サイレーヌの奪還~ホトリア村の戦い~
本作は異世界転生、異世界転移ではありません。
()は主人公ライの考えていることです。
(())は敵ニジェの考えていることです。
「「」」は無線で話している場面です。
約20年前。
突如現れた侵略者セレスティアにより、平和な"星"サイレーヌは4年という歳月で火の海となり、半分以上(北側)の土地を奪われた。
彼らの力は圧倒的だったのだ。
サイレーヌとは違い、魔法士、剣士だけでなく、魔法士と剣士を融合させた魔剣士。特殊な装備、魔装具というものを使う魔装士と呼ばれる者の存在は勿論のこと。一人一人の技術の高さ。そして戦術。全てにおいてサイレーヌはセレスティアに劣っていた。
しかし、サイレーヌの民達はこのまま黙ってはいなかった。
戦術を学び、魔剣士を育て、魔装具を開発した。
限られた資源、時間、金の中で。
たった15年。
サイレーヌは急成長を遂げたのだ。
そして、ついにサイレーヌは土地を取り戻すために、反撃を開始したのだった。
反撃が始まって約1年(現在)。
戦線は停滞していた。いや若干押され気味と言った方が良いかもしれない。
成長したサイレーヌは反撃開始後半年は、前線の敵を抑えるだけでなく、倒すということに成功し、前線を徐々にだが押し上げていった。
セレスティアはサイレーヌの成長速度を見誤ったのだ。途中から魔剣士、魔装士は極少数で、大多数を剣士、魔法士の編成に組みなおし、これで十分だと高を括っていた。その結果、突如現れたサイレーヌの魔剣士、魔装士に対応できず、サイレーヌに前線を押し上げられ、領土を取り返えされていったのだ。
セレスティアは早急に決着をつけるべきだった。
しかし、そう簡単にやられる程、セレスティアは甘くない。
多数の援軍を送ることで、サイレーヌの前線を押し止め、最近ではさらに前線を押し始めたのだ。
これによりサイレーヌはどこも人手不足に陥る。
やはりまだ、戦局を大きく変えることが出来る魔剣士、魔装士の数がセレスティアと比較すると少ないのだ。いや、そもそもサイレーヌは、セレスティアと比べると人口が圧倒的に少ないため、戦争で必須条件である魔力を保有している人間(戦闘において必要とされている一定以上の魔力量を持つ者達)の数が少なく、魔剣士、魔装士以外の存在である剣士や魔法士においても数が少ない傾向にあるのだ。つまり数という最も重要となってくる部分で劣っているということ。
この点を改善もしくは個々のレベルをさらに上げる意外に、サイレーヌがセレスティアに勝てる可能性は低いだろう。
そんな時、サイレーヌにとってさらに最悪な事態が発生した。
サイレーヌの東南東に位置する国。ノア王国。
その首都ノアナリアの、森を挟んだすぐ北側に存在する大きな村ホトリア村が、先日、魔装士1人が含まれる部隊によって落とされたのだ。
首都ノアナリアにはまだ多くの民が暮らしており、このまま放置すれば、首都にまで侵攻され大きな損害となることが予測される。
そのため司令部は村を奪還するべく、直ぐに魔剣士を1人派遣するとともに、最近、新たに任命された1人の魔装士も村に派遣し、1人生き残った敵魔装士の無力化を命じた。
その数日後。
ホトリア村南側。
そこにある道に沿って均一な間隔で並べられた木造の家々。
その道のど真ん中で対面する2人の人間がいた。1人はキリっとした目元に、髪が金色で染められた、身長175cm程の男。先日、ホトリア村の剣士、魔法士達を全滅させた魔装士ニジェ・サリガルトだ。もう1人はパッチリとした目に、黒髪がほんの少しかかった、身長160cm程という小柄な男。サイレーヌから派遣させた最年少(15歳)魔剣士ライ・ドライセルだ。
