2: 異世界へ出発!
カァ!カァ!
イライラする音が静けさを突き破った。レイカは目を開けようとしたが、眩しい光が彼女の視界を遮っていた。
痛い...!
レイカは目を閉じていても、まるで何かが顔を覆っているかのように視界が暗くなるのを感じた。
その直後、羽ばたく音が響き、頬をかすめる風が吹いた。
彼女の中に好奇心が湧き上がり、ついに目を開けると、自分の視界を遮っていたものの正体が明らかになった。
「鳥…?」
レイカはその鳥が自分の前を飛び抜けるのを見た。鳥の翼が空気を切るように、優雅に飛んでいった。レイカは光に目を細めながら、突然の視界の変化に目を調整した。少しずつ目を大きく開け、日差しが視界に戻ってきた温かさを感じた。
視界がクリアになると、レイカは周囲を見渡した。周りの世界はまだぼやけていたが、空の様子が少し違うような気がした。
「私だけ…?それとも夜空が少し明るすぎる?」
レイカは目を二回瞬きして、自分の目を信じられなかった。何もないところから、彼女は空に浮かんでいることに気づいた。昼間の空の中、浮かんでいるのだ。
「ええええええええええええええっ?!?」
太陽の光が彼女の肌を温め、薄青い空が果てしなく広がっていた。その上には厚い雲が散らばっていた。突然、強い風が彼女を通り抜け、新鮮な空気の香りが鼻孔をくすぐった。
レイカは目の前に広がる壮大な景色に息を呑んだ。広大な空の下、緑豊かな森林が果てしなく広がり、その美しさに圧倒され、心は穏やかさで満たされた。
「これって…天国?」レイカは信じられない様子で呟いた。
その驚くべき景色に感動していたのも束の間、彼女は何かがおかしいことに気づいた。
ちょっと待って…
彼女は下を見て、地面に向かって自由落下していることに気づいた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアッ!!」
レイカの心臓は激しく鼓動し、パニックが彼女を襲った。彼女と地面との間の高さは、以前落ちた建物の何倍もあった。彼女の頭の中では、そのまま地面に落ちたら命を落とす可能性があると思った。
ここはどこ?! なんでまた落ちてるの?!
レイカの思考は暴走し、パニックに支配されて、状況を理解しようと必死だった。周囲を見回し、まだ信じられないような気持ちと混乱の中で、何か 馴染みのある ものが目に入った。
白いシャツ?誰…?
レイカはすぐに振り向いて固まった。そこにいたのは、クラスメートのシン・ソウだった。
「シンくん!?なんでここにいるの? ど、どこなのここ!?」レイカはパニック状態の中で叫んだ。
周囲の混乱にもかかわらず、ソウが非常に冷静であることに、レイカは思わず気づいた。しかし、彼の反応のなさがどれほど奇妙であっても、無駄な質問をしている場合ではないことにすぐに気づいた。今、彼女がすべきことは目の前の問題を解決することだけだった。
突然、レイカは頬を叩いた。その痛みによって、ようやく集中が戻った。
今、こんなことをしている場合じゃない。何かしないと…!
彼女は深呼吸をし、激しく動揺していた思考を落ち着けながら、生き残るための方法を考えた。落下している高さを考えると、この状況は絶望的に見えた。
「どうすればいいんだろう…」
彼女の視線は下に向かい、濃い緑の森が広がっているのを見た。彼女の頭の中に計画が浮かび始めた。あの木の一本を目指して、枝が衝撃を和らげてくれることを願うしかない。
「シンくん、下の森を見て!木に着地するのを探して… もしかしたら、木に着地すれば、なんとか生き残れるかもしれない…!」
ソウはレイカを見て、冷静な口調でただ答えた。「わかった…」
レイカが下の森を見つめ続けていると、何かが目に入った。
地面の上に、大きなトカゲのような生き物が、狼のような獣に囲まれているのを見つけた。最初は高い位置からではそれらに気づかなかったが、落ちていくうちにその生き物たちが徐々に見えてきた。これらの奇妙な獣を見た瞬間、レイカの心臓は激しく鼓動し、再び新たなパニックが押し寄せた。
「な、なにあれ?あれは一体何なの?シンくん、あの変な生き物たち、見えてる?」
ソウはレイカの声を聞いて、下を見た。レイカは驚いた。彼はただ静かにうなずくだけだった。
なんで…!? 彼、うなずいたの?全然驚いてないの?
下の生き物たちに気を取られて、レイカは木に着地するという計画を一瞬忘れてしまった。思い出したときには、もう遅かった。
「まさか…!」
降下の速度が速すぎて、最寄りの木に届く時間はもうなかった。
地面にぶつかるのは避けられない。
最悪の事態を恐れ、レイカは目をぎゅっと閉じた。彼女の頭の中では、生き延びることは不可能だという考えが浮かび、ほんのわずかな希望さえ存在しないと思っていた。
なんで…またか…!
