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見捨てられない①

「エミリア嬢、何度も言うけれど僕の婚約者はララスティ嬢だよ。彼女以外から何かを貰うつもりはないし、何かを贈るつもりもない」


 何度目かになるエミリアからのハンカチを受け取って欲しいという言葉に、カイルはお決まりの言葉を返す。

 その言葉に傷ついたような表情を浮かべるエミリアを見て、カイルは言いようのない罪悪感に駆られるが、道理に反したことをすべきではないと、自分を奮い立たせる。


 ランバルト公爵家の別邸でのお茶会は、もう何度目になるのだろうとカイルは考える。

 いつのころからか、途中でララスティが席を外すことが増え、その時間も徐々に長くなっていっていることには気づいている。

 だが、その度にララスティが複雑な……いや、どこか寂しそうでつらそうな表情を浮かべることにも気づいている。

 同時に、ララスティがいなくなるとエミリアが喜びを隠さず、最近では早く席を外すよう促す発言もあり、その態度をカイルがエミリアをたしなめることもあった。

 王宮でのお茶会でララスティと二人の時、どうしてわざと席を外すのかと聞けば、ララスティは口を閉ざして俯いてしまう。

 ただ、エミリアはカイルと二人でいる時間を大切にしているとだけ説明し、泣きそうな顔で笑うのだ。

 その表情に、エミリアがララスティを邪険にし、席を外すように言っているのかとも聞いたが、ララスティは驚いたような顔をして無言で首を振るのみ。

 しかし、カイルからしてみれば、何も言わないその行動こそが、自分の発言を肯定しているように感じてしまう。

 ララスティのことを思えば、エミリアと二人の時間を長く持つのは良くない事だ。

 だが、カイルがララスティを探しに行こうとすれば、今度はエミリアが涙を流してカイルを引き留める。

 初めのころはわざとらしいと思っていた涙も、回数を重ねるうちに、何とも言えない感情が沸き上がるようになってきた。

 カイルはエミリアが自分に対して、特別な好意を向けていることには気づいている。

 だからこそ余計に婚約者ではない相手を特別扱いできないと言うのだ。


「あたしは、カイル殿下の傍にいることができればそれでいいんです。わかってます、あたしじゃお姉様にかなわないですよね。どんなに努力しても……」


 悲しそうに言うエミリアにカイルは何と言えばいいのかわからない。

 エミリアは努力をしていると言うが、ララスティだって努力していることを知っているからだ。

 王宮に頻繁に来ているのは、決して遊びに来ているわけではない。

 カイルと同じか、それ以上の知識やマナーを分刻みで学んでいる。

 すべては王太子となる、そしていずれは国王となるカイルを支えてフォローし、時には代わりに執務を執り行えるようにするため。

 ララスティは表に出していないが、その授業内容はカイルから見ても気の毒に思えるほどだった。

 ハルトが何度も忠告してくる、王族に迎え入れる令嬢はララスティ以外に居ないというもの。

 確かにあれだけの授業内容についていける令嬢はなかなか見つからないだろう。

 ましてや普通の令嬢教育で、「努力しても敵わない」と弱音を吐くエミリアではどうしようもない。


(……僕は何を考えているんだ)


 カイルは、一瞬でもエミリアが王太子である自分の婚約者になる可能性を考えたことに驚いてしまう。

 エミリアは何度も『同じランバルト公爵家の娘』とカイルにアピールしてきている。

 それが、同じ家の娘ならどちらが婚約者になってもいいはずだという、意思表示なのだろうとはわかっている。

 同時に、それが馬鹿げた話だということもきちんと理解している。

 ララスティが婚約者に選ばれたのは、家柄もさることながらその有能さに目を付けられたからだとカイルは考えている。

 実際にララスティなら、このまま対等な目線で自分と並び立ち、的確に支え合う事ができると確信している。

 たとえそこに恋愛という感情がなくとも、尊敬し合い尊重し合う夫婦となれる。


(だけど、ララスティ嬢はお互いに好きな相手ができれば、婚約の解消に向けて協力しようと言ってくれている)


