8: 授与
ニュースを聞いたシラスは、目に見えて動揺し、顔には不安の色が浮かんでいた。遠くからそれに気づいたソルは、すぐに立ち上がった。老人の張り詰めた様子から、何か問題が起きていることを察したのだ。
ソルが近づくと、シラスは急いで彼のもとへ駆け寄り、わずかに震える声で言った。
「君の友人、レイカが……どうやら困っているようだ。」シラスの声には、はっきりとした心配の色がにじんでいた。
「どこに?」ソルは彼に尋ねた。
「今、森の中だ。」シルヴァは森の端を指さしながら答え、その声には不安がにじんでいた。
ソルは、村人たちがざわめいているのを耳にした。何人かはシルヴァに質問を投げかけ、その声色には心配と好奇心が入り混じっていた。
「@#$&*@?」
「@#&$*@……」
彼らの言葉はソルには理解できなかったが、気にすることなく無視した。今は立ち止まっている時間も、噂話に付き合う余裕もない。ソルは一言も発さずに踵を返し、森の入り口へと向かった。
シラスは、ソルの意図を察し、すぐに立ちはだかった。
「お前の考えていることは分かる……私も一緒に行かせてくれ。」シラスは強い口調でそう言い、すぐに叫んだ。「護衛!」
木の下でぼんやり座っていた護衛は、老人の命令を聞くや否や、すぐに姿勢を正した。シラスは護衛のもとへと歩み寄り、一瞬の間、ソルをその場に残した。
ソルの視線は森の端へと向かう。そこに広がる暗闇は、果てしなく続いているように見え、まるで彼を誘うかのように静かに揺らめいていた。
皆が忙しくしている間に、ソルの姿は静かに消え去った。シラスが再び戻ってきたときには、すでにソルの姿はどこにもなかった。
その突然の消失に驚いたシラスは、慌てて辺りを見回し、彼の痕跡を探した。そして、村人たちと話しているシルヴァの姿を見つけ、すぐに駆け寄った。
「ソルはどこだ?」彼は心配そうな声で尋ねた。
シルヴァも困惑した表情を浮かべ、辺りを見回す。「彼は……さっきまでそこにいたわ!でも、今はどこにも見当たらない……」
シラスは深く息を吐いた。ソルの衝動的な行動が、さらに彼の不安を募らせていくのだった。
「どうやら彼は先に行ったようだな。シルヴァ、案内を頼む!」
シルヴァはすぐに頷き、シラスと並んで森へと向かった。二人は無言のまま歩き続けた。それぞれの心には、差し迫った状況への焦りが渦巻いていた。
その頃、ソルはすでに森の端へと辿り着いていた。彼の視線の先には、ドラゴンの亡骸の近くに立つ男たちの姿があった。迷うことなく、彼は自然な足取りで彼らへと歩み寄った。
男たちの一人がソルの姿に気づくと、すぐに駆け寄ってきた。彼は、この客人がシルヴァと共にいた若い女性と知り合いであることを思い出し、話しかけようとした。
「@#&$—」
しかし、話し始めたところで、言葉が通じないことに気づき、男は言葉を飲み込んだ。そして、代わりに森の奥を指さし、影の中へと導くような仕草を見せた。
その意図を理解したソルは、小さく頷くと、そのまま森の奥へと進んでいった。男たちは彼の背中を見送りながら、彼の姿が次第に木々の闇に溶け込んでいくのを黙って見守っていた。
草に覆われた細い道を辿りながら、ソルはレイカを探して前へと進んでいた。森の中は薄暗く、木々の隙間からわずかに月明かりが差し込むだけだった。不気味な静寂が辺りを包んでいたが、ソルは迷うことなく歩みを進めた。
突然、森の奥から耳をつんざくような悲鳴が響き渡った。
「アアアアアアアッ!!」
鋭い感覚が、その声の方向を正確に捉える。迷うことなく、ソルは全速力で駆け出し、木々の間を縫うように走り抜けた。やがて、彼の視界の先にかすかな光が見え始める。それは、密集した木々の向こうに広がる開けた場所を示していた。
さらに前へと進むと、ソルはついに森を抜けた。目の前には広々とした空間が広がり、月の銀色の光がその全体を照らしていた。遠くにはそびえ立つ山があり、その麓は鬱蒼と茂る木々に覆われていた。
そして、月明かりの下に倒れ込むレイカの姿を見つけた。彼女は胸を押さえつけながら、苦痛に満ちた悲鳴を上げていた。
この痛み……まるで千本の刃に貫かれているみたい……! レイカはそう思いながら、服の上から爪を強く立てた。
苦痛は次第に耐えがたいものとなり、やがて彼女の身体は限界を迎える。悲鳴は途切れ、レイカは冷たい地面の上に意識を失いながら崩れ落ちた。
...
