10: 最初被験体
玲花は必死に竜を対処する方法を探した。もしすぐに行動しなければ、彼女がこれまで築き上げてきたものがすべて失われてしまう。
「考えて、玲花……考えて!」彼女は自分に言い聞かせた。声は震え、圧力が増していくのを感じていた。
混乱した思考の中で、一筋の閃きが生まれる――記憶の中の空白。
もし、あの竜をそこへ移動させることができれば……
彼女の心臓が一瞬止まりそうになった。そのとき、竜が巨大な頭を持ち上げ、鋭い視線を彼女に向けていた。この距離では、竜は一瞬で襲いかかることができる。
「なっ……!?」
玲花はとっさに両手を挙げ、必死に身を守ろうとした。足元の地面が揺れ、竜の猛進によって空気が唸る。圧倒的な存在感が彼女を押し潰そうとするかのように迫ってきた。恐怖が胸を締めつけ、彼女はぎゅっと目を閉じた。避けられない運命に備えるかのように。
真夜中、竜は突如として姿を消した。痕跡すら残さずに。地面には玲花が倒れ込んでいた。意識はなく、微動だにしない。かつての戦場は静寂に包まれ、勝者が誰なのかを知る者はいなかった。
...
「んん……」
突然、玲花は鋭い金属音に驚かされた。
カンッ!
「今の音は……?」彼女は胸の高鳴りを感じながら、かすれた声でつぶやいた。
玲花は反射的に目を見開いた。すると、目の前にそびえ立つ巨大な存在がはっきりと映った。
「あれは……!」
それはヴェイリル――《烈火の竜》だった。彼女が以前戦った、あの獰猛な獣。竜は荒れ狂いながらも、その片翼に巻き付いた重い鎖にもがき苦しんでいた。
玲花は一瞬の迷いもなく、まっすぐに手を掲げた。すると、空中から煌めく鎖が現れ、まるで蛇のように素早く竜へと伸びていく。
一瞬のうちに、その鎖は竜の巨体を絡め取り、翼ごと封じ込めた。
しかし驚いたことに、以前の鎖は突如として砕け散り、霧のように消えてしまった。だが、竜がその隙を突こうとした瞬間、玲花の新たな鎖が勢いよく飛び出し、寸分の狂いもなく破れた鎖の代わりとなった。
ただし、今回は以前よりも長いが、明らかに細い鎖だった。
竜の炎のように燃え上がる瞳が鎖を鋭く見据え、激しく身を揺さぶる。巨体を振り回し、自由を取り戻そうと必死にもがいていた。
玲花は拳を固く握りしめ、竜の猛り狂う姿を真剣な眼差しで見つめる。彼女の胸に脈打つ白いエネルギーを全て注ぎ込み、鎖の強度を高めようと全力を尽くした。
「ぐっ……! もう他に手がない……! どんな手を使ってでも、縛り続けるしかない!」
玲花は荒い息を吐きながら、額に滲む汗を拭う。
鎖に代わる別の手段を模索していた彼女は、ふと異変に気づいた。
竜の魂の輝きが――以前森で戦った時よりも、明らかに弱まっている……?
玲花は辺りを見回した。そして気づいた。
ここにあるものすべてが、以前と違っていた。
どこまでも広がる暗闇。まるで世界そのものが闇に飲み込まれたかのように、辺りには何も見えなかった。
「待って……ここって、前にあの奇妙な光が私を連れてきた場所……?」
押し寄せる虚無感。まるで生命の気配がすべて吸い取られたかのような、息苦しい空間だった。
その時――突如として、轟音が静寂を引き裂いた。
ドォォォン!
強烈な衝撃波が空間を突き抜け、玲花の体を容赦なく吹き飛ばした。
「ぐ、あぁぁっ!」
地面に叩きつけられた瞬間、鋭い痛みが全身を駆け巡る。
息が詰まり、意識がぐらつく。
玲花は何とか身を起こそうとするが、混乱した思考が彼女の動きを鈍らせていた。
「な、何が……!?」
玲花は息を呑み、突然の衝撃に混乱しながらも必死に状況を理解しようとした。
彼女の体に亀裂が広がっていく。
まるで繊細な磁器が砕けるように、彼女の肌には無数のひびが走っていた。
玲花はすぐに竜へと目を向けた。その様子に変化はないか――必死に目を凝らす。
しかし、次の瞬間、息をのむ光景が広がった。
竜を縛る鎖にもひびが入り、その亀裂が急速に広がっていくではないか。
このままでは、鎖が壊れてしまう……!
その時、竜が再びエネルギーの波動を放った。
眩い光を伴う衝撃波が、玲花の方へ一直線に襲いかかる。
ドォォン!!
