デビューの爪痕③
パーティー会場に公爵家の者も揃い、コールストの隣にララスティの姿がないのを見て、多くの貴族はカイルのパートナーとして登場するのだと理解した。
「ねえ、エミーはまだ戻らないの? トイレに行ってから、結構時間が経ってるわよね?」
「そうだな、そろそろ王家の方の入場が始まる」
クロエが心配を始めたので、アーノルトも心配になってくる。
エミリアがトイレに行ってから十分ほど時間が経過しているのだが、まだ戻って来ていない。
「まさか迷子になったんじゃないだろうな」
「ええ! どうしましょう」
子供じゃあるまいし、とクロエはため息をつく。
だがエミリアは間違いなく十歳の子供で、王宮に来たのは初めてだ。
遠い場所にトイレがあるわけではないが、迷った可能性は否定できない。
「迎えに行った方がいいのかしら?」
「だめだ、もうすぐ王家の方がいらっしゃる。入場時に不在にするなんて不敬だ」
「でも、あたしたちの子供が迷子になってるかもしれないのよ?」
言い合うアーノルトとクロエを、会場の貴族はやはり冷たい目で見てしまう。
子供を一人でトイレに行かせたことも信じられないが、このタイミングで会場を出ようとすることも信じられない。
クロエの様子に、やはり平民出身は常識を知らない、と周囲が考えているタイミングで王家の入場が知らされた。
途端に緊張感に包まれる会場内。
ハルトとコーネリアが連れ添って入場した後ろから、カイルとララスティが連れ添って入場する。
この時点で王家と者と同列視しされているという証拠であり、王家がララスティを大切にしているのがわかる。
立食形式とはいえ、王家の者は所定の位置に席があるため、四人はそこまで進み、ハルトがパーティーの正式開催を宣言した。
ハルトが国王になってまだ間もないこともあり、問題が起きないよう、ハルトだけではなくコーネリアも会場内に目を光らせ、使用人や警備も多く配置されている。
「ねえ、王様たちの入場も終わったんだし、エミーを探しに行きましょう」
「そうだな。トイレに行ってみるか」
アーノルトたちが会場の出入り口に視線を向けた時、ちょうど侍女に付き添われたエミリアが戻ってきたところだった。
「エミー!」
クロエが名前を呼んで駆け寄ると、エミリアはクロエに向かって「聞いてよ!」と言い始める。
「この人が、今は王家の人が入場するところだからって、会場に入るのを止められてたの! 信じられる?」
「ええ!? ちょっと、うちの娘を入れないってどういうことよ」
クロエが侍女に文句を言ったが、侍女は「陛下たちが入場なさる所でしたので」とあっさり答える。
アーノルトはその言葉に「それなら」と納得したが、クロエは納得できなかった。
「いくら国王様の入場のタイミングでも、こんな子供を会場の外に立たせてたの? それってどうなのかしら」
「お、おい」
アーノルトが慌ててクロエの腕を引くが、一度口にした言葉は、戻らない。
「だって、使用人用の扉からこっそり入れればよかったじゃない」
「ああいう扉は俺たちは普通使わないんだ」
「そうなの? でも臨機応変にすればいいじゃない。頭が固いのね」
クロエはこう言うが、使用人が使用する扉の奥は、それこそ食器類や飲食物の準備、何かあった時のための道具などで雑多となっている。
緊急事態でもなければ子供を連れて行ける場所ではない。
しかしそんな事を知らないクロエは困ったように眉を寄せ、お客様が不快にならないようにすべきなのに、などと文句を言う。
クロエの腕を引いているアーノルトは「戻ってきたんだしいいじゃないか」と言うが、そもそもエミリアがトイレから戻るのに時間がかかったのは、アーノルトが案内人を付けなかったせいだ。
トイレの場所が分からず時間を取ってしまい、挙句の果てに家にはない豪華な造りのトイレに感動して時間を無駄にしていた。
「あーあ、カイル様の入場を見たかったのに……あ! カイル殿下だった」
エミリアは邪魔されて見れなかったとあからさまに言い、侍女は笑みを浮かべながらも「これで失礼いたします」と離れていった。
「何あの態度。謝ってくれてもいいのに」
「そうね。エミーの邪魔をしたのは事実なんだから」
エミリアとクロエが文句を続けるが、アーノルトは王家入場とタイミングを合わせて戻るのはおかしいと理解しているため、侍女の行いに文句は言えない。
「ほら、カイル殿下への挨拶なら今から行けばいい」
アーノルトがクロエの腕から手を離し、エミリアの背中に手を添える。
エミリアはその言葉に会場内に視線を送り、カイルの姿を確認すると、それまでの不機嫌さを消した。
「じゃあいってくるわ!」
エミリアは言うなり会場を走ってカイルの元に行く。
カイルの周りには挨拶の順番を待つ子供たちが集まっているが、そこに突然「カイル殿下!」とエミリアが大声を出しながら乱入する。
