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爪を研ぐ獣②

 別室に移動したアーノルトとエミリアはソファーに座ってはいるが、周囲を警護の者に囲まれて居心地が悪そうにしている。

 少ししてルドルフが入室すると、アーノルトが「遅いですよ!」と睨みつけた。


「それは悪かった。兄上にこの件を報告していたのでね」

「陛下に!?」


 まさかハルトに報告がいくとは思わなかったのか、アーノルトが顔色を悪くするが、ルドルフにしてみれば報告しないと考える方がおかしい。

 エミリアは緊張しているようだが、どれだけ状況が悪いのかは理解できていないようで、おどおどとルドルフを見る。

 ルドルフは二人の正面に座ると、「まずはお茶でもどうかな」と優しく微笑む。


「……いただきます」

「じゃあ、あたしも」


 二人が頷くとすぐさまルドルフが連れてきた侍従がお茶の準備をし、二人の前にお茶を出した後、ルドルフに別の茶葉を使いお茶を淹れる。

 そのことにアーノルトはムッとしたが、黙ってカップを手に取り口を付けた。

 エミリアも真似をしてカップを持ってお茶を飲むと、「おいしい!」と言葉を漏らす。


「お気に召していただけたようで何よりだよ」

「はい! うわぁ、うちで飲むお茶よりすっごい美味しいです! ええ? なんで?」


 今がどのような状況なのかも忘れ、エミリアは純粋に感動したように言う。

 そんなエミリアの様子を見てアーノルトは口元を緩める。


「もしかして王宮ではいつもこんなおいしいお茶を飲めるんですか?」

「お茶の味については好みもあるから、誰もが同じ感想となるわけじゃないが……。そうだね、王宮に来る高位貴族に出される茶葉を使用している」

「へえ……ということは、お姉様もカイル殿下とお茶をするときはこのお茶なんですね」


 エミリアが羨ましそうに言うが、アーノルトとエミリアに提供されたお茶と、ララスティに出されるお茶に使用する茶葉は違う。

 今の状況のアーノルトたちは高位貴族とはいえ問題を起こした張本人。

 王家にとって重要な位置のララスティと同じものを提供するはずがない。

 ルドルフはエミリアの言葉にはあえて笑みを返すだけにとどめ、自分用に淹れられたお茶に口を付ける。

 アーノルトとエミリアがお茶を飲んで気持ちを落ち着けるのを待ち、ルドルフは「それで」と切り出した。


「まず確認したいのだけれど、今回の騒ぎの発端は君……エミリア嬢で間違いないのかな?」

「えっ……いや、あたしは……」


 ルドルフの質問にエミリアは困ったように口ごもる。


「一連の出来事を見ていた子供たちがね、エミリア嬢が強引にカイルの近くに行き、拒否されても強引にハンカチを渡そうとしたのが発端だと証言しているんだ」

「それは……確かにカイル殿下にハンカチを渡そうとしましたけど……でもっ! 刺繍糸のこととかを言い出したのはカイル殿下です!」


 エミリアの言葉にルドルフは「そうか」と頷く。


「確かにあのような場所で君を非難するようなことを言ったカイルはよくないね」


 ルドルフの同意にエミリアは驚いたように目を丸くする。


「え、あ……本当にそう思いますか?」

「もちろんだよ。せめて人払いをするか移動して話すべきだった。あの場で責めたのはカイルの判断ミスだ」


 カイルに先ほどまで拒否と否定をされていた分、この状況でルドルフにカイルが間違っていると言われるとは思っていなかったエミリアは、安心してしまい思わず涙ぐむ。

 ルドルフはそのことについてはカイルを叱っておくと言うが、「でも」と言葉を続けた。


「証言によると、エミリア嬢はカイルに向かって駆け寄ったそうだね?」

「え? あー……そうかもしれません」


 エミリアが「あんまり覚えてないですけど」と自信なさげに言うと、ルドルフは「そうか」と頷いた。


「知らないのなら覚えるべきことだが、高貴な者に駆け寄る行為はよくないね」

「え?」


 エミリアは意味が分からないと言うように首をかしげる。


「周囲の子供たちが君を止めようとしただろう?」

「はい」


 邪魔をされた、と言うエミリアに、ルドルフはそれは仕方がないことだと言う。

 きょとんとするエミリアにルドルフは要人警護について話す。


「君にはその気はないのかもしれないが、捨て身の暗殺、ないし攻撃を仕掛けていると判断されてしまうこともある」

「はあ!?」


 そんなことをするわけがないと叫ぶエミリアだが、本人にその気がなくとも、周囲は本当にそうなのかわからない。

 だから警戒した周囲の子供がとった行動は間違っていなかった、とルドルフは説明した。

 むしろ子供ゆえの正義感で組み伏せられたり、突き飛ばされたりしなかっただけ親切だったと話す。


「そんなの、あたし習ってません……」

「うん、それに関しては教育を担当している者の責任だ。でも、知らなかったですまされないのが王国貴族の世界だ」


 無知は罪。

 ルドルフはそう言って微笑む。

 エミリアはショックを受けたように顔を青くし、隣に座るアーノルトを見るが、アーノルトは機嫌が悪そうにルドルフを睨みつけている。

