第10章ー8
「ふう。そろそろ出発しますか」
およそ三十分後。
簡素な食事を終え、器を片付け、装備を整え、そして短い休息を挟んだ末――ようやく一行は動き出す準備を終えた。
結界の光が薄れ、周囲の氷壁が青白く輝く。静寂の中で、誰かの呼吸音だけがやけに大きく聞こえた。
『結局、誰も助けに来なかったね』
フィーがぽつりと呟く。
「はあ。来てくれたら、だいぶ楽できたんだけどなー」
ギリスケが肩を落とすが、その声にもどこか諦めが混じっていた。
「仕方ないよ」
ソンジさんが淡々と言う。
「ここは迷宮だ。長居すればするほど、何が起こるかわからない。それに――」
彼女は足元の氷を軽く踏み鳴らす。
「この地面がいつまで持つかも不明だ。上の魔物が何かしらの理由で減ってくれていることを祈るしかないね」
ここへ落ちてから、すでに二時間近い時間が経過していた。なんだかんだで迷宮に入ってから半日以上は経っているし、日付はとっくに変わっているだろうか。
だとすれば外は今、真夜中。道のりを考えると暗闇でここまで救助に向かうのは少々厳しいかもしれないな。そもそも誰かが向かっているかも不明ではあるけど。
銀鏡の翼龍の魔力は消え、周囲を満たしていた冷気も緩みつつある。氷壁には細かな亀裂が走り、時折、遠くで水滴が落ちる音が響く。
このまま留まれば、崩落の危険すらある。
救助が来る兆しはない。
ならば――自分達の足で脱出するしかない。
「んじゃ、予定通りお願いするよ、ミオ君」
「はい」
ソンジさんが結界を解除すると同時に、ミオは一歩前へ出る。
彼女の周囲に、淡い風の渦が生まれ始めた。
「……」
自分の胸の奥が、わずかにざわつく。
ここまで来れば、もう妨げるものはいない。
あとはミオの魔法で上へ戻り、迷宮の出口へ向かうだけ――理屈ではそれだけの話だ。
それでも拭えない不安がある。
上の状況が、まったく分からないのだ。
魔物の大群はどうなっているのか。
道は塞がれていないか。
無事に地上へ辿り着けるのか。
結局のところ、答えは現場で判断するしかない。
それが迷宮攻略というものだと、頭では分かっている――それでも。
(はたして、無事に脱出できるか……)
その問いが、胸の奥で静かに反響した。
「あやつの魔力が感じられず、妙な胸騒ぎがして急ぎ来てみれば――これはどういうことだ?」
突如、低く響く男の声。
「……え?」
ミオが風を解き、全員が反射的に声の方へ振り向く。
この場のほぼど真ん中。
そこに立っていたのは――見知らぬ男が一人。




