一滴の破滅への雫②
「ルティお姉様、カイル殿下の行動を止めなくてよろしいのですか?」
別邸で行ったお茶会から二ヶ月ほど経った四月。
ララスティはマリーカとシルフォーネだけを招いたお茶会を別邸で開いている。
「ふふ、カイル殿下は正義感が強くていらっしゃいますわね」
マリーカの質問にララスティは微笑んでそう答えると、シルフォーネに視線を向けた。
視線を向けられ、肩をすくめたシルフォーネは「予想通りですネ」と笑う。
「下位貴族の子女は、エミリア嬢とカイル殿下の関係を気になるようですヨ。ただ、カイル殿下を自分の家に招く負担の噂も、同時に広まっているようですネ」
「あらあら、まだ二ヶ月しか経っておりませんのに」
「しかたがありませんよ、ルティお姉様。下位貴族は王族を家に招く機会など、普通はないのですから」
二人の言葉にララスティはくすくすと笑う。
先日のお茶会後、カイルは周囲に怪しまれることなくエミリアと接触する方法をルドルフに尋ねたそうだ。
ルドルフは、『隠れて会おうとはせずに、大勢の前でどうどうと会って指導する姿を見せるのはどうだろう』と提案したという。
そしてカイルはその言葉の裏を深く考えず、『公の場でエミリアを指導すればいい』と考えたらしい。
「最初は下位貴族の方々もよろこんでいたようですが、正式に王族を招くという現実を目の当たりになさっているようです。王族を堂々と招くことが出来る高位貴族との差を感じているのでしょう」
「それは当たり前ですネ。警備の対応、出す飲食物、食器の格もですけど、使用人の質も問題になりますネ」
マリーカとシルフォーネの言う通り、初めはカイルが訪問すると聞いて喜んだ下位貴族の家もあったが、王宮から要求されるレベルに頭を抱えることになった。
警備の者自体は王宮が用意してくれるとはいえ、派遣される警備の者を配置し、滞在させる場所の確保、その警備の者をもてなすための対応も考えなければならない。
また、毒物混入なども阻止するため、全ての飲食物にチェックが入り、その際に品質もふさわしくないと判断されれば注意が入る。
使用人の行動にも当然チェックが入り、洗練されない行動が不審行動ととらえられてしまえば、警備の者にさりげなく拘束され監禁されることもある。
裕福で王族との親交もある高位貴族であれば困らないことも、勝手がわからない下位貴族は混乱し負担になる。
「噂は使用人間で広まり、今ではカイル殿下が付いてくる可能性のあるエミリア嬢を招待したくないという家もあるそうですネ」
「まあ、それはそれで問題ですわね」
ララスティは困ったと言いながらもくすくすと笑ってしまう。
そんなララスティにマリーカとシルフォーネは「やれやれ」と肩をすくめてしまった。
「ルティお姉様。いったい何を企んでいらっしゃいますの?」
マリーカの言葉にララスティは「ふふ」と笑って人差し指を唇に当てる。
「内緒ですわ」
「まあ!」
「いけずですネ」
ララスティの態度にマリーカとシルフォーネが拗ねたように言うので、ララスティは「では少しだけ」と口を開く。
「わたくしは、カイル殿下との婚約にはこだわっておりませんの」
「「…………」」
その言葉にマリーカは驚いたように目を見開き、シルフォーネは目を細めた。
「エミリアさんとは違い、わたくしはカイル殿下に恋愛感情を持っておりませんわ。親しくはしておりますが、あくまでも友人どまりですもの」
「ルティお姉様、それは……」
マリーカが動揺したように言葉を続けようとしたが、シルフォーネが手を上げてその言葉を止める。
「やっぱり、この前のお茶会はわざとだったですネ」
「ふふ、わたくしはお茶会を開き、常識的なことを話しただけですわよ」
「……確かに、ルティは当然のことしかいってないですネ。……あくまでもカイル殿下とエミリア嬢の自由意思による行動と責任となりますネ」
「ええ。けれど、そろそろ陛下のお耳に入るでしょうね」
その言葉にシルフォーネがため息をついた。
「カイル殿下の気まぐれも止められるということですネ」
つまり下位貴族の家にエミリアを目的に行くことができなくなる。
そうすれば次にとる行動はララスティを頼る、というものになるだろう。
「婚約者同士の親睦を深めるお茶会に、妹を同席させるのはどうかと言っておりましたが、この二ヶ月でカイル殿下は随分エミリアさんを気にするようになっておりますの」
「ルティお姉様……、本当によろしいのですか?」
マリーカはどこか悔しそうにララスティに尋ねるが、ララスティはにっこりと微笑むだけ。
ルドルフの作ったきっかけだけで足りなかった真実の愛への足掛かりは、ララスティの作った道を順調に進んでいるらしい。
だが、カイルとエミリアにこれから待っているのは平たんな道ではない。
「わたくしは問題ありませんわ」
そのまま笑みを深くしたララスティに、シルフォーネはまたもやため息を吐いた。
