デビューの爪痕④
正面からカイルに見つめられ、エミリアは嬉しそうな笑みを浮かべるが、カイルの表情は硬い。
周囲もカイルのこのような表情を見ることがない為、どうしたらいいのか惑ってしまう。
「貰ったと言うが、ララスティ嬢から直接受け取ったのかい?」
「いえ? でも、あんなに刺繍糸があるんですから少しぐらい貰ってもいいですよね。ね、お姉様」
話しかけられたララスティは見えるように位置をずらすと、エミリアに向かってはっきりと「いいえ」と首を横に振った。
「以前にも申しましたでしょう。エミリアさんは公爵令嬢なのだから、人のところから物を奪っていくようなことをしてはいけないと」
「それはドレスとかアクセサリーのことですよね。刺繍糸ですよ、別にいいじゃないですかそのぐらい」
笑って言うエミリアにララスティは「そういう問題ではありませんわ」と否定する。
「ララスティ嬢の言っている通りだ。それに、君が持っていったという刺繍糸は、僕がララスティ嬢に贈った物だろう」
カイルの言葉にエミリアは「そうですよ」と悪気もなく頷いた。
「お姉様がカイル殿下から刺繍糸を貰ったって言うから見に行ったんです。すごいいっぱい種類もあったし糸の色も綺麗でさすが王子様のプレゼントは違うって思っちゃいました!」
エミリアの言葉に周囲がざわつく。
婚約者であるララスティへの贈り物を盗んだと、悪びれもなくエミリアは言ったのだ。
「それにしても、あんなにきれいな色があったのに、白いハンカチに白の糸で刺繍したお姉様って変だと思いませんか? あたしのは違いますよ!」
エミリアはそう言ってハンカチを包んだものをカイルに差し出した。
カイルはその包みを一瞥すると、ため息を吐きだし、「遠慮する」ときっぱりと言った。
「え?」
「ハンカチならララスティ嬢から貰っている。他の令嬢にも言っているが、婚約者以外からハンカチを貰うつもりはないよ」
「でも、せっかくカイル殿下のために刺繍したから」
「だから?」
エミリアの言葉にカイルは冷たく返す。
「えっと……だから、あたしはお姉様の妹だし、あたしのは例外ですよね」
そう言って包みを改めて差し出したエミリアに、カイルは「結構だ」と断った。
エミリアはショックを受けたように「なんでですか?」と聞き返したが、カイルは逆に問い返す。
「そのハンカチの刺繍は、奪った刺繍糸で刺したものなのかな」
「奪ったなんて……貰ったんですよ。でも、まあ……その糸を使いました。綺麗だったし」
あくまでも貰ったと言い張るエミリアだが、刺繍糸を使ったことは素直に認める。
「奪ったというのでなくとも、僕がララスティ嬢に贈った刺繍糸を勝手に持ち出したことに変わりはない。しかもその刺繍糸を使ったハンカチを僕に受け取れなんて、ララスティ嬢を馬鹿にしすぎだよ」
「なんでそんなこと言うんですか? あたしはカイル殿下が喜んでくれるって思ったから……。お姉様が刺繍したハンカチはちゃんと受け取ったんですよね? おねだりするぐらいですし」
「もちろんララスティ嬢からのハンカチは受け取ったよ。でも、君には関係ない話だ」
カイルとしては常識に基づいた正論を伝えたが、エミリアは不思議そうな顔をしている。
エミリアとしてはハンカチぐらい受け取っても問題ないと考えているし、他の令嬢から受け取らなくても、婚約者の家族は特別だとも思っている。
そして、カイルが一番問題視している、刺繍糸を勝手に持っていった件についても、何が問題なのか理解していない。
確かに人の宝石箱からアクセサリーを持っていくのはダメだとララスティに言われたが、アーノルトは好きにしろと言っている。
それでも、もう別邸にあるララスティの所有物に、心が惹かれるものが残っていないので最近は持っていくことをしていなかった。
だが、カイルから貰った刺繍糸の話に興味を抱き、実際に見にいけば欲しくなってしまったので貰っただけなのだ。
それが他人から見れば強奪でしかなくとも、エミリアの中では正統な権利を行使したに過ぎない。
「なんで……」
エミリアはカイルに拒否されたショックで目に涙を浮かべる。
その様子にララスティは一種の懐かしさを感じてしまった。
(前回、わたくしがものを奪われて責めた時も同じような反応をしていましたわね)
そして、そのエミリアを見てララスティを責めたのがアーノルトだった。
さりげなくアーノルトの姿を探せば、案の定ララスティを睨みつけている。
(乗り込んできてくれるとおもしろいのですけれどね)
内心でそんなことを望みながら、エミリアに視線を戻したララスティは困ったような表情を作る。
