一滴の破滅への雫①
ララスティが約束したお茶会は思いのほか早く開催され、二月初旬になって招待状を受け取った人々は、ランバルト公爵家の別邸に集まった。
寒い時期とはいえ、日が差し込むサロンは暖かい室温に調節されており、中に入るとほっと息をつくことが出来る。
どこかから漂ってくる香りは、ほんのりと爽やかでありつつも嫌味のない甘さも含んでいる。
使用人たちの努力の結果か、装飾は控えめでありながら上品で、客人の目を楽しませる。
ララスティはメイドを下がらせた子供だけのお茶会なので、気兼ねなく過ごしてほしいと全員の前で告げた。
「すっごーい! 今まで参加したお茶会の中でもいっちばんすごいですよ、お姉様!」
「まあ、褒めていただけて嬉しいですわ」
エミリアが大げさにも思えるほど褒めるが、その視線はチラチラとララスティの横に座っているカイルに向かっている。
やはりカイルに自分が変わった様子と、ララスティとの仲の良さをアピールしようとしているのだろう。
今回のお茶会に招待したのは、当然カイルとエミリアだけではない。
マリーカとシルフォーネの他、ララスティが特に親しくしている子女が数人参加した八人程度のものだ。
「エミリアさん、他のお茶会でお知り合いになっているかもしれませんが、わたくしから改めて紹介させていただきますわね」
そう言ってララスティはカイル以外の参加者を紹介していく。
紹介されたものはエミリアに向かって一礼をしたり、微笑んで自分を示したりしつつ、エミリアの態度を観察する。
ララスティに紹介されているにも関わらず、こちらのことにはあまり興味がないのは目を見ればわかるし、面倒がっている態度もわかりやすくて逆に愉快になってしまう。
親友とまではいかないが、ララスティが仲良くしている三人は情報通であり、家もそれなりに影響力を持っている。
決して蔑ろにしていい者ではないのだが、エミリアにはそれが分からない。
「ハーメル伯爵家のアレックス様。リフォール伯爵家のベルナルド様。アシュレイ侯爵家のルシアン様。皆さま、とても良い方ですのよ」
「へぇ、そうなんですね。……お姉様はカイル殿下以外の男の子とも仲がいいんですね」
「ふふ、幼馴染みたいなものですわ。ねえ、皆さま」
エミリアがさりげなくララスティを陥れようとしたが、ララスティは周囲を巻き込むことで躱す。
「じゃあ、カイル殿下とも幼馴染なんですか?」
「そうですわね、五歳で社交デビューした時からの知り合いではありますが」
王子とただの貴族は幼馴染になるには恐れ多いというララスティに、エミリアは「えー」とわざとらしく反応する。
「それって、カイル殿下にはお友達がいなかったってことですか? 周りはお友達を作ってるのに、一人だけ作れないってなんか寂しいですね。あたしがいたら真っ先にカイル殿下と仲良くするのに」
まるで幼少時のララスティたちがカイルを放置していたような言いかたに、カイル以外の全員が内心でムッとするが、表情には出さない。
「エミリア嬢、そんな風に言ってはダメだよ。彼らは王族という存在に敬意を払ってくれていたんだ」
「そうなんですか。でも、お友達作りにも影響するなんて、身分って面倒ですね」
エミリアは「平民育ちだから馴染めそうにないです」と言うが、そもそも公爵令嬢という身分がなければ、この場に存在できていないことすら理解していない。
「あっ! あたしがカイル殿下の友達になりますよ」
名案だと手を叩くエミリアに、カイルは困ったような笑みを浮かべる。
前回のカイルならその提案に戸惑いつつも喜んだかもしれないが、今は友人とも言えるララスティがいる。
少し前まであからさまにララスティを蔑ろに扱っていたエミリアと、急に友人関係になるのは難しいと考えてしまうのだ。
「はは、嬉しい申し出だね」
「本当ですか! やったぁ」
カイルの返事を了承ととらえたのか、エミリアが喜びの声を上げるが、他の参加者はカイルが承諾していないことを理解している。
「他のお茶会でも思ったけれど、エミリア嬢はカイル殿下とよほど親しくなりたいようですね」
人当たりの良い笑顔を浮かべながらアレックスが言うと、エミリアは「えっわかっちゃいますか?」と隠す気もないようで頷いた。
「あたしは家の難しいことはわからないけど、カイル殿下が優しい人だっていうのはわかります。だから仲良くなりたいんです」
ニコニコと笑みを浮かべて言うエミリアに、カイルは驚いたような表情を浮かべる。
今まで決してエミリアに対して優しい態度を取っているとは思えないのに、それでも自分を優しいと言うエミリア。
「僕、エミリア嬢に優しく接した覚えなんてないけど……」
「そんなことありません! あたしの間違いをちゃんと指摘してくれたじゃないですか」
「それを言うならララスティ嬢だって」
「お姉様は家族じゃないですか。でも、カイル殿下は家族でもないし、その……そこまで親しくないあたしにちゃんと指摘してくれました。あたし、カイル殿下のおかげで、お父さんたちの言いなりじゃダメだって気づいたんです」
カイルに尊敬のまなざしを向けるエミリア。
その様子に、言いなりになる相手が両親からカイルに変わっただけ。
ララスティはその事実におかしくて仕方がない。
