第3章ー㉑
「はっ、炎魔法か。面白れぇ」
勇者の剣に燃え盛る紅蓮の炎を見て、ダークボルトは愉快そうに口角を吊り上げた。
殺し合いの最中だというのに、その表情はまるで強敵と出会えた喜びに満ちている。
――本当に、戦いそのものを楽しむ狂戦士だ。
「不死鳥、下がっとけ」
「くえぇっ!」
「うわっ?!」
勇者の指示を受け、不死鳥は自分たちを乗せた巣を大きな翼で優しく包み込み、そのまま後方へと運んだ。
高空へと距離が取られ、戦場全体が一望できる位置へ移動させられる。
「聖なる守護神よ。絶対の防御を誇る御身の防壁で、親愛なる者達を守りたまえ。【絶防結界】」
勇者が祈りの言葉を紡ぐと、半透明の光のドームが巣を覆った。
淡い金色の膜が脈動し、外界の熱と衝撃を完全に遮断する。
――自分達を守るためか。
それとも、この後起こる“何か”から周囲を守るためか。
「俺の炎で、この辺り一帯を焼け野原にするわけにはいかねーからな。あの子達も巻き添えには出来ない。……構わねえだろ?」
勇者が肩越しに問いかける。
「はっ。本気でやれんなら別に構わねえよ。逃げも隠れもしねぇ」
ダークボルトは紅天画撃を肩に担ぎ、獣のような笑みを浮かべた。
互いに、もう引き返す気はない。
「そうか。なら……」
勇者は炎を纏わせた剣を正眼に構え、地を蹴った。
「はあっ!」
「うらあっ!」
次の瞬間、二人は再びゼロ距離へと踏み込む。
剣と大刀が激突し、火花と黒雷が交錯する。
爆音が連続し、空気が震え、大地が悲鳴を上げる。
先程までとは明らかに違う。
ダークボルトは神武流による強化で、速度も力も常軌を逸している。
普通なら、炎の剣一本で対抗できる相手ではない。
――だが。
「ふっ!!」
「くっ!?」
「……」
息を呑んで戦いを見守る。
しかし予想に反して、押されているのは勇者ではない。
ほぼ互角――いや、ほんの僅か、勇者の方が優勢に見える。
「……そうか」
理由はすぐに理解できた。
勇者は、剣から噴き出す炎の反動を利用している。
斬撃のたびに炎が噴射し、その推進力が剣速と踏み込みを強化しているのだ。
速度を炎で補い、威力を熱で上乗せする――まるで炎そのものを身体の一部として扱っている。
父がかつて脱兎跳躍と炎噴射を併用し、強敵と渡り合っていた光景が脳裏をよぎる。
炎魔法は攻撃だけではない。
機動力、防御、加速――用途は無限。
万能に限りなく近い力だ。
「へっ……俺とここまでやり合える奴は、人間じゃあてめぇが初めてだぜ」
ダークボルトは笑う。
息は荒いが、余裕はまだ消えていない。
「だが……」
その声が、低く沈んだ。
「■■■、●●、▲▲▲▲」
聞いたことのない言語。
人間の発音器官では再現できない、歪んだ音の連なり。
それだけで背筋が粟立つ。
「ッ!?」
勇者が即座に距離を取る。
本能が叫んでいる――これは危険だ、と。
「【黒雷天】!!」
紅天画撃の槍先へ、黒雷が渦を巻く。
雷光が絡み合い、凝縮し、やがてサッカーボールほどの黒い球体へと収束していく。
それは雷でありながら、光を吸い込む“闇”のようだった。
「これは……」
「ッ!? 勇者さん?!」
観戦しているこちらの結界の内側にまで、嫌な振動が伝わってくる。
まるで空間そのものが悲鳴を上げているようだ。
「喰らえやぁぁぁっ!!」
ダークボルトが球体を投げ放つ。
黒い球は飛翔の途中で形を変え、細長い破壊光線へと転じる。
闇色の雷槍が、大気を引き裂き、一直線に勇者へ迫る。
――避けきれるのか。
――受け止められるのか。
誰もが息を止める。
次の瞬間、戦場は黒雷の閃光に呑み込まれようとしていた。