「エミリアさん、よく考えてみて? 貴女だって自分が贈った物を他の人が勝手に使ったら嫌でしょう? カイル殿下がおっしゃってるのはそう言う事ですわ。例えば、そのハンカチをカイル殿下が受け取ったとして、誰かが勝手に奪って使用していたら、いい気分にはなりませんわよね?」
表情は困ったままにし、声音だけはできるだけ優しくして言うと、エミリアはハッとしたようにララスティを見た。
「それは……そう、かもれないけど……」
動揺したようなエミリアの声に、ララスティは「おや?」と内心で不思議に感じる。
前回のエミリアはララスティの物を奪うのに、疑問を感じている様子はなかった。
だが目の前に居るエミリアには戸惑いが生じている。
これはララスティがエミリアにもわかるように具体的な例を出したからなのだが、そのことにララスティは気づいていない。
迷ったようにきょろきょろと顔を動かしたエミリアが、「あっ」と声を出したのでその方向を見れば、アーノルトがこちらに向かってくるのが見える。
その様子にララスティは内心で待ってましたと笑うが、表面上はやはり困惑したようにうろたえ、思わずと言った感じにカイルの後ろに移動した。
その様子はまるでアーノルトを恐れているようにカイルの目に映る。
「エミリア、何かあったのか?」
アーノルトは周囲の子供たちがわざと道を開けたのに気づかず、まっすぐにエミリアの元に行き声をかけたが、エミリアは戸惑った表情のまま、カイルの背後に居るララスティとアーノルトの間で視線をさまよわせた。
その目に涙が浮かんでいる事に気づき、アーノルトは眉を吊り上げてカイルの背後にいるララスティを睨みつける。
「……エミリア、あの小娘に何か言われたのか?」
「えっあの……えっと……」
アーノルトに聞かれて咄嗟に素直に言おうとしたエミリアだが、怒りを浮かべたアーノルトの表情を見て、誤解からアーノルトがララスティを打ったことを思い出し、口ごもってしまう。
「どうした」
「あ、あの…………あっ! あのね、カイル殿下にハンカチをあげようとしたんだけど、お姉様から以外受け取らないって言われたの」
「なんだと? カイル殿下、どういうことですか。どうしてその小娘のハンカチは受け取れてエミリアのハンカチを受け取らないんですか」
相手がカイルだというのに、アーノルトはエミリアのハンカチを受け取らないことを責める。
カイルはそのことに驚きを感じるも、呆れた視線をアーノルトに返した。
「ララスティ嬢は僕の婚約者で、エミリア嬢は僕の婚約者じゃない。わかりやすい理由だろう」
カイルの言葉に周囲は同意するように頷くも、アーノルトは納得できないらしく眉をしかめた。
「それから、僕が言ったのはそれだけじゃない。エミリア嬢はいまだにララスティ嬢の個人的な所有物を勝手に持ち出しているそうだ」
カイルがそう言って冷たくアーノルトとエミリアを睨むが、焦ったように顔を俯かせたエミリアと違い、アーノルトは「だから?」とでも言うように目を瞬かせる。
「その娘はランバルト公爵家の者です。同じランバルト公爵家の者であるエミリアにも所有権はあります」
「僕はランバルト公爵令嬢ではなく、ララスティ嬢の個人的な所有物と言ったが、聞き逃したのかな?」
「いえ、聞きましたが……だからなんです?」
「は?」
アーノルトの言葉にカイルが思わず声を漏らす。
「姉なのだから妹に持ち物を譲るぐらいして当たり前じゃないですか」
あまりの言葉に誰もが絶句してしまうが、エミリアは不安そうに顔を上げ、ララスティはカイルの袖を引いた。
カイルが振り向くとそこには悲しそうな表情のララスティがおり、振り向いたカイルを確認したララスティは静かに首を横に振った。
その姿にカイルは胸が苦しくなり、アーノルトに視線を戻す。
「エミリア嬢は譲られたわけではなく、ララスティ嬢の物を勝手に持ち出して使用したのだが」
「……多少の行き違いはあるでしょうね」
「行き違いで私物を奪った挙句に勝手に使用したのか、エミリア嬢は」
呆れたようなカイルの言葉にエミリアは顔を赤くするが、アーノルトはムッと顔をしかめる。
周囲も二人の様子にどうしたものかと考え、それぞれの保護者に視線を向ける中、ララスティはそろそろ止め時かと思い、再度カイルの袖を引いた。
「カイル殿下。あまりお父様を責めないでくださいませ」
「しかし……」
「お父様にはわたくしから……」
ララスティはそう言うと、お腹の前で勇気を出すように両手を組むとまっすぐにアーノルトを見る。
アーノルトが乱入しました!
ルティはこの騒ぎに便乗してランバルト公爵家の評価をより避けるつもりですw
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