ゲームID教えてください!
「じゃあ前から教科書配っていきまーす!」
ゆみと名乗った先生は大きな声でそう言うと教卓の横に山のように積まれたテキストを配り始めた。
これからの高校生活で使う色とりどりにデザインされた教科書や資料集はいちいち目を引く。
前から渡されたテキストを後ろのあの子に回すのはちょっと緊張した。
10分後…
山のように積まれていた何冊ものテキストがようやく全員に回りきった。
「よし!全部配り終わったね!ちょっと時間余っちゃったな...どうしよう」
皆んなが手際よくやったおかげか、予定より早い時間になっている。
「じゃあちょっと私の自己紹介でもしようかな…」
小さくそう言うとゆみ先生は皆んなに聞こえるように大きな声で自己紹介を始めた。
「えー、改めまして、どうも皆さん!1年4組の担任になった佐倉ゆみです!」
多分陽キャの卵の奴達がパチパチパチ!と率先して拍手を始めると、パチパチパチパチとクラス全体で拍手が巻き起こった。
「えっと、実は自分のクラスを持つのは今年が初めてで、私も分からないことが沢山ありますが、そんなところも!皆さんと一緒に学んでいけたらなって思います!これから宜しくお願いしまーす!!」
パチパチパチパチ!!
自己紹介を終えると、一層強い拍手が起こった。
雰囲気のいい担任が当たって、やはり皆んな浮かれてる。
確かにこの先生の印象は良い、話している様子から優しい人柄が伝わってくる。
すでに生徒たちの心も掴んでしまっているようだ。
「えーっとじゃあ…テキスト配り終わったし、今日はこれでもう解散なんだけど。何かある人居るかな…?」
よし初日もこれで終わりか。
帰って寝るぞ。
「これから皆んなの高校生活が始まるわけだけど、解散の前になんかある人ー!!」
ゆみ先生が大きな声でみんなにそう聞いた。
...なんかある奴いる訳ないだろ。
こっちとしては知らない部屋にに初対面で40人も閉じ込められているのに、わざわざ進んで発言する奴なんて...
「皆んなで一人ずつ自己紹介しませんか!?」
前の席の方の声の大きな女の子が先生に向かってそう言った。
嘘だろ... なんかある奴いた...
やめろ!俺は帰って寝たいのに...!
初日から自己紹介なんてしたくない!
「自己紹介!?みんなで一人一人?う〜ん時間あるかなぁ〜?」
ゆみ先生が戸惑っている様子で言った。
そうだよ!今日は入学式やって配布物受け取って帰る。それ以外は聞いていない!
自己紹介なんてする時間絶対ないだろ!
「ちょっと待ってて」
ゆみ先生はそういうと、他のクラスの様子を伺うように廊下に出た。
テキストを配る手際が悪いのか、それとも先生の話が長いのか謎だが、とりあえずまだ生徒を解放しているクラスはないらしい。
ゆみ先生はそれを見ると決めたようにキリッとみんなに言った。
「じゃあまだちょっと時間ありそうだから、みんな出席番号順に自己紹介してみよっか!!短くね!」
おーい!!
まじかよー!
嫌すぎる!
今日からは生活リズム直してちゃんと寝るはずだったのに。
今の寝不足顔じゃなくて、もう少しまともな顔つきに戻ってからそう言うことはしたかった。
はぁ...
...いや、でもみんなで自己紹介。
それなら後ろの女の子も自己紹介するって事だよな?
これはあの子の事を知る機会かもしれない。
このままさっきのあっさりとした会話で終わったまま帰るよりも、名前ぐらい知っておきたいな。
まあ。
やることになってしまったからには仕方ない。
話す内容を考ておこう...
「じゃあ出席番号順に、名前と、出身中学校と、入る予定の部活とか?順番に言っていきましょうか!」
それから出席番号の順に前の席から自己紹介が始まった。
窓側一番前の席の出席番号1番のやつが立って、名前を言う。
緊張していてうまく話せていない。
あまりパッとしない感じで終わってしまうと、そのままあっさり、出席番号2番、3番...と自己紹介が続いていく。
人の自己紹介も興味を持って聞くべきなんだろうけれど、5番の俺はすぐに自分の番が回ってきてしまうので悠長には構えてられない。
ウケはいらない...
とりあえず淡々とクール... そうクールにしゃべるんだ...
今の寝不足&後ろの子がLoLプレイヤーだと判明して情緒めちゃくちゃ状態で変なことは言おうとしないほうがいいな。
4人目が当たり障りなく自己紹介を終えると俺の番が回ってきた。
緊張はしていない、とにかく噛まないようにだけしよう…
ギーと椅子を押して席から立つ。
「東中学校から来ました、吉田 透です」
そう、それが俺の名前。
「趣味はゲームです」
「どの部活に入るかはまだ悩んでいます」
「よろしくお願いします」
パチパチパチ。
淡々とした拍手が起こる。
よ、よし...
何もなかった。
本当に何もなかった。
完璧に何もない自己紹介だった。
...これでいい。
フフフ、簡単簡単。
普段その日のメンタルすべてをかけてランクを回している俺にとってこの程度問題ですらなかったな。
よーし。
じゃあちょいと、後ろの子の自己紹介でも聞いてやりますかー!