2人は村の中央から戦い、今この場所、村の出口近くまで来ており、
2人の間には緊張感ある空気が流れていた。
その時
神速と言っても過言ではない速さで、ニジェが剣を横に振るった。
2人の距離は約10m程。ニジェの剣はライには決して届かないだろう。
だが、ニジェが剣を振るった瞬間、一筋の紫色の斬撃が空中に放たれた。
"飛ぶ斬撃"
それが高速でライに襲い掛かる。
「っぶね!」
高速と言っても躱せない訳ではない。
ライはしゃがむことで攻撃を躱す。
「ドォォォン....!」
建物を簡単に真っ二つにしてしまう程の威力を持つ斬撃。
周りの家々には、真横に引かれた一本の線が現れ、重々しい音を立てて崩壊した。
(破壊されてない建物は後ろのあと少しだけど、相変わらず凄い威力だな。彼らからの情報がなかったら、やられていたと改めて思う)
その光景を横目に見ながら、ライはそう思っていた。
実際、敵の情報が何もない状態で、初見で完璧に躱せるかと聞かれても、100%の自信を持って頷くことが出来ないと感じていたから。
ただ、ライは司令部から、先日村で戦っていた仲間達からの敵の情報を事前に知らせれていた。
ニジェの魔装具「裂空刀」は、刀身が紫色で染められた80cm程の長めの剣といった印象であること。
その能力が2種類の斬撃を飛ばすというシンプルかつ強力なものであること。
そしてその2種類の内の1つ目の斬撃の特徴が、先程ニジェが放ったもので、剣の振り幅の約7倍程度の長さの斬撃が、20m程まで襲ってくるというものであること。2つ目の斬撃の特徴が、1つ目の斬撃よりも横の範囲は狭い(成人男性の腕の太さ程)が、射程が3倍程長くなり、速度がさらに速くなっているということと。
またこれは補足だが、連続で飛ぶ斬撃は放てなく、少しの間クールタイムがあるとのこと。
やはり敵の情報があるかないとでは、戦闘のしやすさが格段に違うのだ。
(1つ目の斬撃は、何度か躱したから、かなり慣れてきたけど。
もう1つが怖いな)
ライはその情報から、まだ放たれていない2つ目の斬撃を警戒していた。1つ目の斬撃でもかなり速いと感じていたからだ。
(それに、まだ何か隠している能力があるかもしれないし。注意しておこう)
また先日、ニジェが村で仲間達と戦った時に、魔装具の全ての能力を使っていない可能性があることをライは頭の片隅で警戒していた。
一方ニジェは
((ちっ。広範囲の斬撃は、もう真面な場面じゃ当たりそうもないな。普通に躱されて終わるのがオチだ。
やはりここからは、もう一つの斬撃をどこで使うかが重要になってくるな))
と考えていた。
そして
(よし!)
ライはニジェに向かって全力で走り出す。
突然の間合いを詰める動き。
一体ライはどんなことを考えているのか。
(相手は結構な距離まで、飛ぶ斬撃で対応してくる。俺に魔法があるとは言え、相手の能力の方が中距離においては強力だろう。だが俺の剣の刀身の長さは50cm程で相手よりもかなり短い。
つまり超近距離戦においては俺の方が有利だということ。他に作戦があるから引き気味に戦っていたが、これで倒せるならこっちの方が断然いい)
ライは戦いにおいて、自分にとって有利な状況下で戦うということを常に意識していた。
相手の土俵で戦うことがどれほど大変かを理解してるから。
いやそもそも、魔剣士の強みというのは、剣と魔法を組み合わせて戦えるということ。これは近距離戦以外では不可能に近いのだ。
(それに今ならまだ、飛ぶ斬撃のクールタイムが終わっていなく、詰めやすいはず)
そのままライは一気に距離を詰める。
((詰める動きだと?))
