第3章ー㉘
それから数分後――ミオの治癒魔法によって、勇者の右手は完全に塞がった。
「ありがとう。その若さでここまでの治癒魔法が扱えるなら、将来は立派な治癒師になれるな」
「本当ですか? えへへ……」
頭を撫でられ、ミオは照れくさそうに笑う。
その無垢な表情を見ていると、ここ数時間の地獄のような光景が、ほんの少しだけ遠のいた気がした。
「さて。今度こそ邪魔者はいないだろうし、場所を変えて――」
「……あの」
勇者の言葉を遮るように、思わず声が漏れる。
「? サダメ?」
「助けてもらった身で、こんなお願いをするのは烏滸がましいのですが……皆の遺体を、せめて弔わせてほしくて」
勇者は一瞬だけ目を伏せ、そして静かに頷いた。
「……わかった。行こう」
◇
それから一時間後。
「ふぅ……これで全員だな」
「はい。本当に、ありがとうございます」
村の外れ。
崩れかけた小さな丘の影に、並べられた土の盛り。
そこに、かつて共に戦った者たちが眠っている。
ラエルの遺体を土に還す瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
――もしかしたら、目を開けてくれるんじゃないか。
――冗談みたいに起き上がって、「悪ぃ悪ぃ」と笑うんじゃないか。
そんなあり得ない期待が、最後まで消えなかった。
だが、土は無情に彼の顔を覆い隠し、現実だけが残った。
「……これでよしっと」
勇者は近くの枝を集め、墓標の前で小さな火を灯す。
線香の代わりの、ささやかな炎。
「すみません……そこまでしてもらって」
「いや。こういうのは、もう慣れてる」
その言葉に、胸の奥が少しだけ痛んだ。
――慣れている。
それはつまり、何度も同じ光景を見てきたということだ。
救えなかった命。
手遅れだった仲間。
置き去りにしてきた墓。
勇者の背中が、ほんの少しだけ遠く見えた。
「さて。これ以上ここに留まれば、また魔物が寄ってくるかもしれん」
勇者は立ち上がり、空を見上げる。
いつの間にか、夜は白み始めていた。
魔法の光ではない、自然の朝焼け。
村を出てから、もう半日以上が過ぎていたらしい。
「……あ」
朝の光を見た瞬間、どっと疲れが押し寄せた。
身体が鉛のように重く、意識がふわりと揺らぐ。
「っあ、あぁぁ……」
大きな欠伸が漏れる。
「……あ、私も……」
ミオも同じように目を擦り、眠たそうに欠伸をする。
「おいおい、こんな場所で寝られたら流石に困るぞ……」
勇者が苦笑する声が、少し遠くで聞こえる。
けれど、その声に応える前に――
世界が、ゆっくりと白く滲んでいった。
――転生勇者が死ぬまで、残り7802日




