアにカイルは一瞬だけ冷めた視線を向ける。
「僕が君を愛すると言えば、満足?」
「はい!」
「僕が君を優先させれば、満足?」
「はい!」
「もう一度確認するよ。どんな状況の僕でも、その二つがあれば君は満足で、僕を愛していると言える?」
「もちろんです!」
ここぞとばかりに頷くエミリアにカイルは少しの間目を閉じる。
(……僕はララスティ嬢との約束だけは絶対に守る)
ゆっくり目を開けたカイルはエミリアに微笑みかける。
「いいよ、その代わり誓って欲しい。二度と、ララスティ嬢の権利を害さないでくれ。同じランバルト公爵家の娘だからだとか、ララスティ嬢のものなら好きにしていいとか、今後一切、絶対にしないでくれ」
「なんでお姉様を庇うようなこと言うんですか?」
「約束なんだ」
「え?」
(そう、約束だ。好きな人ができたら、僕たちは婚約関係を終わらせる)
カイルは奥歯をぐっと噛みしめ、エミリアに笑みを向ける。
「好きな人ができたら、円満に婚約解消できるようにお互いに協力するって」
「そうなんですか!? それって、カイル殿下があたしを好きになってくれたってことですよね!? お姉様じゃなくて、あたしを選んだってことですよね!」
エミリアはそう言って嬉しそうに笑みを浮かべ、カイルの隣に来るとソファーに座って抱き着いてくる。
それに、「まだ婚約者じゃないから抱き返せない」と言いながら、カイルはエミリアの好きにさせる。
「ねえ、誓ってくれるかい? エミリア嬢」
「はい! あたし、カイル殿下がいればそれでいいんです! 好き! 愛してます!」
(でもね、エミリア嬢。君が好きなのは頼りになる王子様の僕なんだよ。君は王太子の隣に並び立つお姫様にはなれないよ)
エミリアに見えていないのをいいことにカイルは自嘲気味に笑う。
あれ、エミリアとカイルの真実の愛は大丈夫ですかね?
カイルが何を考えているのか、それはいずれ(次話かもしれない)で明かされます!
エミリアよ、その態度で本当にカイルが自分を好きになると思ってるのか?!
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