その一方でニジェはライのその動きに少し困惑していた。
今まで引き気味で戦っていたライが突然間合いを詰めて来たからだ。
だが
((まあいいだろう。近距離での斬り合いは俺も得意だからな))
ニジェも斬り合いは望むところ。どんと構える。
そして
ライがニジェの剣の間合いに入る直前
「アイス・スティンガー」
ライはニジェの顔面に向けて魔法を放った。
相手の間合い(ニジェの剣はライに届くが、ライの剣はニジェに届かない領域)に入った瞬間に、攻撃されないようにするための攻撃。
長さが60cm程の細長い氷の円錐が、ニジェに迫る。
「ちっ!」
ニジェは近距離での急な魔法にもかかわらず、見事に剣で弾くが
((相変わらず、嫌な魔法だな氷は。いやでも意識してしまう))
と心の中で中指を立てていた。
実は氷魔法には、他の魔法である火、水、土、風、雷、治癒とは違い、当たった面積にもよるがその部分とその周辺が凍り付くという特殊な能力が存在するのだ。
掠っただけでも、軽傷。最悪の場合は重症にもなりえる。
そんな厄介極まりない魔法。
だからこそニジェは、ライの考えを見抜いていながら、自分のリーチを捨ててまで、剣で弾くという選択肢をとったのだ。
((剣は氷を弾くのに使って、今は剣で攻撃が出来ない))
そしてライがニジェの剣の間合いに入り
((来る!))
右足を大きく一歩前に踏み出す。
そのライの姿勢に、ニジェは攻撃を仕掛けてくるだろう、ライの剣を見る。
だが
((!))
地面にある、ライの踏み出した右足からニジェの真下までに引かれた、一本の細く薄い白色の道がニジェの目の端に入り、考えを改めた。
"剣はフェイント"
と。
直後
ニジェの真下にある、その道の先端から、ニジェの顔面に向けて氷の刃が突き出した。
常人ならば剣に気を取られ、真下にまで迫っていた魔法の存在に気づきもしないだろう嫌らしい攻撃だが
「っく」
ニジェは驚異的な反射神経から、体を後ろに逸らすことでその攻撃を躱す。
((あぶねぇ。剣での攻撃はやっぱりフェイントかっ))
だが、態勢が少し崩れたことから、ニジェは心の中で舌打ちをした。
やられたと。
少しでも態勢を崩せば、自分が不利になる。ニジェはそれを理解していたのだ。
勿論、ライもそれを分かっていた。
だからこそフェイントを仕掛けたのだ。
立て直す暇は与えない。
そのままライは一気にニジェの懐に入り、右手に持っていた剣で腹を狙う。
しかし完璧かと思われたそんな攻撃だったが、横に振るったその剣は、ニジェの服を掠っただけ。
本体には何のダメージも入らなかった。
ニジェは一歩後ろに引くことで、ライの攻撃に対応していたのだ。
((くっ。やはり距離を取った方がいいな))
そしてそのまま距離を取ろうと、ニジェはライから離れようとするが、ライはそれを見抜き、瞬時に間合いを詰め、今度は下から腹を狙う。
先程よりも鋭い一撃。直撃してもおかしくない。
そのはずだったが。
態勢をほとんど整えてしまったニジェは、その攻撃が腹に直撃する直前。
両手で持つよう剣を横にして受け止め、瞬時に剣をライの首当たりの高さに持っていき、反撃をしようと準備していたのだ。
(くそっ)
その状況にライは苦労して得たチャンスをものに出来ず、思わず舌を噛んだが、直ぐにニジェの攻撃に備え、
そのままライの首目掛けて横に振るったニジェの攻撃を剣で受け止めた。
キィン!!という甲高い音が響く。
この時、素の力だけの押し合いで言えば、15歳という若さのライは確実にニジェに押し負ける。