 それこそがララスティとカイルを強く繋ぐ絆でもある。

 別れを前提とした協力関係。

 離れることを想定しているからこそ、同じ目線に立つことを許される関係。

 どこまでも対等な平行線。

 そのことがどこか寂しく、むなしく思えてしまうのも事実。


「あたしはカイル殿下に教えてもらわないと、何が間違ってるのかもわからないんです」


 考えにふけるカイルに、いつの間にか隣に移動してきたエミリアが訴えかける。

 その言葉に、貴族令嬢としての未熟さを感じながらも、頼られることを嬉しくも感じてしまう自分に、カイルは戸惑いを覚えてしまう。


(エミリア嬢は、未熟なんだ……正しく導くことが出来れば、僕じゃなくても……)


 そこまで考え、カイルは胸にもやもやとした感情が沸き上がってくる。

 ある種の独占欲のようなそれの意味が分からず、内心で首をひねってしまう。


「…………最近は、お父さんもお母さんもあたしのことがおかしいって」

「なんだって?」

「お母さんは特に、あたしがすました態度をするようになったって言ってきて、いっしょにご飯を食べててもつまらないって言われるときもあるんです。お父さんはあたしが令嬢らしくなってきた証拠だって言ってくれるけど、自分でドレスを選びたいって言ったら、お父さんの言うことを聞いて、お父さんの選ぶものを着ればいいって……あたしは、お父さんたちの人形じゃないのに」


 そう言って泣きそうな顔をするエミリアに、カイルは胸が痛んでしまう。

 努力をすれば報われると信じていたのに、努力の結果を家族は受け入れてはくれない。

 それはなんて悲しいことなんだろう。


「エミリア嬢は人形じゃないんだ。自分の意思を持っているんだし、ランバルト公爵たちの言うことを気にする必要はないよ」

「でも、お父さんとお母さんなんです」


 苦しそうに言うエミリア。

 カイルはその表情に惹きつけられ、思わず手を伸ばしそうになってしまう。


(僕は、何をしようとしているんだ。エミリア嬢は婚約者じゃないのに)


 衝動を耐え、カイルはエミリアに「そうだね」とだけ言うと、元の席に戻るように告げる。

 その言葉に、エミリアはついに涙を流すと、「カイル殿下にだけは捨てられたくないんです」と両手で顔を覆った。


「あたしは何もできないかもしれないけど、カイル殿下を想う気持ちだけは誰にも負けない。あたしにはカイル殿下が必要なんです! カイル殿下だけなんです、あたしのことを見てくれるのはっ」


 顔を覆っていた手を外し、涙を流す顔をカイルにさらしたエミリア。

 真摯に訴えてくる表情にカイルは一瞬の隙を作ってしまい、その瞬間にエミリアに抱き着かれてしまう。


「エミリア嬢っ」

「お願い! 捨てないで! あたしには、カイル殿下だけなの! 好き! 好きなんです!」


 他の誰も信用できなくても、カイルだけは信じられると縋りつくエミリアに、カイルは動揺してしまう。

 好意自体はずっと伝えられてきても、こうして直接「好き」と言われるのは初めてだった。


「お父さんやお母さんがあたしに求めてるのは、自分の言いなりになる子供なんです! まるで、人形遊びの人形になった気分……。甘やかして、なにもできなくして、自分たちにだけ目を向けさせて……。あたしはずっとお父さんたちの道具だったんです」


 それでも、カイルだけは自分を叱ってくれた、正しい道を示してくれたとエミリアはカイルに縋る。


「ずっとカイル殿下が好きだった。でも、今はそれ以上に好きなの! お願い、あたしを捨てないで!」

「エミリア嬢……」


 必死に縋りついてくるエミリアに、それでもカイルは手を伸ばすことはしない。


(エミリア嬢のことを考えるなら、視野が狭くなっているだけだと教えるべきだ)


 ララスティだってエミリアを諭した。

 マナーの教師だってシシルジアだって、エミリアの行いを正そうとしている。

 それに気づかずカイルだけだと言うエミリアに、本来ならちゃんと説明しなければいけない。


(そう、わかってるけど……)


 自分に縋って泣くエミリアを、カイルは拒絶できないでいる。


カイルよ、エミリアの言い分が本当なのか確かめなくていいのか?

お前のその目で見た事実なのか?

そして、エミリアが家族だからうんぬん言ってるのは、ララスティにも通じてるってわかってるのか?

とかツッコミをしながら書きました!


そんなカイルへツッコミたい同士の諸君! ブクマや評価をどうかお願いいたします(土下座

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