デビューの爪痕②
王宮に到着すると、ずらりと行列を作る馬車にエミリアとクロエはポカンと口を大きく開ける。
「何これ、国中の貴族が集まってるわけ?」
ポツリと呟いたエミリアの言葉に、アーノルトはほとんどの貴族家の当主夫妻と子供が参加していると答えた。
「やっぱり! お貴族様なんてあんまりいないのに、この数はおかしいと思ったのよ。それにしても、こんなにいるとあたしたちの番までどれだけ待たされるのかしら」
エミリアが遠くに見える建物を見ながら言う。
だが、本来ならこの時間に公爵家の馬車が到着している方が異例なのだ。
入場の時間調整ということで、下位貴族は早めに到着し高位貴族は遅めに到着することが暗黙のルール。
伯爵家が揃う時間よりも早くに到着していながら、「待たされる」と言われてはかなわない。
「こんな時、公爵家の特権とかでどうにかならないの?」
「普段はもっと数が少ないんだが」
アーノルトははやる気持ちを押さえられないエミリアたちのおねだりによって、予定時刻よりも早めに出発したことを忘れて首をかしげる。
そんな時、横を別の馬車が通過していき、列を離れ別の出入り口から中に入ったのを見たクロエが、「なにあれ!」と叫んだ。
「あれは、アインバッハ公爵家の馬車か」
忌々しそうに言ったアーノルトの横でクロエは「並ばないなんてずるい!」と文句を言う。
エミリアも「なんで並ばないの?」と不思議そうに首をかしげた。
「あいつが乗ってるんだろうな。カイル殿下の婚約者だから先に顔を合わせておくんだろう」
アーノルトの言葉に「何それ!」とエミリアが叫んだ。
「ずるい! 婚約者だからってそんな贔屓ってありなの!?」
「婚約者同士が揃って登場するのも珍しいことじゃない」
言外に列を追い越していくのはありだというアーノルト。
エミリアは「ずるい」と機嫌を悪くする。
「実の家族がここで順番待ちをしているのに自分だけ先に行くなんて、ララスティさんは薄情ね」
クロエは呆れたように言いながら、のろのろと進む列を見て息をついた。
一時間後、やっと建物の中に入ることができたエミリアたちは、早速会場に移動する。
中には下位貴族や伯爵家の者しかおらず、通常より早く入場したアーノルトたちに視線を向ける。
「なんか見られてるよね?」
「エミリアの社交デビューだからな。見慣れない令嬢が気になっているんだろう」
「そっか」
アーノルトの言葉にうなずくエミリアだが、それは間違っていた。
会場にいる貴族たちはこんなに早く登場した空気を読めない行動に呆れ、ランバルト公爵家として入場しておきながら、ララスティを除外していることに憤っている。
分家の者もいるが、誰も挨拶に行かず様子を見ている。
本来なら公爵家の者が入場したのに挨拶に来ないのを不審に思うべきだが、アーノルトは初めての大規模なパーティーにはしゃぐクロエとエミリアの相手で忙しく、周囲の貴族を気に留めていない。
その様子を見て、周囲の貴族たちはますます遠巻きにしてしまう。
「あれが元庶子の異母妹か」
「母親は元平民よ。いつもはシシルジア様にフォローされてどうにかなっていたけど、いらっしゃらないこの場であんなにはしゃいで……、状況を理解していないのかしら」
「ララスティ様はどちらかしら?」
「王家の方かアインバッハ公爵と一緒じゃないかしら」
「むしろその方がいいだろう。あの三人と一緒ではララスティ様の品位に影響が出そうだ」
「どうしてこんな時間に公爵家の人間がいるのかしら」
「それよりもまだ他の高位貴族の方々もいないのに、もう食前酒に手を付けているぞ」
「見てよ。娘の方はお皿にあんなに食べ物を取っているわ」
「卑しいな」
「付き合う人が変わるとダメになるタイプなのかしらね」
「そうなんだろう。ミリアリス様が一緒の時は、仲は悪そうだったがまともに見えた」
ヒソヒソと交わされる会話に気づかず、三人が和気あいあいと過ごしている間に時間が過ぎ、だんだんと高位貴族も揃ってくる。
高位貴族の中にはエミリアたちを見て、あからさまに眉をしかめる者もおり、その中にはマリーカやシルフォーネの家族もいる。
「あれっ。あの人ってお姉様のお友達だわ」
マリーカに気づいたエミリアが言うと、視線をたどったアーノルトは「ストリオ侯爵家の娘か」と頷く。
「地味な産業しかないが歴史は長い家だ。付き合っておいて損はないな」
「ふーん。だからお姉様もお友達になったのかしら? 友達も家のことを考えて選ぶなんて可哀相ね」
エミリアの声は抑えられておらず、周囲にいる貴族の耳にしっかりと届く。
ララスティとマリーカの仲の良さは周知の事実であるし、そもそも家の事情を考慮せずに友人作りをする貴族の子供の方が少ない。
「じゃあ、あっちにいる子は? あの人もお姉様の友達よ」
「ガインアズト侯爵家の娘だな。あの家は勢いのある家だが、夫人が東の国出身だからな」
