デビューの爪痕⑤
アーノルトに対峙するようにカイルの隣に並んだララスティは、お腹の前で組んだ手に力を入れる仕草をし、意を決したようにまっすぐとアーノルトを見つめる。
「お父様、行き違いがあれど、公爵令嬢たるものが人の持ち物を勝手に持っていくなど、あってはならないことですわ」
「なんだと? お前は妹になにもやらないというのか? なんて心が狭いんだ」
「そうではございません。今までは、ランバルト公爵令嬢の所有物なのだから譲れと言われましたが、今回はカイル殿下がわたくしに個人的に贈ってくださったものです。勝手に扱っていいものではないのです」
ララスティがそう言うと、アーノルトはカイルをちらっと視線を送ったが、すぐにララスティに視線を戻した。
「じゃあ、お前が進んでエミリアに譲ればよかったんじゃないか。カイル殿下に言いつけるような真似をして、恥を知れ!」
「言いつけるだなんてっ」
ショックを受けたようにララスティは表情をこわばらせるが、震える声で「けれど」と反論をする。
「このままでは、エミリアさんはわたくしの物であればなんでも好きにしていいと勘違いしてしまいますわ」
必死に間違いを正そうとするララスティの姿に周囲は固唾を飲む。
家族に蔑ろにされても、あくまでも家族の認識を正そうとする姿は健気な令嬢に見えるだろう。
同時に、エミリアとアーノルトの非常識さが際立ち、それは噂となって広がっていく。
ララスティはこの場でアーノルトが改心するとは思っていない。
むしろ恥の上塗りをしてくれればいいと考えている。
「エミリアにはその権利があるんだ、何の問題がある」
「いいえ、そのようなことは———」
「黙れ! エミリアはお前の妹だぞ! 姉として妹のために尽くすのは当たり前だろう!」
「そんな……」
アーノルトの言葉にショックを受けふらついたフリをしたララスティをカイルが支えた。
「ランバルト公爵、本気でそのように考えているのか?」
「当たり前でしょう。その娘と母親のせいでエミリアたちは不自由な思いをしていたんですよ。本来なら俺の伴侶として贅沢な暮らしができていたのに」
アーノルトはそういうが、そもそもミリアリスと結婚していなければアインバッハ公爵家からの支援もなく、贅沢な暮らしなどありえなかった。
そして、アインバッハ公爵家の支援があったからこそ、エミリアたちは平民でありながら贅沢な暮らしを送っていた。
「貴殿は王命の結婚を何だと思っているんだ」
「もちろん王命なので従いましたよ。当たり前じゃないですか。カイル殿下だって、王命で決まったからこそ、その娘と婚約しているのでしょう」
お互いに恋情などないのに、というアーノルトの言葉にララスティを支えるカイルの手に力が入る。
「僕はララスティ嬢を大切にしたいと考えているし、ララスティ嬢も僕のことをよく考えてくれている。恋愛感情を伴った婚約や結婚が出来る者の方が少数だろう。僕たちの役目は家や国を守る事なのだから」
アーノルトの言葉は間違っていないので否定できないが、ララスティとの間にある友情まで否定されたくないとカイルは言う。
その言葉を聞きながら、ララスティは内心で「そんな貴方は、前回は身分を捨ててまで愛を選ぶと言ったけどね」と笑う。
「そのようにしか考えられないなど、お気の毒ですね。お父君は愛するコーネリア様と結ばれたというのに」
「父上は関係ないだろう」
カイルはそう言ってアーノルトを睨みつけるが、アーノルトは逆にくすりと笑う。
「臣下としてカイル殿下には身分にふさわしい令嬢と、愛し合って結婚していただきたいのです」
俺は妻と結婚できて幸せなんですよ。と自慢気に言うアーノルトに、ララスティは悲痛な表情を浮かべた。
前妻であるミリアリスとの結婚は王命じゃなければしなかったといい、今の妻を愛していると宣言する。
挙句の果てに今まで発覚している姉妹格差は、第三者の目から見てあまりにもひどいものだ。
周囲の同情がララスティに向かったのを確認し、ララスティは悲し気に眉を寄せたまま「それでも」と、勇気を出しているように震える声を出す。
「それでも、やはりエミリアさんがわたくしの物を自由にできるとするのは、間違っておりますわ。いつまでも続けていたら、エミリアさんの評判に関わってしまいます。お父様、どうかお考え直しになってください」
震える声で再度訴えるララスティに、アーノルトは怒りで顔を赤くする。
「偉そうな口をきくな! お前は黙ってエミリアのために役に立てばいいんだ! 何もできない小娘のくせに!」
「ラインバルト公爵! ララスティ嬢だって貴殿の娘じゃないか!」
どうしてそんなことを言うのかと怒りをあらわにするカイルに、アーノルトは怒りで顔を赤くしたまま口を開く。
