第10章ー87
「ぬっ……!? これは、拘束の術……!」
振り下ろされるはずであった凶拳が、寸前にてぴたりと止まる。奴の四肢へ絡みつくは、幾重にも重なりし光の輪。見紛うことなき拘束魔法にござる。
『マヒロちゃん、今だよ!』
凛とした声が背より響く。
「うむ!」
逡巡する暇など一瞬たりともない。拙者は即座に足を運び、奴の間合いより離脱する。
本来であれば、この隙を突き反撃に転ずるべきやもしれぬ。されど、あの怪力を前に無理を通せば、それこそ命取り。ここは無理に攻めるよりも、体勢を立て直すを優先すべきと判断した。
数歩、いや十歩ほどか。間合いを外し、背後へと跳ぶ。やがて、気配を頼りにフィー殿の隣へと並び立った。
「かたじけぬ、フィー殿。助かり申した」
胸中の安堵を押し殺しつつ、頭を軽く下げ礼を述べる。
『間一髪だったね』
フィー殿は穏やかに微笑み、軽やかに応じた。その表情は余裕すら感じさせるが、今の一手がどれほど紙一重であったかは、拙者自身が誰より理解しておる。
あのまま一瞬でも遅れておれば――拙者の命運は、既に尽きていたやもしれぬ。
「……真に、危うきところでござった」
思わず漏れた本音。
だが同時に、ひとつ疑念も浮かぶ。
「されど、フィー殿。サダメとミオのもとを離れてよかったのでござるか?」
本来ならば、あちらの守りもまた重要なはず。ミオは治療に専念しておるゆえ、戦力としては数え難い。ゆえに、フィー殿が離れることに一抹の不安を覚えたのでござる。
『ミオはサダメの治療してるし、何かあればソンジさんが対応してくれるよ。それにギリスケ君もいるし、あっちは任せても大丈夫だと思ったんだ』
理路整然とした返答。確かに、その布陣であれば守りは盤石に近い。
だが――フィー殿は、なお言葉を続ける。
『それに……』
「それに?」
一瞬の間。
そして、まっすぐな声が響いた。
『私達、期末試験で一緒に戦った仲でしょ? あの時みたいに、一緒に頑張って乗り越えようよ!』
「ッ……フィー殿……」
胸の奥が、熱を帯びる。
そうであった。拙者は何を迷っておったのか。
あの時――互いに背を預け、窮地を切り抜けた記憶が蘇る。前衛と後衛、互いの役割を信じ合い、連携にて勝機を掴み取ったあの一戦。
状況は違えど、本質は変わらぬ。
拙者一人では届かぬ高みも、二人であれば――届くやもしれぬ。
「……うむ。まこと、その通りにござるな!」
迷いは晴れた。
胸中に満ちるは、先程までの恐怖ではない。確かな闘志と、信頼の熱。
「では、援護は任せるでござるよ、フィー殿」
拙者は再び刀に手を添え、静かに構え直す。
『オッケー』
軽やかな返答。その裏にある確固たる実力を、拙者は知っておる。
すぅ、と息を整える。
心を静め、意識を研ぎ澄ます。
そして、ゆるりと刀を納めた。
――納刀。
この構えこそ、拙者の真骨頂。
一撃にて断つための、静寂の構え。
もはや、拙者は一人にあらず。
背には、信頼できる後衛がいる。
ならばこそ、恐れることなど何もない。
「参るぞ……」
小さく呟き、視線を敵へと据える。
――この窮地、二人で切り裂いてみせようぞ。




