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始まりの音③

 本邸から馬車に乗って戻って来るまでの間は処置をしていなかったせいか、別邸に戻ってすぐに頬を冷やしたがすぐに赤みは引かなかった。

 打たれた場所は思ったよりも赤く腫れ、打たれた際の衝撃で口内をかんだようで、口の端から出血もしていた。

 ララスティはメイドから処置を受けつつ、想定通り、エミリアが別邸にやってきて、カイルから贈られた刺繍糸の大半を持っていったと報告を受けていた。

 その後、王宮のカイル宛てに、都合が悪くなったため、五日後のお茶会に行けなくなったと連絡を入れるよう指示を出した。


(さて、どうなるのでしょう?)


 自分の体を傷つけられた分の愉しみが欲しいと考えつつ、ララスティは心の中でだけ笑い、表向きは落ち込んでいるような態度で窓の外を眺める。

 現在の状況では可哀相なのはエミリアではなく、明らかにララスティ。

 異母姉にいじめられている異母妹はいない。

 庇護欲をきっかけにエミリアを愛するようになったカイルは、今回もちゃんと真実の愛に辿り着くのだろうか。

 むしろ辿り着いてもらわなければ困るのだけれど、とララスティは考えながら「ほう」と小さく息を吐きだした。


「お嬢様、この時期ですが温かいものは傷に障るかもしれませんので、アイスチャイティーをお持ちいたしました」

「ありがとう」


 用意された飲み物に窓から視線を戻し、ララスティは微笑む。

 メイドはそのララスティの頬を見て、目に涙を滲ませた。


「どうかしましたの?」

「お嬢様のおかわいらしいお顔が……わたし、悔しくてっ」


 心の底から言っているような態度に、思わずララスティの顔に笑みが浮かぶ。


「そう思ってくれるだけで、わたくしは嬉しいですわ」

「お嬢様……」


 同情してくれれば、その分味方が増える可能性が高まるのだから、と内心で考えつつ、ララスティは笑みを維持する。


 翌朝、カイルからお茶会の日程変更についての手紙と、アインバッハ公爵家から午後にお見舞いに行くという先ぶれの手紙が届けられた。


(伯父様が手配している使用人だから情報が伝わるのが早いですわね)


 コールストにはすぐに承諾を返すよう執事に伝え、ララスティはいつごろ頬の痕を化粧で誤魔化せるようになるのか侍医に尋ねた。

 一週間ほどで頬の腫れは引くが、普段の化粧で誤魔化せるほどに痕が消えるには一ヶ月見た方がいいと言われ、さすがにララスティはどうすべきかと考える。

 一ヶ月もお茶会を控えたいと言うには、今はタイミングが悪い。

 先日のお茶会が重い雰囲気で終わったがゆえに、カイルは謝罪の品を送ってきているし、ララスティもそれで刺繍をしている。

 ハンカチの模様も考えると今月中か年明けすぐには渡しておきたい。


(でも、怪我をした頬を晒すのもなんだかわざとらしいですわね)


 しばらく考えたララスティは、カイルへの返事に一ヶ月ほど王宮に行けないと書き、貰った刺繍糸でハンカチに刺繍をしているので、完成したら贈ると書き添えた。

 手紙を執事に渡し、ララスティはカイルからもらった刺繍糸の残りを確認する。

 茶色や黒、グレーのような地味な色合いが残っており、明るい色合いの刺繍糸は全てエミリアが持っていったようだ。


(持っていったところで、あの子の刺繍の技術はどのぐらいあるのかしら?)


 前回の記憶もあり、勘を取り戻したララスティの刺繍の技術は高い。

 デザイナーから刺繍とレース編みに関してだけで言えば、プロ並みだと褒められたほどだ。

 確認が終わって、ララスティは残っている灰色系統と黒の刺繍糸を手に取る。


「…………えっと、今のが終わったら黒いハンカチに刺繍をしようと思いますの。上質な布を用意しておいていただける?」

「黒でございますか?」

「ええ」

「かしこまりました」


 ハンカチとして持つには珍しい色にメイドが一度確認をしたが、ララスティが頷いたのですぐに了承し、「手配しておきます」と言った。


「黒地ですと、カイル殿下には随分大人っぽい雰囲気になるかもしれませんが、どのような図案になさるのですか?」

「そうですわね……」


 実はカイルにではなく、ルドルフにと考えていたララスティは言い淀んでしまう。


「余っている刺繍糸は、灰色系などのあまり目立たない色味だから、確かにカイル様に差し上げるには大人っぽくなってしまいそうですわね」


 困ったように眉を寄せるララスティに、メイドは言われていたからエミリアの行動を止めなかったが、こうなるのであれば命令に逆らってでも止めていればよかったと後悔してしまう。