成長しきっている大人と成長途中の子供。
どちらの方が筋力的に優れているかと言ったら、それは確実に前者だろう。
ただし、それは素の力のみだった場合だけ。
「ぐっ」
ライはニジェの攻撃の重さに、一瞬押されそうになったが、何とか耐えることに成功していた。
(やっぱり魔力量は俺の方が多いな)
これは、魔法や身体強化等の力に差が現れる魔力量の違いが関係していたからだ。
どこの世界でもそうだが、人間は魔力量が多ければ多いほど、魔法や身体強化などの威力は上昇する。
つまり筋力で劣っているはずのライが、ニジェの攻撃を受け止めることが出来た事実が、ライの魔力量が多いということを証明したということになる。
そして2人の剣での攻防は続く。
ライは魔法を駆使して、常にニジェが剣の振りにくい、ほぼ張り付いた状態で。ニジェは自分の剣が振りやすい間合いを確保する動きで。
攻撃、防御を繰り返す。
だが、ニジェはライに比べて、剣を握っている期間が倍以上あり、戦闘経験も豊富だ。
ライは剣を握ってまだ短い上に、実戦での戦闘はかなり少ない。
特に今のような1対1のような状況は。
「ぐっっ!」
だからこそ、そう簡単にはいかなかった。
ライはニジェの剣技に徐々に押され、最後の強力な一撃によって何歩も後ろに下げられてしまってしたのだ。
(まずい!今はもう飛ぶ斬撃が放てるはずっ)
そして、距離が離れてしまったことで、ニジェの飛ぶ斬撃を警戒し、ライは急いで顔を上げたが
(やっべぇ)
ニジェはすでに斬撃を飛ばす際のポーズを構えていた。
(この距離だと躱せない)
ライとニジェの今の距離は4m程。
ニジェの飛ぶ斬撃の速度は、1mでも20mでも変わりはしないが、ライ自身、完璧に躱すには最低でも8mは欲しいと思っていた。それに加え、防御では絶対に防げない程の威力。
つまりライは今、かなりまずい状況だということ。
(でも斬撃を放つ時、ほんの少しだけど溜めがある)
ライは飛ぶ斬撃には、ほんの少しだが、溜める時間が必要であることを見抜いており
(今ならまだ間に合う!)
距離を8m以上とるため、後ろへと下がる動きを見せる。
詰めるのはリスクが高いと判断しての、ニジェを視界から外さないよう、後ろ向きでの全力疾走。
一気に距離を取る。
だが
「!!」
ニジェはそれを許すほど甘くない。
その構えのままライに向かって走り出す。
後ろ向きで走るライと、前を向いたまま普通に走るニジェ。
どちらの方が速いのか、それは歴然だろう。
そのままライは瞬く間に距離を詰められ
(くっそ。つい後ろ向きに走ったが、この態勢だとしゃがむことすらできない。マジでヤバい。
何か策をっ!)
必死に考える。防御は不可能。どんなことでもいい。この最悪の状況を抜けだす方法を。
そして
(このままでもどうせ殺られる。一か八かやるしかない!)
考え付いたのは無謀ともいえる方法。
少しでも集中力を欠けば真っ二つになる。
そんな難易度マックスな策。
そのためライは目の前にニジェを凝視する。距離は5m前後。全神経を目に集めて、ほんの少しの動作も見逃さないよう。
その次の瞬間。
(来る!アイス・ウォール!)
ライはニジェの右腕が動いたのを捉え、魔法を発動させた。
ニジェが剣を振る瞬間を狙った完璧なタイミング。
一方ニジェは
((もらった!))
そう確信していた。この距離では躱せないと。
だが
ヒュンッ!!
ニジェの放った斬撃が斬ったのは、出口の方へさらに下がったことで新たに現れた周りの建物だけ。
肝心のライは上。空に浮いていた。
((自分に魔法を!?))