親しくするには慎重になった方がいいというアーノルト。
「東って、この国の東には帝国しかないじゃない。お父さんってば、なに言ってるのよ」
おかしそうに笑うエミリアの言葉に、アーノルトがしまったと眉を寄せた。
エミリアの学習内容まで把握していなかったため、まさか大陸図を理解していないとは思わなかったのだ。
「でもまあ、話し方は変だったわね。本当に侯爵令嬢なのかしらって思っちゃった。平民の子供でももっとましな言葉遣いなのに」
おかしそうに笑いながら言うエミリアに周囲の視線が突き刺さる。
シルフォーネの言葉遣いは東の国出身の母親の影響を受けているのだ。
それを馬鹿にするように笑うなど、貴族としてそちらの方がありえない。
「それにしてもカイルさ……カイル殿下はまだかしら?」
エミリアがきょろきょろして言うと、アーノルトが「まだ時間じゃないからな」と返す。
「そっかぁ。あ、でもお姉様は先に会ってるかもしれないんでしょう? やっぱりずるいなぁ」
拗ねるエミリアは声を押さえるつもりはないらしく、その声は周囲に聞こえてしまう。
ララスティはカイルの婚約者なのだから、このパーティーでパートナーとして入場するのは普通のことで、ずるいという感覚が周囲の貴族には理解できない。
そのまま周囲の冷めた視線に気づかず、三人で楽しく会話を続ける。
貴族としての常識や暗黙の了解、マナー不足の部分はアーノルトがフォローをすべきなのに、肝心のアーノルトは最愛の妻を否定することがない。
エミリアのマナーをクロエではフォローしきれず、アーノルトも止めないため、パーティーの開始前だというのに自由に飲み食いをしている。
「…………ね、ねえ。まだカイルさ、じゃなくてカイル殿下は来ないの?」
「そろそろだと思うが、どうかしたのか?」
「う、うん……ちょっと……」
そわそわとしているエミリアを見て、クロエが「なるほど」と頷く。
「そんなに王子様に会いたいの? もうっあたしの娘は可愛いわね!」
「お母さんったら……まあ、会いたいのはそうなんだけど……そうじゃなくって」
エミリアはキョロキョロと視線をさまよわせ、体をゆすり始める。
その様子にアーノルトは心配そうに再度「どうかしたのか?」と聞くが、エミリアは顔を赤くして俯いてしまう。
「……あっ! エミーってばもしかしてトイレに行きたいの?」
「お母さん! しー!」
顔を赤くし、慌ててクロエを止めようとするエミリアだが、クロエは「あれだけ飲み食いすれば仕方ないわよ」と笑った。
「もうっお母さんってばデリカシーがないわよ」
「まあまあ、いいじゃない。まだ王家の人も来ないんだし、今のうちに行ってきなさい」
「……うう、そうする」
そういってエミリアは顔を赤くしたまま会場を出ていくが、どこにトイレがあるかわからず、近くに居る人に道を尋ねる。
「そこを曲がって、次の突き当りを右に行って真っすぐのところにありますよ」
「ありがとうございます!」
エミリアはそう言うと走っていった。
「………………ふっ」
立ち去るエミリアを見送って、王宮の廊下を走るマナー違反に笑みを浮かべていると、背後から声をかけられた。
「ルドルフ、こんなところにいたのか」
「お爺様」
振り返ったルドルフが笑顔で言うと、シングウッド公爵が先ほどまでルドルフが見ていた方向を見る。
「何かあったのか?」
「いえ、迷子にお手洗いの場所の案内をしただけです」
「こんな時間に? もうすぐ陛下たちも入場するというのに……」
困ったように眉を寄せるシングウッド公爵に、ルドルフは「子供でしたし、我慢できなかったんでしょう」とフォローした。
「子供とはいえ……いや、粗相をするよりはましか。しかし、迷子と言っていたが親は一緒じゃなかったのか?」
「一人でしたね」
「まったく、親は何をしている! こんなところで子供を一人にするなんて……」
親が付き添えないのであれば、会場にいる使用人に聞けば付き添いを用意してもらえる。
クロエが知らなくても、アーノルトはその事を知っているはずなのだが、なにもしていない。
(愛娘を一人にするなんて、ひどいことをするものだ)
ルドルフは心の中でだけ笑うと、祖父のシングウッド公爵を促して会場に向かう。
「念のため会場に着いたら使用人に様子を見に行くよう伝えておきましょう」
「そうだな」
子供を一人にしておくのは心配だが、ルドルフ達も会場に行かなければいけない。
親しい家の子供ならまた話は変わってくるが、そうではない家の子供のお手洗いに、保護者の代わりにつきそう義理など全くない。
フラグは立てておけば誰か回収してくれる
回収できなくても気にすんなって誰かが言ってた!
実は、ルドルフとエミリアはここで今回の人生では初めて会うんですが
お互い顔も覚えてない感じです(ルドルフはわざとです
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