瞬きの間に、レイカは草の温かさが肌をかすめた後、体が地面に激しく叩きつけられるのを感じた。
ドスッ!!
レイカはこれから来る激しい痛みに備えた。しかし、痛みが来る代わりに、何も感じなかった。
これだけ?落下で死ぬのは痛いと思っていたのに… と思った。痛みが強すぎて、脳がそれを認識する前に即死したのか…?!
レイカは太陽の暖かい光が肌に触れるのに驚いた。しかし、ほんの一瞬の安堵は、強烈で不快な臭いが鼻腔を突き刺し、感覚を乱された。
思わずむせ返し、その耐え難い臭いに抗うようにしていたが、次の瞬間、自分が自由に動けることに気づいて驚いた。
待って、動ける?私… 生き残ったの…?
レイカは急いで目を開けて自分の状況を確認しようとしたが、代わりに彼女はソウを見つめていた。彼の冷静な態度は変わらず、右手を差し伸べていた。
「起きろ」と、彼は冷静に言った。
混乱と残る悪臭に圧倒されながらも、レイカはついに彼の手を取った。ふらふらと立ち上がり、無意識に鼻を覆って、その不快な臭いから身を守った。
「ありがとう…?」
レイカは落ち着きを取り戻し、体に怪我がないかすぐに確認した。驚いたことに、傷一つなかった。血も骨折もなく、何もなかった。頭から足先まで、完全に無傷だった。
「なんで…どうして!?」と、彼女は呟き、顔に信じられない表情を浮かべた。
突然、先ほど見た奇妙な生き物たちのことを思い出した。恐怖が胸を駆け抜け、彼女はすぐに周りを見回した。あの生き物たちが今にも攻撃してきそうで、恐怖が襲った。
しかし、目にしたものは彼女を凍りつかせた。
大きなトカゲのような獣たちは押し潰されたように横たわり、まるで見えない力が突然それらを押し潰したかのようだった。小さな狼のような生き物たちも同じように悲惨な運命を遂げ、彼らの体はぐちゃぐちゃにされ、命を失っていた。
レイカがこの不安な光景を理解しようとする中で、目は自然にソウに向かった。彼は静かに立ち、壊滅的な遺骸に目を向けていた。彼女とは違い、恐れやためらいを見せず、冷静に沈黙を保っていた。その冷静な態度は不気味で、あの生き物たちがまだ生きていたらどんな危険をもたらす可能性があったのかをまるで無視しているかのように感じられた。
彼の冷静さに困惑したレイカは、思わず彼に一歩近づこうとした。その時、奇妙で鋭い遠吠えが森中に響き渡り、彼女をその場に凍りつかせた。レイカは息を呑み、鳥肌が立つようなその音が木々を震わせるのを感じながら、身動き一つできなかった。
「な、何の音!?」レイカは混乱と恐怖が入り混じった声で尋ねた。
レイカはすぐに頭を右に向け、あの不安な遠吠えが聞こえた方向を見た。その瞬間、足元の地面が軽く揺れ、遠くで木々が折れる鋭い音が響いた。
空を見上げると、鳥たちがパニックに陥り、必死にその音の元から逃げるように飛んでいるのが見えた。揺れはレイカの呼吸とともに強くなり、大地を揺るがすような足音が響き渡り、何か巨大なものがこちらに向かって突進してきているかのようだった。その圧倒的な緊張が高まり、突然、すべてが静まり返った。揺れが止まり、轟音も止まり、周囲には不気味な静けさだけが残った。
レイカの目は周囲を素早く見渡し、密集した木々とその奥深くに潜む影を探った。死んだ獣たちの腐敗した臭いが空気中に漂っていたが、彼女はそれに気を取られず、鋭い集中力で不安が彼女を支配していた。視線が下に移ると、レイカはすぐに凍りついた。巨大で不気味な影が地面に伸びているのを見つけた。
恐れを抱えながら、レイカはゆっくりと頭を上げた。その瞬間、何か巨大なものが彼女の頭上に現れ、太陽を遮り、彼女と開けた場所を不吉な陰に包み込んだ。
シュッシュッ!