ニジェはその光景に目を見開いた。
ライの取った策である地面から氷を生やす魔法を自分の足裏に放つ(60度の角度で)ことで上に躱すという斬新な方法と、あの状況での判断力及びその行動力に。
(あっっぶねぇぇぇ。マジでギリギリだったぜ。下手に詰めるもんじゃないな)
反対にライは冷や汗をかきまくっていたが。
そのまま空中で一回転し、ニジェと少し離れた場所に着地すると
(でもこれで建物は1つもなくなった。作戦は順調だ)
ライはニヤッと悪い笑みを浮かべるのだった。
現在2人が立っている場所は、さらに村の出口に近付いた場所。周りの建物がニジェの飛ぶ斬撃により崩壊し、遠くにある景色がよく見える状態の。
そんな中ニジェはライの行動に不信感を強めていた。
((こいつとは村の中心地から戦っていたが、こいつは最初から引き気味で戦い、今出口付近まで連れて来られた。俺は最初引き気味で戦うこいつの狙いが、もう一人が待ち伏せし、不意打ちをしてくるもしくはもう一人を後ろに回し、挟撃をするのだろうと考え、常に全方向からの攻撃を警戒していた。
にもかかわらずこいつは何もしてこなかった。
ただただ引き気味で戦っていただけ。
現状周りの建物は全て俺が破壊したから、不意打ちは不可能になり、挟撃もやるつもりだったのならもう実行していなければおかしい。
念の為、今だって周りを警戒しているが、狙いが全く分からない。
一体何を考えている?))
と。
だが、だからこそニジェは考える。
((今俺が見えているものは、目の前にいるこいつ。周りの瓦礫の山))
自分が現状分かることから、ライの思惑を予想し、少しでも対策を立てるために。
((・・・そしてこいつの奥にある横一面に広がる巨大な森。
・・・・!
まさか狙撃か?))
そしてニジェがライの奥にある森を見て、そう考えた瞬間
「!!」
突然、斜め左からニジェを高速の矢が襲った。
完全なる不意打ちに加え、超高速な攻撃。
普通は直撃し、死ぬところだが、ニジェは寸前、狙撃を予想していた。
「っっ!」
間一髪。剣で弾くことで直撃を免れようとする。
しかし。
剣で弾こうと矢に触れたその瞬間。
突然矢が破裂し
「あ?」
ニジェの目の前が赤色に染まった。
矢の中から現れた炎が、ニジェを囲むように襲い掛かったのだ。
炎は一瞬で地面を黒く焦がし、空には炎から出た赤い光がちらついており、その威力の高さから、灰にされること間違いなしだろう。
「なるほど。やっぱり森からの狙撃か」
ただしそれは直撃した場合。
ニジェは瞬時に後ろへ下がることで、炎の範囲外に避難することに成功していた。
そして
((相手に矢を放つ魔装具があるという情報はないが、今の矢の速度、2km以上はあるだろうこの距離を余裕で届く飛距離、そして炎の能力から、新たな魔装具である可能性は非常に高い))
と考え
((厄介極まりないのは間違いないだろうが、こいつが出口付近まで俺を誘導した行動の理由が、狙撃の射線を通し、逃げ場をなくしたかったことだとよく分かった))
とライの狙いを見抜くことにも成功していた。
実はホトリア村の中央付近は、建物が他の部分よりも集中しているせいで、全てを壊し射線を通すのは非現実的であり、もし建物の一部を破壊して射線を通したとしても、直ぐに近くの他の建物で射線を切られてしまうのだ。
だからこそライは、通って来た道にある建物をニジェに破壊させながら、中央から最も離れている出口付近までニジェを誘導し、狙撃から逃げれないようにしたのだ。
((っち。今思えば、あいつの距離の取り方。俺に斬撃を放たせるためだったのかもな。
だが自分で壊せばいいものを、何故俺に壊させようとしたんだ?狙撃を警戒されたくなかったのか?))
