憧れと嫉み②
五月下旬、カイルとララスティ、そしてルドルフは馬車に乗って保養地を目指していた。
「王都の外に出るのは初めてだね」
「そうですわね」
どこかはしゃいだ雰囲気のあるカイルに、ララスティは頷きながらも「前回はどこにも連れて行ってくれなかったのに」と、内心で考えてしまう。
このように出かけることが出来たのはルドルフの存在が大きい。
婚約者同士の仲を深めるために、二人で休暇を楽しもうとハルトに提案し、ハルトが「それはいい」と賛成したのだ。
その後、ララスティやカイルの予定を調整し、こうして旅行に繰り出している。
流石に国王夫妻を保護者とするわけにはいかなかったので、代わりにルドルフが保護者としてついてきてくれた。
「お天気もいいし、気温も過ごしやすくて、わたくしも今から楽しみですわ」
にっこりと微笑むララスティに、カイルは「そうだね」と頷いた。
そこでララスティは、二人の会話を微笑ましく見ているようにしているルドルフを見る。
(わたくしのことを愛してるといいながら、こうしてカイル殿下との仲を取り持とうとしたり、考えていることが分かりませんわ)
そう思いながらも、本当はララスティの計画のために協力しているのだと理解している。
カイルとエミリアが本当に真実の愛で結ばれているのなら、どのようなことがあっても結ばれるということを証明して欲しい。
ララスティは二人の邪魔をしない。そんな悪役がいない状態でも結ばれると見せて欲しい。
(エミリアさんは……想定通りついてきているようですわね)
ルドルフはあえて警備の者に指示をして、荷物を運んでいる馬車のチェックを甘くした。
そこにエミリアが潜んでいると気づいていたから。
カイルにはそのことを教えず、ララスティにだけこっそりと伝えてきたルドルフに、ララスティは「可哀相だから、お水ぐらいは飲めるようにしてあげてくださいまし」と笑った。
保養地までは馬車で丸一日かかるため、エミリアとしては大変だろうが、勝手について来たのだからそのぐらいは我慢して欲しい。
「保養地には綺麗な湖があるそうだよ」
「まあ! それは楽しみですわ。ルドルフ様は行ったことがありますの?」
「……もちろん。カイルの言う通り綺麗な湖があってね、穏やかな時間を過ごせるんだ」
何かを思い出すように話すルドルフに、カイルは顔を輝かせ、「本当に楽しみだね」と言った。
中継地点の宿に宿泊し、翌朝に出発して昼頃、馬車は保養地に到着した。
「馬車の中からも見えてたけど、いいところだね」
「ええ、そうですわね」
カイルの手を借りながら馬車から降りたララスティは頷く。
自然が豊かだが、観光地も兼ねているのか、道もしっかり整備もされている。
お昼の日差しの中とはいえ、風が程よく頬を撫でていき、耳には木々のざわめきが届く。
本当に清々しい空気をララスティも思いっきり吸い込みたいと思ってしまうが、今は大勢の目があるので控えようと無意識に自制してしまう。
ルドルフも降りたところで三人は泊まる予定のコテージに向かう。
木造のコテージは普段使用している家の造りとは違い、入った瞬間木の香りがして、ララスティも初めての経験に秘かにワクワクしてしまう。
「へえ、木でできた家なんて、なんだか新鮮だね」
「普段は石造りですものね」
「うん」
カイルはあちらこちらを見て回りたいようだが、とりあえず各自の部屋を見るという事で話がまとまり、ララスティも荷物を持ったメイドとともにあてがわれた部屋に向かう。
ララスティ用になった部屋は日当たりもよく、大きな窓の外には広めのベランダがあり、そこからの眺めもいい。
メイドが荷物を片付けている間に一人でベランダに出ると、そこからは庭の花々が見下ろせるようになっており、遠くを見れば木々が連なり森を作っているのが分かる。
ララスティは周囲に人がいないことを確認してから、ゆっくりと空気を思いっきり吸い込み「ふぅー」と吐きだす。
エルフの血が混ざっているからか、やはり自然の空気は嬉しく感じられ、無意識に口角が上がってしまった。
ララスティが新鮮な空気を堪能していると、扉がノックされる音が聞こえ、メイドの一人がララスティを見てきたため、確認するように頷いた。
メイドが確認のため扉を薄く開けて話をすると、驚いたような顔をしたがすぐにため息を吐いた。
「お嬢様、問題が起こりました」
戻ってきたメイドがベランダのララスティに近づき耳打ちをする。
「エミリア嬢が荷馬車で寝ているのが発見されたそうです」
「あら……」
内心で知っていたけど、と思いつつも驚きの表情を浮かべる。
「このことはカイル殿下とルドルフ様はご存じですか?」
「先に伝えているそうです」