俺は椅子を下に引き寄せて、よっこらせとでもいう具合に座り込んだ。
さっきより深く背もたれに倒れダラリと余裕そうに。
しかし内心では... すべての神経を研ぎ澄まし、耳で聞くことに集中した。
後ろの子の自己紹介が、始まる!
ギギギ、あの子が椅子を押し立ち上がる音が聞こえる。
そして彼女が立った瞬間、それだけで教室が少しざわざわとした。
男子も女子もあまりにかわいい彼女の顔に、周りの話し相手にその感動を伝えたり、感嘆を漏らさずにはいられない。
「よ、よろしくお願いします...」
まず初めに彼女はそう言った。
…可愛い声だ。
しかし、はきはきしゃべれそうな様子はない。どうやら緊張しているようだ。
その証拠によろしくお願いします、という挨拶から自己紹介が始まった、それはここまでの5人は最後に言っていた言葉だ。
彼女が続ける。
「むらせ といろ です...」
彼女の名前。
ちょっと話せたし、この後どこかタイミングがあったら聞こうかと思ってたけど、こうしてあっさり分かってしまった。
村瀬... といろ...?
それが彼女の名前のようだ。
村瀬 といろ、か...
彼女に見合ういかにも特別で、どこかかわいい雰囲気を含んだ名前だ。
いいね...。
一体どういう漢字を当てるんだろう。気になるな...
村瀬は自己紹介を続けた。
「趣味は...ゲームです。入る予定の部活は...書道部か... 写真部...です」
趣味はゲーム、ね。
それだけしか言わない様子だと、どうやら彼女はちゃんとゲーマーなようだ。
彼女が言うゲームにLoLがどのぐらいの分量で含まれているのか分からないが、彼女とはある程度ちゃんと趣味が合いそうだ。
「えっと...よろしくお願いします…」
2回目のよろしくお願いしますを言うと彼女の自己紹介は終わった。
パチパチパチパチ!
うん...?なんだ?
心なしかみんなの拍手の音が俺の時より、っていうか前の5人の時に比べて1.3倍は大きい!
何人かの男子が普通より強く拍手しているようだ。
「めっちゃ可愛い子クラスにキター!」ってところか?
でもそれは、ちょっと嫌な感じだな。
俺はバランスをとるためにむしろ少しだけ小さく拍手をした...。
ま、でもお前ら、かわいいからって彼女に気安く近づこうなんて考えたらダメだぞ。
なんたって彼女は、League of Legendsプレイヤーだ!ハハハハ!
ハハハ...。
何一人で盛り上がってるんだ俺は。
その後もひたすら自己紹介が続いて行った。
中盤に差し掛かるころには他のクラスは生徒を返し始めていて、ゆみ先生は少し気まずそうにしていた。
そんな雰囲気を察して段々皆んなも時間を掛けないようにパッパと順番を回していくようになった。
他のクラスはとっくに解散したころ、何とか廊下側後方の一番最後の人まで自己紹介が回り切った。
ゆみ先生が冷や汗をかきながら最後の挨拶をした。
「は~い!みんな自己紹介ありがとうございます!この皆でこれから高校生活が始まることになります!大変なこともあると思いますが、そんな時はぜひ私のことを頼ってくださーい!それじゃあ今日はこれで解散です!!皆さんこれからよろしくお願いしまーす!」
こうしてついに解散になった。
朝から待ちわびたこの瞬間。少しでも早く帰って眠りたいとずっと思ってたけど、実際にこの時が来るともうあんまり眠くもなくなってきていた。
周りを見るとクラスのみんな帰る準備を始めた。
椅子を引く音や鞄のチャックの音でガヤガヤとする教室。
自己紹介をしていたせいで少し時間が遅れてしまったが、その成果もあって、少しだけみんなの距離が縮まったのか、近い席の人や同じ部活に入る予定の人、趣味が同じだった人のところに駆け寄って会話を持ち掛けているひともちらほらいる。
俺も村瀬さんに話しかけるべきか?
いやでもちょっとそれは積極的すぎるか。
いくら奇跡的にLoLプレイヤー同士が出会ったからと言ってガツガツ仲を深めに行くのは俺の性格じゃない。
席が前後ならこれからもたくさんチャンスはあるだろう。
それに彼女は内気なタイプなようだった。初対面の俺に話しかけたのはやっぱりOPGGを開いてることに驚いていたからだろうな。
「吉田さん」
うわっと。
悩んでいたところで後ろの方から声が掛かってきた。
この声はもう覚えた。彼女、村瀬といろの声だ!
なんと彼女、「といろ」の方から俺に話しかけてきてくれた!
「といろ」... お前まさか、俺に気があるのか?いやー、まいっちゃうね。
こまったなぁ「といろ」
タハハー...!
