正義の王子③
会場から出たカイルとララスティは、警護の者に守られながら王族の使用するエリアまで行くと、応接室に案内された。
対面のソファーに座り、甘い香りのするお茶を淹れてもらい一息つく間、カイルはずっとララスティの様子を窺っていた。
一筋とはいえ、初めて見たララスティの涙に戸惑って感情が揺さぶられ、その場でアーノルトを糾弾しようとしてしまった。
ちょうどいいタイミングでルドルフが登場しなければ、王太子の権力を使っていたかもしれないと反省する。
「カイル殿下、あのような場で騒ぎを起こしてしまったこと、改めてお詫びをいたします」
一息ついたララスティがそう言って頭を深々と下げると、カイルは慌てて「ララスティ嬢が謝る必要はない」と告げる。
カイルにそう言われても、ララスティは申し訳なさそうな表情を崩さず、どこかソワソワと心配そうに視線を動かしている。
「本当にララスティ嬢は悪くない。きっかけはエミリア嬢だし、そんなエミリア嬢を責めるようなことを言ったのは僕だ」
「ですが、お父様がいらしたときに事を大きくしてしまったのはわたくしですわ」
「いや、僕もランバルト公爵を責めるようなことを言ったから……」
カイルはそう言いながら、あの場で否定するのではなく、場所を移動すればよかったとため息をついた。
せめてエミリアが差し出してきたハンカチを断った時点で話を切り上げるか、場所を移して刺繍糸の話をするべきだった。
だが、あの時はそのような余裕もなく、ただ正義感に突き動かされていた。
「けれど、カイル殿下がおっしゃって下さらなければ、エミリアさんも自分の行動がよくなかったとわからなかったかもしれませんわ」
「今まで気づかないでいる方がおかしいんじゃないかな。以前にもララスティ嬢はエミリア嬢に、誰かの私物を勝手に持ち出してはいけないと言ったことがあるだろう」
「それは……はい」
困ったように眉を寄せるララスティに、カイルは他の者から聞いたと頷いた。
「以前、ララスティ嬢に家族には強く出ることが出来ると言ったが、申し訳なかった」
「え?」
「あの時は、ランバルト公爵が君に暴力をふるうような人だとは思わなかったんだ」
「あ、それは……打たれたのは一度だけで……」
慌てて言うララスティだが、カイルは緩く首を横に振った。
「一度であろうとも、もしそれまでに君が反抗するような態度を取っていたら、以前から打たれていたかもしれない。僕でもそれがわかるのに、娘の君が察しないわけがない。そんな状況なのに、強く出るなんてできないよね」
悲しそうに言うカイルに、ララスティは内心で思わず吹き出してしまいそうになる。
あの時ララスティを打とうとしたアーノルトの動きは遅く、その気になれば避けることも可能だったが、あえて打たれることを選んだ。
もちろん衝撃が少なくて済むように、打たれる方に倒れ込んで被害を最小限にしていたが、子供の体にとっては大人の力は思った以上に強力だった。
もっとも、そのおかげでカイルの同情を強く引くことができたのは想定外だったが、そのおかげでララスティへの印象が悪くなりにくくなったのは確かだ。
カイルはララスティが強く出ることはできないと思っているが、後見のことを出せばララスティはいくらでも優位な立場になれる。
それが虎の威を借りる狐と言われても、後見とはそういうものなのだ。
「お父様も、いつかわかってくださいますわ」
あくまでも家族を信じる健気な姿を演じ、ララスティはカイルの様子を観察する。
今回のことでカイルの中でエミリアの印象は確実に悪くなっているだろう。
ここから二人を真実の愛に向かわせるには何が必要なのだろうか。
ララスティが悪者にならないだけで真実の愛は成立しないというのなら、前回でララスティがエミリアに負けたのは許せない。
エミリア自身が被害者を演じ、ララスティが負の連鎖によって悪役にならないと真実の愛が完成しないのなら、初めからそんなものはなかったはずなのだ。
「それに、エミリアさんだって今日やっと正式に社交デビューをしたのです。これから貴族社会になれていけばよいのですわ。今日のことも、きっと反省してくださいます」
そう信じているとにっこりとララスティが微笑むと、カイルは「そうだね」と頷くが、どこか納得がいかないように眉を寄せ続けている。
(ララスティ嬢がこんなに家族を思っているのに、彼らはあまりにもララスティ嬢に対して非道すぎる)
カイルはそう考え、気づかれないように奥歯をギリっと食いしばった。
「……えっと、このあとはルドルフ様にお話を聞かれるのですよね?」