「そうですの。ではわたくしはエミリアさんの様子を見に行きますわ」
ララスティはそう言ってベランダから部屋の中に戻り、メイドを二人ほど伴って部屋を出た。
護衛に案内されるままに玄関まで行くと、そこにはくたびれた様子のエミリアがおり、ララスティは苦笑してしまう。
すでにカイルとルドルフは玄関ホールに到着しており、特にカイルが難しい顔でエミリアを見ている。
ララスティも玄関ホールに降りると、「エミリアさん、どうしてここに?」と首をかしげた。
「あの、ちょっとかくれんぼをしてただけなんですけど、気づいたらここにいて……驚きですよね~」
だいぶ無理がある言い訳をするエミリアに呆れながらも、エミリアはルドルフを見る。
「……ついてきてしまったものは仕方がない。部屋を用意させよう」
「やった!」
ルドルフの言葉にエミリアは小さく声を漏らしたが、ララスティたちには聞こえており、何とも言えない空気になってしまう。
「……とにかく、何か食べた方がいいだろう。食堂に案内しよう」
「はーい」
ララスティたちにも場所を教えるということで、四人は連れ立って食堂に向かう。
到着した食堂ではすでに昼食の準備がされているが、当然あったのは三人分。
エミリアは当たり前のように準備のされている上座の席に座った。
「エミリアさん、そこは」
「お姉様たちも早く座ってくださいよ。あ、でも一人分足りない?」
首をかしげるエミリアの横で給仕係が食器などをセットするのを見て、「なーんだ、準備してなかっただけか」と言ったが、予定外の客人がいるのだから、準備されているわけがない。
(この子は、本当に自分のことしか考えられないのね)
そもそも公爵令嬢が荷馬車に乗って同行するということ自体がありえない。
何かあった時に責任を問われるのは警護の者だ。
ララスティは内心で呆れながらも、エミリアに上座は身分が高いものから座るのだと教える。
「あー、そういえばそう習ったかも?」
そういってエミリアは隣の席に座り直す。
言えば素直に聞き入れるようになっただけでも進化だろうか、と考えつつ、ララスティがエミリアの正面に座った。
ルドルフはエミリアの隣に、カイルはララスティの隣に座る。
「なんでカイル様がそっちに座ってるんですか?」
「……婚約者でもない君の隣に座るのもおかしいからね」
「じゃあ、えっと……」
「そういえば自己紹介がまだだったかな?」
ルドルフの言葉にエミリアが頷く。
「改めまして、ルドルフ=グランヴェル=シングウッドという」
「ルドルフ様ですね」
「できれば、シングウッド小公爵と呼んでもらえるかな」
ルドルフの言葉に、エミリアはそうなんですか? と首をかしげながらも頷く。
それを見たルドルフが「じゃあ、遅くなったけど昼食にしよう」、と声をかけたところで給仕が始まる。
新鮮な野菜を使った食事はどれもおいしく、味や見た目は王都で食べるものに負けていない。
ララスティたちが食事を食べながら時折感想を言い合っていると、エミリアが突然「うわー」と声を出した。
何事かとそちらを向けば、サラダが気に入らないようで皿を遠ざけている。
「エミリアさん、どうかなさったの?」
「このドレッシングが酸っぱくて……あたし酸っぱいのだめだから」
「そうでしたのね」
頷きながらララスティが確認のため、自分に用意されたサラダを食べるが、確かに多少酸っぱいものの、だからこその爽やかな味わいだと感じられる。
「わたくしには美味しく感じられるけれど、味の好みは人それぞれですものね」
「お姉様よく食べられますね。あたしには無理です。はー、口直しっと」
エミリアはそう言ってチキンステーキを食べる。
「うわっ! これおいしい! ええ、なにこれ~!」
まさに手が止まらないとでもいうようなエミリアは、あっという間にチキンステーキを食べ終わってしまう。
「ねえ、このお肉おかわりしたいんだけど」
おかわり、と言われて給仕が困った顔をしてしまう。
「エミリアさん、そんなことを言わないで差し上げて。ただでさえ予定外の人数分を作っているのだし、急におかわりと言われてもシェフも困ってしまいますわ」
「そうなんですか?」
うちでは好きなだけおかわりできるのに、とエミリアが言う。
(そんなことでは食事のマナーはいつまでも上達しそうにありませんわね)
ララスティが内心で笑っていると、隣に座るカイルが静かにカトラリーを置いた。
カイルとエミリアの関係が動き出すのでしょーーーか!?!?
ボーイミーツガール★サードシーズン!
今度こそ好印象になるのか?
下拵えの長さに一番ビビってるのはこの私!
そんな私へのご意見ご要望ご感想どんどんお待ちしております!