しばらくの間、レイカは微動だにせず横たわっていた。やがて意識がゆっくりと戻り始める。微かな息を漏らしながら、彼女はゆっくりと目を開いた。
そこに広がっていたのは、果てしない虚無だった。森は消え去り、彼女を包むのはただ広大で息苦しい闇のみ。光も、木々も、声さえも存在せず、ただ無限に広がる空虚があるばかりだった。
「……ここは……どこ?」
彼女はかすれた声でつぶやいた。その言葉は虚空の中にわずかに反響するだけだった。
立ち上がろうとした瞬間、鋭い痛みが胸に走る。強く押さえ込みながら、彼女は息を詰まらせた。そしてその時、異変に気づく。自分の手が淡く輝いていることに。
彼女の呼吸が速くなる。目を落とせば、輝いているのは手だけではなかった。全身が、同じ異様な光を放っていたのだ。
な、なんで私の体が光ってるの……? 何が……起こってるの……?!
そして、気づいてしまった。自分が、何も身に着けていないことに。
「ひゃっ!? 服は!? 私の服はどこ!?」
彼女は慌てて体を隠そうとしたが、状況の異常さがそれどころではないことを悟る。
さらに自分の体を見下ろすと、肌の表面に細かなひび割れが走っているのが見えた。そのひびは淡く脈動し、理解を超えたエネルギーを放っているようだった。
「……思ったよりもしぶといな。」
レイカは、聞き覚えのある声に反応し、勢いよく振り向いた。そこには、ふわふわと漂う光る球体があった。その柔らかく規則的な脈動が、周囲の暗闇をわずかに照らしていた。しかし、彼女はその存在に不穏なものを感じた。
「こんなに弱いままで私に遭遇するとは……お前の運は最悪だな。」
球体の声は嘲るように響いた。
「こんな魂でよくもここまで耐えたものだ。もしかして、生きようとする意思は思ったより強いのか?」
困惑と混乱に飲み込まれながらも、レイカはかろうじて声を絞り出した。
「……あんたは……私に何をするつもり?」
球体はゆっくりと近づき、その輝きを強めた。
「お前の魂と肉体を乗っ取る。それもこれも、お前が己の弱さを晒したせいだ。」
レイカは後ずさる。しかし、目の奥には僅かながら反抗の炎が灯っていた。震える足で立ち上がり、じりじりと後退する。
「……嫌!そんなこと、させない!」
その瞬間、暗闇の中から紫色の鎖がいくつも出現し、猛然とレイカへと襲いかかった。反応する間もなく、鎖は彼女の手足に絡みつき、強く締めつけた。
「愚かな人間め……貴様に拒む権利などない。」
球体の声が冷たく響き渡る。
「ここはお前自身の無意識の世界。すなわち、お前の運命はすでに決まっている。私は、お前の器となる!」
レイカは必死にもがいた。鎖を引きちぎろうと力を込めるが、まるでびくともしない。強固な拘束により、逃げ道は完全に断たれていた。
レイカは、球体の輝きがさらに強くなっていくのを目にした。その光はますます激しくなり、その上に新たな、不気味な光がゆっくりと形を成し始めていた。
「ふふふ~ この能力とお前の弱った魂があれば、私の記憶をすぐに転送できる……」
球体は満足げに囁いた。その声には、悦楽の色が滲んでいた。
絶望的な状況にもかかわらず、レイカは決して諦めなかった。彼女は必死に鎖を引きちぎろうとしたが、拘束はびくともしなかった。
ここで死ぬわけにはいかない……!
レイカの抵抗を感じ取った球体は、鎖の締めつけをさらに強めた。鋭い痛みが彼女を襲い、冷たい金属が肌に食い込んでいく。
「ぎゃあああああっ!!」
球体はレイカの耳元に静かに寄り添い、囁くように言った。
「安心しろ……お前の身体は、私がしっかりと管理してやるさ。永遠に安らかに眠るがいい……」
レイカは、もはや抵抗する力さえ残っていなかった。彼女はゆっくりと目を閉じ、運命を受け入れる覚悟を決めた。奇跡を願ってはいたが、それが叶うことはないとわかっていた。
「……」
時が止まったかのように、周囲は静寂に包まれた。先ほどまで響いていた音が、突然消えていた。
レイカは目をぎゅっと閉じたまま、球体が動くのを待った。しかし……何も起こらなかった。
レイカは慎重に体を動かした。驚くべきことに、何の抵抗も感じなかった。 先ほどまで彼女を締めつけていた鎖の圧力は、完全に消えていた。
え…? 何が起こっているの…?