「吉田さんっていうんですね」
「は、はい…吉田です。えっと、そっちはといr… 村瀬さん...でしたっけ?」
「はい!」
ニコニコとしながらぐいぐいと話しかけてくる、意外だ。
内気そうだけど、こんなに話かけてくるなんて意外だ。
嬉しいけど、ちょっと緊張しちゃうな。
彼女、村瀬さんが続けて聞いてきた。
「趣味、ゲームって言ってましたね!」
「はい、、ゲームって言っても、LoLしかやらないんですけど、そう言っても誰も分かんないだろうから…」
「はは...そうですよね...」
彼女は小さく微笑みながら続けた。
「あたしもほとんどLoLしかやりません、、。同じこと思って、あたしも趣味ゲームって言っちゃいました...!」
まじかよ...。
殆どLoLしかやらない。マジか。
嬉しくて「俺たち気が合いますね」とかちょっとキモイ事言ってしまいそうだ。
「アハハ…」
笑って間を適当に埋める。
内気そうな彼女がこんなに話しかけてくれるのは、もちろん俺のことが気になっているわけではなくて、本当にLoLが好きで、同じ教室にLoLプレイヤーがいることで驚いているのだろう。
まあこんなかわいい子と話せるだけ儲けものか。
村瀬さんはどのくらいLoL をやってるんだろう。
そのぐらいの事なら、普通に聞いてもおかしくないよな...?
よし、聞いてみようか。
「村瀬さんは、結構LoLやり込んでる感じなんですか?」
「そうですね、結構やってます。だからLoLをやってる人がこんなに近くにいて、今ちょっとドキドキしてるんですよね...」
「な、なるほど」
ドキドキとか言われると、勘違いしそうだな。
にしても結構やってそうだ。
まあ、流石に?俺より?レートが高いということは無いだろうけど?
レートのことも気になるし、ゲーム内のID、聞いてもいいかな?
攻めすぎか?いやでも、気になるし... 聞いて変なことでもないだろう。
聞いちゃえ!
「なんて名前でやってるんですか?」
ゲームIDが分かれば統計サイトで検索することで彼女のレートを知ることが出来る。
様子からして少なくともシルバー程度はありそうだが...
ゴールドだったら驚く。
もし、プラチナだったなら... それは奇跡だ!
かわりに俺のIDも言わなければならないかもしれないが、彼女がそこそこLoLをやっているのなら、むしろ聞いてほしい。俺のレートを見てきっと驚くだろう。フハハハ...
「な、名前…?」
村瀬さんは戸惑った。
「はいゲーム内の名前です...」
そう補足すると彼女は固まった。
あれ?やっぱり攻めすぎだったか?
IDを聞くのって変なのか?現実でLoLプレイヤーにあったことなんてないからな。
別にいきなりフレンド申請を送ろうと考えているわけではないんだけど。相手にはそのぐらいの距離の詰め方に思われてしまっているのかもしれない。
「も、もしかして聞かない方が良かったですか?」
少し冗談っぽく笑いながらフォローのつもりでそう聞いてみる。
しかし、村瀬さんはこちらが思っていたよりも深刻な顔をした。
「あ、あはは...。えっと… ちょっと言いたくないです」
あ、あれ...
地雷踏んだか?
「そ、そうですか!突然変な事聞いちゃってごめんなさい!」
「いいえ!えっと… あ!そうそう!もし言ったら、OP:GGで検索しますよね!私のランク、バレちゃいますから!」
村瀬さんは取ってつけたように名前を言わない理由を付け加えた。
実はそのランクが知りたくて聞いたんだけどな。
バレたらまずいランクなんですか?とかツッコミどころはある返しだが、あまり突っ込める雰囲気ではなくなってしまった。
やっぱり突然フレンドとか送られたりするのが嫌だったのか。
「吉田さんこそ、何て名前でやってるんですか?」
村瀬さんが話題を無理やり替える代わりに俺にそう聞いてきた。
そっちは教えてくれないのにこっちには聞いてくるのか!
ちょっとひどい話だけど、、少なくとも悪気があるわけではなさそうだ。
村瀬さんは何やらさっきからちょっと慌てているようだ。
まあとりあえず、俺のIDは教えてあげることにする。
「えっと...、俺はツイステッドフェイトってキャラが好きなので…」
分かるよ、どうせ後でランクを調べるんだろ…?
俺は誰もが憧れる【ダイアモンド】…
震えて眠れ「村瀬といろ」…
「【トランプマン】って名前でやってます」
トランプマン、昔つけた名前なのでちょっと恥ずかしいがそれが俺のID。
しかしそのIDを口にした瞬間、もともと悪かった村瀬さんの顔色がさらに悪くなった。
あれ?あれ?
最初にIDを聞いた時点で気まずそうにしていた彼女の顔が、一気に青ざめる!
(え?)
俺何かやばいこと言ったか?
「へ、へぇ…!そ、そうなんですね〜」
棒読みでそう反応をする村瀬さん。
(あれ…)
感情を隠せていないことに気づいたのか、彼女は顔が見られないようひらりと目線を逸らすと、ついでに鞄を背負って教室のドアの方を向いた。
「あ、あの、じゃあ私、そろそろ帰ります…」
「えっ?あっ… は、はい…」
そう挨拶だけ残して、彼女は小走りでそそくさと教室の外へと出ていってしまった。