真実の愛のため③
その後、気まずい雰囲気ではあったが、緊張の糸はエミリアのお腹が鳴ったことで中断してしまう。
「あの……すみません。いっぱい歩いたから」
恥ずかしそうに言うエミリアに、ララスティも「わたくしたちもお腹がすきましたわね」、とカイルに向かって言う。
「……ああ、でも軽食は人数分しかないだろう?」
暗にエミリアの分はないというカイルだが、ララスティは自分の分をわければいいと言う。
「君が分ける必要はないだろう」
「けれども、エミリアさんだけ食べられないのはお気の毒ですわ。それに、出かける際にメイドが作りすぎたと言っていたではありませんか。わたくしが大食いだと思っていらっしゃいますの?」
少し怒ったようにカイルに言えば、カイルは仕方がないとため息をついた。
「僕の分も分けよう」
「まあ、よろしいのですか?」
「僕は男だけど、まだ子供だしそこまでたくさん食べるわけじゃないよ」
お返しのように大食いじゃないとほのめかすカイルに、ララスティは笑う。
エミリアは状況が分かっていないようで、きょろきょろとしながら「とりあえず座っていいですか?」と聞いてきたので、ララスティが「どうぞ」と自分の横を開けたが、エミリアはカイルの隣に座った。
そのことにカイルは眉を寄せ、ララスティにちょっと詰めて欲しいと言う。
ララスティも困ったように笑って開けた場所に座り直すと、カイルがララスティ寄りに座り直した。
「あ、別に移動しなくてもよかったのに! こうしてくっついてると仲良くなった感じがするじゃないですか」
距離を詰めようとエミリアが動きかけるが、カイルが眉を寄せているのに気づき動きを止めてしまう。
「えっと……なんでもないです」
しょんぼりしているエミリアに、ララスティは内心、この状態で本当に真実の愛は生まれるのかと疑問に思ってしまう。
メイドが手際よく三人分の軽食のサンドイッチを並べると、エミリアは早速という感じに手づかみをする。
その様子に、手を拭きながらカイルとララスティが驚いていると、サンドイッチを頬張ったエミリアが首をかしげた。
一応という感じに口の中のものを飲み込んだエミリアが、どうかしました? と聞いてきたので、ララスティが「手を拭かないのですか?」と尋ねると、「気にしません」と言われてしまう。
常識の違いに、流石にララスティも戸惑ってしまうが、カイルはため息をついて手を拭いた布を置くと、自分もサンドイッチを掴み無言で食べ始めた。
「それにしても、なんですかこれ……果物のサンドイッチとか初めて見ました! 甘いけどおいしいですねぇ。これも別邸の人の技術ってやつですか?」
「いえ、このサンドイッチはコテージのシェフが作ってくださったものですわ。もちろんレシピは別邸のシェフからですが、使われている果物にアレンジがありますわね」
「ふーん。食事も別邸の方がおいしいのかしら? お姉様はどう思います?」
「どうでしょう? わたくしは本邸で食事をいただいたことはほとんどありませんので、別邸のシェフはわたくしと一緒に別邸に移動した者ですので、今の本邸の味はわかりませんの」
「あー、なるほど。だったら分からないですね」
あっけらかんと言うエミリアに、カイルは内心で怒りが蓄積していく。
ララスティから直接聞いたわけではないが、状況を見ればアーノルトがララスティを別邸においやり、それを知ったコールストが後見役を買って出たように見える。
その状況にしたのは間違いなくエミリアたちであると考えられ、何をのんきにしているのだと呆れと同時に怒りを我慢できないのだ。
「じゃあ、今度よかったら本邸に食べに来てくださいよ」
招待します、というエミリアの無責任な発言。
カイルは我慢できないかのように眉を吊り上げエミリアを見る。
「エミリア嬢、随分と好き勝手に言っているな」
「え?」
「君は自分の父親がララスティ嬢に対して、どんな態度なのか忘れたのか? あんなことをしてくる相手に楽しく食事なんてできるわけはないだろう」
「あっ……」
指摘されて、エミリアは僅かに顔色を悪くする。
あの後、シングウッド公爵家から正式に抗議を受けたアーノルトは、謝罪のために出向こうとしたが、先触れの段階で拒否されてしまったと聞いている。
しかもその話を聞いたコールストが、ララスティへの接触禁止を言い渡してきたと、そうアーノルトが愚痴っていたのを思い出したのだ。
「で、でも……家族なんだし」