突然、強い風が開けた場所を突き抜け、周囲を猛烈な勢いで吹き荒れ、あらゆる方向にほこりを撒き散らした。
「ゴホッ!ゴホッ!一体何が起こっているの!?」レイカは叫んだ、その声は激しい突風にかき消されそうだった。
渦巻く砂の雲が一瞬で彼女の周囲を覆い、肌を刺すように痛みを与え、視界を完全に奪った。レイカは腕で目を守ろうと必死に試み、砂粒を防ごうとした。その混乱の中で、彼女はソウを見た。ソウもまた顔を守ろうとしながら、目の前の激しい嵐の中でも冷静さを保ち続けていた。
数瞬後、旋風が次第に収まり、砂がゆっくりと沈静化していった。レイカはその曇りを瞬きで払おうとした。周囲が視界に戻り、彼女の息が止まった。目の前に立っているのは、巨大で恐ろしい生き物。その影が広がり、開けた場所を呑み込み、その恐ろしい存在が彼女を圧倒していた。
その巨大な生き物は、翼を広げて空を飛び、下半身には力強い後ろ足がついていた。それぞれの翼の先には巨大な爪がついており、鋭く光っており、その恐ろしい姿にさらに邪悪な雰囲気を加えていた。灰色がかった皮膚は荒れて風化しているように見え、圧倒的な力を放っている。先ほど見たトカゲのような生物とは少し似ているものの、この獣ははるかに恐ろしいもので、その圧倒的な大きさと存在感は圧倒的だった。
レイカがその長い首を上に向けて目を動かすと、その赤く輝く目と目が合った瞬間、彼女は凍りついた。その鋭い目はまるで彼女の魂を貫くように感じられ、恐怖を感じさせ、足が震えるのを感じた。彼女の体はその無慈悲な視線のもとで震え続けた。
彼女が気づいていなかったが、この恐ろしい生物は「ワイヴァーン」、伝説の獣であり、ファンタジーの物語にしばしば登場する存在だった。
彼らが到着する前、ワイヴァーンは静かに空を滑空し、鋭い赤い目で下の森を見下ろしていた。ワイヴァーンは、強力なトカゲのような生物であるバジリスクと、狂暴な狼たちの群れが激しく戦っているのを感じ取った。空腹に駆られて、ワイヴァーンはその戦闘から遠く離れた場所に降り立ち、戦闘を安全な距離から観察することに決めた。
森の中でも知恵を持つモンスターの一つであるワイヴァーンは、計算されたアプローチを取ることを選んだ。無駄に疲れることを避け、戦いが終わるのを待つことに決めた。戦闘が終わったとき、どちらかの相手が死んでいるか、あまりにも弱って反抗できなくなると予測し、その瞬間に素早く襲いかかり、戦うことなくその獲物を手に入れるつもりだった。
しばらくして、嗅覚が鋭いワイバーンは、バジリスクと狂犬たちがすでに死んでいることにすぐに気づいた。まだ肉が温かいうちに食べるために新鮮な死体に向かおうと準備をしていたが、突然、それは立ち止まった。警戒心が湧き上がり、直感がそれを警告した。
何かがおかしい。
ワイバーンの鋭い鼻が、二つの見慣れない香りが辺りを漂っているのを察知した。警戒心を強めて、音もなく森の陰に深く潜んだ。鋭い捕食者のような目で空き地を正確に見渡し、その動乱の源をすぐに見つけ出した:バジリスクと狂犬の切り刻まれた死体の中に立っている二つの人型の姿。
ワイバーンは赤く光る目を細めた。これらの生物は見知らぬ侵入者であり、その存在が自分の領域にとっては好奇心と警戒心を引き起こすには十分だった。
侵入者が自分の狩りに干渉したのを見て、ワイバーンは怒りを覚えた。激しい咆哮とともに、彼らに向かって突進し、バジリスクと狂犬の死体を台無しにしたと考えた人間を排除するつもりだった。自然にこだわりが強いワイバーンは、損傷した死体が魅力的でないと感じ、二人の姿がそれらを食べられなくする原因だと考えていた。
怯えて動けないままのレイカは、自分の足が鉛のように重く感じ、目の前の危険を理解しようと頭をフル回転させていた。恐怖で見守る中、ワイヴァーンの翼が激しく羽ばたき、空気が荒々しい突風に変わった。次に、その巨大な顎が開かれ、驚くべきことに、口の中に黄色がかった赤い光る玉が現れ始めた。
反応する前に、ワイヴァーンは一瞬で火を吹き出した。その激しい炎は彼らに向かって猛然と迫り、すべてを飲み込んでいった。
レイカは本能的に、これから来るべき耐え難い熱と痛みに備えようとした。
驚くべきことに—何も感じなかった。
一体何が起こっているんだろう?とレイカは驚きながら、炎が無害に彼女の周りで渦を巻き続けるのを見つめていた。
目を開けたレイカは、目の前に広がる光景に驚愕した。
彼女やソルには、炎が全く影響を与えなかった。焼かれるどころか、彼女の体には火傷の跡ひとつなく、衣服さえも無傷のままだった。