ニジェがそんなことを考えている中、一方ライは
(まったく。やっとここまできたか。
相手に建物を破壊させながら、村の出口まで誘導し、狙撃の射線を通して2対1の状況を作るのが作戦だったけど。
想像以上に大変だったなぁ)
ととても疲れたようにため息を吐き
(自分で建物壊せば良かったのかもしれないけど、やっぱり怪しまれそうだからなぁぁ。
司令部からも、狙撃用の魔装士送ってきた癖に、あんま建物壊すなとか言われたし。全く無茶言うよ。
それに)
「あの狙撃普通当たるでしょ。仕留めらせるとは思ってなかったとは言え、少しくらいはダメージ入るかなって期待してたのにさ」
と作戦ではないとはいえ、不意打ちを無傷で防いだニジェに対してライは、この状況を作るための苦労を無駄にされたように感じ、思わず愚痴を溢した。
「はっ。よく見てみろよ。ダメージなら少し入ってるじゃないか」
「はあぁ?どこがだよ」
ニジェの返答にライはそう言ったが
「・・・・ん?おー確かに」
良く見てみると白い服の一部に、黒色の模様が描かれているのが見えた。
「でもそれ服が少し焦げただけでしょ。ダメージに入らないだろ」
「いやいや。精神的ダメージってやつだ。この服、結構気に入っていたからな。
だからお前にはしっかりと責任を取って貰うぞ」
「へぇぇ。それは楽しみだなぁ」
両者は笑う。どちらも勝つことを確信しているかのように。
「じゃあやってみてくれよ!」
その次の瞬間、ライが動いた。
全速力でニジェに向かって走り出し
(アイス・フロスト)
それと同時にすぐさま、先端が尖ったいくつもの氷の塊を放つ。
速度はそこまで速くないが、数が多い。
ニジェの目には、見える数だけでも氷の塊が10個程度ある。
そのためニジェは
((数が多い。無傷で躱すには上に飛ぶしかないが、狙撃がある。これは剣を使わないと捌ききれないな))
と全ては躱せないと判断し、自分に当たるであろう氷だけを斬り落とす。
((こいつの狙いが狙撃だと分かった今、主に警戒すればいいのは、こいつと斜め左だけ。他の方角は1割程度でいい。
そしてあの魔装具の能力は恐らく))
詰めて来ているライを横目に見ながらニジェがそう考えた直後
((来た))
再度、北東から頭目掛けて矢が飛んでくる。
この時は一度目とは違い、ニジェには余裕があった。
その高速の矢をニジェは捉え、見事に躱すだけではなく、右後ろににある瓦礫の山に当たり、最初と同じようボオォン!っと炎を噴射したことを目視で確認する。
そして
((予想通り、物体へ触れた瞬間に反応するタイプだな。
炎以外の仕掛けもあるかもしれないし、やはり躱すのが定石だろう))
と矢の能力発動条件を見破り、目の前まで来ていたライの上からの攻撃を剣で受け止め
((だがこれなら特に問題はない))
とそのままニジェはライのがら空きの腹へと蹴りを繰り出そうとする。
しかし
「がっっ」
突如、頭全体に強い衝撃が響き、蹴りを繰り出す暇もなく、そのまま後退した。
((こいつっ。今度は蹴りか))
ライの下からの蹴りがニジェの顎に炸裂したのだ。
「っち!」
ニジェは口の中に広がる鉄の味と若干の鈍い痛みを感じるという不快感から、舌打ちをし、今すぐにでも斬ってやりたいと激昂したくなるが、その気持ちを抑え込み、
さらに追い打ちを掛けるべく、最初のように地面からブレードを出す魔法を放ってきたライの攻撃を丁寧に躱し、さらに後退した。
((もう来るのか))
ライの攻撃はまだ終わらない。
ニジェが顔を上げると同時に、ライは間合いを詰めようと走り出していた。
((だがその距離なら斬撃を放つための時間は十分にある。
今回はどうやら魔法ではなく、狙撃の援護で俺まで安全に詰めようとしているらしいが、斜め左と分かっている今、狙撃で斬撃は止められないぞ))
ニジェはそのまま斬撃を放つために構える。
矢を躱して終わり。
そう思っていたが
「はっ!」
突如、斜め右から飛んできた矢にそれは阻まれる。
予想外な攻撃にニジェは、剣で受け止める以外に選択肢はなく、斬撃を中断せざる得なかったのだ。
((しまった。炎がくる!))