「うん、そうだと思うけど……先にランバルト公爵たちに話を聞いてるはずだから、いつ僕たちの番になるのかはわからないな」
話題を変えるように切り出したララスティの言葉にカイルは頷く。
「そうですわね……ルドルフ様もあまりきつくおっしゃらないといいのですが」
不安そうに言うララスティに、カイルは「お人好しがすぎるよ」と小声で呟く。
カップが空になったのを見たメイドが流れるような仕草でお代わりを淹れると、ララスティは「ありがとう」と笑みをメイドに向ける。
(ララスティ嬢はこんなに優しい令嬢なのに、ランバルト公爵はなんで悪く言うんだろう)
エミリアを可愛がっているのはわかる。
そして、愛の無い結婚の果てに生まれたララスティをよく思っていないのもわかる。
それでもララスティは何も悪くないのに、あそこまで扱いの差をつける理由がカイルには分からない。
アーノルトの態度はララスティを憎んでいるようにも見える。
どうしてそのように思っているのかわからない以上、家庭の事に口を出すべきではないとわかっているが、カイルはララスティの友人として、どうにかしたいと思ってしまうのだ。
「ララスティ嬢は……」
「なんでしょう?」
少し言いにくそうに話し出したカイルに、ララスティは首をかしげる。
「正直なところ、家族についてどう考えてるのかな?」
カイルの質問にララスティは困ったような笑みを浮かべながらも、内心では「できれば前回の仕返しがしたいなんて、言えるわけはない」と笑った。
「そうですわね、わたくしは仲良くしたいのですが……難しいともわかっておりますわ」
どこか悲しそうに言うララスティに、カイルは胸が苦しくなる。
「けれども、今はお父様たち家族三人で仲良くしていらっしゃいますが、いつかわたくしもそこに入ることが出来ればと……」
「まったく思っていませんわね」と内心で続けながら、儚げにララスティは微笑んだ。
「そっか」
カイルはそう言うと「難しいね」と息を吐いてからカップを手に取って紅茶を一口飲む。
(正直なところ、お父様たちがこのまま醜態をさらしていただき、それでもエミリアさんがカイル殿下と真実の愛を貫けるか見たいだけで、仕返しもそこまで気にしてはいないのですけれどもね)
カイルを見ながら、ララスティは同じようにカップを手に取って一口飲んだ。
そのあと、いつものお茶会の時のようにカイルと会話をしながら時間をつぶしていると、扉がノックされルドルフが入室してきた。
ララスティとカイルが立ち上がって出迎えると、ルドルフは「楽にしてくれ」と言ってからカイルの隣に座った。
「まず、最終的な結論だが……ランバルト公爵家とは改めて話し合う事になった」
「改めてですか?」
ルドルフの言葉にカイルが首をかしげたので、ルドルフはクロエのことを話した。
「それは、なんというか……」
なんとも言えない表情になったカイルはチラリとララスティを見たが、自分と同じように困惑した表情を浮かべている。
アーノルトやエミリアだけではなく、クロエも失態を犯したとなれば、誰もフォローができなくなってしまう。
ララスティがフォローに動けるかもしれないが、その場合、尻拭いまでさせられていると思われるだけだ。
そしてララスティもフォローをするのであれば、その考えを利用する気でいる。
「あの、ルドルフ様」
「なにかな?」
「その……あまりわたくしの家族を責めないでくださいませ」
「ふむ……善処はしよう」
「ありがとうございます」
あくまでも「家族」と言うララスティの健気さにカイルは心を打たれるが、もちろん、カイルの手前あえて言っただけで、ララスティはアーノルトたちのことを家族とは思っていない。
「さて、あちらの結論は今後考えるとして、カイル」
「はいっ」
「お前にも問題があったよ。わかるね?」
ルドルフは優しい声音でカイルに問いかける。
カイルは「わかっています」と神妙に言うと、先ほどまでララスティと話していた問題点をルドルフに告げる。
「うん、わかっているならいいんだ。次からは気を付けなさい」
「……叱らないのですか?」
あっさりと頷いたルドルフにカイルが恐る恐る尋ねるが、ルドルフは「次気を付ければいい。ただし、次はお説教じゃすまない」と軽く脅すだけだった。
とりあえず、このパーティーでの糾弾はこのへんで終わりにしましょうかw
あんまり続けてもしかたがないですしねw
これはざまぁへの序章だから!
次回から、ララスティの噂バラマキ再スタート&ルドルフからのアタックが始まる?
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