 けれども、主たるララスティを気落ちさせたままでいるわけにもいかず、別の提案をした。


「よろしければ、黒地のハンカチはカイル殿下にではなくアインバッハ公爵への贈り物になさってはいかがでしょうか?」

「伯父様に?」

「大人向けのデザインでしたら、明るい色味がなくとも不思議ではないかと存じます」


 メイドの言葉にララスティは「そうですわね、ありがとう」と笑みを向けてお礼を言う。

 「お役に立てたようでよかったです」と機嫌のよくなったメイドは、飲み物のお代わりを用意してきます、と言って他のメイドにララスティを任せて部屋を出ていった。


(そうですわよね。いきなりルドルフ様にハンカチを贈るなんておかしいですもの。伯父様に普段のお礼の意味を込めて……)


 頭ではわかっているものの、ララスティはルドルフに自分が刺繍したハンカチを持って欲しいと考えてしまう。

 残っている灰色系の刺繍糸を見て、なぜか頭の中に刺繍の図案が自然と浮かんでしまったのだ

 一度持っている姿を思い描いてしまったら、どうしても持って欲しいと考えてしまうのは、ララスティの前回からのトラウマが関係しているのかもしれない


 愛しているというのなら、自分が刺繍したハンカチを拒否するわけがない。


 前回、ララスティは何枚ものハンカチに刺繍を施しカイルに贈り続けた。

 愛情の伝え方をよく知らなかったが故に、自分の得意な分野でアピールするしかできなかった。

 最初に喜ばれたのもよくなかったのかもしれない。

 喜んでもらえたのがうれしくて、印象に残りすぎて、それ以外の方法がわからなかっただけに固執してしまった。

 今になって冷静に考えれば、毎月のようにハンカチをもらっても困るだけだとわかるが、とにかく前回のララスティには知っている手段が少なすぎた。


(こんなに考えてしまうなんて、変ですわね。あれからルドルフ様にお会いできてすらいないのに)


 貰った蜂蜜も瓶が空になったのにそれを捨てることが出来ない。

 丁寧に洗ってもらい、机の上に置いている。

 自分の行動に、カイルに貰ったものを取られないように、とにかく大事に仕舞い込んでいた前回と比べて変わったものだと考える。


(わたくしだけの、モノ)


 静かにお茶を飲みながら、ララスティは心の中で呟く。

 盲目的になっていた前回と違って、まだ視野が広く持てていると自認している今回だからこそ見えるものがある。

 少なくともアインバッハ公爵家の三人はララスティの味方であり、前回では自分から距離を取ってしまったマリーカとシルフォーネも、ララスティが頼れば喜んで手を貸してくれるだろう。

 動き方を変えたからか、前回とは違う友好関係を築くこともでき、味方を増やすこともできている。


(前回のわたくしを知っている、人)


 ルドルフの動きはララスティの想定外だ。

 味方につけるつもりもなかった。

 カイルとエミリアが真実の愛を全うした後、ランバルト公爵家かアインバッハ公爵家の跡取りになるであろう自分と、政治的な繋がり以外ないだろうと思っていた。

 それなのに愛の告白をされた。

 こうしてハンカチを贈りたいと考えてはいるが、会う方法が思いつかないし、会ったときにハンカチを渡すタイミングなどわかりもしない。

 蜂蜜のお礼とするには日が経ちすぎていて何とも気まずい。


(それこそ、伯父様に相談してみるべきかしら)


 仕事の関係でルドルフとも会うことがあると言ったため、なにかいいアドバイスが貰えるかもしれない。

 ララスティはそう考えて午後のコールストの来訪を心待ちにすることにした。


 だがそこには、まさにララスティがどうすべきか悩んでいるルドルフ本人も同行しており、ララスティ自身が軽く混乱してしまうとは、この時は想像もしていなかった。


次回、久しぶりに登場!?

たまには気配を出さないと読者に忘れられちゃうかもしれないヒーロールドルフ!

子供のカイルに負けるなルドルフ!


ルドルフの活躍が気になったりならなかったりな読者様

よろしければブクマや評価をなにとぞっなにとぞぞぞぞぞっ★★★★★

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