走ってきた勢いで何人かの令嬢にぶつかって非難の声が上がったが、エミリアには聞こえていないようで、カイルの元にまっすぐ向かう。
人の多さに走るスピードは抑えられたが、それでも急用でもないのに走り寄るのは不敬となる。
何人かの子息がわざとエミリアの前に立ち塞がるが、エミリアは「どいてください」と眉をしかめ、彼らの行動の意味を理解していない。
「君、会場内を走るなんて何かあったのかい? それならカイル殿下に報告するのではなく、警備の者に言った方がいい」
「はあ? カイル殿下に挨拶に来たんですよ? 邪魔なんですけど」
文句を言うエミリアの視界に僅かに移動したカイルが入り、顔を輝かせた。
「カイル殿下! ごきげんよう!」
「…………ああ、ごきげんよう。エミリア嬢」
たっぷりと間を置いてエミリアに返事をしたカイルに、別に親しい仲ではないと周囲は判断する。
「エミリアさん、他の方も困っているわ。いくら公爵令嬢とはいえ強引な態度はよくありませんわよ」
「あっ! お姉様!」
エミリアはずっとカイルの隣に居たララスティに今気づいたようで、驚いた声を出したが、次の瞬間「なんでですか!」と声を出した。
「え?」
「なんでお姉様だけがカイル殿下の隣にいるんですか?」
「どういうことかしら」
ララスティは戸惑ったように首をかしげた。
「あたしたちはお姉様の家族なのに、一人で先に王宮に入るとか、カイル殿下に先に会うとか、ずるいですよ」
「そういわれましても……」
困ったようにカイルを見るララスティの視線を受け、カイルがララスティを庇うように間に入った。
「ララスティ嬢は僕の婚約者だからパートナーとして行動してもらっている。君は家族だと言うが、ララスティ嬢は王宮にはアインバッハ公爵と共に来た。一緒に来ていないのに家族だから優遇しろと言うのは間違っているだろう」
「な、なんでですか? 家族なのに!」
「家族なら、なぜララスティ嬢は一緒じゃなかったんだい?」
「え、だってお姉様は親戚の人と参加するって」
エミリアはアーノルトに言われたことをそのままカイルに伝える。
家族と主張するのであれば、十歳のララスティを伯父のコールストと参加させている事がおかしいし、せめて待ち合わせていればよかったがそれもない。
常識的にその状況ではララスティの保護者はコールストであり、アーノルトたちは家族であっても保護者として扱われない。
「申し訳ないが、今回のララスティ嬢の保護者はアインバッハ公爵だよ。従ってランバルト公爵たちは家族とはいえ、王家の者に先に対面することは出来ない」
「ええ、家族なのに……」
あくまでも家族なら同じ待遇を受けるべきだと言うエミリアに、カイルは目を細めた。
「家族なら何でも許されるわけではないよ、エミリア嬢」
「え?」
カイルの言葉にどういう意味かわからずエミリアが首をかしげたが、カイルは言葉を続けない。
沈黙が続き、エミリアがどうしたらいいか考えていると、渡そうと思っていたハンカチのことを思い出した。
「あ! そうだカイル殿下」
「なにかな」
「実は、差し上げようと思ってハンカチを持って来たんです!」
そう言ってポケットから包みを取り出したエミリアに周囲は呆れてしまう。
「ハンカチ?」
「そうです! 刺繍も頑張ったんですよ!」
「刺繍、ね」
「はい! 先生にも今までの中でもマシな出来って褒められました!」
カイルの言葉にエミリアは嬉しそうに笑う。
周囲の子女は「褒められてはいない」と理解したが、エミリアは褒められたと思っているようだ。
「エミリア嬢は刺繍が得意なのかい?」
「うーん、普通じゃないですか? 習ってはいますけど、別にお針子になるわけじゃないし、適当でいいですよね」
「興味もあまりないということかい?」
「そうですね。刺繍なんてお上品なことは流石貴族って感じですけど、どうせなら普通の繕い物の仕方を覚えた方が便利ですよね」
カイルに話しかけられて嬉しいのか、エミリアは饒舌になる。
「まあ、綺麗な刺繍糸を使うのは楽しいですけど」
そう言って笑ったエミリアに、カイルは冷たい視線を向けた。
「その刺繍糸はどこで購入したんだい?」
「え? お姉様のところから貰ったんです」
あっさりとそう言ったエミリアに、カイルは目を細め、改めてララスティを庇うように立つ。
エミリアとカイルのセカンドボーイミーツガール!
でも印象最悪ですねーw
これで本当に真実の愛が生まれるのでしょうか( *´艸`)
カイルって生真面目だけどちょろいからなぁw
カイルがどれだけちょろいか気になる方も気にならない方も、ブクマや評価を何卒よろしくお願いします!
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