真実の愛のため②
朝食が終わり、早速湖に出かけることになった、ララスティとカイル。
ルドルフはそこまで過干渉じゃないといって、子供だけで行くように言ってコテージに残ることになった。
そのことにララスティは作戦がどうなるのかと不安に思ったが、失敗してもまた機会があると切り替え、カイルと湖を見るのが楽しみな演技をする。
ララスティは乗馬を習い始めているとはいえ、まだ手を借りて馬に乗ることしかできず、自分で手綱を操ることはできない。
カイルもまだ一人での乗馬は許可されたわけではなく練習中なので、二人とも前日にルドルフが言った通り、護衛と一緒に馬に乗って湖に向かった。
他にも湖で楽しめるようにとメイドが軽食の準備を入れたバスケットをもって同じく護衛に馬に乗せてついてきている。
(わたくしたち以外に四人もいるのに、本当にどうにかなるのでしょうか?)
そもそも、よくある小説などである、王子や高位貴族の令嬢が一人で行動するということ自体が、ララスティの感覚からしてあり得ない。
誘拐でもされたらどうするのだろうか。
自らに武道の心得がないのなら、そもそも護衛を付けずに出かけるなどすべきではない。
そんなことを考えているうちに、ふと周囲の香りが変わってくる。
水のある気配にワクワクしていると、視界が不意に開け、大きな湖が見えてきた。
「まあ!」
思わず声を漏らしたララスティに、隣に並ぶカイルが嬉しそうに笑う。
いつも冷静で落ち着いている印象のララスティが、このようにはしゃぐ姿を見るのは初めてなのだ。
気を許してくれているように感じ、これが旅行の力なのかと思えてきてしまう。
ほとりに到着して、護衛の手を借りて馬を降りると、ララスティは改めて湖を見る。
直径は一キロメートルほどだろうか。透明度が高く空の色を反射している湖は幻想的で美しく、思わず感嘆の息が漏れてしまう。
「素晴らしい所ですわね」
「うん、そうだね」
ララスティの横に立ったカイルが頷く。
カイルも想像よりも大きな湖に驚いているし、事前に母親のコーネリアにどんな湖なのかも聞いていたが、実際に自分の目で見ると、話に聞くよりもずっと雄大に見えてくる。
「本当に綺麗だ」
「カイル殿下、よければぐるっとほとりを歩きませんか?」
「そうだね」
ララスティの考えではエミリアは馬に乗れないはず。
連れてきた護衛もエミリアを馬に乗せようとはしないだろうから、歩いてくるしかない。
そうなるとだいぶ時間がかかってしまうので、こうして時間をつぶそうとしたのだ。
ほとりを二人で並んで歩き、たわいもないおしゃべりをする。
恋人や婚約者としてではなく、友人としての適度な距離を意識しながらのものではある。
しかし、カイルとしてはララスティが自然の風景を楽しみ、素直に喜んでいる姿を見ることができただけでも嬉しく感じてしまう。
そのまま一時間ほど歩いていれば、風があるとはいえ汗ばんでくるし、喉も乾く。
元の場所に戻った時にはちょうどいいタイミングでメイドが飲み物を差し出してきたので、二人は「お行儀はこの際、目をつぶってくださいましね」「もちろん」と言って、立ったままアイスティーが入ったグラスに口を付けた。
いつもよりも速いスピードでアイスティーを飲む二人に、やっぱり喉が渇いていたのかと、メイド達は内心で微笑ましく思う。
運動後にすぐに食事をするのはよくないと、少し休憩をすることにした二人は、敷物を敷いて座ると、のんびりと景色を楽しむ。
「このようなところに来れるなんて、本当に嬉しいですわ」
「うん、僕もそう思う」
「やはりこの体に流れるエルフの血があるからでしょうか、自然が多いと余計に嬉しくなってしまいますの」
「わかるよ。いつもの王都も馴染みがあっていいんだけど、やっぱり自然は僕たちの故郷だって思えるよね」
「はい」
まったりと会話を楽しむ二人だが、護衛が二人の背後を気にし始め、若干色めきだち始めた。
「どうかしたのか?」
「いえ、誰かがこちらに来ます」
護衛の言葉にララスティは、やっと来たかと内心で笑う。
「どなたでしょう? けれども、わたくしたちの貸し切りというわけではありませんし……」
地元の人か同じような観光客かもしれないとララスティが言っていると、「もー! どこよー!」と大きな声が聞こえてきた。
「この声……」
「エミリアさんでしょうか?」
カイルが眉を寄せる横で、ララスティは「どうしてこちらに」と首をかしげる。
「声が聞こえたけど、もしかしてこっち?」
だんだんと近づいてくる声に、護衛が緊張するがララスティはちらりと空を見る。
青い空を見ると、とても雨が降るようには見えない。
(ルドルフ様は天気が崩れるとおっしゃっていたけれど、本当でしょうか?)