鼓動が早まる中、レイカはゆっくりと目を開けた。 予想していた通り、鎖は完全に消えていた。彼女は腕や脚を軽く動かし、自由を取り戻したことに安堵する。しかし、その安心感も束の間だった。
辺りを見回すと、状況は何も変わっていなかった。 果てしない闇の中、沈黙だけが漂い、何の変化も感じられない。レイカは視線をさまよわせ、先ほどまで彼女の体を乗っ取ろうとしていた球体を探した。しかし、それはどこにも見当たらなかった。
「あの球体…どこに行ったの?」 レイカは小さく呟いた。「私を支配したんじゃなかったの?」
注意深く周囲を観察していると、あるものが目に留まった。 それは、彼女の胸元近くでかすかに光る、小さな脈動する球だった。 闇の中でかすかに輝いていた。
これは… さっきの球体…?
レイカは不安げに球体に向かって話しかけた。 「大丈夫…なの?」
「……」
彼女は反応を待った。動きの兆しがあるかどうか。しかし、球体は動かないままだった。
うーん…おかしいな…
突然、球体が脈打つように振動を始めた。まるで心臓の鼓動のように、かすかなリズムを発しながら。 その形が不規則に変化し始めた。球体から四面体、次に立方体、そして最後にテッセラクトへと。変形は一定の間隔で繰り返され、形が途切れることなく滑らかに変わり続けた。
レイカはその物体に釘付けになった。目の前の奇妙に変化する物体から目を離すことができなかった。
「これ、一体何なんだ…?」 彼女はつぶやいた。声は不安と興味が入り混じって震えていた。
好奇心に駆られ、彼女はほんの一瞬の躊躇の後、その物体に向かって両手を伸ばした。
「こんなの見たことない…」
指先がその表面に触れる前に、物体は突然前方に飛び出し、眩い速さで彼女の胸にぶつかった。
「何…!?」
レイカは後ろにふらつきながら、胸を押さえた。鋭い痛みが走り、頭が激しく痛んだ。まるで頭が割れそうなほどだった。
「グウウッ!」彼女は呻き声を上げ、激痛が増すにつれて体を丸めた。
膨大な情報の流れが彼女の意識に押し寄せ、混乱した知識の奔流が彼女の心を満たしていった。それは圧倒的で、まるで脳が不明なデータで強制的に過負荷にされているかのようだった。
「な、何これ…!? ギャアアアア!!」彼女は絶望的に頭を抱えながら叫んだ。
そして、痛みと混乱の嵐の中から、突然、ひとつの言葉がはっきりと彼女の目の前に現れた。
『契約』
その言葉を読んだ瞬間、レイカはその場で動けなくなった。
「コ…ン…トラクト?」
彼女の心臓は激しく鼓動し、目をぎゅっと閉じた。あの言葉が消えてくれることを願いながら。しかし、目を閉じたままでいても、その言葉は鮮明に残り、まるで残像のように脳裏に焼き付いて離れなかった。
「ウウッ!?」
彼女は急に体を起こし、胸の中でパニックが広がるのを感じた。再び目を開けると、その言葉はまだそこにあり、彼女の視界の中で動くことなく、しっかりと固定されていた。
「これ、どういう意味なの?」彼女は震える声でつぶやいた。
突然、もっと多くの言葉が現れ、まるでインクが紙に広がるように彼女の視界に散らばり始めた。レイカは息を呑み、慌てて目をこすった。その奇妙な現象が消えることを願って。
「これ、何の言葉…!? ガッ!」
彼女の必死の試みは無駄だった。言葉は動かないままだった。
フラストレーションを感じながら、彼女は一息ついて気づいた。記号はランダムではない。何かを伝えようとしているかのように、意図的に並んでいるように見えた。
これに気づいた彼女は、必死にパニックを止めることを決意した。再び目を閉じ、深く息を吸って、乱れた思考を落ち着かせる。ゆっくりと、彼女は心を集中させ、目の前に浮かぶメッセージを解読しようと試みた。
落ち着きを取り戻したレイカは、慎重に浮かび上がった奇妙な言葉を読み始め、何が伝えられているのか理解しようとした。
「サブ...アビリティ...?」
レイカはその言葉を呟き、次の行を読んでいくうちに、混乱がさらに深まっていった。
『束縛の鎖』- 物理的および精神的な物体を束縛できる鎖をいくつか召喚する。一度接続されると、ターゲットが逃げる可能性は低くなる。
『主観的支配』- ユーザーがターゲットを支配することによって制御を奪う。ターゲットは自らの意志で自分の存在全体をユーザーに委ねなければならず、その契約が結ばれる。契約が成立すると、ユーザーは契約者の運命を自由に操ることができる。このサブ能力はまた、ユーザーが物理的な領域を超えた先に何が存在するかを見ることを可能にする。
『主観的リンク』- ユーザーは契約した対象の能力にアクセスし、それらを使用することができる。能力には制限や条件がある場合があり、常に使用できるわけではないかもしれない。
「束縛の鎖… 主観的支配… そして主観的リンク…?」
レイカはその名前を声に出して繰り返し、信じられないような口調で言った。彼女の頭は混乱し、これらの能力とされるものの意味を結びつけようと必死に考えていた。
「これは…一体何なの…?」
困惑しながら、彼女はその奇妙な言葉とその目的について考えずにはいられなかった。
「よし、よし、今の状況を把握しよう…」
レイカは独り言をつぶやき、無限とも思える虚無の中で行ったり来たりしていた。
あの奇妙な物体が私の輝く体を通して胸に入ってきたとき、あの耐え難い痛みが襲ってきた…まるで引き裂かれるような感覚で、体を貫通した。長くは続かなかったが、それでも…どうして私はあれを耐えられたんだろう?