「ずっと異母妹に様々なものを奪われてきた異母姉は、ついに婚約者まで狙われる……噂好きな人が飛びつきそうな話題ですネ」
「ルネ様! それは……っ」
下手をすればララスティ自身の評価にも関わるとマリーカは心配したが、ララスティの顔を見て言葉を止めた。
「…………ルティお姉様は、カイル殿下と結婚を望んでいらっしゃらないのですね?」
「カイル殿下が他の方を望むのであれば、わたくしは身を引きますわ」
ララスティの言葉にマリーカはしばらく沈黙したあと、「カイル殿下は、私が考えているよりも残念な人のようですね」と言った。
その言葉にララスティは、マリーカに対して申し訳ないという気持ちになってしまう。
マリーカは従兄妹のエルンストの婚約者候補であったときから、カイルに秘かに思いを寄せていることには気づいていた。
しかし、ララスティが婚約者となったこと、そして自分も跡取りになったことでその想いを封印したのだ。
だが、あえてマリーカがカイルの隣にと認めているのはララスティのみ。
エミリアが隣に立つことは絶対に認めていない。
前回だってマリーカはララスティに協力してエミリアを攻撃していた。
そんなマリーカにはララスティの計画を話すのは得策ではないし、かといってシルフォーネにだけ計画を共有するのもどうかと思い、二人にはカイルと婚約を最後まで継続するつもりはないと伝えていなかったが、今回のことで察してしまったようだ。
すなわち、カイルはララスティの隣にふさわしくない、と。
「でも、王家はルティお姉様を望んでいますよ?」
「マリー、王家の目的にもよりますネ。もっとも、落ち目のランバルト公爵家の血をいまさら王家が求めるとは思えませんヨ」
「つまり、王家が求めているのは……」
シルフォーネとマリーカの視線を受けてララスティは微笑む。
「ええ、王家が求めているのは、アインバッハ公爵家の祖父母の血を引くわたくしですわ」
その言葉に二人は無言で頷く。
王家はララスティをカイルの婚約者に選んだ理由を公表していないが、帝国皇族の血を引いているララスティに価値を求めているのなら納得できると考えたのだ。
真実はアンソニアン王国王族の血を引いている方を重要視されているのだが、この場でそれを教えることはできない。
「カイル殿下がそれを理解しているのなら、エミリア様になさっていることも、カイル殿下の中ではただの親切なんでしょうね」
マリーカが困ったように言うと、シルフォーネが「周りにはそう思われてませんけどネ」と苦笑する。
「せめて高位貴族のお茶会で、ルティお姉様も同席している場で一緒に指導すれば別でしたのに」
高位貴族の子女はエミリアの淑女レベルの低さを理解しており、ララスティもカイルがエミリアを指導することを容認していることを伝え聞いている。
しかし、下位貴族はエミリアのマナーの低さを実感できず、高位貴族子女が知っている情報も詳しくないため、カイルがエミリアを特別に贔屓しているように見ている。
もちろん、婚約者でも家庭教師でもないのに個別指導する時点で贔屓なのだが、婚約者が同席して共に指導しているか、また王太子が訪問してもおかしくない格式の家なのかが重要なのだ。
「カイル殿下の側近って、決まってないのでしたっケ?」
シルフォーネが聞くとララスティが「候補はいるけれど」と苦笑してしまう。
「候補の方がお返事をしようとしている時に、エミリアさんとの噂が出てしまいまして。あちら側が慎重に見定めている状況ですわ」
「なるほどですネ。側近になれば死なば諸共。いずれ国王になる人物であっても暗愚であれば泥船ですからネ」
シルフォーネの言葉にララスティだけでなくマリーカも苦笑する。
カイルは自分の行いが他の貴族子女の目にどう映っているのかわかっておらず、またそれを忠言すべき側近もまだ決まっていない。
ララスティが言えばいいのかもしれないが、異母妹に気を使っている異母姉であるララスティが、エミリアの機嫌を損ねる可能性があることを言うのは難しい。
そういう設定でララスティは動いている。
「ルティお姉様は、カイル殿下をどうなさりたいのですか?」
「どう、とは?」
「仲良くなさっていると思っているのですが、まるで……」
「マリー。わたくしはカイル様をあえてどうしようというつもりはありませんの。流れのままに、どうなるのかを見たいだけですわ」
マリーカの言葉にララスティは元々の目的をぼかして伝えた。
ララスティの計画の全容を知っているのは、アインバッハ公爵家の3人・ルドルフ・クルルシュだけです。
マリーカとシルフォーネはララスティがなんか考えてる程度にしか察していません!
今回の件で「カイルと結婚する気がない」とはわかりましたねw
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