花咲くおしゃべり①
保養地から帰って一ヶ月ほどが過ぎ、七月に入るとエミリアがお茶会に顔を出し始めるようになった。
それに合わせるように広まったエミリアとカイルが楽しく旅行したと言う話に、ララスティは内心でおかしくて仕方がない。
自分に都合がいいことを並べ、さもそれが真実であるように話すところは前回と変わっていない。
だが、今回のエミリアは周囲からの信頼がないため、どうせ嘘だろとほとんど相手にされていない。
そしてララスティも真偽を確認されると、正確な情報を伝えているため、話を聞いた子女はエミリアを嘘つきか妄想癖と馬鹿にした。
「勝手について行くなんて、令嬢として恥ずかしいヨ」
シルフォーネがそういって憤慨しながらお茶を飲むと、周囲にいる令嬢がコクコクと頷く。
「けれど、カイル殿下は素敵な方ですもの。エミリアさんが憧れてしまうあまりに、行動を起こしたのも仕方がないのかもしれませんわ」
「あまいです、ララスティ様! 貴族令嬢たるもの、たとえ異母姉の婚約者に横恋慕したとしても、心に秘めておくべきです!」
マリーカが強く言うと、これまた周囲の令嬢が頷く。
自分の責務を自覚し、自重してこそ貴族なのだ。
好き勝手に動くなど貴族としての自覚が足りないと周囲に思われるだけ。
「エミリアさんはまだ貴族になって間もないから……」
ララスティがそうフォローするも、マリーカはもう三年近く公爵令嬢をしているとため息をつく。
それ自体は事実なので、ララスティは何も言えず苦笑するしかない。
「だいたい、以前突然お茶会に乱入してきたのだっておかしかったんです」
そう言ってマリーカは、以前にランバルト公爵家で行ったお茶会について周囲の令嬢に話し始める。
その様子を困った笑顔の仮面の下で、くすくすと笑いながらララスティは聞く。
まるで止めるタイミングを失ったような態度に、マリーカの話が事実なのだと理解させられる。
シルフォーネもマリーカの話を補足するように説明をしたため、エミリアのマナーのなさが広まっていくが、ララスティの知ったことではない。
「あの頃のエミリアさんは社交デビューをしていない状態でしたわ。今は社交デビューもしていますし……」
あの時よりはまともになっている、と言葉を濁すララスティ。
だが、シルフォーネは追撃の手を緩めない。
「でも、あの人のことだし、あの後も何か言って来たに違いないですヨ」
「それは……」
苦笑したララスティにシルフォーネは「やっぱりネ!」得意気に頷いた。
「何を言われましたね? どうせ今回の話みたいに強引にでもカイル殿下に会いたいとか、そういう話でショウ?」
「ええ、まあ……」
困ったように眉を寄せるララスティに、シルフォーネを始めとする令嬢たちは再度憤慨する。
「でも、今は他のことも……あっ、いえ」
ついこぼしてしまったと言わんばかりに口を押さえたララスティに、マリーカが目を光らせた。
「なにかあったんですか?」
「話してください!」とマリーカはララスティに詰め寄る。
少しためらった後、ララスティは困ったように、こういうことは言うべきではないのでしょうが、と前置きをしたうえで話し始める。
「実は保養地に行った後に、エミリアさんに本邸での食事に誘われたのですが、参加してみて改めてわからされてしまいました」
「わからされたとは?」
マリーカが首をかしげると、ララスティは悲しそうな表情を浮かべる。
「わたくしは、三人の会話に入って行くことが出来ませんでしたわ」
エミリアが必死に話題を振ろうとしたが、アーノルトはララスティを睨みつけ、クロエは無視。
当のエミリアも、アーノルトやクロエに話しかけられると、そちらの話に夢中になってしまい、結局ララスティは置いてきぼりになった。
そのことに気づいたエミリアがまた話を振ろうとしても、状況は繰り返すばかり。
ララスティにとって苦行な時間でしかなく、ぜひまたと誘われたが、どうしたものか悩んでいる。
そうララスティは周囲の令嬢たちに打ち明けた。
「それはひどい話ですね……」
「だいたい、ララスティ様を本邸の食事に誘う方が可笑しいですヨ」
今まで散々蔑ろにしていたのに、とマリーカに続きシルフォーネも眉を寄せた。
ララスティも今度は否定せず、「お恥ずかしいのですが」と言葉を続ける。
「普段は別邸にいますでしょう? けれどもやはり使用人がいるとはいえ一人で過ごすのは心もとなく、頻繁に伯父様のところに泊まらせていただいておりますの」