玲花は咄嗟に両腕を上げ、鎖を強化しようと集中した。
「ぐ、あぁぁっ!」
強烈な衝撃が彼女を吹き飛ばす。
衝撃波が収まった時、玲花は自分の体を見て凍りついた。
「私の腕……!?」
片方の腕が、砕け散って消えていた。
慌てて自分の体を確認すると、想像以上の損傷が広がっていた。
玲花の体にさらに亀裂が走り、次々と細かな破片が崩れ落ちていく。
まるで壊れかけの人形のように――体の一部が欠けていく。
「がぁぁぁぁぁっ!」
激しい灼熱の痛みが全身を駆け巡る。
無数の刃が突き刺さるような感覚に、玲花の体は震え、呻き声を抑えることができなかった。
衝撃の重みが意識を薄れさせる。だが、それでも彼女は立ち上がった。
「ぐっ……クソ……! あのトカゲ野郎に、このままで終わるなんて……!」
足は震え、全身が悲鳴を上げていたが、それでも玲花は立ち上がることを選んだ。
視線を竜へと向けると、ある異変に気づいた。
――竜が弱っている。
以前戦った時よりも、明らかに力を失っていた。
どうする……?
玲花は必死に打開策を探した。そして、ある考えが頭をよぎる。
「ちくしょう! なんで今まで、それを思いつかなかったんだ!?」
彼女は一歩、竜へと近づいた。
鎖に縛られた竜は、もがくことすらままならず、弱々しく震えていた。
――あの二度のエネルギー波動で、力を使い果たした。
竜の魂の輝きが、先ほどよりもさらに弱まっている……。
「ひ、ひひ……もう何もできないみたいだな?」
竜はまだ興奮しているようで、再び咆哮を上げた。しかし、今度の咆哮は前回よりもずっと弱く、かすかな音に過ぎなかった。
その咆哮が玲花に響き渡り、彼女の魂を震わせた。音の力に反応して、玲花の体から小さな欠片が崩れ落ちていく。
「もう何もできないだろう!」玲花は叫んだ。「このままだと、無駄に攻撃するだけで、お前の魂がどんどん弱っていくぞ……!」
竜は必死に鎖を引き裂こうとするが、その無駄な努力はますます魂の亀裂を深めるだけだった。玲花はその姿を見つめながら、ため息をついた。
ああ、どうせ私の言っていることが分からないんだろうけど…この土地の言葉とは違う言語で話しているんだから、仕方がないか。
そのとき、玲花の心にひとつの考えが浮かんだ。
待って… 竜たちは、この土地の人間たちの言葉を理解するのだろうか?
その考えが浮かんだ瞬間、玲花は急に我に返った。
聞こえる音に気を取られ、もう一度竜に目を向けると、鎖が竜の魂に明らかなへこみを作り、その動きに合わせて小さな欠片が砕け落ちていくのが見えた。
竜の状態が悪化しているのを見た玲花の表情は真剣なものに変わった。彼女は竜の頭に近づき、歩みを進めるごとに決意が固まっていった。
「私の言うことは理解できないだろうけど、お願い、今度だけは信じて。あなたの魂が砕けるのを防ぐ方法があるかもしれないんだ…」
彼女は左手を伸ばした。それが攻撃で砕けなかった唯一の部分で、竜の鼻に優しく置いた。
「お、お前の条件を言え…」
玲花はその突然の声に驚き、動きを止めた。声が竜から来たことに気づいた。
「えっ?ま、まさか、あなた、私の言葉が分かるの?」
竜はゆっくりと、慎重に頭をうなずかせた。
「でも、どうして? 私、日本語で話してたのに――」
「私の能力が何か…それはお前の知ることではない。」
「…」
二人の間に静寂が広がり、状況の重みが二人を捉えていた。ついに、その沈黙を破ったのは竜だった。その声は低く、しかし明確だった。
「さて…お前の提案の条件を言え。考慮するかもしれん。」
玲花は喉を清め、さらに明確に話す準備を整えた。
「ええと!私が言いたいのは、あなたを救うための方法を思いついたということ――」
「繰り返しはもういい。要点を短く言え。」
竜の軽蔑的な口調を聞いて、玲花の苛立ちが爆発しそうになった。
「おい!その生意気な態度、なんなんだよ!」
竜は頭をそむけ、鼻で笑った。
「ふん。」
玲花はその反応に驚き、さらに不満が募った。
この小憎らしい…ツンデレみたいに振る舞ってる!?