(恋心も合わさって、カイル殿下に依存しかけているようですわね)
真実の愛とは依存なのだろうか、とララスティは考えながら会話に夢中な二人以外とアイコンタクトを取る。
ララスティの合図にベルナルドがお茶のお代わりを淹れましょうと立ち上がる。
「お手伝いします」
「女性に運ばせるのは申し訳ないね、運ぶのはオレがやろう」
ルシアンとアレックスがベルナルドを手伝うために立ち上がって、準備のために席を離れる。
「助かるよ。エミリア嬢とカイル殿下は同じものでいいですか?」
「え? あー、はい」
「僕はミルクティーにしてもらえるかな」
「あっ! じゃああたしもミルクティーにします!」
同じものを飲みたいから、というエミリアにカイルは困った笑みを浮かべつつも頷く。
「エミリア嬢はランバルト公爵の言う事ばかりではだめだとわかってくれたんだね」
「はい! カイル殿下のおかげです!」
「じゃあ今後はララスティ嬢を蔑ろにしたり、ものを奪うような行動はしないよね」
「もちろんです! お姉様、あたし本当に馬鹿で……ごめんなさい」
話を振られたララスティはいつかのように「わかってくださればいいのです」と笑みを向ける。
「……エミリア様はララスティ様の異母妹ですもの。親の教育が悪かっただけで、ちゃんと導けばちゃんと行動できますよ」
「その通りですヨ。ララスティ様は家族だから甘くなってしまうかもしれないから、カイル殿下が指導するのがいいかもですネ」
そこまで会話に加わっていなかったマリーカとシルフォーネが、優しい笑みを浮かべながら会話に参加する。
急に指名されたカイルは驚きつつも、それでエミリアがちゃんとなるなら、と苦笑する。
シルフォーネは「おお、さすがですネ」と口にしながら、内心でカイルの行動を笑う。
(ルティの予想通りネ)
今回のお茶会はララスティによって仕組まれたもの。
カイルとエミリアを除いた五人は、言ってしまえばララスティの手ごまであり忠臣だ。
事前に招待状とは別に、ララスティからの手紙を受け取っている。
(エミリア様がカイル殿下を狙ってる……わかりやすいネ。カイル殿下は気づいているのかいないのか……どっちにしろ王太子が個人的に婚約者ではない令嬢を指導するなんて、噂の的に自らなりに行ってますヨ)
マリーカもシルフォーネと似たようなことを考えながらも、表向きはカイルを褒める。
二人の言葉にカイルは自信を持ったようにエミリアを見る。
「じゃあ、僕が気づいたことはどんどん指摘していくよ」
「はい! お願いします!」
エミリアが元気に答えたところに、ちょうどよく新しい飲み物が運ばれてくる。
「なんだか楽しそうですね」
アレックスがエミリアの前にミルクティーを置いて言うと、エミリアは満面の笑みを浮かべる。
「あたし、家のこととかに囚われずにカイル殿下と仲良くなりたいんです」
「へえ」
アレックスはそう言いながらララスティを見た。
その視線にララスティは僅かに目を伏せて返事を返すと、アレックスは「いいんじゃないかな」とエミリアに笑って返事をした。
その後、全員分の新しいお茶が運ばれてきてお茶会が仕切り直しになる中、ララスティは内心でカイルの思考の変化が可笑しくて笑ってしまう。
「わたくしも姉として、カイル殿下がエミリアさんを指導してくださると嬉しいですわ」
「そうかい?」
「ええ」
ララスティがいちいち指導すれば、エミリアは嫌味を言われたと周囲に広めるかもしれない。
二人のために悪役になるつもりはない。
(わたくしの代わりにお父様とクロエ様が犠牲になるのなら、それで十分でしょう?)
「ああ、そうですわ。指導してくださるのはいいのですが、あくまでも節度を守った行動をなさってくださいませね?」
ララスティが冗談めかして言うと、カイルは「当たり前だよ」と笑い、エミリアは一瞬真顔になった後「はーい」と笑った。
「あっでも……あたしはお姉様と違ってカイル殿下とあんまり会えないですよね。うーん、そうなるとどうしたらいいのかな」
エミリアが困ったように言うと、カイルが「確かに」と頷く。
本気でちゃんとエミリアを指導しようとしているカイルに二人以外は内心で失笑してしまうが、表向きは優しく見守っている。
「僕がもっとこっちに来るようにするか、エミリア嬢が王宮に来ることが出来ればいいんだけど……」
婚約者でもないエミリアのためにそんな行動はできないと言うカイルに、エミリアは「なら」と手を鳴らす。
「お姉様とのお茶会の時に、ついでにあたしの指導をしてください」
「え、いや……婚約者の親睦を深めるお茶会に妹とはいえ、同席するのはよくないよ」
「いいじゃないですか。ねえ、いいですよねっお姉様!」
「…………わたくしはなんとも」
困ったように返事をしたララスティに、エミリアは「ケチですね」と唇を尖らせた。
カイル流されてますねぇ
ララスティの親しい友人で根回しした状態のお茶会ですのでどうしようもないですが
婚約者の異母妹に個人指導する王子がどこにいるんですかね?w
この辺は難産ゾーンなので後で書き直すかもしれません(汗
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