そう考えていると、道の奥から人影が見えてくる。
「まあ、やっぱりエミリアさんですわ」
「あっ! お姉様! カイル殿下もこっちにいたんですねー!」
大声を出しながら駆け寄ってきたエミリアを護衛が止めようと動き、ハッとしたようにエミリアも足を止めた。
「あーえっと、なにもしませんから、どいてください」
こわごわと言うエミリアに、護衛の一人がカイルに視線を向ける。
カイルは小さくため息をつきながら頷き、それを確認した護衛がやっと道を開けた。
「はぁ、びっくりしたけど……そうでした、駆け寄っちゃダメなんでした」
うっかりしていた、というエミリアにララスティは僅かに驚いてしまう。
前回は何度注意してもカイルに駆け寄るのを止めなかったエミリアだ。
今回はルドルフが具体的な理由を言い聞かせているからこそ、こうして学習できているのだが、それを知らないララスティには不思議で仕方がない。
意識しているのか、どこかゆっくりと近づいてくるエミリアは、カイルの前に行くと「置いて行かないでください」と涙で潤んだ目を向ける。
「本当にびっくりしたんですよ! カイル殿下たちったらいつの間にか出ちゃってるんですもん」
まるで伝えなかったこちらが悪いような言い方をされ、カイルはムッとしてしまう。
そもそもエミリアは予定外の客であり、同じコテージに泊まることを許可してはいるが、部外者なのだ。
カイルからしてみれば部外者に予定をわざわざ教える義理はない。
「エミリアさん、よくここだと分かりましたわね」
ララスティの問いかけにエミリアは、「道で人に聞きました」と答える。
どうやらコテージの者に聞いても場所を教えてくれず、外に出て人に聞き、ここまでの道も教えてもらったようだ。
約五キロメートルほどの距離があるのだが、よく歩いて来たとララスティは内心で感心しつつ、メイドにエミリアにも飲み物を出すように指示する。
「どうぞエミリアさん。たくさん歩いて喉が渇いたでしょう?」
「あっ助かります! もうそろそろ限界って思ってたんですよー!」
グラスを受け取ったエミリアは一気にアイスティーを飲み干すと、「はぁー」と深く息を吐きだした。
「生き返る~! どうしてお姉様のところのメイドが淹れるお茶ってこんなにおいしいのかしら? 茶葉が違うのかなぁ?」
エミリアが不思議そうに言うのでララスティは「茶葉も違うかもしれませんが、なによりも技術かもしれませんわね」と、メイドを褒める。
メイドはララスティの言葉に嬉しそうに微笑み、一礼をした。
「なるほど、じゃあ本邸のメイドは別邸のメイドより技術がないってことですね」
困るなぁ。というエミリアに、ララスティは困ったように笑うしか出来ない。
本来、そう言った技術を向上させるよう持っていくのが女主人の仕事でもあるのだが、シシルジアは自分のおつきメイドにしかそういったことをせず、クロエは屋敷の使用人全体を見ることが出来ていない。
エミリアも文句があるのであれば、本邸のメイドにそのことをさりげなく伝え、技術向上をさせるように講師を手配すればいいのだ。
もっとも、ララスティはエミリアにそのようなことができるとは思っていない。
頼めば何でもしてくれる便利な存在。前回もそうだったが、メイドを始めとした使用人をそういう風にしか考えていないのだ。
「それで……」
ずっと黙っていたカイルがそこでやっと口を開く。
「僕と遊ぼうと言っていたが、何か用事でもあったのかい?」
尋ねるカイルに、エミリアは「だから、遊ぼうと思ってたんです」とあっけらかんと答える。
「なにをして? そもそも朝食時に僕とララスティ嬢がここに来ると話していただろう。どうしてそこに君が加わることになっているんだい? 僕たちは叔父上に婚約者として交流をするように言われているんだよ」
「えー、でも政略での婚約ですよね? それなのに交流ってむなしくないですか?」
エミリアの言葉にカイルはさらにムッとし、思わず声を大きくしてしまう。
「政略だからこそ、相手の事を知ろうと交流を持つことは普通のことだ。君は本当にわかってないね。恋愛感情だけで動けないのが王侯貴族なんだよ」
「え、でもお父さんとお母さんは———」
「君の両親は愛し合っているかもしれないが、そこには犠牲があったことを理解していないんだね」
カイルの犠牲と言う言葉に、エミリアは目を大きく見開いて驚く。
その様子に、ララスティは内心で「あらまあ」とほくそ笑んでしまった。
やる気満々のエミリアだけれども、カイルに思いはまだ届かず心証はマイナスモード継続!!
これ、本当にカイルと真実の愛が生まれるの!?
ルドルフの作戦はどうなるのでしょうか?( *´艸`)
続きが気にいなった方はブックマークや評価をお願いします!(土下座
ご意見ご要望ご感想どんどんお待ちしております!