そして剣に触れたことで発動するであろう能力。
まずいということは勿論ニジェも分かっていたが、態勢が悪かった。
ニジェには矢から放出される炎を躱す余裕はない。
ボオォォン!!
そのまま炎の餌食となってしまう。
(一応作戦は成功したっぽいけど。これで倒れてくれるかな)
その反対。
炎の影響を受けないよう、距離をおいてその様子を見ていたライはそう願っていた。
狙撃を援護と思わせてからの本命。
ここで倒すのが、ライの今までの作戦の筋書きだったが
「やってくれたなぁおい」
と炎の中から所々火傷を負ったニジェが姿を現したのだ。
「ちっ。
やっぱりそう簡単にやられてくれないか。仕方ない」
「「ネルンさんプランBでお願いします。多分あいつ、痺れを切らして、直ぐに2つ目の斬撃で俺から倒そうとしてきますから」」
ライはニジェが生きていたことに驚いた様子だったが、耳に掛けてある小型の機械を触り冷静にそう言った。
ライのこの行動は、他の人間から一見、1人でボソボソと話している少し変わった人に見えるかもしれないが、実はこの小型の機械には微小の魔力を流すことで遠くの人間と話すことが出来るという性能があり、ライはこの性能を利用し、森に潜んでいる女魔装士ネルン・バルニアに話しかけていたのだ。
「「ええ。わかった」」
敵であるセレスティアから盗んだ技術をふんだんに使う。
強敵だからこそ、その強さを盗まなければ勝つことは決して出来ないのだ。
その一方ニジェは、火傷の痛みを魔力で軽減しながら、斜め右から飛んできた矢について考えていた。
((くそったれが。今度は狙撃が本命かよ。こんなになるなら相手の手に乗るんじゃなかったな。
それにしても右から飛んでくるとは。
魔装士が2人いるのか?魔装具は俺の国でも作るのは困難であり、適合者もなかなか見つからない。そのため可能性はないと思っていたが
・・・・いや。それならば同時に撃ってくるはずだ。別々に撃つメリットがない。
つまり何かカラクリがあるのだろうが))
と。
ちなみに魔力は流血や痛みをかなり抑えることが出来る。
時間は少しかかるが。
((まあいい。前方の全てに注意していればいいだろう。
だが流石に2人相手はしんどいか。俺の今の目的は相手とは違い、味方の増援を待つことだから、引き気味に戦ってもいいが。
それはほぼ負けたということに等しい。それだけは俺自身が絶対に許せない。
だからここはやはり、もう一つの斬撃を使うしかない。弓使いは離れすぎているから、目の前にいるこいつから始末せざるを得ない。
約15m。情報は漏れているかもしれないが、一発目はあいつの実力的に無傷では躱せないはずだ))
今のこの状況ではやはり、ライから先に倒さなければいけない。いや勝つためにはライを倒す以外に選択肢はない。
狙撃手には狙撃手を当てるしかないのだ。
そのままニジェは構える。
神速の一閃を放ち、勝ちを掴むために。
(来る!
アイス・スティンガー)
その構えるニジェに放たれたのは、ライの氷魔法と神速の矢。
ほぼ同時にそれらは襲う。
((タイミングを合わせてきたか。
だがもう効かないぞ、それは))
正面からは氷の槍。斜め左からは高速の矢。
だがそれはニジェの想定内。
それをニジェは体を左に逸らすことで華麗に躱し、目に見えない程の速さでライに向かって剣を振るう。
刹那
「!!!っっ」
空気を切り裂くような音と共に、真っ直ぐに引かれた一本の線が、ライの右腕を飛ばした。
それこそ、何が起こったか分からない。
そう感想があってもおかしくない程の威力と速さ。
ニジェは止まらない。
((利き腕をなくした!立て直す時間は与えない))
右腕を失ったライにすぐさま止めを刺しに動く。
そのまま右腕を押さえながら、地面に膝を着く丸腰のライに迫るが
「くっ。アイス・ウォール!」
目の前に、巨大な氷の壁が立ちはだかる。
絶壁と言ってもいいかもしれない。
横にも縦にも長い壁。
横をすり抜けて。高く飛び跳ねて。その程度では超えられない。
そんな壁だった。
だが
ニジェの目には
((ああ?何だこの壁は?時間稼ぎのつもりか?