「だからなんです。仕方なく義務を果たした結果、望んでもないのに生まれた小娘です」
「なっ」
「っ……」
勢いのまま隠すことなく言い切ったアーノルトの言葉に、ララスティは内心でほくそ笑みながら、泣くのを我慢するような表情を作った。
その姿は一気に周囲の同情心を強め、義憤がより大きくなっていく。
「わ、わたくしは……わたくしはただ、お父様たちが悪く言われないように、と……」
震える声でララスティは必死に言葉を紡ぐ。
「エミリアさんの今後を思うからこそ、間違ったことを正すべきだと……」
「うるさい! お前は黙って言う事を聞いていればいいんだ!」
「でもっこのままではお父様は常識がないと思われてしまいますわ!」
ララスティがそう言うと、アーノルトが距離を詰め手を振りかぶった。
「うるさい! お前ごときが生意気な口をきくな!」
咄嗟にカイルがララスティを庇うように覆いかぶさったが、衝撃は襲ってこない。
「お父さんやめて! またお姉様を打つつもりなの!?」
目を開けてアーノルトを見れば、振りかぶったアーノルトの腕にエミリアが飛びついていた。
驚きに目を大きくしたカイルだが、周囲はエミリアの言葉にも驚きを隠せないでいる。
「エミリア、危ないから離れるんだ」
「いやよ! 離れたらお姉様を打つつもりでしょ? 女の子の顔に、またあんな傷をつけるつもりなの!?」
エミリアの暴露に、ララスティは内心でにやりと笑う。
秘かに社交活動を休んだ原因がアーノルトとはにおわせていたが、顔に怪我を負わせられたとは話していなかったのだ。
思わぬところで都合よくエミリアが暴露してくれて手間が減った。
「それはっ……」
エミリアの言葉にアーノルトがたじろぎ、腕から力が抜ける。
「わかった、何もしないからとにかく離れるんだ」
「本当? 本当にお姉様を打たない?」
「ああ」
アーノルトが頷いたのを確認してエミリアは手を離す。
「あーよかった。びっくりしちゃったわよ!」
「すまなかったな、エミリア」
怒っているように唇を尖らせるエミリアに、アーノルトが機嫌を取るように謝罪する。
「ランバルト公爵、謝罪すべきはララスティ嬢にだろう」
カイルが指摘をすれば、アーノルトはララスティを一瞥して鼻で笑った。
「なぜ俺がそんな小娘に謝罪を?」
「なっ! 貴殿は———」
「いいのです、カイル殿下。それよりも、騒ぎを起こしてしまい申し訳ありません」
ララスティはカイルの腕に自分の手を添え、首を横に振った。
父親の言葉に心を痛めながらも、なんとか場を収めようと動く健気さにカイルや周囲の胸が締め付けられる。
「ララスティ嬢が謝る事ではない」
「いいえ、この場で言うべきことではございませんでしたわ。考えが足りないわたくしがいけないのです」
しょんぼりとするララスティをカイルが励まそうとした瞬間、アーノルトが「その通りだ」と口にした。
「全てお前が悪い……まったく、こんな騒ぎにして本当に何もできないな」
「あ……」
アーノルトの言葉にララスティはついにこらえきれなかったというように、一筋の涙を流した。
「ふざけるな! 騒ぎを起こしたのはそもそもエミリア嬢だろう!」
カイルが我慢できないと言うように大きな声を出したところで、「何の騒ぎだい」と声がかけられた。
「あっ叔父上……」
ルドルフはカイルに近づくと状況を確認するように首を動かし、「これはこれは」と肩をすくめた。
「親子喧嘩にしては随分と不思議な雰囲気だね。カイル、事情を聴きたいが、その前にララスティを落ち着かせた方がいい」
「はっはい! ララスティ嬢、一度休憩しよう」
「でも」
「かまわないよララスティ。事情を聴くにしても心を落ち着かせてからの方がいいだろう」
ルドルフの言葉にララスティは「わかりました」と頷き、カイルに付き添われて会場を出ていった。
その様子を見送ってから、ルドルフは「さて」とアーノルトを見る。
「あまりにも大きな声だったから多少聞こえていたが、随分独りよがりな考えを持っているようだ」
「なんですと!?」
「貴殿も別室で話を聞こう。そちらのご令嬢も一緒に。いいね」
「はっはい!」
穏やかながら拒否することを許さないルドルフの雰囲気に、エミリアはごくりとつばを飲み込んだ。
ヒートアップしそうなところで、ルドルフにより強制終了でっすw
実は結構前から大人が止めようと動きかけてたんですが、ルドルフの助言を受けたハルトの指示で止められてました(なってこった
次は裏工作のターンにするかなぁ?
ブクマや評価をいつでもいつまでもお待ちしております(土下座
ご意見ご要望ご感想も遠慮せずにバシバシどうぞ!




