残響と花巡り②
カイルを見送ったララスティは、何をするわけでもなく立ちっぱなしになってしまうため、メイドに再度座るように言われる。
ここで立って待っていた方が周囲の印象はいいかもしれないが、実際に立ちっぱなしというのもつらいため、ララスティは言われたとおりに、再度靴を脱いで敷物の上に座る。
「何事もなければいいのですが……」
今にも雨が降り出しそうな空を見上げ、心配そうな表情の下で、「早く雨が降ればいいのに」と笑う。
少しして人がやってくる気配がしたため、もうエミリアが見つかったのかとがっかりしたララスティだが、来たのはルドルフだった。
驚いて立ち上がったララスティを見て、ルドルフはにっこり笑うと、馬から降りて近づいてくる。
「雨が降りそうだから迎えに来たんだが、カイルは?」
「その……エミリアさんを追っていきましたわ」
「エミリア嬢? そう言えばコテージで見かけなかったけど、こっちに来ていたのか」
そ知らぬふりで驚いたように言うルドルフに、ララスティは演技派だと感心してしまう。
「とにかく、雨が降ってきてしまっては馬で移動するのも難しいだろう。ララスティだけでも先に帰った方がいい」
「いいえ。わたくしはカイル殿下をここでお待ちいたしますわ」
「……仕方がない、私もここで待とう」
「そんな! ルドルフ様はどうぞお戻りください!」
慌てた演技をして言うララスティに、「大人の責任だよ」とルドルフはウィンクをした後、そっと顔を近づけて、ララスティにだけ聞こえる声で「愛する君を一人になんてできない」と囁いた。
「っ!?」
ボッと顔を赤くしたララスティが思わず耳を押さえて一歩離れると、その空いた場所にルドルフは座る。
ララスティは顔を赤くしたままルドルフの隣に座ると、少しだけ恨めしそうな視線を投げかけた。
その視線に気づき、ルドルフは「ごめんね」と笑う。
「ララスティがあまりにもかわいらしくて」
「まあ! からかっていらっしゃいますのね?」
拗ねたようにいうララスティを見て、ルドルフは幸せそうに微笑む。
その表情に思わずドキリと胸が高鳴ってしまい、ララスティは視線をそらした。
「どうした? 本格的に拗ねてしまったのかな?」
「別に拗ねていませんわ」
「どうかな……じゃあ、こちらを向いて?」
「うっ……」
ララスティは顔を赤くしたまま、そーっとルドルフを見る。
そこにはやはり幸せそうに微笑んでいるルドルフがいて、どうしてそんな笑みを向けてくるのかわからないとララスティは戸惑ってしまう。
なによりも、心臓がどきどきとうるさく、ルドルフに音が聞こえてしまうのではないかと気が気でない。
「えっと、カイル殿下たちはいつ頃お戻りになるでしょうか?」
「どうだろうね。エミリア嬢がどこまで行ってしまったかによるだろうけど」
そう言いながらルドルフは先ほどとは違った意味で目を細める。
何かを企んでいるような目に、ララスティはこれも計画の内なのかと内心で頷いた。
護衛の者はルドルフが手配したもので、知らない土地で迷うカイルを誘導することは簡単なのだろう。
状況がどうなっているのかわからないが、ルドルフに任せれば大丈夫だと言う安心感に、ララスティは不思議な、どこかこそばゆい感じがして思わず微笑んでしまいそうになる。
今はカイルとエミリアを心配している演技をしなければいけない、と気を引き締めていれば「ふっ」と小さくルドルフの笑い声が聞こえてきた。
「……なんでしょうか?」
「いや、一生懸命なのが可愛いと思ってね。大丈夫、マイラを始めとしてここに居るのは全員口が堅いものばかりだ」
言われてララスティは連れてきたメイドを見る。
別邸に居る時から側仕えとして重宝しており、今回も一緒に連れてきた———
「なんせマイラは私の乳母だし、他の護衛の者も私に忠誠を誓った者だ」
「家族や恋人を人質に取られても何も話さない」と、ルドルフはにっこりと笑う。
「そういう方々ばかりを今回お選びに?」
「マイラともう一人のメイド、あとは連れてきた護衛はね。コテージに最初からいる者はそうじゃないから、その者たちの前では気を付けないといけないね」
「なるほど」
ララスティが頷いた瞬間、ポタッと雨粒が落ちてくる。
「あっ」
「降ってきたね」
ルドルフはそう言うとララスティに自分の上着を被せる。
ふわりと上着からいい香りがしてララスティはドキリとしてしまうが、今は気にしない振りをして上着の下からルドルフを見る。
「とりあえず、小屋に避難しようか」
ルドルフはそう言ってララスティを守るように立ち上がり、護衛に指示を出して馬を連れて歩き出す。
雨足は一気に強まり、ララスティたちが小屋に到着する頃には、あたりはすっかり暗くなってしまっている。
小屋の中に入るとそこはリビングのような場所に暖炉が付いており、簡易的なベッドが用意されている。