「なに…どうしてこんなことが?」彼女は戸惑いながら、言葉を漏らした。
答えを求めて、彼女はソルの方を振り向いた。
驚くべきことに、彼もまた無傷のまま、静かに立っていた。燃え尽きつつある炎の中、彼の視線はウィヴァーンに向けられ、その表情はいつも通り落ち着いていた。まるで、あの凶暴な火炎攻撃などなかったかのように。
さらに混乱を深めることに、レイカは奇妙な光景に気がついた。周囲の木々が燃えていたのだ。だが、ウィヴァーンの炎はそれらに直接触れていないはずだった。獣と標的、そして木々との距離を考えれば、炎がそこまで広がるのは不可能なはずだった。
これは一体…?彼女は困惑しながら、灼熱の空気に包まれた中で思考を巡らせた。
突然、猛烈な突風が林間の空き地を吹き抜けた。レイカが見上げると、ウィヴァーンが激しく翼をあおっており、その動きが炎を乱舞させていた。
巨大な獣は再び口を開き、今度は渦巻く炎の球を口内に形成し始めた。熱波がその球から放たれ、刻一刻と強さを増していく。猶予を与えることなく、ウィヴァーンは素早くその息吹を放った。
ウィヴァーンの火炎は瞬く間に彼女たちへと到達し、レイカには逃げる暇さえなかった。しかし、灼熱の炎に包まれながらも、彼女は奇妙なことに気がついた――先ほどよりも激しい炎にもかかわらず、またしても無傷だったのだ。
炎がようやく収まると、レイカは息を震わせながら、先ほどと同じ結末を予想した。だが、その予想は大きく裏切られることとなった。
今度は、まったく異なる光景が広がっていたのだ。
ウィヴァーンの巨大な体が炎に包まれていた。その灰色の皮膚は激しく燃え上がり、まるで見えない何者かによる強力な火炎攻撃を受けたかのようだった。
獣は苦痛の叫びを上げ、暴れ狂いながら自らを焼き尽くす炎を振り払おうとした。
「グギャアアアアアァァァ!!」
ウィヴァーンの絶え間ない悲鳴が森中に響き渡った。炎に焼かれながら空を旋回するも、苦痛から逃れることは叶わなかった。無慈悲な炎によって翼が酷く焼かれた獣は、高度を維持することができず、次第に下降していく。そして、ついには大地へと落下し、轟音とともに激突した。
その衝撃は大地を揺るがし、レイカの体勢を崩しそうになった。彼女は踏ん張って体を支えながら、慎重に倒れた怪物へと近づいた。ただし、距離は保ったまま。心臓が激しく脈打つ中、彼女の視線は巨大で焦げた獣の姿に釘付けになっていた。
ウィヴァーンの体は微かに痙攣し、焼けただれた皮膚がパチパチと音を立てる。執拗に燃え続ける炎の熱が彼女の肌にまで届いてくるのを感じながら、レイカは言葉もなく立ち尽くしていた。
そして、数秒後。
ウィヴァーンは最後の苦しげなうめき声を漏らすと、その巨体が完全に動きを止めた。そこに残されたのは、ちらちらと揺れる炎と、鼻をつく焼け焦げた肉の臭いだけだった。
レイカは、あまりにも残酷な死を遂げたウィヴァーンを見て息をのんだ。彼女は思わず辺りを見回した。次の獣が現れるのではないかと身構えたが、森は不気味なほど静まり返っていた。目に映るのは、散乱した怪物の残骸と、燃え続けるウィヴァーンの亡骸だけ。
何が起こったのか理解できず、混乱と不安が胸を満たしていく。ただ、言葉を失うしかなかった。
「……もう、何が何だかわからない……」
そのとき、彼女はソルの存在を思い出した。
慌てて振り向くと、そこには変わらず冷静な彼の姿があった。炎に包まれたウィヴァーンを見つめる彼の表情には、恐怖も動揺も一切浮かんでいない。
レイカは思った。
――やっぱり、彼はいつも通り落ち着いている……
しばらくして、ソルは視線を移した。周囲を見渡し、やがて近くの木の根元に横たわる長く細い小枝に目を留めた。好奇心と少しの警戒心を抱きながら、レイカは口を開こうとしたが、言うべき言葉が見つからず、躊躇した。
「ねえ、何してるの――」
「お、そこにいたか。」
ソルは返事をしなかった。ただ静かに小枝の元へと歩み寄り、それをしゃがんで拾い上げた。言葉を発することなく、元の場所に戻り、小枝を地面に立てるように配置し始めた。
レイカは、彼が小枝を丁寧に調整して、完璧に直立させるのを黙って見守った。その小枝が安定した瞬間、ソルは手を離した。彼の指が触れていた小枝の上端がわずかに傾き、右方向を指し示す形になった。
振り返ることなく、ソルは立ち上がり、一歩前に踏み出した。そして、冷静で均等な口調で言った。
「行こう、ミツハさん。」