今日から高校生
4月7日。
暖かい春の日差しと心地の良い春風の中…
今、新しく高校1年生となる誰もが期待と緊張を胸に、高校という新たな舞台に向かって初めての登校をしている。
そう、新しく高校1年生となるだれもが。
誰もが...ではないか。
「…う…ううう...」
明るい。
外、明るすぎる。
こっちは朝の4時、ついさっきまで起きていたんだから、もう少し暗くしてほしかった。頭がガンガンする。
寝てなさ過ぎて意識がはっきりしない。
それなのに感覚はなぜか過敏で、ちょっとした風や道の堅いアスファルトに背中や足の裏をバンバンと不快に叩かれているように感じる。
調子が良かったとは言え、昨日は流石に遅くまでゲームをやりすぎてしまった。
とはいえ今日はただの?入学式。
ちょっと体育館に集まって校長先生とかの話を聞けば半日で帰れる。
とっとと済ませて家で寝よう...
ゾンビにでもなった気分でしばらくふらふら足を進めていると、やっと学校が見えてきた。
速く教室に行って仮眠を...
正門を通って敷地に入る。
周りの新入生のみんなは緊張しながらも、少し浮足立った様子で歩いている。
俺も一応初登校なのだが具合が悪すぎて逆に緊張を感じない。どうせ学校での俺の存在感は既に終わっているからだ。
正門から少し歩くと、昇降口の前に結構な人が集まっているのが分かった。
なんだなんだと面倒に思いながら進む。
近くに寄ってみると、入り口の大きな柱にクラス分けが張り出されていた。
勿論1年生のクラス分けも貼ってある。
助かった、これが無ければボーっとしている俺はどこの教室に行くべきか分からなかったかも...
ワイワイとクラス分けを見ながら盛り上がっている人たちがいる。
主に上級生の人たちだが、新入生の中にも早速ここから友達を作っていこうと、同じクラスになっていそうな奴に話しかけている強者もいる。
まじかよ...頼むから俺には話しかけないでくれ。
俺は1分でも早く教室に行って寝るんだ。
話しかけるなオーラを出しながら、スルリスルリとゴーストを使ったみたいに群がる人の中を進み、なんとか自分のクラスと出席番号だけ記憶してササっと抜け出す。
(教室... 教室に行ったら、仮眠できるぞ...)
新たな生活のばで誰もが浮足立つ中、俺はそんな事ばかり考えている。
ともあれ校内用のサンダルに履き替え、たぶん自分のものである下駄箱に靴を入れて、長い廊下のほうへ、そして教室に向かって歩いていく。
俺は1年4組らしい。
1年生の教室に近づいていくにつれ、段々と話している人の数が減っていく。
(ここだな…)
自分の教室の前に着いた。
寝不足顔のまま教室に入っても大丈夫なのか、開けられたままのドアを通してこっそり中を覗き込んでみる。
初日なだけあって教室の中はかなり静かだ。
クラスメートとなる皆は、それぞれが自分の席に緊張の面持ちで座っている。
同じ中学出身なのかちらほらと席を立って話している人もいるがごく少数で、大半はソワソワとした様子でまっすぐ前を見て座ったり、机の上に置かれたプリントを忙しそうに読んでいる。
そんな教室の中の様子をみて、俺は少し安心した。
(みんな緊張しちゃって。大丈夫大丈夫。このクラスのインキャ枠は少なくとも一つ、俺が埋めてやるからよ...)
初日から睡眠不足で寝ることしか考えていない自分が、高校でこれから何か青春っぽい事が出来る可能性を感じないあまりに、俺は一周回って無敵な気分だった。
自分の出席番号は5番。
席は窓側の... 一番後ろから一つ前だ。
(かなりいい席だな、よかった)
先生や他の人たちの目線をあまり気にする必要のない後ろの席。
一番後ろの席ではないのは少し残念だが...。
いや、残念でもないか。なにせ窓側の最後尾は「主人公席」と呼ばれる定番の席だ。
主人公なんて、俺には少し荷が重いね。
ともあれ、これでやっと眠れるな、、。
それだけを考えながら静かな教室の中をササっと自分の席まで歩いていく。
あまり今の冴えない顔を人に見られたくないので出来るだけ誰とも目を合わせない。
しかし、自分の席のすぐ前にたどり着き、これでやっと席についてゆっくりできるというその時。
俺はふと、後ろに座っている人の顔を見てしまった。
何でそうしたのかは分からない。
もしかしたら「主人公席」がどうとか考えていたから誰がそこに座っているのか見ようとしたのかもしれない。
それともただ何気なく、とりあえず周りの人の顔ぐらい一目くらい見ておこうとしたのかもしれない。
いや、それは多分違う。
それにしては、俺が見たのは彼女だけだった。
まるで視線が吸い込まれるように、その子は俺の目を奪った。
か、かわいい...
まさに何かの主人公かもと思わせるような美少女が、そこに座っていた。
綺麗な肌と黒い髪。どこか心細そうで、どこかしっかりしていそうなかわいらしい本当に整った顔だった。
彼女がこのクラス、いやこの学校、、、この世界の主人公だったとしても俺は驚かない。
まるで周囲が別の世界かと思えるほど、かわいかったからだ。
この美少女は、俺たちを巻き込んで、これからの始まる学校生活の何かを変えてしまう!そんな予感を俺に与えた。
まじかよ!!おい!後ろの席の女の子、かわいすぎるって!!!
先程まで仮眠をとることしか考えていなかった脳が、一瞬にして目まぐるしく動き始めた!
俺は初めて座った自分の席で、机に顔を突っ伏して寝る予定だったはずなのに、自分がこれからどうするべきか全く迷い始めてしまった!
(どうしよう、、、こんな初日から机で寝てたら流石に引かれちゃうか?寝るのは辞めておくか...。 ああもう、あれこれ考えてないで挨拶も兼ねてちょっと話しかけてみちゃうか?まずは自然に隣の席の人から話しかけていけば不自然では…)
ぐちゃぐちゃとした色々な考えが頭の中を埋め尽くしていく。
畜生!こんなことならLoLなんてやってないでちゃんと寝ればよかった!
ああもう最悪や!
俺の高校生活、一体なにがはじまっちまうんだぁ~~~!!
「・・・」
しかし少しした頃、俺はハッとした。
衝撃に脳を支配されるあまり忘れていたとあること。
そのことを、俺はようやく思い出した。
(あれ…?俺はコミュ障でオタクで寝不足なのに、一体何を考えているんだ?)
俺は偉かった。
可愛い女の子がすぐ後ろの席だというだけでも幸運な事なのに、俺みたいなのが図々しくもその子と仲良くなる事を考え始めているなんて。
静かに大きく息を吸って落ち着く。
そして自分がどうするべきか考える、ゲームと同じだ。
まず、、、無理して自分を良く見せようとしてもいいことは無いことはないだろう。
今寝るのを我慢して、それで入学式の最中にウトウトでもしたりしていては元も子もない。
今はやっぱり寝ておくべきか...。
まあいい、俺は泣く子も黙る危険なLoLプレイヤーなんだぜ。LoLをプレイしていながら、学校の女の子とも仲良くしようだなんて端から贅沢な話さ。
やはり何処か達観したそんなメンタルで、俺は結局人目も憚らず机の上に敷いた自分の腕の中に顔を埋める。
そして誰かが勝手に入学式の案内をしにクラスに現れるまで、俺はしばしの眠りに着くことにした。