 エミリアには話さなかったが、不用意に高貴な者に駆け寄り、不審者として切り捨てられても文句が言えない。

 それが貴族の世界だ。

 親しい間柄でのことならまだしも、エミリアは今日が正式な社交デビューであり、その人となりは「異母姉の私物を盗む常識のない元平民」と広まっている。

 周囲がカイルとララスティを守ろうと動いたのは当然だった。


「これに関しては、ランバルト公爵も納得してもらえるね?」

「…………ええ、まあ」


 アーノルトは機嫌の悪さを隠さないまま頷く。

 実際、ずっと公爵家で教育を受けているアーノルトは、身を守るために身近な存在以外が駆け寄ってくることを警戒するように習っている。

 しかもシシルジアは、親しい存在であっても警戒を怠ってはいけないと言い含めていた。

 人はいつ裏切るのかわからないのだからと。

 だがミリアリスと結婚をしてから、愛人であったクロエと平民街で暮らしていくうちにその教えが薄れていた。

 平民街では走り回る人は大勢いて、ぶつかった場合、避けられない者の方が悪いという暗黙の了解まであった。

 もちろん貴族であるアーノルトに駆け寄るような者はいなかったが、エミリアやクロエは普通に駆け寄られることのある生活を送っていた。


「エミリア嬢は公爵令嬢なのだから、身を守るためにもそういう警備の問題は早めに教えておくべきだったね」

「……はい」


 アーノルトが苦々しく頷いたのを見て、ルドルフは「今後はこういったことがない事を願うよ」と微笑む。

 そうして「次に」とエミリアに視線を戻した。


「カイルにハンカチを渡そうとしたという件だが———」

「それなんですけど!」

「うん?」


 ルドルフの言葉を遮るようにエミリアが声を上げる。


「どうしてカイル殿下はお姉様以外のハンカチを受け取らないとか言うんですか? お姉様がカイル殿下にそうおねだりでもしたんですか!?」


 そんなのひどい、というエミリアにルドルフは「うーん」と苦笑する。


「確かに、ララスティが婚約者のカイルには自分が刺繍したハンカチを持っていてほしいとお願いしたから、と言う事になっているね」

「やっぱり! お姉様ってばそうやってカイル殿下を束縛しているんですね!」


 エミリアは憤慨したように言うが、ルドルフはすぐさま「でもそれは表向きの理由だ」と否定する。

 きょとんとするエミリアだが、ルドルフはカイルが他の令嬢にお揃いのハンカチを押し付けられそうになったエピソードを話し、ララスティが対策を取ったという事実に眉を寄せた。


「あたしのは別に……お揃いってわけじゃないし……それに、あたしはお姉様の妹なんだから、特別扱いしてくれても……」


 そう言いつつもエミリアの声は小さくなっている。

 自分が勝手に誤解して怒っていたのだと気づいたのだ。


「まあ、何事にも例外はあるけど……」

「そうですよね」


 まだどこか自信がなさそうに言うエミリアに、ルドルフは微笑みを向けた。


「でも相手が拒否しているのに、理由を付けて強引に押し付けようとするのは間違っているね」

「それはっ……」

「君だったら、嬉しい笑みを浮かべて受け取るかな?」

「え?」


 ルドルフはエミリア自身が「いらない」と拒否したものを、自分の物は例外として受け取れと、不要なものを押し付けられて嬉しいかと聞く。

 その言葉にエミリアは自分だったら、と考えて「嬉しくないです」と素直に答えた。


「うん、君は素直だね。もしかしたら、これまでで相手に何かを贈る行為で拒否されたことはないのかもしれない。でも、貴族の世界に入ったからには、相手の事情を考慮しなければいけないんだ」


 「わかるね?」というルドルフにエミリアは俯いて「がんばります」と返事をした。

 こういったことは、本来は親であるアーノルトが教えるべきことなのだが、アーノルトは先ほどからルドルフを睨みつけるばかりだ。


「エミリア嬢に大人として今の時点で私が注意するのは以上かな」


 ルドルフはそう言うとアーノルトに視線を向けた。


「次は貴殿だ、ランバルト公爵」

「…………あの場で騒ぎを起こしたことは謝罪します」

「それは当然のことだな」


 エミリアに対する声音よりも厳しく言うルドルフに、エミリアは自分に言われているわけではないのに、叱られた時のように緊張してしまう。


「貴殿が晒した失態(・・)について、どう考えている?」


 ルドルフの冷たい視線に、アーノルトはギリッと奥歯を噛みしめた。


エイリアは性根は悪くないってことを伝えたかった。

教育が悪かったですねーw

でも、アーノルトに「ララスティの物はなにしてもいい」と言われて、疑いもせずに実行したのは本人の資質です!

下拵えBはルドルフの裏工作ターンなので、次はアーノルトへの説教ですw


ついにざまぁか!?と思っちゃう貴方! ブクマや評価をどうかっどうかおねがいしやす(´;ω;`)

(↑でも説教なので心理的揺さぶりはしても決定的なざまぁはしません)

ご意見ご要望ご感想、誤字指摘(重要)もどしどしお待ちしております!

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