その出来事に対する思いが心に残り、彼女の混乱は深まった。
そして、あの言葉がその後すぐに浮かんできた…。
彼女は足を止め、目を見開いた。何かが閃いた。
「待って… あの奇妙なオーブが言っていたことはこれのことだったのか?さっき言っていた『大いなる力』って…」
自分の言葉を処理する間もなく、視界にあった文字が突然消えてしまった。
「は…?どこに行ったの?」
レイカは驚きのあまり瞬きし、言葉を探して周りを見渡した。しかし、それらはもう消えていた。それでも、不思議なことに、彼女が読んだ内容は鮮明に記憶に残っており、まるでその知識が自分の中に焼き付けられたかのように感じた。文字がもう導いてくれなくても、彼女はその能力が何で、どのように働くのかを正確に理解していた。
「これは本当に奇妙だ…」
何もない広がりの中で、レイカは無力感を感じながら歩き回り始めた。奇妙な言葉が消え、何も彼女を気を紛らわせるものがない中、フラストレーションが湧き上がってきた。
「ここに閉じ込められて、じゃあ何をすればいいんだ?何もない…ただ私だけ!」
彼女の声がかすかに反響し、孤独を一層強調させた。絶望感が押し寄せる中、レイカは周りを見渡し、虚無の中を探し続けた。
「扉、亀裂、穴、窓…どこだ?」
彼女は目を細め、集中して出口を見つけようとしたが、その圧倒的な虚無はどこまでも無慈悲だった。
突然、心の中に一つの考えが閃いた。
「待って…!さっき手に入れたあの力!」
胸の中に希望の光が灯った。彼女は両手を空に向けて挙げ、アドレナリンが血管を駆け巡るのを感じた。
もしかしたらこれを使えば、ここから出られるかもしれない!
レイカは反対方向に向かって力強く手を振り、全力で叫んだ。
『束縛の鎖!』
彼女の声は虚無を貫き、決意に満ちて響いた。息を飲み、何か—何でも—起こるのを待った。
「…」
「え…?」
希望に満ちた表情が崩れ、虚無は何も変わらなかった。彼女が心の中で召喚したはずの鎖は現れなかった。
鎖…どうして出てこない?
決意を新たに、彼女は別の方法を試してみた。
『主観的支配!』
沈黙。反応のひとつもない。レイカは眉をひそめ、声を張り上げて再度試みた。
「主観的リンク!束縛の鎖!ひゃあっ!」
レイカは震えながら手をゆっくりと下ろした。自信が揺らぎ、疑念が心に忍び寄る。
「これ、全部嘘だったのか…?どうして何も出てこないの…!」
顔を覆い、恥ずかしさと落胆が彼女を押し潰した。
「ぐっ…あのクソオーブに騙された!こんな空っぽの空間に放り出されただけじゃなくて、偽りの希望まで与えられた!」
彼女の声が広大な虚無の中で哀れに反響し、フラストレーションが増幅された。そのとき、レイカは頬に何かの感触を感じた。
グクッ…あれは…?
徐々にその感触は、時が経つにつれて強くなっていった。苛立ちながら、レイカは立ち上がった。
「おい!何してるの?やめて—」
レイカは言いかけた言葉を途中で止めた。すぐに、彼女がもうあの奇妙で空っぽな空間にはいないことに気づいた。彼女は地面に座っており、周りには木々が広がり、二つの月の光が柔らかくその場を照らしていた。
やっと出られた…?
「目が覚めたんだな、レイカ。」