玲花は一瞬の苛立ちから、竜に教訓を与えようと少しだけ鎖をきつく締めた。竜はすぐに反応し、締め付けられる感覚に苦しんだ。
「痛い!痛い!お前、無礼な奴だ…今すぐこれを止めろ!」
「さて、今度こそ私の条件を黙って聞いてくれるか?」
「わ、分かった!…ただし、この鎖を緩めてくれ…痛い!」
竜は少しだけ鎖が緩むのを感じ、痛みが和らいでいった。安心感が体に広がり、竜は深いため息をついた。
「さて、私はこの計画がうまくいかないかもしれないことを理解しているけど、まずはあなたに従ってもらいたい…」と玲花は落ち着いた声で続けた。「そして、私の持つ能力で、あなたを私の部下にする。」
その言葉が口をついて出た途端、竜は激怒して吠えた。
「な、何だと!誇り高きドラゴンが、何故人間のような下等な存在に従う必要がある!?!」
玲花は反射的に顔を覆い、竜の咆哮の力を防ごうとした。しばらくの緊張した沈黙の後、竜はようやく落ち着き、その怒りは収まった。
「見えないのか?お前の魂は時間と共に弱っていっている!このままでは、そのペースで壊れてしまうぞ!」と玲花は弱った竜に言った。
そのリスクを聞いた竜は黙り込み、ゆっくりと頭を垂れた。
「お前の言う通りだ」と竜は呟いた。「一度魂が器から離れれば、その力は弱くなる。器が無ければ、結果は完全な消滅だ…」
玲花は静かにその言葉を聞き、竜の言葉を受け入れた。彼女はため息をつき、避けられないものを感じ取った。
「さて、もう選択肢はあまりないだろう?」
竜はゆっくりと頭を上げ、彼女と目を合わせた。
「一つだけある。」
「おお?」
「…それは、お前の体を奪い、私の一時的な器となることだ。しかし、お前がそんな方法で霊的存在を扱えるとは思わなかった…」
竜の言葉を聞いた玲花は、突然笑い出した。
「まさか、私がそんなことをさせると思ってるの?」
彼女は目を閉じ、ニヤリと笑いながらその瞬間を楽しんだ。
「残念だな、今はそれができないんだろう…」
玲花の笑いに反応した竜は、すぐに防御的な口調で返した。
「い、いや、それは単なる判断ミスだ!お前の無意識の空間に引き込まれた時点で、すでに私は不利になっているんだ…」
玲花は一瞬、興味をそそられて立ち止まった。
「無意識の空間…?」
竜は彼女の困惑した表情を見て、言った。
「無意識の空間が分からないのか?」
玲花は肩をすくめ、知識がないことを示した。
「はぁ…人間は」と竜は呟いた。「無意識の空間は、お前の器—身体と魂との間の境界だ。この平面内で、お前の魂は意識を失っている時にここに存在する。」
玲花は竜の説明に興味を持ち、さらに情報を求めた。
「つまり、この空間は実際に存在しているってことか?」
竜は玲花の質問を考慮し、答えた。
「それはあなたの認識次第だ。ある意味、この空間はあなたの心の中で考案された概念に過ぎない。物理的な場所ではなく、むしろあなたの魂を閉じ込める概念だ。この空間は概念的に無限で、そこから脱出することは不可能だ。だが…」
「だが、何だ?」
「主の魂を破壊し、その器を支配することができれば…」
玲花はその意味を理解し、目を見開いた。
「つまり、憑依のようなものか?」
竜はうなずいて同意した。
「はい。でも時には、主の魂を吸収することで十分な場合もある。ただし、それはリスクが高い。主を深い眠りに陥れる可能性があり、そして主が意識を取り戻して魂と器を取り戻す可能性もある。」
玲花は竜からの新たな情報に驚き、言葉を失った。
「できない…あなたの潜在意識がそんなことをできるなんて、知らなかった…」
その時、玲花はふとひらめいた。
「待って…私が学んだことから言うと、夢は潜在意識のレベルで起こるんだよね?」
竜は少しの間、躊躇した後、答えた。
「私は…あなたの言う『レベル』が何を意味するのか分からないが、もし潜在意識の空間内で想像を具現化できるということを言っているのなら、はい、それは可能だ。」
玲花は竜の答えを聞いて、目を輝かせた。
「それなら、私は…これができる!」
瞬時に、彼女の体に白いTシャツと長いジーンズが現れた。彼女の姿が変化し、光る姿が消えて、再び通常の外見へと戻った。肌は明るく、人間のものに戻った。
「それなら…これもどう?」
突然の衝動で、周囲の潜在意識空間が強烈な光で輝き始めた。竜はその眩しい変化から目を守るために目を閉じた。
竜が目を開けたとき、その新しい環境に驚愕した。
「これ…?」
