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回帰者の記憶②

 クルルシュが秘密裏にアンソニアン王国を訪れたのは十二月上旬のことだ。


「お会いできてうれしいよ、ララスティ姉君」

「ごきげんよう、クルルシュ様。お会いできて光栄ですわ」


 予定していた通り、アインバッハ公爵家で合流したララスティたちは、応接室に集まった。

 クルルシュは長椅子に一人で座り、対面の長椅子にララスティとルドルフが並んで座っている。


「シングウッド公爵、いえ、まだ小公爵ですか? お久しぶりですね」

「ん? 初めましてだと思うんだけど、勘違いかな?」


 ルドルフは何となく察してはいるが、敢えてとぼけてみせる。


「こちらでは初めましてですね」


 にっこりと笑って見せたクルルシュに、ルドルフは苦笑してしまう。


「あまり意地悪をしないでいただきたい。ララスティが困ってしまうからね」

「ふむ、ララスティ姉君を困らせるつもりはないですね。先に言っておきますと、ララスティ姉君とシングウッド公爵が、時間の巻き戻りに成功していることはわかっています。そして、なぜかボクも巻き込まれました」


 笑いながら言うクルルシュにルドルフは「やっぱり」と言い、ララスティは「え?」と目を瞬かせた。

 そんなララスティの様子にクルルシュは、いたずらが成功した子供のようにくすりと笑い、「ボクも協力しますよ」と言い出した。


「協力とは?」

「正直、ララスティ姉君が何をしたいのかはわからないんです。シングウッド公爵もララスティ姉君が「やり直したい」、と言っていたとしか聞いていませんでしたので」


 そう言ったクルルシュだが、ララスティが巻き戻ってから何をしているのかは、なんとなく察しているようで、じっとララスティを見ている。

 困ったララスティがルドルフを見ると、「彼は大丈夫だよ」と言ったので、ララスティはクルルシュに視線を戻した。


「わたくしは、結末を見たいのです」

「結末って、どういう意味? ララスティ姉君が事故に遭った先の結末っていうこと? それはどこまでのことを言っているの?」

「真実の愛が、わたくしという悪役がいなくても成立するのかを見たいのです。だって、真実の愛なら、どんな障害があろうとも、不測の事態があろうとも揺らがないものでしょう?」


 そう言って微笑んだララスティの笑みは、どこか狂気的な気配が潜んでおり、クルルシュはピクッと無意識に指を動かしてしまった。

 クルルシュは前回で皇帝となりこの国の動向を誘導し、帝国の属国にするまで在位していた。

 その後も王国を正式に帝国領にするまで暗躍し続け、全てが完了した数年後に永眠した。

 もともと、ルドルフとララスティの巻き戻りの生贄として、王国民のほとんどが消滅したため、国として成り立たなかった。

 それでもララスティの子供たちがいたからこそ、属国として扱われていた。

 むしろ国として形を残していただけ、優しい対応だったと今もクルルシュは思っている。


「つまり、国の行く末とかは気にしていないっていうことでいいの?」

「そうですわね。国のことは……あ、でも」


 そこでララスティはカイルにハルトの血が流れていないことを思い出し、ルドルフを見る。

 視線を受けたルドルフは「知ってるから大丈夫」と頷く。


「その……血筋のこともあって、わたくしとその……ルドルフ様の、子供が……あの……」


 つっかえながら言うララスティに、クルルシュはこんな女性だったのかと驚いてしまう。

 クルルシュの知るララスティは意思の疎通がほとんど出来ず、どこを見ているのかわからないような表情をしていた。

 だからこそ、初めて手紙の返事をもらった時は感動したし、より一層守りたいと思うようになった。


「うん、ララスティ姉君とシングウッド公爵の子供がカイル殿下の養子になって、そのまま国王になったね。ちなみに、カイル殿下は王太子の資格をはく奪されるんだよ」

「えっ!?」


 クルルシュの言葉にララスティが思わず声を上げてしまう。

 王太子の資格がはく奪されることは、よほどのことがない限りありえない。

 カイルは身勝手な婚約解消をしたとはいえ、王太子としての働きには問題はなかった。

 それなのに、とララスティは驚いてしまったのだ。


「ボクの娘を婚約者にしてこっちの国に滞在させるにあたり、それを条件にしたんだ。この国は帝国の後ろ盾がないと困る状況だったしね」

「そうなんですの?」


 ララスティは首を傾げてしまう。


「そりゃそうだよ。皇帝の従兄妹姪を蔑ろにされたんだ。大叔母上はほぼ引退状態、残っているアインバッハ公爵は、全面的にララスティ姉君に協力をしていたしね。温情をかける必要なんかなかったよ」