大きさはいいが壁がかなり薄い。これでは足止めにもならないぞ。一瞬で壊せる。
それにこれでは狙撃が通らないだろ。何かに当たれば瞬時に破裂するのだから。
お前の魔法もほとんどが意味をなくしている。
痛みから判断を誤ったか?馬鹿め))
ライの最後の無駄な抵抗のように見えていた。
そして、剣を振り上げ、走る勢いそのまま壁を壊そうとする・・・・・が
((いや、まて!))
急ブレーキを掛け、壁の一歩手前で止まった。
((本当に壊していいのか?よく考えれば、まるで壊してくださいと言わんばりに壁が薄い。怪しさ満点だ。あいつのことだきっと何かあるに違いない。
焦るな落ち着け。あいつは右腕を失っていて、魔力である程度止血、鎮痛できるにしても、もう真面には戦えないはずだ。今だってぼんやりとではあるが、あいつが膝を着いている姿が見える。
やはりここは安全に、この場所から、壁ごと飛ぶ斬撃で仕留めるのが最適だろう。クールタイムももうじき終わるしな))
と考えて。
((残念だったな。お前の作戦はもう通用しない))
そしてニジェはニヤッと笑う。
今度こそ勝ちを確信したように。
その直後だった。
音もなく、まるで、そこに何もなかったかのように矢が氷の壁を貫通し、そのままニジェの首を貫いた。
「がっっっ!」
((壁を貫いただと!?
馬鹿な。そもそも俺は壁であいつのようにぼんやりとしか見えない・・
いや、今俺は壁の目の前にいる。壁から距離が離れているあいつよりもはっきり見えるはずだ!
それに何故矢に仕掛けがないパターンを考えなかった?物体に反応しない矢の存在を。
氷の壁を薄くしたのも恐らく、俺を見やすく、矢を貫通させやすくするため。
くっそ。完全に油断した。俺がこんなガキに負けるなんて。
・・・ん?まてよ。
そもそも瞬時にこの作戦を実行できるはずがない。
まさか俺の攻撃も敢えて食らったと?
油断させるために。壁の近くまで俺を釣るために))
ニジェは完敗だと認めた。ライの掌の上だったと。
(いやー。腕が取れた時は流石に痛かったけど、作戦が成功してよかったよ。
正直かなり危なかったからな。攻撃は元々受けるつもりだっけど、速すぎて死ぬかと思ったし。やっぱり情報は命より重いかもしれないな。なかったら多分俺は死んでいたから。
まあでもあいつが予想通りの動きをしてくれて助かったよ。壁を迷わず壊してたら、奥の手を使うしかなかったしね)
ニジェが矢を食らったのを確認したライは、そう考え、右腕を押さえながら、ニジェの元まで歩いて行く。
時期死ぬだろうニジェを埋めるため、魔装具を回収するために。
「・・・」
そのまま壁を壊し、ニジェの目の前に着いたライは暗い表情をしていた。
(やっぱり人の死を見るのはいつになっても嫌だな。心が蝕まれていくような気さえする)
「ふぅーーー」
いつになったら戦争は終わるのだろうか。
ライはいつもそんなことを考えている。
人を殺すのはうんざりだと。
だが、ライにとってこの星の人間が殺されるのはもっと辛かった。
だから戦うしかないのだ。
自分にはその才能があるから。
ライは自分を奮い立たせ、次の戦地へと足を運ぶ。
お読み頂き、ありがとうございます。