とはいえ、手入れのされていないベッドに横になるつもりはなく、ララスティがきょろきょろしていると、ルドルフがササっとベッドに腰掛ける。
そうしてポンポンと自分の横を叩き、ララスティにも座るように促した。
「立ちっぱなしというわけにもいかないだろう?」
ルドルフの言葉にララスティは頷き、「失礼します」とルドルフの隣に座る。
ぎしっと軽い音を立てたベッドの上に二人で並んで座ると、朝に感じた緊張感が戻って来てしまい、またぶり返した心臓の音が聞こえないか気になってしまう。
「ララスティ」
「はいっ」
「……ふっそんなに緊張しなくても、取って食べたりしないよ」
「食べないでくださいませ!」
咄嗟にそう返してしまったが、ララスティはすぐに何を言っているのかと反省してしまう。
「ははっ、いいね」
「なにがでしょう?」
「こうやってすぐに反応が返ってくると、新鮮で嬉しいよ」
そう言って細められたルドルフの目は本当に愛おしいものを見るようで、ララスティはやはりドキドキとしてしまう。
「前回のリリー……ララスティは反応が薄いと言うか、ほとんどなかったからね。もちろんそのことに文句はない。そんな状態でも私の言葉に僅かに反応してくれるのは望外の喜びだったよ」
「………………ルドルフ様は、前回のわたくしのことをリリーと呼んでいらっしゃいましたの?」
間をたっぷりとって、ララスティが話題に出したのは呼び名についてだった。
「そうだよ。ルティと呼ぶのは他にもいるだろう? だから私だけの呼び名が欲しくてね。それと、リリーは私をルルと呼んでいたよ」
「ルル、ですの?」
首をかしげるララスティにルドルフは頷く。
「あまり言葉を話さなかったので、短い言葉のほうがよかったようだ」
「ルドではいけませんでしたの?」
「ル、ル……と何度も一生懸命に呼ぶのがかわいらしくて、それならルルでいいと言ったんだ」
その言葉に、なるほどと頷き、ララスティは無意識に「ルル様」と呟いてしまう。
「様は付けないでいいよ」
「え? あっ……口に出ておりまして?」
顔を赤くするララスティにルドルフは「出ていたね」と微笑む。
「あぅっ……忘れて下さいまし」
「そうだなぁ。今そんな風に呼ばれてしまったら、急に距離が近くなったと勘繰られるかもしれない」
「ルドルフ様の今の立場はわたくしとカイル殿下の仲を取り持つ人、ですものね」
改めてお互いの立場を確認し、ララスティは深呼吸をする。
少し埃っぽい空気に「ケホッ」と咽てしまいながら、ララスティは改めてルドルフを見た。
「先日、陛下にお会いした時にカイル殿下との仲を問われ、ルドルフ様の意見も取り入れながら楽しくしていると答えましたわ。あの時の陛下は本当に安堵しているように見えました。わたくしとカイル殿下の結婚をよほど重要視しておりますのね」
ララスティの問いにルドルフは「そうだね」と頷く。
「兄上だけではなく、父上も重要視しているよ」
「グレンジャー様もですか?」
「むしろ、一番重要視していたのは父上かもしれない」
ルドルフの言葉にララスティは首をかしげたが、血筋のことについてはさすがにこの場で言うわけにはいかず、ルドルフは人差し指を口元にあて「それについてはまた今度」と言った。
コクリと頷いたララスティは「あの……」とルドルフを見る。
「ルドルフ様は愛称で呼ばれたいでしょうか?」
「それはもちろん。でも、急にそんな風になってしまうとカイルが拗ねるかもしれない」
「カイル殿下がですか?」
「ああ」
どうして拗ねるのかわからないと首をかしげるララスティに、ルドルフはあの子も複雑なようだしね、と笑う。
その言葉に、友人が他の人と仲良くなったのが悔しいと思ってしまうのだろうか、とララスティは考える。
たしかにマリーカやシルフォーネが自分以外の誰かと仲良くしているのを見れば、嬉しい反面複雑な気持ちになるかもしれない。
もっとも、ルドルフが考えている複雑な感情は、ララスティが考えている友人としてのモノではなく、男女のものだとはあえて言わない。
下手なことを伝えてララスティがカイルに妙な興味を持っては困るのだ。
巻き戻すための道具はすでに入手したが、ララスティが自分以外に恋や愛を向ける姿はできれば見たくない。
それに記憶が残ってしまうのであれば、またやり直しをした時に、ララスティが初めからカイルとうまくやろうと動くかもしれない。
それでは何の意味もない。
ララスティの心の中にいる愛する人は、自分でなければいけないのだから。
大人の醜い欲望を笑顔の下に隠し、ルドルフはララスティに甘い笑みを向けた。
ルドルフのほの暗さが出ちゃってますねぇw
全方位でララスティを愛してる+自分以外を愛して欲しくない(子供を除く)なので、こうなっちゃいますw
ララスティは逃げられません!
次回はエミリアとカイルに視点を移しましょうかね?
ご意見ご要望ご感想どんどんお待ちしております!