「たまの食事ぐらいしてもいいのに」と言うエミリアだが、カイルは「君は、自分を打ってくる相手と食事をしたいのか?」と聞き返してくる。
それに何も言えないエミリアは黙って下を向き、無言でサンドイッチを食べ始めた。
(別にわたくしは本邸に出向いて食事をしてもかまわないのですが、あえてそれを伝える必要はなさそうですわね)
だが、この様子だとエミリアはまたララスティを食事に誘ってきそうだと予想がつく。
それはそれで利用価値があると内心で笑いながら、表向きは困った笑みを崩さずにいる。
「えっと、フルーツサンド以外も、新鮮な野菜を使ったサンドイッチが美味しいですわ。あと、こちらのローストビーフのサンドイッチも」
エミリアさんも召し上がって? とララスティはナイフを使って器用に半分に切ると、エミリアにサンドイッチを差し出す。
「あ、ありがとうございます」
エミリアはローストビーフのサンドイッチを掴んで口にすると、「美味しい!」驚いたような声を出した。
あっという間にローストビーフのサンドイッチを食べてしまったエミリアは、次に自分のところにあるハムのサンドイッチを手にしたため、お皿に残った野菜のサンドイッチを苦笑しながら手元に戻し、ララスティは食事を続ける。
その様子を見ていたカイルが自分の分のサンドイッチを半分に切ると、ララスティの皿に移した。
「まあ! カイル殿下、ご自分の召し上がる分が減ってしまいますわよ?」
「いいよ。ララスティ嬢こそ食べる分が減っちゃうじゃないか」
「ですから、わたくしは大食いではありませんの。男の子の方がたくさん召し上がるものではございませんの?」
ララスティがそう言うと、カイルは少し考えて、ララスティが切った野菜のサンドイッチを掴んで口に運んだ。
「あら!」
「ん、おいしいよ」
「ふふ、お気に召したようで何よりですわ」
和やかな雰囲気が漂うララスティとカイルだが、カイルの横にいるエミリアがそんな二人を羨ましそうに盗み見ていた。
食事が終わり休憩を取っていると、急に雲が出てきてララスティは不安そうに空を見上げる。
「どうかした?」
カイルに声をかけられてララスティは「空が……」と呟く。
つられるように空を見上げたカイルも「雨が降るかもね」と、不安そうに眼を揺らした。
「じゃあ、雨が降る前に散策に行きませんか!?」
エミリアが上ずった声を出しながら、カイルの腕を取って立ち上がる。
驚いたカイルが中途半端な体勢になってしまい、さすがにララスティは声をかける。
「エミリアさん、そのようなことをなさってはいけませんわ」
「少しぐらいはいいじゃないですか! あたし、ここに来たの初めてだし、次はいつ来れるかわかんないんですもん!」
エミリアはそう言って力を入れてカイルを無理に立たせる。
強引に敷物の外に出ようとしてカイルに抵抗されるが、エミリアは涙目になって「どうしてもだめなんですか?」と言う。
その様子にカイルは一瞬だけ動きを止めたが、「僕はもうララスティ嬢と散策を終えているんだ」と断った。
「ええ!? どうしてお姉様と散策には行くのに、あたしはだめなんですか? ずるい!」
エミリアはそう言ってカイルの腕を離すと、自分だけ靴を履き直して森の方に走って行ってしまう。
「エミリアさん! 待って!」
ララスティが慌てて追いかけようと立ち上がるが、カイルに止められた。
「自分で勝手に帰るならそれでいいじゃないか」
「けれども雨が降りそうですもの、危ないですわ」
ララスティはそう言って敷物の外に置いてある靴を手に取って履く。
それを見たカイルは「もうっ」と言って続くように靴を履く。
「カイル殿下はここでお待ちください」
「いいよ、僕が行く。僕の言葉がきっかけみたいだったしね」
「何が悪かったのかはわからないけど」と言いながらカイルは森の方を見る。
「道に迷ってないといいけど」
「ええ、雲のせいで少し暗くなってきていますものね」
「うん、雨が降る前に戻るようにするよ。ララスティ嬢はここで待ってて」
「でも……」
「いいね?」
「……わかりましたわ。お気をつけて」
ララスティが不安そうに言うと、カイルは護衛を伴って森の道を進んで行く。
その背中を、ララスティは内心で笑みを浮かべて見送った。
ルドルフの予想が当たって雨が降りそうですねぇ!
雨宿り、二人きり……何も起きないはずもなく!?
エミリアとカイルの行方はどっちだ!
というか、ルドルフさーん!
貴方の出番はどこですかー!(´;ω;`)
ルドルフ捜索隊はブクマや評価をお願いします!★★★★★




