第3章ー㉟
「君は……強くなりたいのか?」
勇者が焚き火越しにこちらを見つめ、静かに問いかけてきた。
「え?」
不意を突かれて、間の抜けた声が漏れる。
「いやな。勇者になりたいって言う子は、今までも何人か見てきた。大抵は“カッコよさ”とか“圧倒的な強さ”に憧れているだけだ。だから君も、その類かと思ってな」
「……」
確かに、それも理由の一つではある。
勇者の強さに憧れたのは事実だ。
だが――それだけではない。
「それもあります。でも、それ以上に……誰かを助けられる人になりたいんです」
自分でも驚くほど、言葉はまっすぐ口をついて出た。
「俺は、何も救えなかった。力も、威厳も、何一つ持っていなかったから……」
勇者が村へ近づいていると知ったとき、魔物たちは明らかに動揺していた。
勇者という“存在”そのものが、彼らにとって脅威だったのだ。
もし自分にも、あれほどの力と威厳があったなら。
もしかすると、皆を守れたのではないか。
そんな考えが、何度も頭をよぎる。
だからこそ、勇者は自分の理想像だった。
強さだけでなく、人を守る意思を持つ者。
その在り方そのものに、心が惹かれていた。
「そうか」
勇者は小さく頷くと、ゆっくりと言葉を続けた。
「だがな。それなら、別に勇者である必要はない」
「……え?」
「騎士団だって国の平穏を守るために働いてる。冒険者だって依頼をこなす立場ではあるが、各地で人助けをしている。勇者なんてのは、ほとんど肩書きみたいなものだ」
焚き火の炎が、勇者の表情を陰影深く揺らす。
「王命で余計な責任を背負わされて、そのせいで必要以上に心を削られる。徳の無い、不便な仕事さ」
まるで長年溜め込んできた愚痴を吐き出すような口調だった。
「……それ、他の子にも言ったんですか?」
思わず問い返す。
「流石にここまで言ったことはないな。『とっても大変なお仕事なんだよ』って一言で誤魔化してる」
乾いた笑いが漏れる。
きっと普通の子供なら、それで夢を諦めるか、曖昧なまま別の憧れへ移るのだろう。
「要するにだ」
勇者は焚き火に小枝を放り込む。
「勇者ってのは、メンタルが化け物じゃなきゃ務まらない。だから俺は、君に勇者の道を勧めることはできない」
「……」
その言葉は重かった。
先ほど聞かされた“救えなかった命”の話を思い返せば、否定のしようがない。
勇者の言い分は正しい。
それだけの覚悟と耐久力がなければ、人は簡単に壊れてしまう。
「……でも」
自分は、ゆっくりと顔を上げた。
「ん?」
「それでも、俺は……貴方みたいな人になりたい。いや、なってみせます」
声は震えていた。
だが、その中に迷いはなかった。
どれだけ過酷でも。
どれだけ理不尽でも。
人を守るために立ち続ける姿に、心が惹かれてしまったのだから。
強さだけではない。
その生き方そのものに、純粋な敬意を抱いていた。
「……はあ」
勇者は呆れたようにため息をつく。
「随分と面倒くさい奴に目をつけられたもんだ」
その口調はぶっきらぼうだったが、どこか優しさが混じっていた。
「もう遅い。今日は寝ろ。明日になれば、また長い旅が待ってる」
「……はい」
話を終わらせるように、勇者は目を閉じた。
自分もそれに倣い、静かに横になる。
燃え続ける遺体の山は、やがて焚き火のように小さな炎へと変わっていく。
その赤い光を瞼の裏に焼きつけながら、眠りへと落ちていった。
――転生勇者が死ぬまで、残り7796日




