第10章ー12
「ヴァンパイア……」
先生の口から発せられたその単語を聞いた瞬間、脳裏に一つのイメージが浮かび上がる。
漆黒の衣装に身を包み、血を啜るための鋭い牙。夜闇を好み、棺桶を住処とする存在。
――吸血鬼。
前世の世界では、物語や伝承の中にしか存在しない架空の怪物。
だが、まさかこの世界では実在しているとは思わなかった。
「吸血鬼族は数百年前から存在が確認されている。魔物の中でも珍しく、性別が明確に分かれており、顔立ちや体格は人間に非常に近いとされている」
ライラック先生は淡々と説明を続ける。
「古い記述では、生殖器を備えた個体の存在も確認されているそうだ」
「……じゃあ、単体でも、複数でも繁殖が可能だと?」
誰かがおそるおそるそう問いかける。
「その認識で概ね正しい。生殖器を持つ魔物自体が極めて稀だが、“ある個体”と“ない個体”の両方が確認されているのは、恐らく吸血鬼族のみでしょう」
ざわり、と教室内の空気が揺れた。
魔力の具現化であるはずの魔物が、繁殖能力を持つ。
しかも、人間に近い外見を備えているときたものだ。
それはもはや「魔物」という枠に収まる存在なのだろうか。
「繁殖する、ということは……」
ミオが静かに手を挙げる。
「吸血鬼族が、私たちみたいにどこかで生活している、ということになりませんか?」
「ッ……?」
一瞬、教室が静まり返った。
そうだ。
繁殖するということは、増えるということだ。
増えれば集団を作り、文化を持ち、生活圏を築く。
もし吸血鬼族が人間と同じ姿をしているなら――
人間社会に紛れ込み、共に暮らしていたとしても、誰も気づかないかもしれない。
某喰種漫画のように、表向きは人間として振る舞いながら、裏では別の顔を持つ存在。
あちらの物語では喰種サイドである主人公達の物語を描いていたから感情移入できたが、この世界の吸血鬼族がそうだとは限らない。
考えれば考えるほど、背筋が冷たくなる。
「ふむ……いい質問ですね」
ライラック先生は某ジャーナリストの反応を示したあと、少し考え込むように顎に手を当てた。
「確かに記述上では、人間と見分けがつかないほど酷似しているとされています。理論上は、人間社会に溶け込むことも不可能ではないでしょう」
「……理論上、ですか?」
ミオが首を傾げる。
先生の返答は、どこか歯切れが悪かった。
まるで何かを言い淀んでいるような、意図的に核心を避けているような。
「ですが――」
次の瞬間、先生は静かに、しかしはっきりと言い切った。
「その可能性は、あまり高くありません」
教室中の視線が、先生に集まる。
「なぜなら、その一族は――」
一拍置いて。
「すでに『滅んで』しまったと記録されているからです」
その言葉は、重く、冷たく、教室に落ちた。