「それが正解ですヨ!」
「そうです! ララスティ様が近くに居たら、きっともっと無理難題を言ってくるに違いありません!」
シルフォーネとマリーカが怒って言えば、周囲の令嬢はまたもや頷いた。
「むしろ、ララスティ様がアインバッハ公爵の養女になっていないことが不思議ですネ」
「あ、それは……」
ララスティが困ったように視線をさまよわせたので、周囲はそういった話があったのだと察した。
だが、現時点でララスティはまだランバルト公爵家の籍にいる。
アーノルトもララスティを疎ましく思うのなら、早く手放してしまえばいいのに、なぜそれをしないのか。
そう考えれば辿り着く答えは一つ。
支援目的だ。
支援の表向きの理由として嫁いできたミリアリスを蔑ろにし、死後は外に作った愛人と子供を家に呼び寄せて再婚した。
ここでララスティを手放したら、支援そのものを失ってしまうかもしれない。
そう考えているのだろうと、簡単に予測できてしまう。
もっともアーノルトもだが、なによりもシシルジアとスエンヴィオがそう考えていることは、本人たち以外誰も知らない。
「ランバルト公爵家に居るより、アインバッハ公爵家の養女になったほうが、ララスティ様は幸せに決まっております」
マリーカがしみじみと言う。
それにはララスティも賛成ではあるが、目的のために今はまだランバルト公爵家に居る必要がある。
「でも、それ以外はあまり悪いことはありませんの。エミリアさんも最近は落ち着いたようですもの」
暗に盗みをしなくなったと言うララスティに、それが普通だとマリーカたちが憤る。
お茶会はそのままエミリアの話題が続き、ララスティは少しずつ種を撒いていく。
可哀相なララスティ。家族に蔑ろにされているララスティ。異母妹に振り回されるララスティ。
そして対比するように評判がどんどん悪化していくランバルト公爵家の面々。
とくにエミリアは同年代ということもあり、ララスティと付き合いのある令嬢から嫌われる。
それだけララスティの人気が高いということもあるのだが、それ以上にエミリアは印象が悪い。
すべてはララスティの事前の準備によるものだ。
社交界で存在が明らかになる前から、家族に愛されない可哀相な娘を演じていた。
その結果がこうして現れてきているのだ。
人は自分よりも過酷な状況にあるものを見て安堵するとともに、同情心を抱きやすい。
優越感を無意識に感じるからだ。
「わたくしは、今の状態を維持できればそれでかまいませんの」
淡く微笑むララスティに、マリーカを始めとする令嬢たちは憐憫の視線を向ける。
ララスティはそういう人の感情をうまく利用し、種に栄養を与えていく。
「……それに、カイル殿下との婚約も、エミリアさんが言うように政略的なものに間違いありませんもの。愛がないと言われてしまえば否定できませんわ」
「そんなの普通ですヨ」
確かにカイルはかっこいいけれど、思い合って結婚する貴族の方が少ないとシルフォーネが言う。
その言葉にマリーカも頷き、他の令嬢も頷く。
家を盛り立て、繋がりを強くしていくことこそが貴族の仕事。
それを理解できないエミリアは、いつまでたっても異端のままなのだ。
いつも通りお茶会が終わり、ララスティはランバルト公爵家の別邸に戻る。
いない間に変わったことがないと伝え聞き、エミリアの誘いもなかったことに心のどこかでがっかりしてしまう。
しつこく誘いをかけてくれば、それはそれで種を撒けるのに、と。
部屋に戻ったララスティはくつろいだ格好になると、夕食までの時間に課題や届いた手紙のチェックをしていく。
あちらこちらから届くお茶会の招待状。
本来なら後見のアマリアスが管理してもいいのだが、ララスティが自分でしたいと言って希望をかなえてもらっている。
(あら)
ふと手紙の中に帝国の親族であるクルルシュからのものを見つけ、ララスティは早速開封した。
そして中を確認し、どうしたものかと本心から困ったように眉尻を下げてしまった。
う~ん、難産(汗)
あとで中身を書き換えるかもしれません……その時は許してくださいな(´;ω;`)
でも次へのつなぎにこの部分が必要だったんですよぉ!
難産で苦戦する私への励ましにブクマや評価をどうかっどうかお願いします!
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