第10章ー9
「……」
突如として現れた来訪者を前に、誰一人として言葉を発せなかった。
いや、正確に言えば――言葉を選ぶ以前に、脳が追いついていない。
誰だ?
いつから、そこに?
一人だけか? それとも、背後にまだ何か潜んでいるのか?
疑問が洪水のように湧き上がり、処理しきれずに詰まる。
思考は空回りし、身体はまるで凍りついたかのように動かない。
(……あ、これ、あれだ)
某少年漫画の最強キャラが使う必殺技を食らった時の気分。きっと食らった連中はこんな感じだったのかもしれない。
そんな沈黙を気にも留めず、男は淡々と辺りを見渡していた。
「魔力が消失し、この空間に漂っていた魔力も徐々に薄れている……」
低く、しかしよく通る声。
氷の洞窟の奥まで染み渡るような響きだった。
「――あやつの姿も見当たらん。となれば……死んだ、か」
まるで天候を確認するかのような口調で、男はそう結論づける。
その姿を、改めて観察する。
色白の肌に、月光のように淡く輝く銀髪。
顔立ちは整っており、年の頃は二十代前半ほどに見える。
だが、何より異様なのはその体躯だった。
――でかい。
優に二メートルはありそうな長身。
しかも細身ではなく、無駄のない筋肉が自然に付いている。
鎧も武器も持っていないのに、なぜか「丸腰」に見えない。
第一印象だけなら、少し変わった美形の成人男性――そう思えなくもない。
少なくとも、最初の数秒は。
だが。
耳が、僅かに尖っている。
口を開いた拍子に覗いた歯は、人のものより鋭く、牙のように見えた。
(……人間、なのか?)
いや、魔物か?
目の錯覚だと自分に言い聞かせるが、違和感は消えない。
そんなこちらの困惑などお構いなしに、男は視線をこちらへ向けた。
「……となると」
一瞬の静止。
そして。
「あやつを仕留めたのは――貴様らか?」
「ッ――!?」
視線が合った、その瞬間だった。
全身を、見えない重圧が叩きつける。
空気が一変した。
――重い。
肺が圧迫され、呼吸が詰まる。
心臓が早鐘を打ち、背中を冷たい汗が伝う。
(な、なんだ……これ……!?)
魔力の圧。
いや、そんな生易しいものじゃない。
存在そのものが放つ威圧。
生物としての“格”の差を、否応なく理解させられる。
仲間たちも同じらしい。
誰一人、動けていない。
マヒロですら歯を食いしばり、膝が僅かに震えている。
「答えろ」
男の声が、冷たく響く。
「人間」
その一言で、確信した。
――やはり、この男は人ではない。
「……え?」
反射的に声が漏れた、その瞬間。
視界が、赤く染まった。
いや、違う。
赤い“何か”が、こちらへ向かってきている。
弓矢――のような形をした、魔力の塊。
空間を切り裂くような速度で、一直線に迫ってくる。
(――やば……)
そう思った時には、もう遅かった。
距離が、一瞬で詰まる。
逃げる暇も、防ぐ暇も、詠唱する余裕すらない。
ただ、本能だけが叫んでいた。
――これは、当たれば死ぬ。