 そもそも、カイルが婚約解消を勝手にしなければ、事故に遭わなかったというクルルシュに、ララスティは「それはそうですわね」と頷いた。


「そもそも、正統でない人間を中継ぎとはいえ、国王にした方が問題だよ」


 そう言うクルルシュは子供の姿なのに老獪さが感じられた。

 ララスティは頷くとカイルとエミリアは幸せな結婚をしても、幸せな人生は送れなかったのかもしれないと考える。

 もっとも、王籍を抜けてでもエミリアと結ばれたいと言ったカイルだ。

 エミリアはともかく、カイルにとっては本望だったのかもしれない。


「王太子の座を失っても、エミリアさんはカイル殿下の傍に居ましたの?」

「そう聞いたよ。同じ離宮に籠ってたけど、数年で死んじゃったからなぁ」


 「そうですよね」とクルルシュがルドルフに確認すれば頷きが帰ってくる。

 四十歳ほどで死んだという話に、ララスティは「そうなんですの」と息を吐いた。

 あんなにも真実の愛を訴えてきたのに、自分の知らない結末はなんともお粗末に感じられる。


「それで、それを踏まえてララスティ姉君の見たい結末ってどこまでなの?」


 クルルシュの言葉にララスティは「うーん」と唸ってしまう。


「聞いてしまうと、わたくしと婚約解消をして、エミリアさんと結ばれるのかを見るだけでいいと思いましたが、本当に王太子でなくなるカイル殿下を愛し続けるのかを、見てみたくなりましたわ」

「わかった。じゃあ、ボクも協力しようかな。今のままじゃ、ララスティ姉君と婚約解消する理由がないでしょ? 帝国から圧力をかけるよ」

「圧力?」


 「どんなものでしょう?」と尋ねるララスティに、クルルシュは内緒と笑った。


「それについては、シングウッド公爵には話しておこうかな」

「まあ! わたくしは仲間外れですの?」


 拗ねるように言うララスティに、クルルシュは「あはは」と子供っぽく笑う。


「カイル殿下とあのお……エミリア妃、じゃなくて嬢に一番接触するのはララスティ姉君でしょう? だからあまり情報を知っていると逆に演技っぽくなるんだ。こんな動きはしているけど、詳しい内容は知らない方がいいっていう時もあるんだよ」

「そういうものなんですの?」


 隣に座るルドルフに確認すれば、ルドルフは「そうだね」と頷いた。

 ルドルフにまで言われてしまえばララスティも納得するしかなく、しぶしぶ「わかりましたわ」と頷いた。

 一方、クルルシュはララスティとルドルフの距離感に、恋人と言えるほどではないが、ただの協力者というには親密そうだと判断した。


(シングウッド公爵はララスティ姉君にベタぼれだったもんね。巻き戻ってもその執着心は変わらないか。むしろ悪化してる?)


 内心で「怖いなぁ」と思いながら、クルルシュは二人を観察する。

 視線に気づいたルドルフが目を細めたので、同じように目を細めるとルドルフはララスティに視線を戻した。


(ごめんね、ララスティ姉君。ボクには彼は止められないよ)


 ララスティには話していないが、巻き戻りの呪具を発動する際、その代償として多くの生命力を必要とした。

 その生命力とは、ララスティとルドルフの子供の家族を除く王国民(・・・)の生命だ。

 まさに大量殺人ともいえる所業だったが、ルドルフはためらうことなく実行した。

 謎の大災害として処理されたが、何かあったのだと疑う者は多かった。

 だからこそ、帝国民を安心させるためにも、発動時に帝国に滞在しており死を免れた者をアンソニアン王国に戻し、属国としたのだ。

 最終的に帝国領にしたのも、帝国民の不安を抑えるため。

 クルルシュは、自分ができるだけの後始末をしたと自負している。


「じゃあ、ボクとシングウッド公爵で話をするね」


 暗に席を外してほしいと言うクルルシュに、ララスティは拗ねながらも「仕方がありませんわね」と言って立ち上がり、一礼をして応接室を出ていった。


 ルドルフとクルルシュの二人になってしばらく無言の時間が続き、淹れられた紅茶がすっかり冷めたころ、「それで」とクルルシュが口を開いた。


新キャラ(とはいえ名前は前から登場してました)のクルルシュです!

ララスティより一歳年下の帝国の皇子様ですよ

どんなかき回しになるのかどうぞお楽しみに☆


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