ドラゴンは完全に未知の場所に立っていた。その周りには広がる家々があり、それぞれがドラゴンが今まで見たことのないデザインで作られていた。足元の道は滑らかで、ドラゴンが知っていたような不均一さは全くなく、ひび割れや隙間のようなものもなかった。家々は、今までドラゴンが遭遇したことのない、滑らかで洗練された壁で隔てられていた。
「…こんなの見たことがない…」
レイカはドラゴンの前に立ち、穏やかでありながら決然とした表情を浮かべた。
「あなたには信じられないかもしれないけど、ここは私が生まれた国…日本よ。」
ドラゴンは周囲を見渡し、未だに混乱していた。こんな場所、ましてや「日本」という国など、聞いたことがなかった。
「日本…?私は大陸を何年も徘徊してきたが、その国の名前を聞いたのは初めてだ…」
レイカは軽く笑い、目を輝かせた。
「へへ〜、それは大陸には存在しないわよ—いや、今あなたが住んでいる星にもない。これは地球という星にある国で、地球はもっと遠く、夜空のどこかにあるのよ…」
ドラゴンは黙り込み、驚愕しながらその言葉を受け入れた。日本や自分の住んでいた星の外に別の惑星が存在することに衝撃を受けた。
「地球という惑星…か。なんて奇妙な…」
突然、何人かの人々が通りに現れ、ドラゴンは驚いた。しかし、それよりもドラゴンの注意を引いたのは、彼らが着ている奇妙な衣服だった。
「その衣服や装飾—これがあなたの星の人々が着ているものなのか?今まで見たことがあるものと比べて、とても軽やかで色鮮やかに見える…」
ドラゴンがまだ考え込んでいる間、レイカは自転車に乗った子供が近づいていることに気づかなかった。子供がドラゴンのすぐそばに来たとき、レイカはようやくそれに気づいた。
「待って…!」
しかし、すでに遅かった。子供はドラゴンの体に接触した。レイカは何か異常が起こることを予想したが、次に起こったことは彼女を驚かせた。
「え?通り抜けた…?」
ドラゴンの声が突然静寂を破った。
「ふん。あなたが『潜在意識の空間』の性質を理解していないようなので、少し知識を授けてやろう…」
ドラゴンの口調が変わり、まるで教訓を授けるように響いた。
「ここにあるものすべては、あなたの心によって思い描かれた幻想に過ぎない。あなたはそれと本当に対話することはできない。すべて—物も、すべての生物も—それはあなたの想像力から生まれた投影にすぎないのだ。」
ドラゴンは言葉が響くのを待ち、静かに間を置いた。
「これはあなたの心の中にある投影に過ぎないから、何でも可能だ。人々や物と交流することもできる。しかし、その法則はあなたにだけ適用される。私はそれに縛られない。」
レイカは近くの壁に手を触れ、その粗い感触を感じ取った。その感覚はあまりにもリアルで、思わず驚くほどだった。周りのすべてが触れることのできる、固いもののように感じられた。
「ただし、すべてが単なる投影だと考えることで、その壁を通り抜けることができるようになる。」
レイカはドラゴンの言葉を試したくなり、再び壁に手を置いた。
「それはただの投影だと思うんだ…」
驚くべきことに、彼女の手は壁を通り抜けた。
「これ…」
レイカはその結果に驚き、考え込んだが、実験を続けているうちに、ドラゴンが痛みにうめく声を上げた。
「ウッ…!」
レイカはすぐにドラゴンの元へ駆け寄り、心配そうに声をかけた。
「大丈夫ですか?」
レイカは、ドラゴンの魂が以前よりもさらに弱くなり、その輝きが薄れていくのを感じ取った。
「うう…あなたの提案を思い出した…どうやら私は同意するしかないようだ…」
ドラゴンは言うのが辛そうで、声が震えていた。
「壊れる影響を軽減するための一時的な対策はあるが、長期的な解決にはならない…」
レイカはドラゴンの目を見つめ、心の中に一瞬の迷いが生まれた。彼女は短い間、葛藤に悩まされる。
「敵を助けているけど、何も得ないよりははるかにマシだ…リスクを冒さないと!」
その思いが固まると、彼女の決意も強くなった。やるべきことが分かっていた。
「本当にこれをやりたいのか…?」
突然、彼女たちの周囲は暗闇に包まれた。レイカの衣服は消え、周りの景色も薄れていき、彼女の体は元の姿に戻り、虚無の中で柔らかく輝いていた。
「私に他に選択肢があると思ってるのか? は、早く…」
「わ、わかった。動かないで…」
レイカは目を閉じ、集中力を高めた。左腕を伸ばし、手のひらを広げて意識を集中し、これから行うべきことに備えた。
『主観的制御!』




